2010年03月11日

等伯

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長谷川等伯展が国博で行われている。大変混雑しているとの噂なので平日の午前中をねらって行ってみた。しかし皆そう考えるからやはり大変混んでいた。等伯の作品は色々な場所で断片的に見てきた。どこかの寺の特別公開で真っ暗な塔の一階に案内され、懐中電灯で壁の絵を見た。先日は金地院で猿を見た。だいぶ前に国博で松林図屏風も見た。しかしこうして若い時代から一連の作品を通してみたのは初めてである。結構期待して見に行ったのだが、期待が大き過ぎた。加えて横で「これは等伯ではない」としきりに呟く人がいて「そう言えばそうかなあ」と洗脳され、どうも批判的に見る状況に陥ってしまった。「このカラスとあのカラスが同一人物の筆遣いとは思えない」とか「このだるまとあのだるまの品格が違う」などなど。
確かに横の呟きが無くとも、初期の入念な仏教画のタッチと時たま現れる酷く雑なタッチと松林図の墨を裏からぼかし塗りした濃淡の緻密な技法とがどうも一連のものに見えてこない。まあ、同一人物じゃやなくてもいいモノはいいとも言えるのだが、等伯と言ってしまえば価値が出るみたいな所があるのかと思うとちょっと醒めてくる。狩野派に対抗して描いた金色原色も結構面白いのだが、また横から「全然良くない」と呟きが聞こえてくる。今度は一人で来ようかな?先日読んだ本に印象派が爆発的に売れた陰には有名な画商が作成した写真入りの目録があったからだと書かれていた。日本のアートには落款はあってもサインが少ない。印の文化とサインの文化の差と言えばそうのだが、そのおかげで一体これが本物かどうかの判断材料が少ないような?それに多くの作品に制作年代がはいってない。これもその作品の来歴がはっきりしないことを物語っている(のでは)????洗脳されて疑心暗鬼になった展覧会だった。

2010年03月07日

オープンハウス2題

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山中湖畔に木島千嘉さんの設計した別荘が竣工した。この別荘は敷地内にあるもう一つの古い別荘と双子のような関係なので双子座荘と命名された。クライアントはとある美術館の館長さん。専門は古代ローマということもあり、建物内は美術館のごとし。ソーン邸と言えば言い過ぎだが、家具、調度品、絨毯、テキスタイル、照明、壁紙、カーテンに至るまで、クライアントとの合作という感じである。こういう感覚の建物は今まで見たことが無かったが、なかなか面白いものである。明るい階段室をめぐる視線の抜けは前作と同様な手法のように見受けられる。しっとりとした大人の設計である。
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午後バスで東京に戻り、江古田に出来た長谷川豪さんの設計した集合住宅を見に行った。打ち放しの7階建て、千㎡程度の中に22戸がはいる。それらはほとんどがフラットだが、メゾネット、が数個入っている。外観は四角い開口部がランダムに配置されていて昨今のデフォルトなエレベーション。明るい内部が印象的である。それは、水回りを透明にして一般の部屋とプロポーションを揃え、一般の部屋と同様な配置をしていること。加えてテラス的な部分もそのように扱っていること。つまり外部も、水回りも、部屋も配置やプロポーションにヒエラルキーを与えず同質に扱うことで、空間の抑揚を消去し、同質で明るい空間に作り上げている。コンベンショナルな生活から見ればかなり乱暴なところもあるかもしれないが、こういう空間を好む人はいるだろうし、狭い都心の集合住宅であれば一つの楽しい解放だと思う。

2010年01月30日

dogu

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国立博物館で土偶展が開かれている。大英博物館に出張中だったものが帰国した記念展である。土偶なるものを最初に見たのは何時だったかよく覚えていない。しかし土偶と言うもののを最初に意識したのは多分大阪万博の時である。当時小学生だった自分が、お祭り好きの日本人の一員として万博に行き鮮明に記憶に残っていたものの一つがあの得体の知れぬ太陽の塔である。しかもあの塔の周辺のお祭り広場には丹下健三指揮する建設チームの手により巨大な屋根がかかっていたのだが、なんと太陽の塔はこの屋根を突き破り頭がその屋根の上にはみ出ていた。作者岡本太郎の合言葉「芸術は爆発だ」は当時小学生でも知るほど有名な言葉であり、塔がはみ出したのはきっと爆発だったのだと子供心に理解した。この塔が縄文の土偶に大きなインスピレーションを受けたものだということを聞き、そして多分当時この塔と一緒に土偶が新聞などに載っていたはずである。それが土偶との出会いではないか?
さてこの爆発を見たいと思い出かけたのだが、見て感じたことは爆発がイメージさせる破壊力や粗っぽさとは程遠く、実に繊細なデザインと技法そして、この立像土偶が示すような洗練されたデザインである。土偶は祭祀の道具である、それはその通りなのであろうが、一体これは誰が作ったのであろうか?土偶には男性はいないそうですべては女性。その証拠は乳房が付いているということだそうだが、祭祀に使うものがすべて女性でなければならないということはどういうことか?女性を作るのだから作っていたのは男性だったのだろうか?縄文時代からすでに、女性は描かれる対象であり描く主体にはならなかったのか?それとも土偶は女性しかいないという見方自体がおかしいのか?数千年前の話にどういう解釈をつけようともそれらはすべてが今の人間の楽しい解釈ごっこなのであろうが(考古学を蔑視しているわけではありません)それでも、いろいろな空想が広がっていく。それが古いモノを見る楽しさなのである。

