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2005年12月30日

前川國男の垂直性

東京駅に到着。やっと長野の仕事も今年は終わり。丸善を覗いて帰宅しようと思ったが前川國男展をステーションギャラリーでやっているというので行ってみる。

先ずPRしておくとこの展覧会、かなり力がはいっている。驚きである。その質・量ともに吉村展を凌駕しているかもしれない。多くの大学が協力して、美しい模型を多数作っているのもその質を高めるのに一役かっている。更に、カタログが美しい。原図の写真から建築写真から撮りおろしが多いのだろうか?とてもシャープできれいである。

さてクロノロジカルに見せる前川の最初に出てくるのはコルビュジェであるが、コルの作品も原図とともに展示。話は前川からそれるがちょっと発見したのは、ドミノが1914~1918という年代に考え出されていたという事実。つまり一次大戦とぴったりと年号が合っているのであり、それはドイツ軍に侵攻されて荒廃したフランドル地方に対し、6本の柱と3枚のスラブで作るユニットとして復興のために編み出された技だったということ。もちろん知る人は知る事実なのだろうが、こちらは、5つの教条のバックボーンとして理念的に考案されたモデルだとばかり思っていたのであり、実はもっとプラグマティックなものだったということに驚いた。でも新鮮である。やはり建築は社会が作るのだろうか?

さてそんなコルの教えの影響が展覧会では追跡されるのだが、これは前川研究者でもなんでもない一建築家の直感の域を出ないのだが、コルの影響というのなら、先日見た吉村展との比較で目に付いたことがある。それは吉村が水平的な空間であるのに対して、前川は垂直的であるということ。もちろん建築家の原風景みたいなものから、水平好みと垂直好みに大別するのはやや乱暴だし、プロジェクトごとにそれぞれ違うのだけれど、どうもこの当時の建築家はそうした分類にはまる人が多いようにも思う。

そしてそれは、多くのプロジェクトの中に散見されるのだが、最も色濃く対照的に現われるのはそれぞれ自邸においてである。吉村の自邸「南台の家」は広い庭に面して庭を愛でる水平的な視線の流れを獲得する建築が作られている。一方前川の自邸は民家調の五寸勾配の大屋根の下に二層吹き抜けの居間が作られている。その断面プロポーションは正方形に近く、垂直的な空間性を持ち合わせている。

この正方形的断面プロポーションはコルのジャンヌレ邸の居間のプロポーションを彷彿とさせるのだが、これは初期の代表作木村産業研究所のエントランスポーチにも見られる。(因みにこの吹き抜けの天井が真っ赤にぬられているのも目を引く)

さてこの垂直性、あるいは地面から上に向かう指向というのはピロティを生み出したコルの想像力の賜物であり、前川の原風景でもあったのだと感じる。初期のいくつかの公共建築は皆四角い柱の上にのっかており足元が抜けている。例えば文化会館もあの象徴的なコンクリートの屋根が空中に浮き上がっているのである。そしてその結果として柱が露になる。その昔誰の設計か知らずに訪れた世田谷区民会館でなんともごっつい列柱だと思ったのだが、今日これが前川の作品であることを知り、そして柱は結果であり、浮いた建物が欲しかったのだろうと思うのである。そしてその結果として露になる柱を人は骨太だと感じるのではなかろうか。

いまでこそもっと軽やかな浮遊する建築は多々あるのだが、当時の技術を持ってして、これでもかなりの地面からの離脱感であり垂直性であったのであろうと想像するのだがいかがであろうか?

