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November 30, 2010

楽しいi phoneアプリ

Iphoneのアプリに東京古地図というものがある。自分の居場所が江戸古地図上に登場する。Ofdaの事務所は松平家の屋敷跡。迎賓館が紀伊家というのは知っていたが防衛省が尾張家といのは知らなかった。ついで言えば上智も尾張家でニューオオタニは井伊家である。これで都会を歩く楽しみが増えた。
もうひとつ楽しいアプリを発見した。その名もispectrum。写真データーでも新たに撮った写真でも、どちらでもいいのだがそのデーター上の好きな位置をクリックするとその位置の色名が提示されるというもの。色の種類は500色程度。目の前に見える色が言葉(といっても英語だが)に変換されるというのが楽しい。精度は期待できないが、色名の勉強にはなりそうだ。

November 29, 2010

世界史の構造

ちょっと前に読んだ柄谷行人の『世界史の構造』を「読む」という特集の雑誌があったので読んでみた(『atプラスvol6』2010/10)。まずは柄谷を含め大澤真幸+苅部直+島田裕巳+高澤秀次による座談会が載っている。そもそもの本が難しいのに加え座談会出席者の広範な専門領域に話が入り込むと正直その関連性はもう僕の理解を超える。そんな中で大澤が自著『不可能性の時代』と比較して語ってくれたところは分かりやすかった。大澤は自著で「歴史の終わり」と思っていた時代(自由主義経済が最良のシステムだと思われた時代)が21世紀になったくらいから機能しなくなってきたことを示す。そしてそのオプション探しの必要性を提示。一方柄谷は時代を4段階に分割し古代から互酬性、略取と再分配、商品交換、そして新たな互酬性が来ると予言的に語る。つまり大澤の問題提起に柄谷は「新たな互酬性」という答えを用意したと大澤は語る。しかしてその答えが正しいかどうかについては明言を避けている。ところで一体柄谷の言う現代の「新たな互酬性」とは何なのか?この対談の表題にもある通り、やや乱暴に言えば、それは「抑圧されたコミュニズムの回帰」なのである。もちろん回帰とは直接的なそれではあり得ないが。
さて対談とは別にいとうせいこう、斎藤環、磯崎新、佐藤優の書評(感想?)が載っている。この中から磯崎の文章を読んでみた。磯崎にしては歯切れが悪い。というか簡単に言えば磯崎は賛意を表しつつ、円環状に閉じられた4段階目にこの制度がはめ込まれていることのみを批判している。系はもっと開かれているべきだというのが彼の主張である。それはもっともなのだが、そんな大枠の話はこの際どうでもよいようにも聞こえる。磯崎からはもっと直球の感想を聞きたいところだが、磯崎でも手に負えぬ問題ということなのか??

カタルシス

午後ジムに行ったついでに末広町のarts chiyodaで日比野克彦展を見る。日曜夕方の末広町は気味悪いほど人がいないがギャラリーは賑わっていた。「ひとはなぜ絵を描くのか」とは大仰なタイトル。でもそういうことを感じさせてくれた。とても良かったhttp://ofda.jp/column/。そこから地下鉄で隣り駅神田へ。友達のライブを覗く。50を超えたおじさん達の熱狂を見ると(まあこちらもそれなりに熱狂しているのだが)日比野さんの問いを反芻してしまう。「ひとはなぜ絵を描くのか」。日比野さんは自己の痕跡を残す本能?と語っていた。それもある。では、ひとはなぜ音楽をするのか?音楽は消えて残らない。カタルシスだろうなあやはり。スポーツに近いかな?

November 27, 2010

コンドル復活

朝九時に東京駅へ。三菱一号館とその脇の超高層を案内いただけるとのこと。たっぷり3時間近く見せていただいた。明治の組石造が忠実に再現されていた。それを現行法規に載せるために免振基礎の上に載せたり防火上の工夫をしたり、大変だっただろうことは想像に難くない。195,000㎡の超高層と5,000㎡の復元の工期が同じと聞くだけで充分であろう。ということはコストもそれなりにかかっていたと思われる。さてそこまでして美術館を造った事業者そして技術者には当然敬意が払われてしかるべきである。しかしどうも釈然としない。明治27年に完成したこの建物がどうして昭和43年に壊されてまた復元されたのだろうか?途方もない労力とお金をつぎ込む真の目的がよく見えない。
帰りがけ丸善によったら穂積和夫『絵で見る明治の東京』草思社2010が平積みになっているのでペラペラめくっていると最後のあたりに三菱一号館が登場している。そこには「とりこわしも復元も三菱の経営判断によるもので、文化財というよりも所詮は商業的な価値が優先された、、、」などと記されている。帰宅してネットをちょっと検索するといろいろな話に遭遇する。ネット上の話は虚実混合とはいえ、この開発の客観的な位置が見えてきた。つまり必ずしも諸手を挙げて賞賛されてはいないということである。とは言え、建築を志す者としては最終的にそこに良い建築があることが重要なことである。あそこにコンドルの建築があるということは無いことよりはもちろん素晴らしいことである。

