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2006年08月27日

音楽と建築

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デカルト(1596~1650)は「我思うゆえに我あり」の『方法序説』で有名だが実は『情念論』というのも書いている。人間の精神を突き動かすものは驚き、愛、憎しみ、喜び、悲しみ、欲望の6つの基本情念の組み合わせだという。そしてデカルトは「音楽提要」を著し、「音楽の目的は快を与えわれわれのうちにさまざまな感情をひきおこすことにある」と考えた。つまり「われ」と「情念」である。この情念の表出「ex」がバロックの「表現」と言われている。
さてそうした自由で奔放な新たなバロックは建築ならベルサイユで音楽で言えばバッハである。そしてその次の新古典は建築ならパリのパンテオンであり、音楽ならハイドン。そしてロマン主義は建築なら、シンケルあたりか? 音楽ならベートーベンだ。
さて何が言いたいかというと、建築はバロック新古典の差が大きい。音楽はバッハとハイドンの差は余り無い。(いやもちろんあるのだが、建築のほうが際立っている)一方建築の新古典とロマンの差は僕にはなかなか分からない。一方で音楽の差は激しい。ハイドンとベートーベンなんてクラシックとポップスくらい差がある。それに話をデカルトに戻すなら、バッハなんてベートーベンに比べたら情念の「じょ]も無いという気がする。バッハは単調に弾くものだと昔教わったものだ。感情を出したらいけない音楽だと教わった気もする。それはバロック建築からは想像もできない。

音楽と建築、そして美術もだがそれらは当然ある並行関係を保っているはずなのだが、しかしよくよく見れば実は微妙にずれている。

2006年08月20日

信山ばり

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昨日上條信山の生誕100周年記念展覧会を松本市美術館で見てきた。松本は信山先生の生まれ故郷である。

思えば不思議な縁である。上條先生は日本の10筆にはいる書家である。そしてかみさんの師匠だったのだが、筑波大学の教授でもあり私の母校と縁が深く、学校名の銘板を書いた先生である。そして上條先生の弟子が、私の中学時代の書道の先生であり、その先生は現在信州大学の教育学部の教授であもある。そして上條先生は長野高等師範の卒業なのだが長野高師は現在の信大教育学部なのである。上條先生は結婚式のかみさんの唯一の来賓だったが、その先生が亡くなった後で僕が長野に来るようになるとは皮肉なものである。

上條先生は私が最も好きな日本の書家の一人である。氏の書法は信山ばりと言われる独特のものである。それは自然な字の流れにわざと逆向きの流れを与えるのである。左払いの場合自然な流れは筆は右回りするのだがあえて筆を左回転させるのである。それによって、払いに異常な緊張感を与えるのである。逆の払いも同様なのである。そしてその緊張感を作る力を氏は骨力と呼んでいたそうだ。骨の力である。そして弟子たちはこの緊張感を出すために連日徹夜するのだそうだ。

そして僕はこの緊張感が好きである。実はかみさんが生前もらったか買ったか知らぬが師から頂いた書があり、僕の書斎に掛けてある。「自香」という文字である。自ずから香るである。いい言葉である。まだその言葉の意味さえよく理解できていないが、何時かその域に達することを願っている。

2006年08月13日

プライスコレクション

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やっと来たか日本ブーム。ついに国立博物館の日本美術の展覧会がブルータスの表紙になる時代となった。日本美術応援団の努力が実ったか?
しかしこの間のバーンズコレクションといい、今回のプライスコレクションといい、日本美術は逆輸入されている。
今回の展覧会を見に行くとちょっと驚く見せ方がある。美術品に当てる照明が時間で変化している部屋があるのだ。「なんだか変わった試みだなあ」くらいに思って後でカタログを見ていたら、プライスコレクションを展示しているプライス邸ではそうした自然光を調光する部屋があるようだ。そのプライス邸の設計者バート・プリンスはブルース・ゴフの弟子でゴフはライトの弟子である。そう言えばプライスってあのライトの設計したプライスタワーと関係あるの?そうプライスタワーは父親の所有するビルなのだそうだ。

しかしバーンズの時は大したコレクションじゃないと馬鹿にしていたが、今回は驚き。すごい質と量である。目玉は人気者若冲だけど若冲以外にも江戸の鈴木基一(きいつ)群鶴図屏風とか山口素絢(そけん)夏冬白鷺図屏風などは必見である。

ところで私の解説者は若冲の鶴を見ながらぼそりと言う
師:「若冲は筆使いを過信しているのよね」
私:「確かにうまい」
師:「一筆で輪郭とれちゃうのよね」
私:「うーん確かに、この鶴」
師:「でもそれで一発で行っちゃうから漫画になるのよね」
私:「でもそれを狙っているんだからいいんじゃないの?」
師:「漫画はまあいいとして、」
私:「そうね確かにこの鶴の首の辺りは無理に一筆で行くから線が死んじゃってるね、さすがにこれは意図的とは言いがたい」

これから先は想像だけど、若冲はいろいろ発明した人のような気がする。グラフィックデザインのセンスがあって、一筆書きしたり、画面トリミングしたり、デフォルメしたり、升目を使ったり、と1700年代には想像できないような技を発明したように思う。この間上海で水墨画見たときに、この分野は流石中国で日本の先生なのだが、若冲はオリジナルを作り上げたという気がするのだが。

2006年08月05日

上海住宅事情

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物の本によると、18世紀の後半から1940年代までに作られてきたlongtang houseと呼ばれる長屋が上海の伝統と西洋建築が混合された集合住居だそうだ、その一つのプランが上記のものである。日本では同潤会がコンクリート集合住宅の嚆矢であり20年代の後半であり、それに比べれば中国の多層型集合住宅の歴史は旧い。
日本の場合集合住宅の歴史はないから同潤会においてデザイン上の伝統と西洋の融合あるいは衝突ということは余り問題にはならなかった。一方中国ではこの融合変容が面白いようであり、その中でずっと維持された特徴は次のようなものだそうだ。
1) 集合住宅の周囲を囲う壁とゲート:やはり敵が多かったのだろうか?
2) 空間の階層性(道路、中央路地、小道、中庭、玄関):世界中ありそう
3) 南北軸:中国といえばという感じだが
4) 中央の道路とそれに垂直に交わるアレー(小路):この小道がいいんですよね
5) 複雑性(集住に学校やお店が交じり合う):確かに中国ではごちゃごちゃにいろんなものが混じっている
6) 様式(上記の特徴を備えると、建物は常に更新されるので様式は様々に成る):西洋みたいだ
7) ファサード(南北軸で南アプローチだから南ファサードが重要):これはあまり気付かないけれどどこでもそうか?