2005年12月27日

物品の詩学

toto通信2005秋号「藤森照信・原・現代住宅再見/坂本一成、house sa

今日届いたtoto通信に坂本一成のhouse saが載っていた。藤森照信の原・現代住宅再見のコーナーに取り上げられていた。そして坂本のテーマである「日常の詩学」を文字って「物品の詩学」という標題が冠されている。確かにモノをしこたま置いてそれを積極的に見せる住宅はこのhouse sa の前にはあまり無かった。坂本は住宅の中に現われるいろいろなモノを許容する場所を作ったのである。その証拠にこの建物は竣工時に住宅特集に掲載された後、家具が入り、いろいろなモノがはいってきてまた新建築に掲載された。もちろん「名建築の現在」というような覗き的好奇心に基づく特集はある。しかし設計者が意図的にその姿を提示するという見せ方は無かったのである。
その坂本の意図を藤森はうまく汲んだ。いやそんな意図などの介在とは無関係にそのモノたちの訴求力が藤森をして素直にこの言葉「物品の詩学」を言わしめたのかもしれない。
最近方々で書いてもいるし、大学の講義にも使わせてもらっているハイデッガーの言葉、「空間は『空間』よりも空間を占めているもの〔locale〕からその本質的な存在を受け取る」の意味は正にこんな坂本の作品が示すことなのであろう。空間を占めるこれらの物品の力の凄さ。そのけたたましさ。そしてそこにある空間の固有性と具体性の訴求力に藤森さんも恐れおののいたのではないだろうか?

2005年12月25日

高橋レクチャー

銀座アートフィールドの私の次の先生は詩人の高橋睦郎さんである。この会は私を除けば各界の5本の指に入る人ばかり。すごいものである。演題は「食うと食べる」についてというものだった。その基本には味覚の美学というものがある。これは谷川先生の『美学の逆説』にも書いてあることだが、美学とは趣味に支えられていたのでありその趣味とはtasteであり味覚をも示す。そして、それは趣味論華やかしころヨーロッパが世界を制覇して様々な食文化を持ち帰る中で、新しい食べ物に目覚める時期だったのであり、そのときに口に入れたものを一瞬にして判断する能力が味覚であり趣味なのである。だから味覚は本来美学の根底にあるものなのにもかかわらず、低級感覚として斥けられてきたことが美学の逆説なのだとというのが谷川先生のエッセイの骨子である。

さて高橋睦郎先生のレクチャは「食ふ」と「食べる」の差である。「食う」は生理行為で、「食べる」は文化行為だということを古典を元に説明くださった。くう(食う)はくむ、かむ(噛む)、はむ(歯む)からきており歯でかじりとるという意味であり人間の根源的欲求。一方たべる(食べる)はたまはる(賜る)からきており、神からいただくという文化行為なのだそうだ。

それで現代の食文化を見ると圧倒的に「食う」になっており(それを文学化したのが谷崎潤一郎の『美食倶楽部』だそうだ)飽食の時代であり、貪食の時代であり、これはいつか罰が当たる。食文化を「食べる」にもどすことが必要であり、その目標は茶の湯の一汁一菜だとおっしゃった。

ウィットの効いた冗談交じりの軽快なトークを十分楽しませていただいた。後半一時間は高橋さんの詩の朗読でこれも聞き応えがあった。以前とある詩の朗読会に行ったときもそう思ったのだが、詩集なんて読まないのだが、朗読を聴くのはとても気持ちいい。すっとはいってくるのだ。

最後にこんなこともおっしゃっていた「今日は若い方が多くいるが、若いときは自分はどうなるのだろうかという漠然とした不安で苦しいものだ。自分も25くらいで最初の詩集を出した後スランプに陥り15年くらい詩を書いてはいたが、つらかった。しかし40になって交通事故にあい生死の境をさまよった後力が抜けて素直に詩が書けるようになったそうだ」高橋さんにしてこうなのかとびっくりした。そしてこう続けられた「ただスランプの後に浮いてこれるかどうかはスランプの時に逃げないことだ、逃げた人は絶対に浮かんでこない。また浮かんでくるということはその時代の人に評価されるということで、人は評価されるとうれしいものだが、それは必ずしもその人の力の指標にはならない、たまたま、評価された、たまたまその時代の波長にあったということでしかないので、やはり黙々とやるしかないということだと思う」この言葉は真実をついた素晴らしい言葉であり、私も含めて若いアーティストには心温まるものであった。