石黒さんの丁寧な講評

朝一でゼミ。今日の一時間設計は縁側の家。これを3.5メートルピッチの林の中に木を切らずに配置し直すのが課題。平面形は変えてよいが、断面と延べ床を変えては行けないというのが条件。学生が設計中、僕はg-mailの連絡先を宛名印刷する操作を試行錯誤。しかし未だうまくいかない。10時から輪読。大林信冶他編『視覚と近代』名古屋大学出版会1999を読む。日本の視覚の本では最も網羅的で入門書として最適。
2コマ目デザイン論の講義。久しぶり。そろそろパワポも作り直さないと荒が目立ち始めた。午後製図講評会。今日のゲストは石黒由紀さん。体調が悪そうなので恐縮である。石黒さんのショートレクチャーを最初に受ける。彼女の建築は一見その外観の不思議さに目が行くのだが、とてもよく考えてあり共感するところが多かった。続いて2年生50人の受講者から昨晩選んだ20人によるプレゼント講評。石黒さんの丁寧な講評が2年生にはとても教育的。図面や模型を隅々までよく観察して適切なアドバイスをしてくれた。ありがたい。夜、駅前で懇親会。石黒さんも最初だけ顔を出してくれた。僕は終電で東京へ戻る。社内熟睡。四谷で芦田君にばったり遭遇。

November 25, 2010

アフォーダンスの専門家にお話を聞く

7時台のアサマで大学へ。午前中4年生の卒論ゼミ。まだ形が見えない。大丈夫だろうか?午後、明日の講評会でプレゼンする学生を選ぶ。今年は小粒だ。面白いものも、手抜きでどうしようもないものも少ない。4時半から早稲田大学の三嶋先生による異分野連携レクチャー。三嶋先生のアフォーダンス理論は僕の博士論文でも多いに参考にさせていただいた。特に建築の肌理を考えるとき、それが美的な問題以上のことをアフォードしてくれることを教えてくれた。それは三嶋先生の言う肌理の拡大率の逆数Τ(タウ)によってロジカルに表されるのであった。ということを思い出しながらレクチャーを聴いていたら、今日もこのΤが重要概念として登場した。
このレクチャーシリーズは学長裁量経費をもらって去年から行ってきた。振り返れば、リーテム社長の中島さんによるリサイクルの話で始まり、2回目はコンテンポラリーダンサー信大准教授北村明子さんによるダンスワークショップ。3回目は社会福祉学の理論家かつ実践家である加賀美先生による子供の話。最後は京都造形芸大の成実先生がファッションと建築を語った。今年は農学部の北原先生が森林の話、人文学部の祐成先生が社会学から見た住宅、そしてアルゼンチンから招いたロベルト・ブスネリが文化コンテクストを語った。そして今日が最後の三嶋先生である。8回それぞれ面白かったし、2年間やり続けてきた満足感もある。およそ建築というものは諸学の蓄積の上にあり、そうした関連性を学生に伝えたかった。果たしてそんな努力は実を結んだのだろうか。学長にプレゼンして金をもらい、スケジュールをこじ開け諸先生と調整し、部屋を予約しポスターを作る。好き好んでこんなことをするのは誰のためなのかと思わなくもない。でも一番楽しんでいるのは実は僕自身なのかもしれない。

November 24, 2010

構造家の資質

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午前中事務所で打ち合わせ。シンプルな場所を森の中に作るというテーマ。シンプル=最小限という考え方もある。それってどのくらいだろうか?「起きて半畳寝て一畳」とも言う。でも茶室じゃ生活は難しかろう?カップ・マルタンには風呂がない。
佐藤淳さんから届いた『佐藤淳構造設計事務所のアイテム』INAX出版2010を眺めた。美しい写真が前半を占め、後半は構造解析プログラムのソースコードである。このヴィジュアルなギャップに驚かされる。そして、そう思いながらも良い構造家はこのギャップの底から双方を同時に見られる人なのだと思い直す。ソースコードの寸分狂いのない論理があやふやで心もとない視覚をアンカーするとき建築が生まれるということを良い構造家は教えてくれる。そんな構造家のあり方がこの本には詰まっている。また佐藤さんと仕事をしてみたくなった。

November 23, 2010

ポケットwifi

午前中選奨の審査。大田区のほうへ出かける。今日も前回同様住宅である。80㎡くらいのところに7人住むという家だった。考え抜かれたプランニング。構造からディテールへ連続的な思考の流れ。いいものを見せてもらった。昼ころ四谷に戻り軽くジムで汗を流してからソフトバンクショップへ。e-,mobileをやめてポケットwifiに変更することにした。ちょっとしたことだがこういう設定変更って面倒くさい。何かを解約して何かを契約するのは時間がかかる。さて、この機械どの程度使えるだろうか?バッテリーの持続時間と速度と何台まで本当に速度が落ちないで接続可能なのだろうか??
昨日同様未読基本図書でロラン・バルト(Barthes, R)渡辺淳訳『零度のエクリチュール』みすず書房(1953)1971を読み始めた。しかしこいつはエドワード・ホールと同じように読めた代物ではない。このころのヨーロッパ文学に慣れしたんでないと読めないなこれは。その意味では難しくとも『モードの体系』の方が僕には分かりやすい。