2010年01月24日

セシル・バルモント

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オペラシティギャラリでセシル・バルモントの展覧会が行われている。オープニングレクチャーには切符を買ったが、センター試験で行けなかった。さて展覧会は3つくらいの部屋があり、最初の部屋は自然の拡大写真と文章が書かれた幅50センチ高さ数メートルのバナーが100本くらい天井からぶら下がっていた。最初はなんだかよくわからない感じで見ていたが、多分ここに彼のコンセプトが凝縮しているように感じた。大きな自然。そしてその拡大。さらにその上からなぞるようなスケッチ。とても面白い。次の部屋も自然の写真の外側にアクリル上にスケッチが広がる。そして最後の部屋にこの写真のヘッジという名の模型が展示されている。この鎖とクロスで出来たモデルは一種手品のようでもある。鎖が重力に抗いながら自立しているかのごとく見えるのである。理屈を考えればそんなに不思議なことではないのだが、一瞬今日を突かれる。入口でもらったチラシにこんな言葉があった「建築とは一見無関係なデザインの源泉へ入り込み、まだ見ぬデザインの可能性を煎じつめることである」バルモントを始め構造表現主義者(と呼んでいいかどうかはやや議論の余地があろうが)の建築への態度を100%肯定する気にはなれないのだが、この言葉には感ずるところがある。

2009年12月28日

医学と芸術展

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ミケランジェロ 脚の解剖図
森美術館で「医学と芸術」展が行われている。医学は限りなく芸術的であり、芸術は生命を相手にする限りこれも限りなく医学に近い。というのがこの展覧会のコンセプトである。15世紀ダヴィンチに始まる人体への眼差し、解剖学の確立、が芸術分野に大きな影響を与えたのは言うまでもない。一昨年バチカンでミケランジェロを見ながらこのマッチョな筋肉は一体なんだ?と思っていたが彼の解剖学への興味のなせる技である。17世紀心身二元論を訴えたデカルトは人間のメカニズムに迫り、人間論を著した。丸山応挙が白波の上で座禅する骸骨を描いていたのは既に18世紀である。デミアン・ハーストの手術室の油彩は畳2畳ほどの巨大画であり、スーパーレアリズムである。彼の生命への興味は深いものがあったことを知る。ヴァルター・シェルスの5名の老若男女の生前、死後の写真は衝撃的である。生死の訴求力がどれほどのものであるかをよく示している。
アートが人の心を揺さぶり続ける限り、そのテーマの中から命が消えることはなく、そうである限りアートと医学の関係が途絶えることもない。

2009年12月12日

オペラシティの展覧会3つ

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初台オペラシティで行われている3つの展覧会がどれも楽しい。
NTTインターコミュニケーション・センターではコープ・ヒンメル・ブラウの「回帰する未来展」が行われている。展覧会というにはあまりに展示品が少なく入場料も安い。ただ展示されているものが少し刺激的である。風船のような家である。その中に入ると自分の心臓の鼓動が家に響き渡り点滅する。家が肉体の延長であることを示した作品である。文字通り身体化した家である。ヒンメル・ブラウはこういうことを60年代の後半に考えていた。彼らも68年組だとは知らなかった。しかし反体制派の彼らがいつしか体制派(と言ったら言い過ぎだろうか?しかしウィーン最大の設計事務所であるからには少なからずそうだろう)なのだから世の中そういうものなのだろうか?
次は同じICCでオープンスペース2009なるメディアアート展が無料で開かれている。ここに並べられた作品はただで見せるには勿体無いくらい上質である。それになんたって子供が楽しく遊んでいるのがいい。
最後はアートギャラリーで行われている家具デザイナーのパントン(パントンチェアで有名な)の展覧会。あのプラスティック一体成型のパントンチェアは未だに定番イスの座をデザイン界に確保している。展覧会の最初は彼の有名なイスたち。後半は靴を脱いで彼の曲線に包まれた空間を体感するものである。寝転がったり座ったり寄り掛かったりする。これはなんとも気持ちいい。こちらも別の水準で文字通り身体的である。パントンはデンマークの王立アカデミーで建築を学びヤコブセンの事務所で働くのだが初期の作品は解説にも書いてあるが北欧的ではなく、アメリカミッドセンチュリーデザインである。つまりあまり木が使われず、スチールと布である。このイスたちは座れないのだが見るからに座りやすそうなのである。デザインは実に斬新なのだがきっと座りやすいだろうと見て感じるから不思議である。だからこそパントンチェアはすたれないのだと思う。この時代のデザイナーは多分死滅しないだろう。というのも生産性と快適性を同時にまじめに考えているから。

2009年11月15日

Theハプスブルグ

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アルブレヒト・デューラー 若いヴェネツィア女性の肖像

国立新美術館でハプスブルグ家の所有した美術品の展覧会が行われている。ウィーン美術史美術館とブタペスト国立西洋美術館所蔵の作品が展示されている。スペイン、イタリア、オランダ、ドイツ。その覇権が及ぶ広大な範囲の芸術が集合しているせいか、一体何を見ているのだか頭が混乱する。しかしヴェルフリンの言うルネサンスからバロックへの変化を下敷きに見ていくと国を問わず整理できるような気になってくる。肖像画が重視されていた時代である。デューラーによる肖像画が三枚程出ていたが、これが良かった。今回はデューラーを発見した感じである。

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