2005年12月21日

一人称の美学

篠原一男の『住宅論』をゼミで読んだのだが、改めてこの一人称の書き方にちょっとした驚きを感ずる。篠原は常に、自分の文章においては「我々は」という書き方はしていない、「私」はという主語しか使わないと言ってきている。しかしこの文章は客観性が欠如した主観的な認識の表明には読めない。いや少なくともそう感じる。もちろん、「住宅は広ければ広いほうがよい」とか、「民家はきのこである」というような有名なマニフェストにおける断言は当時の状況に対するプロヴォカティヴ(挑発的)なニュアンスがこめられているのであるが。(しかしそれもそうしたコンテクストを読む時一つの戦略的なゲーム性に裏打ちされているのであるが)そして、そうした言明を除けば、そこでの断言はある種の普遍的妥当性を持って響いてい来るようなものが多い。そしてその妥当性の響きを受け取るとき、一体そうした彼の言明への自信はどこからうまれているのであろうかと疑問を投じたくなる?
そしてそんな疑問が頭を過ぎるとき、ふとカントを思い起こす。カントはご存知の通り、認識能力は悟性が、欲求能力は理性が、快不快の感情は判断力がつかさどるものとする。そしてこの判断力が判定する感情を更に①快適なもの、②美しいもの、③崇高なもの、④善いものと四つに分けている。そして、それぞれの感情の伝達可能性について記している。それによれば、快適不快適な感情は伝達不可能、美しいものは可能、崇高なものは場合よっては可能、善いものは可能としているのである。この判定は現代的な感覚からすると謎な部分もあろうし、そもそも美的なものの範疇は更に拡大しているので、建築の訴求力が美や崇高に限定されないのだが、このカント的な裏づけを持ってすれば、美というものは一つの普遍的な感情であり、それは普遍妥当性を他人に要求できるものなのである。
篠原がカントに精通していたかどうかはあずかり知らぬところであるが、こうした認識論の上に立たぬことには篠原の一人称の美学を了解する道はないように感ずるのである。

2005年12月19日

捻れ

現在工事中の建物がある。これはコの字型をしたコートハウスのようである。ようであると言うのは、ちょっと違うからである。コの字型コートハウスは当然内側の中庭に向かってオープンで外側に向かって閉じているのだが、ここでは内側にも、外側にも同程度に開こうという開口計画をしている。だから、コートハウスではなく、のようなものなのである。つまりここでは、カタチが本来的に持っている属性を少し捻じ曲げて、本来的でない姿にしている。形式と内容の幸福な整合性を少し脱臼させて、捻れを意図的に作っている
これは一体どういう行為だろうか?建築の形式を敢えて新たに創ろうとしないで、認定済みの形式をリフォームしようということである。形式の可能性を探るという言い方もできる。形式の使い方を反転させることで形式の隠れた属性を引っ張り出すということだろうし、また形式が求める方向を180度ひっくり返すことで、無理を生じさせているという言い方もできる。その無理、矛盾の中に、使用の自覚が生まれるといういこともある。
最近こうしたある矛盾の概念が建築に力を付けないかとふと思う。先日の講義での宿題、「秩序ある複雑さ、無秩序な簡潔性」なんていうのもそうである。ヴァイオリンの奏法に弓の毛の方ではなく、木の方で擦るというのがある。これは実に奇妙な音がする。本来音を出す部分ではないもので音を出そうとしているのだから、奏法自体に矛盾があるのだが、それによって、おなかの底から湧き出るような唸りのような音が出てくるのである。こんな表現の強度を建築でできないかというのが上記試みである

2005年12月13日

時間

まず最初に、週一ペースをのっけから大幅に大幅に滞らせてしまい、OFDAの皆様ごめんなさい。
すでに坂牛さんにスレッドを6本も立ち上げていただいた中から、ともかく「最初に」と「アートフィールド」あたりについて少し。