November 22, 2010

ある空間とある空間を区別させるものは何か

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久々に雨模様の東京。朝のあずさで塩山へ。現場は2階の鉄筋を立てこみ中。久々のRC現場で支保工のすき間をくぐりながら現場を歩く。午後甲府へ移動し住宅の現場を見る。内部塗装がもうすぐ終わりそうである。夕刻のあずさで東京へ。車中エドワード・ホール(Hall, E.T.)日高敏隆・佐藤信之訳『かくれた次元』みすず書房(1960)1970を読む。明々後日早大の三嶋先生にアフォーダンスについて講演いただくので付け焼き刃読書。未読基本図書に目を通すいいチャンスと義務的に読んだのだが、この本とても面白い。やはり定本にはそれなりの理由があるということだ。建築的に肯いたのは二つの空間を区別させる指標について。ホールは言う「その空間の中で何ができるかによって、その空間がどう感じられるかが決まるのである」例えば天井を触れるか触れないかで空間の高さは決定的な差を持つ。巾の狭い書斎などで両腕を広げた時左右の壁に触れるか触れないかでこの空間の巾は決定的に異なって感じられる。また段差や吹き抜けなどある空間で端から端まで歩いて行けるのか行けないかでこの空間の広さ感は大きな差を持つ。つまりそれは筋感覚が視覚を大きく助け人間の空間知覚を決めていくということである。「筋感覚」とは便利な言葉である。これから使わせていただこう。

November 21, 2010

土木の経費

久々に八潮に出向く。公園基本設計の概算を見る。箸にも棒にも掛からない数字ではない。合計額が予算をはみ出るのはいつものことなのでたいして驚かないが土木工事の諸経費が50%以上もあるとは知らなかった。どうしてこういうことになるのかちょっと理解に苦しむ。建築は役所工事でも15%くらいである。もし50%が適当な数字なのだとすれば、建築の15%は低過ぎるということになる。帰宅後ネットで国交省の基準など見ると現場管理費が37%一般管理費が13%と指定されている。うーんどうしてこれだけの諸経費が認められれているのだろうか?建築の現場は設計とのダブルチェックだからとは言え、、、ネットでいろいろ調べてもその仕組みは分からない。単にこれは慣習であり、土木はお得ということなのだろうか?
風呂に入り新聞を読む。日本企業が中国で新卒採用試験をしているというニュースが目に入る。ああやはりと思う。中国には一流大学出が蟻族と呼ばれ職に就けず都市近郊に集団で住んでいると聞いたことがある。その人材に誰かが目をつけるだろうと思っていたら日本企業が飛びついた。それも使い捨ての現地採用であはなく幹部可能性のある本社採用だからトップエリートが集まり、あっという間多くの企業が採用を決めたと書いてある。就職できない学生が溢れる日本を離れ企業が中国に出向く理由は単純だ。彼らの求める人材が多いからである。肉食男子が幹部を務める今の日本企業は腑抜けな草食男子に興味は示さない。肉食は肉食を求め中国に行くということのようである。しばらく中国で仕事をしたくはないけれど優秀な中国人を育てるのは興味深い。

November 20, 2010

ベネッセの戦略

ニューヨークの友人と四谷でブレックファースト。彼女はジャパンソサエティの芸術監督。加えて最近日本人としてはじめて理事長になった元ニューヨーク大使(アメリカにはワシントンと国連とニューヨークに大使がいるそうだ)の芸術面の先生役でもあるようだ。彼女は年に4回くらい来日し、前衛アート、ダンス、劇その他を物色してアメリカで公演させるのが仕事。しかし今回は遊び半分でやってきて直島に行くという。どうして??と聞くと、やはり福武さんの策略に興味があるという。先月瀬戸内に行ってきた私はベネッセがここまで投資する理由か分からなかった。進研ゼミで儲けた金を趣味に費やしているのだと思っていた。しかし彼女の話は全然違う。彼らの戦略は瀬戸内海に日本の新しいリゾートを作ることだという。交通のベースを関空に定め、そこから高速ホバーでダイレクトにやって来るルートを計画しているのだそうだ。瀬戸内の島は温泉の宝庫で、気候も穏やか。そこをアートで知的に味付けし、世界的スター建築家による美術館とホテルを用意して話題性を高めているのだという。もはや成田経由のカオス東京とトラッド京都の組み合わは新鮮味に欠ける。観光日本の次なる資源は日本の地中海:瀬戸内なのだという。うーん、、ベネッセが本当にそう考えているかどうかは別にしても、言われたことは至極尤も。昼ころ別れ僕はジムへ。夕方家族と新宿「つちや」でもんじゃ焼きを食す。結婚記念日祝い。噂にたがわずうまい。客足が途絶えない。

November 19, 2010

不運の平等

経済学者竹内啓の書いた『偶然とは何か―その積極的意味』岩波新書2010という本がある。著者曰く、偶然は良いほうに転べば幸運といわれ、悪いほうに転べば不運である。科学が支配する社会になっても偶然は消滅しない。未来社会まで含めてそこに偶然は内在している。僕らはそれを回避するのではなく受け取らなければならない。もちろん不運を最小限にする努力は必要だが、それでも不運は起こる。その時われわれは不運を被った人を不運だといって知らん顔するのではなくその不運を分配しなければならないと著者は言う。この考え方は昨日読んだ「自由の平等」に近いものがある。言い換えれば「不運の平等」である。天災被害に自衛隊を出動させるのは税金を被害者にあてがうのだから不運の平等になる。しかし常に自衛隊が出動するわけでもない。それは無視された不運であり、あってはならないことなのである。
数え上げれば僕もいろいろな不運を経験した。卑近な例だがコンピューターが壊れるというのも不運。病気というのも不運。ひどい施工者と仕事をするというのも不運。そしてこれからも確実に多くの不運に直面するだろう。でもそれは仕方ない。そして今後は人のことでも自分のことでも不運を分配しよう。著者の考えに多いに賛成。

November 18, 2010

自由の平等

朝から推薦入試。北は北海道、南は徳島まで広く受験生が来た。最近はネットに様々な情報があるせいか、志望動機などがとても具体的である。午後まで会議が続く。夕刻、昨日同様4月から僕の部屋の学生の面倒を見てもらう先生に学生とご挨拶。昨日は歴史の先生。今日は環境の先生と心理学の先生。学生の研究計画を聞いていると未だ多少頼りないところもあるが、今日の学生達はなんとかなるだろう。夕食後アルゼンチンブックレットのチェック。これで日本語部分は完成。これをアルゼンチンに送り香川君に翻訳を頼むことになる。彼が帰国する前になんとか印刷に回せると有難いのだが。時間との戦いだ。8時半のアサマに乗るつもりで駅にきたら20分発だった。最近は乗り遅れが多い。最近自分ではないような事がいろいろ起こる。更年期障害だ。福岡伸一が週刊誌に男性更年期障害のことを書いていた。シールのように貼る男性ホルモンの薬があるとか。アメリカじゃ大事なプレゼン前にそれを貼るビジネスマンも結構いるらしい。しかし日常の凡ミスを避けるには毎日貼らねばならないのだろうか??
帰りのアサマで『自由の平等』を読み続ける。著者の主張は間単に言えばこうである。福祉社会とは強者の獲得したものが弱者に再分配される社会である。そのとき強者は「妨げられない自由」を主張する。一方弱者はその立場にいるのは生まれつき、あるいは社会的にそうなっているのであり「できる自由」を主張する。一般に「妨げられない自由」こそが自由であるとされるが「できる自由」はそれと同等の自由であるとするところが著者の主著の肝である。それが本のタイトルである「自由の平等」を意味している。この発想のポイントは人の存在=社会的存在と認める点である。もちろん無人島で孤独に生きる人間にこんな倫理観は不要である。しかしそういうケースは稀であり社会的存在を背負っていることが人間であると認める限り著者の主張は正しい。
リバタリアニズムへのベクトルが方向転換して素直に著者に頷けそうになってきた。

November 17, 2010

冷たい雨

東京は霏々として冷たい雨が降り続く。午前中事務所で打ち合わせ。飯を食って東京駅で新書を二冊買い込みアサマに乗る。高崎を越えるころから雲が開け夕日が空を赤く染める。駅で買った海部俊樹『政治とカネ』新潮新書2010を斜め読み。昨日見た週刊誌に紹介されていた。政治家の書く本などあほくさくて滅多に読まない。しかしこの本は彼が政界で生きたありのままを書いてあるということなので読んでみた。確かに生生しい数字が羅列されていたがそれを除けばあまりどうということはない。夕方大学で4月から僕の学生を受け入れてくれる先生に学生とご挨拶。研究テーマなどの打ち合わせ。夜研究室で立岩真也『自由の平等―簡単で別な姿の世界』岩波書店2004を読む。リバタリアニズム批判である。自らも時としてリバタリアンに傾斜する。しかし理性的にそれを制止するのである。心底リバタリア二ズムを否定できる心地よい考え方があるのなら傾聴に値する。

November 16, 2010

sugar sync

午前中打ち合わせ。午後mac book airを手に入れる。事務所でT君にwindowsをインストールしてもらう。結構時間がかかる。僕じゃとてもできない。ほっとする。Officeはとりあえずopen officeを入れてみる。残りのアプリは明日。昨日drop boxに感動していたら、平瀬さんからsugar syncの方が便利だよとtwitterで教えてもらう。さっそくダウンロードしてみた。未だ上手く動かせないが便利そうだ。Drop boxとの差はよく分からないがまあおいおい。夜、奥山さんへ原稿最終便を送る。ほっとした。これは中国語に翻訳されると言うが日本語中国語併記の本になるのだろうか?