「アートフィールド」のレクチュアーで一番私が興味をそそられたのは、「日常性」への接近を語りながらその一方で、建築は竣工後半年もすればいわば空気と化して飽きられてしまうものなのではという疑念とそれに対する空虚感を抱いていると語られていたことでした。「日常性」という言葉からまず普通に思い浮かべるのは(哲学や美学やアートの世界でそれぞれさまざまな定義づけがされているのでしょうが)慣れ親しみ、一々定義の確認もしないような、普通に継続されていく世界・・・というあたりで、建築が空気のように慣れられてしまうという表現はまさに建築が日常化されることの一形態といえそうでもあり、それに対して抗いたいということは、日常性に接近することを拒否する気分につながっていたりはしないのだろうか、と思ったのでした。建築は空気にすぐなりきるほど無力でも(飽きられてもおいそれと取り除けないという点において)無害でもなく、写真や絵画やあるいは音楽や文学が繰り返し鑑賞されるのと同様の作用ではないにしても、時間が経っても喚起され発見されるものが仕込まれて世に送り出され、逆に新築の一瞬が過ぎると反応されなくなるのだとしたら、それは「動かない」「固定的なもの」ということ以外の点に要因があるのではないかと私は考えるのですが、それが建築が日常性に近寄っていないということなのか、日常化しても飽きられないということなのか、私には言葉との関連付けがきちんと整理できていません。坂牛さんのレクチュアーでは日常性とファッション性とで異なる章立てで語られていたことでしたが、建築の竣工後の時間の流れの中で生きられること慣れること飽きられることと日常性について、それぞれの意味の近さと遠さと違いについてさらにもう少し話をうかがえたらと思いました。
また連想の家シリーズやリーテムについても、私は、その魅力は内も外もどちらもそれぞれに日常的なもの同士 (リーテム工場の立地は私自身の毎日からすれば日常的でないわくわくする立地ですが、工場で働く人にとってはおそらく工場の周辺環境として日常的な風景となることと思われ・・・) が、開口部の切り取られ方によって日常的でない隣合わさり方をするところにあるものととらえていました。窓から飛び込んでくる外の世界は、確かにライブで刻々と変化しえるものですが、その建築が飛行船か宇宙船のようにあちらこちらに移動しない限りは、建築の周囲に持続するやはり普通の日常的な慣れ親しんだ世界、ということになるのではないだろうか・・・そういう捉え方からすると、建築の内部が慣れられて死体になりつつあるところを開口部から飛び込む外部の動くものによって延命され続けるという図式ではないのではないかと。 坂牛さんの発想の原点がそもそも上記の空虚感だったとは、ずいぶん捉え方が違っていたのだなと驚きました。

「最初に」は建築のエンターテイメント化と最近増えつつある建築一般誌についてその言説分析についてですね。
建築はつくるにしても壊すにしてもとても大きなエネルギーを要し、色々な選択肢の中から簡単にとっかえひっかえができない状態で存在し、あるいはその存在の仕方を一人では制御しきれないもの、軽やかな身振りとはいいにくいそういう意味では「動いたり変化したりしない固定的なもの」だ、という感覚が、常日頃私の中では払拭できずにかなり強くあります。そのために、ファッションやアートと(あるいはグルメと)建築との間にはいまだはっきりした境界が引かれているようにも感じます。 例えば衣服も料理も音楽もアートにしても、24時間365日同じものだけを選択するということは通常はありえず、気に入らなければ、あるいは、気分や季節や流行に応じて、着替えたり、献立を変えたりできる、取捨選択の自由度がとても高い。 それに対して建築は、実際に住居を得ようとする人と、知の情報として消費しようとする人とにとってでは多少異なるかもしれないけれど、住まいでも働く場でも引越しという形での取り替えも可能なものの、気持ちの赴くままに立ち上げたり消去することはできないし、真向かいにたったあの家、この町並みを今日は見たくないと片付けられるものでもない。構想から竣工までに要する時間に対して周辺の社会状況の変化の方が特に現代は激しいし、完成後に期待されるのも、つくるからには、あるいはつくったからには、とその制作の手間に比例して通常は料理や衣服のそれと比較するまでもなく長い耐久性です。私にとってはつくる対象としても、見たり体感する対象としても、ファッションやグルメと建築とではおよそスピード感も時間軸上での存在のしかたも異なるものに思えています(この感じ方には色々異議もあるかと思いますが。そもそも建築と建物が整理されていないとか・・・)。だからエンターテイメント化といってもファッションやグルメとはまったく違った扱われ方、物差しのあてがわれ方がおのずと発生してくるのではないか、発生するとよいなという期待感があります。その中には時間にまつわるモノサシもあるのではないかと考えます。