November 15, 2010

mac book air 

午前中のアサマで長野へ。車中アーサー・クローカー伊藤茂『技術への意志とニヒリズムの文化-21世紀のハイデガー、ニーチェ、マルクス』NTT出版2010を読む。いやこの本はなんだか全然分からない。いや分かる人には分かるのかも知れないが波長が合わない。午前中は輪読ゼミ。ジョナサン・クレーリー遠藤知巳訳『観察者の系譜』。視覚論の定番本だけど修士学生がいきなり読むには少々難解かもしれない。お昼を食べながら会議。午後は修士論文ゼミ。さあ早く作品を作ってほしい。ゼミの終わりに1時間設計。ジャンプルーベのナンシーの家を題材にして平面を維持したまま断面を変えよという課題。モダニスティックな空間を換骨奪胎せよという主旨である。3時から教員会議。来年度はまた給与が数%減少するという説明があった。しょっちゅうこんな話があってもう慣れっこになってしまった。大学の給与だけで生きるなんてもはや無理である。小説でも書くか?会議後Y先生にマックブックエアを見せてもらった。立ち上がりも終了もおそろしく早い。エアの薄さで重さ1キロ。CPUはデュオ。HDは60くらいだけどこれで8万台。スゴイ。ついでに見せてもらったドロップボックスというデーター管理ソフトがすぐれモノ。ネット上のサーバーとCPU内のファイルが瞬時に同期する。見せてもらっている間にも学生のファイルが更新されていくのが表示されている。これを見ると学生が何時どのファイルをいじっているか一目瞭然である。5時からキャンパスマスタープランの打ち合わせをして飯を食って1時間設計の採点。雑用を終わらせて8時半のアサマに飛び乗る。週間新潮を買って読んでいたが面白い記事が一つも無かった。

November 14, 2010

最後の訳語統一

午後A0勉強会。読み合わせは全部終わった。今日は訳語ルールについての打ち合わせ。全体を通して多く出てくるhumanismとかspace, line, coherence等の言葉については全体を通して意味が変化しないので訳語を統一しそれを確認する。一方頻出しても意味が場所によって変化する言葉は逆に統一しないことを決める。カタカナを使う方がもはや一般的であるメタファーや、日本語訳があまり一般的ではないコーニス、モールディングなどの専門用語はそのままカタカナで統一。本のタイトルなどは訳書がある場合はそれに従う。例えばThe Stone of Veniceは『ヴェニスの石』ではなく『ヴェネツィアの石』とした。それから人名、地名の発音をどこまで原語に忠実に再現するのか?などなど。しっかり半日かかったが懸案事項の答えは全て出した。そのルールブックに基づいてもう一度訳文を見直すことになる。12月には各自分担部分を見直して最終稿を持ち寄りやっと校了とあいなるか?

November 13, 2010

文節の並べ方

作品選奨の審査にお昼ころ出かける。地下鉄駅から地図を頼りに歩く。下町ビル街に突如桜並木が現れた。建物は桜に面しそれを愛でるように設計されていた。ベテラン建築家による手慣れた作法だ。見終わって銀座に出る。BLDギャラリーで辰野登恵子個展を見る。箱や本棚が画面からはみ出るようにつながる。どうも僕はオールオーバーな構図に弱い。そして色がいい。ピンクと薄い紫が何とも言えない。京橋のほうへ歩き小山登美夫ギャラリーで池田亮二展をのぞく。前にも見たことがあるようなデジタル映像とスティルの作品。伊東屋でシャープペンを一本買ってホコテンを歩く。途中教文館で平積みになっていた野内良三『日本語作文術』中公新書2010を買う。谷崎や横溝という大家に赤を入れているのが小気味いい。加えて文節の並べ方の説明に合点が行く。日本は述語を最後に置くことを除けば文節の順序に規則はない。しかし長い文節から並べるのが読み易さの原則だという。そうやって並べかえると読みにくい文章は確かに読みやすくなる。四ッ谷に戻り、本を読みながらジムで自転車。

November 12, 2010

メトニミー

朝一で輪読ゼミ。今日の本は三中信宏の『分類思考の世界』講談社現代新書2009 著者は進化生物学者。分類の元祖は生物学ではあるが、生物以外でも分類は必ずやある。分類をしない学問など聞いたことはない。いや学問と言わず生きていくために分類はなくてはならないものである。建築の世界だって分類は日常茶飯事である。およそ分類をしない論文など見たことはない。意匠に至っては事象の分類が学問であるかのごとくである。その価値をうんぬんする気は無いが分類せずして僕等は頭を整理できないのだから仕方ない。ところで分類の方法論の一つの概念に換喩メトニミーがある。モノの一部で全体を表す修辞法である。青い目で西洋人。鳥居で神社などを表す事を言う。建築でも全ての作品に一貫した特性を持っている建築家はメトニミーで言い表せるものである。でもそう言う人は常にその方法論を変えないということでもありちょっとつまらない人かも知れない。午後製図のエスキス。さあ今日で終わり。講評会まで頑張って欲しい。去年を追いこせ。夕食をとって雑用を片付け帰宅。

November 11, 2010

武家空間の近代的変容

午前中、長野市景観賞受賞作品見学ツアーの講師。長屋門、保育園、酒蔵巡り。午後大学に戻りゼミ。そろそろ訳の分からない話にいら立つ季節になってきた。その後アルゼンチンワークショップブックレットのデザインを見る。50ページを超えていたので印刷代を考えてページ数を減らす。こういうモノはだらだらやっていると熱が冷める。多少のことには目をつぶり最速で作り上げることが肝要である。夕食後、水内俊雄・加藤政洋・大城直樹『モダン都市の系譜―地図から読み解く社会と空間』ナカニシヤ出版2008を読む。著者の1人にソジャの『第三の空間』の翻訳者である加藤氏が名を連ねているので興味がわきこの本を読んでみた。しかしここでは比較的地理学者として正攻法の話を展開している。城下町から現代まで関西の都市変容過程が地図をもとに綿密に分析されている。その中でも明治になって武家空間が一掃されたこと。そしてそれらが種地となり、新しい時代に必要とされた空間(教育、行政、病院、遊郭など)が建設されてていったことを地図の上で改めて知る。例えば京都では鴨川以東の武家屋敷跡に帝大、第三高等学校、美術工芸学校、医科大学、第一中学校、発電所、平安神宮、岡崎公園、動物園などが建設されたのである。こういうことを知ると東京の明治も知りたくなる。ちなみに僕の事務所がある荒木町は松平家の屋敷があったところだったが、明治は、花街になった場所である。屋敷の庭に池もあり(今も小さなモノだが残っている)東京でも名の知れた景勝地だったからだろう。花街になったことが明治政府の計画的な事業であったかどうかは分からないが。

November 10, 2010

コラプション

朝のあずさで甲府の現場。外部の足場がばれて内部のパテ処理が進む。今日は寒くなるとかみさんに散々言われて出てきたのだがそうでもない。甲府の昼は暑いくらい。加えて空気がとても澄んでいる。富士山がこれだけきれいに見えたのは初めてだ。昼食後、駅で買った小説を片手に鈍行電車に乗る。フィリピンを舞台にした日本現地法人をとりまく汚職の話し。先日ヴェネゼエラの建築家と話していたときも自国のコラプションを嘆いていた。権力に金は集まる。権力がありながらステータスの低い人間は権力を傘に金を得ようとするし、権力がありステータスの高い人間は更に高いステータスを求めて金を得ようとする。だから権力に金が集まるのはとめられない。権利(権力)は最も安定した商品である。アメリカでグリーンカード(永住権)得るにはその人の能力もあろうが、手っ取り早いのは金を積むことだと言われたことがある。留置所から出るのだって金である。これらは合法的な権利の売買である。そして民主主義社会では権力は公に託されたものであるからその金は公に入らないといけないのだが、人間そう簡単に原理通りには動かない。これは人々の倫理観によって制御され得ることなのか?それとも原理が間違っているのか?

November 9, 2010

瀬戸内の話題

事務所で打ち合わせ。現場の状況やら、明日の打ち合わせ項目を確認。スペインでネット環境が悪かったので返信すべきメールがたまりそれらに返事を書く。ところで離日前に約束を果たしたつもりで中国に行っちゃったO先生に送った原稿へ受領の返信が無い。たいして急ぎじゃなかったっていうこと?それなら行く前に無理してやらなければ良かった。もっとやりたいことが色々あったんだけどなあ。
ニューヨークに居るアート関係の友人が来週日本に行くのでランチをしようとメールが来た。曰く、日本に来る時はいつも死ぬほど仕事を入れるので本屋にも行けず友人にも会えず見たいものも仕事関係(ダンスパフォーマンス)しか見られない。だから今回は友人に会って、物見遊山をするという。その友人として光栄にも私が選ばれたそうなのでお誘いは喜んで受けることにした。しかし土曜日に遠出したくないので四ッ谷のポールで待っているよと返信した。さて物見遊山の行き先を見ると広島、直島、岡山と書いてある、遠くニューヨークでも瀬戸内は話題の場所のようである。

November 8, 2010

蒸し暑い

時差調整しようと機内は寝ないで頑張る。映画を4本も見てしまった。エアフランスは映画の本数も充実しているし食べ物飲み物もアエロフロートの比じゃないな。成田に夜到着。ヨーロッパから帰ったら東京はひどく湿気を感じるし暑い。つまりむし暑い。

スペイン人の話し方

あせったな。寝ている間にゲートが変わって乗るべき飛行機が行ってしまった。こんなことは初めてだ。ボーディングパスも持っていたからコールもしてくれただろうが何せ僕は違うゲートにいたから気づくわけもない。仕方なくエアフランスでちょっと遅れて帰ることにした。
いやもし起きていてもどうだか?スペイン人の話し言葉ってとにかく早い。昨日バスに乗ったらスペイン人のおじさんとおばさんが散弾銃のようにしゃべっていた。話すだけじゃなく身ぶり手ぶりがすごい。別に酔っているわけでもない。これをみたベネゼエラ人のジェシー(ロクサーナの友達)がスペイン人のスペイン語は早いしうるさいし身ぶりがすごいと言う。ベネゼエラは違うのかと聞いたらこれほどじゃないようだ。確かに彼女ら二人の会話はとてもゆっくりしている。先日のパーティーの市の元住宅局長のスピーチも笑っちゃうくらい早かった。あまりに可笑しくて隣にいたスペイン人に「あの人変だよね?」て聞いたら別に普通だよと言われた。だから空港のスペイン語はもちろん早いし、彼らの話す英語は同様にとんでもなく早い上にリエゾンしまくりで全然聞き取れない。起きていてもゲート移動のコールが聞き取れなかったかも???
と言うわけで今シャルルドゴール。本を読むと寝るかもしれないので、ブログ書いたりメールしたりして時間をつぶす。食べる場所もやってないし、、、、
笑っちゃうと言えば思わずjoking!!と叫んだ話を思い出した。昨日ジェシーにベネゼエラのことをいろいろ聞いていたときのこと。「ベネゼエラは石油たくさん取れるからガソリン安いでしょう?」って聞いたら「タンク満タンにしていくらだと思う?」と聞かれた。うーん日本の半分以下として「2000円くらい?」と言うと「水より安いよ。1ユーロ。でかいトラックで2ユーロかな」と言う。ウッソーだね。まあ世界は広い。