2005年12月11日

The colour

原美術館でオラファーエリアソン(Olafur Eliason)展をやっているhttp://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html。一昨年(2003)テートモダンでオレンジ色の巨大な発光ボールをぶら下げた、Weather Projectをネットで見てhttp://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/eliasson/about.htm急に興味が沸きナディフで作品集を買ってつらつら眺めていた。見たいなあと思っていたら日本に来た。日本は便利な国である。

オラファーは自然、光、風、色がテーマな人のようで、テートではweatherをテーマにしたようだが、東京では光と色がテーマである。色に弱い僕にとっては久しぶりにさっさと感動させてくれる展覧会であった。
① 6メートル×6メートルの平面,高さ5メートルの部屋で床ゴムタイル黒、壁天井も真っ黒の部屋の上部から霧を降らせそこに光線をあてるとその霧が乱反射して絹織物のように揺らぎながら様々な色を発光する。
② 直径50センチくらいの偏光加工された透明のプラスチックリングを天井から吊るし、そのリングをモーターでゆっくり回転させる。そこに光を当てると反射光が部屋の床壁天井を這うように回転していくのである。偏光加工しているのでその光には微妙に色がつく
③ 6メートル×7メートル高さ3メートルの部屋の一つの壁がオレンジ色に発光している。手前から光を当てているのではなく裏側から光が当たっているように見える。その光は部屋中を充満している。ルイス・バラガンの黄色い教会に満たされた黄色い光のようである。
ドイツの心理学者ディビッド・カッツは色を、表面色(surface colour)面色(film colour)空間色(volume colour)に分類したが、その分類をオラファーの上記作品にあてはめてみるなら①は面色、②は動く表面色、③は空間色となる。つまり彼は現象形態を変えながら色の様々な側面を見せてくれているということである

ところで色というのは、ヴィットゲンシュタインが言うように、このオレンジ色を客観的に説明せよと言われてもそう簡単にできるものではない。それほど客観性に乏しい属性である一方で、たとえば上記オレンジの部屋に入ると確実に体感温度が3度上がるような客観的属性も持ち合わせているものである。つまり色の面白さ魅力というのは、個人的であったり万人的であったりするその2面性にあると僕には感じられる。さらにその現象の仕方で言うと、その空間色としての側面は容易に巨大な空間を満たしてしまう(テートモダンのように)そうなるとその存在は端的に大なのである。昨今の巨大アートブームにパラレルなその大きさが所謂崇高(sublime)をひきおこすのは言うまでもない。色はそうし2面性と崇高さ(sublime)へ容易に連結して、こちらに訴えかける力を持つのである。

2005年12月03日

銀座アートフィールド

銀座アートフィールドなるレクチャーシリーズの3回目として『SD2005』 に書いたことを主体に2時間ほどお話いたしました。この話の半分くらいは2週間ほど前に早稲田大学で話したことでしたが、今日は時間も十分にありゆっくりと語ることができました。内容はアートと建築の接近を「日常性」「ファッション性」「残された視覚性」という観点から語るというものです。詳細は『SD』を読んでみてください。

たくさんの方に来ていただきありがとうございます。鹿島の打海さん、久保田さんには内容を知り尽くしているのにまた来ていただきました。ありがとうございます。どうでしょうか?建築とアートは接近しているのでしょうか?長田さんは『SD』の中で安易に接近していると言ってはいけないとおっしゃっていたようですが。
事務所から来てくれた木島さん、伊藤さん、渡辺さん、加藤さん、井上さん、有賀さん、ありがとう。建築の創作論は常に未完だと、その時その時の創作論でしかない(なんていうと余りに無責任ですが)ずーと変化し続けるのだと思うのです。止まったら終わってしまう。どうでしょうか?
長野から来てくれた、建築学徒たち松永君、新宮君、工藤さん、武智さん、野原さん遠くまでご苦労様、建築見学やら美術館めぐりなどできましたか?なるべく努力していろいろなところに行っていろいろなものを見るように努力してください。大学の授業とは一味違うものだったと思うけれどどうでしょう?
また勉強会メンバーの天内君ありがとうございます。長い付き合いだけど建築のことをまじめに語る機会も少なく、少しは理解してもらえましたでしょうか?
大学の講義と異なり、本当に聞きたい人でしかもとてもテンションの高い方々の前での話しは少し緊張しました。特に谷川先生の前でアートの話をするのはまさに釈迦に説法というものでなんとも僭越でしたがお許しください。
最後にこういうレクチャーの機会を与えてくれた東京画廊の高橋豊津社長、そしてそのスタッフの方々そしてこのレクチャーの企画をされた谷川先生ありがとうございます。