November 7, 2010

マドリードの郊外を巡る

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ヘルツォーグ caicha forum
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カスティージャ広場の斜めのオフィス設計はpジョンソンだとロクサーナは言っていた真ん中の塔はよく見ると動いている。カルトラーバだそうだ。

ヨーロッパの40以下の建築家40人という賞受賞者の連続レクチャーに顔を出す。これで今回のオフィシャルな仕事は終わり。空いた時間にロベルトに勧められたヘルツォーグのcaixa forumへ。古い建物を再生しながら基壇を抜き取って上に載せた。閉じた様式建築が一気に公共の開放性を獲得した。力わざだけどとても理解できる。その後昨日のパーティでテーブルをともにしたマドリード在住の建築家ロクサーナと会う。彼女がマドリードの周辺を案内してくれると言う。実はネットを見ながら行きたいと思っていたがとても1人では行けないとあきらめていた。ナイスオファー。
見るのは全て郊外のソーシャルハウジング。簡単に言うとマドリードの周辺はドーナツ状に団地群が続いている。その内の幾つかはコンペだったそうだ。トム・メインはコンクリートフレームの交錯する白い建物。作者不明のカラフルなコンテナハウス。FOAはベランダの周をすだれで覆った。開閉可能。ただしすだれは10年に一度換えるらしい。次は一気に北の郊外へ出る。そこにはMVRDVのハウジングが二つ。一つはタワーでちょっと唐突。もう一つはブロックを抜き取り風通しをよくした秀作。そこからバスで中心部の北のカスティージャ広場へ。もうあたりはまっ暗。二つのオフィスビルが斜めに建ってゲートのようだ。その向こうに100階を越える4本の超高層が並んでいた。一本はフォスター。ロクサーナは超高層は嫌いだとぼやく。これはマドリードを南北に貫くカスティージャ通りが新興郊外につながる結節点であり、なんだかシャンゼリゼのようでもあった。
今日はロクサーナのおかげで初めてバスに乗った。彼女は新しい町に来たらなるべくバスで移動しろと言う。町を見るために。そうだなあと痛感。昨日用事をこなすのにメトロであっちこっちかけめぐりながら、ポルトガルも東京もマドリードも同じだなあなんて思っていた。町の機能性は図式と数字に還元できるなんて計画学者が喜びそうなことを感じていた。いかに便利で使いやすいかは時間と値段で決まる。一方デザイン性は違う。時間と金に還元できないことを語らないならデザインやる資格ないしそれならメトロに乗りっぱなしではダメなのかも。でも旅行者にバスはつらいよな。
ぶらぶらカスティージャを歩きながら疲れてバスに乗り。中心部で降りて別れを告げる。最近スパニッシュ流のハグも自然になった。昨日疲れてもパーティに行った甲斐があった。ロクサーナに会わなければこんな貴重な経験は出来なかった。

November 6, 2010

マドリードで建築を考える

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受賞者展覧会場
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ヌーベルでかい
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ディナーパーティー
朝6時ころ宿を出る。マドリード南のアトーチャ駅、コロン広場、スペイン広場をかけ足で見てから宿の近くのスタバでネットに繋ぐ。メールが気になったが特に急を要するものはなさそうだ。宿に戻り少し荷物を入れ換えてからレクチャー会場に。昨日のレセプションでは無事僕のパネルを見つけほっとした。白黒で出しているのは僕だけで悪くないと自己満足。最高責任者のチャールズにあいさつ。昨晩は日本のアンバッサダーが僕を探していたと言っていた。気がつかなかった。レクチャーのトップは僕で聴衆は少ないが1時間くらい話す。流石に準備不足であまり上手に話せなかった。続くトルコ、ドイツ、カナダなどは準備万端でなかなかうまい。トルコの建築家に僕は話す内容が多すぎだとサジェストされた。ヨーロッパ人は論理的である。建築は理詰めじゃない方が楽しいなどと思っていてもダメである。それならそうと説明しないと。加えて、つい日本の文脈を前提に話していたなと反省。相手を考えてレクチャーを構成しないとつたわらない。少し考えさせられた。
夕方ヌーベルが新館を設計したレイナソフィアミュージアムへ行く。ここは建物を見るより中身をゆっくり見ようと思っていったのだが、想定外で建築がスゴイ。ルッツェルン同様の大屋根でとにかくでかくて広い。サイズの力を改めて実感する。ここは近現代美術専門で、もちろんスペインのそれはピカソである。そして最大のメインはゲル二カ。25年前はガラスケースに入っていたような気がしたが、今回はケースも册もない。専門の監視人が両側に座り床のビニールテープのラインを越えないように見守るだけ。スペイン内戦のビデオや、それにまつわる戦争アートが丁寧に解説されゲルニカの理解が深まるように構成されている。
8時ころ美術館を出てリテイロ公園での受賞者を祝うディナーへ向かう。ドレスコードがいやで出ないつもりだったが、レクチャー後にチャールズが服装なんてどうでもいいから是非来いというので行くことにした。マドリード市長、元住宅局長、受賞者、地元建築家など150名くらいの盛り上がり。私のテーブルはヴェネゼーラ、スペイン、アルメニア、イタリアの建築家たち。ビエンナーレからスペインの建築事情と話題はこと欠かない。12時くらいになって、急に睡魔に襲われホテルへ戻ろうと席をたつとレクチャーを聞いてくれたスエーデン人のプロダクトデザイナーがポジティブな感想をくれた。さらに外に出ると涼んでいたカナダ人建築家がセクションの操作がインプレッシブだと賞賛してくれた。こんな国際的な場で自分の建築を話題にされたことは初めてだが、つくづく建築って受け取る人の文化的コンテクストでこんなに違うんだよなって思った一日だった