できれば皆さんのご感想をお聞かせいただければ幸いです。どんな意見でも質問でも結構です。どんどん気軽に書き込んでいただければ嬉しいです。生協の白石さんではありませんが必ずお返事書きますのでよろしくどうぞ。

2005年12月02日

「偉大なテキストを見つけよ」

ゴメンナサイ、四週目も慣性で走らせていただきます。だれかバトンを拾ってください。

「偉大なテキストを見つけよ」と渡邊守章氏http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E9%82%8A%E5%AE%88%E7%AB%A0が言っていた。渡邊氏は蓮実重彦氏とともに表象文化論の創始者である。フーコーに師事しながら、能に精通しているというグローバルな思考回路の持ち主である。
さて偉大なテキストとは一体何か?それは自らの思想のよすがであり、不安定な羅針盤のぶれをとめるものであり、自らを相対化できる真に血肉化したテキストだそうである。
そんなものがあるだろうかと省みてみると残念ながら僕にはそうしたものがない。有る気になっているがよくよく反省してみると実はない。知っている気になっているが実は分かっていない。
なんとも影響されやすいというか、思いたったらすぐやらないと気がすまない性格なのか、前からキチンと読みたいと思っていたのに踏ん切りがつかなかったのがこのひとことでやはり正確に読もうと思ったのか、渡邊先生の話を聞いたその足で渋谷の本屋に行きすぐに買った本は宇都宮芳明訳の『判断力批判』だった。そんな古臭い本をとも思ったが、僕の思想的根拠の基礎の基礎としてやはりこれをはずすことはできない。篠田英雄訳で一度読んだので今度はこの単行本でしかも全注釈付で読んでみようと思いたった。
毎朝起きると先ず飯も食わず、顔も洗わず、この本と向き合い10ページほど読むのである。それはとても良い方法である。このての本を自力で精読するのは本当に骨の折れることだけれど、今までもやもやしていたことが正確に分かることも多い。なによりそうした一字一句が自分の背骨になっていくような気がするものである。
さて言語にそうした偉大なものがあるのと同様に、建築にもそういうものがある。空間というか場所というか光か風か?渡邊先生の言葉を文字れば「偉大な空間をみつけよ」ということになるが建築家にとっては空間も一つのテキストであるから「偉大なテキストを見つけよ」でいいのである。それは言語同様に、自らのスケール、空気、光と言ったさまざまなものを相対化する定規なのである。
僕にとってそういうものがあるとすれば、それは篠原一男の『上原通りの住宅』である。http://www.japan-architect.co.jp/japanese/2maga/ja/ja0053/work/11.html繰り返すがそれは定規であってそれが好きとか嫌いとかいう問題ではないのである。それは大学時代、家庭教師先のはす向かいにあったし、もちろん恩師の設計であるし、そんなわけで、外人を連れて2度中にはいったし、アメリカではゲーリーのペントハウス住宅の不思議な形に類似して、このシュールなボールトにポップなアメリカ西海岸でさえ驚きの声を上げていたし、東海大の非常勤を勤めることになってまた毎週見ることになったし、ついに同じ通りに自ら住宅を設計することになりその建物も竣工したし。
もちろんテキストにしても建築にしてもただ参照できればいいというものではない。そんなことは当たり前だ、重要なのは、それらが持っている奥行きの深さであり、包容力、あるいは応用力と言ってもいいのかもしれないけれど、つまりはいろいろな悩みに答えてくれるということなのである。
さて、本当言うと、こうしたテキストが一つしかないのはまた問題であり、テキストも空間も10くらいずつ持っていられればその方がよいのかもしれない。しかしなかなかそうも行かない。先ずは1つ目からはじめるしかない。一つ目がきちんとあれば二つ目三つめはだいぶ早いはずである。幹がきちんとあってこその枝なのである。
果たしてみんなには偉大なテキストがあるだろうか?