November 5, 2010

バスクを歩く

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昨晩は時差のせいかあまり眠れず、そのまま朝5時ころ宿を出てタクシーで空港へ。空港はだれの設計だろうか?湾曲した構造に木の板が丁寧に張りついている。ビルバオまで1時間。ビルバオ空港は確かカルトラーバの設計。空港もいいが駐車場が半分地中に埋め、見える部分のスクリーンに一工夫されていて見事だった。ビルバオ空港からバスでサンセバスチャンへ向かう。あいにくの天気でビスケー湾は高波。そこにラファエル・モネオのガラスのホールが突如現れた。この潮風を肌で感じると、ガラスで覆う気持ちが実感できる。風雪(いや潮風に)に十分耐えている。バールで魚やタコのつまみで(ビールと行きたいところだが)パンとコーヒー。昨晩から食わず飲まずだったがやっと胃袋が満たされた。昼のバスでビルバオへ。グッゲンハイムは想像に近いものだった。それはビルバオ河畔に置かれた巨大彫刻だった。もちろんこの勇姿は周辺のコンテクストからとんでもなく浮いているのだが彫刻だと思うとすんなり受け入れられる。彫刻は周囲からきつ立することの方が普通なのだから。カルトラバの橋、フォスターの地下鉄を通りビルバオ美術館でバスク地方の二人の彫刻家オテイザとチリダの作品を見る。この二人はとても素敵だった。バスクの血がどのようなものなのか、一冊の本を読んだくらいでとても理解は出来ないが、純潔を守り抜いた彼らの血がここに現れているのだろうか?帰りの飛行機まで時間があるのでビルバオ河畔を歩いていると無骨な鉄の橋を見つけた。いやコレはなかなかいい。ビルバオの最優秀賞である。マドリードに戻り明日のレクチャーの打ち合わせ。

November 4, 2010

状況にコミットできるか

アエロフロートに初めて乗った。脱出口の横の席にしてもらえたので楽だったが、隣に座ったロシア人が熊みたいにでかくてまいった。腕が僕の太ももくらいあり、顔は僕の2倍くらいあった。アエロフロートはエコノミーだとアルコールが出ないようだ。まあ機内では飲まない方なのでいいのだが。成田で買った今年の芥川賞受賞作赤染晶子『乙女の密告』新潮社2010を読む。京都の外語大が舞台。作者自身京都外大出身なので自分のことを書いているようである。会話がばりばりの京都弁。研究室の京都出身の子を思い出した。一本映画を見てから大塚英志+東浩紀『リアルのゆくえ-おたく/オタクはどう生きるか』講談社現代新書2008を読む。二人の2000年から2008年までの4つの対談が掲載されている。大塚が散々東につっかかっているのが面白い。大塚は東のことを常に状況を先回りしながらメタレベルで発言し、状況にコミットしないことにいら立ちを覚え、そうした東の姿勢をマーケッテイングだと評する。一方東は自らのポストモダン体質(小理論の林立)に対して大塚が「公民」というような比較的大きな理論をふりかざすことの無理を主張する。状況にコミットするそうした体質は趣味的と反撃する。大塚は僕と同じ世代なので彼の言うことはとてもよく分かる。こうした世代的な状況への態度差は建築界でも相同的に見える。私的な世界を徹底的に繰り広げる若い世代にとって状況はコミットする場所ではないように見える。
モスクワ空港は6時だというのに静かなものだ。インターネットプレースみたいなものがないので床のコンセントにつないでパソコンを打っている若者が結構いる。そこに仲間入りさせていただく。おっとwifiにただでつながる。すばらしい。

November 2, 2010

ダイナブックに悩む

一昨年22万で勝った東芝のダイナブックが去年一年たたずして起動しなくなり、DVDが読めなくなった。いやもちろん書きこみも出来なくなった。メーカー保証で直ったはいいが、貴重なデータを取り出すのに5万くらい取られた。そして一年たたずしてDVDが壊れほどなく起動しなくなった。今度はヨドバシの5年延長保証に入っていたのでそれをもって修理を依頼した。それが、先日ヨドバシから電話があり、見積もりが28万円ですと言う。そこでヨドバシの保証でお願いしますと言うと、「すいませんきちんと説明してなかったかもしれませんが、この保証には上限19万があり差額はお支はらい下さい」と言う。そんなことは聞いていないと言ってもそれが規定だとのたまう。それにしても、買った値段より高い修理代ってあるか?それなら新品で頂きたい。差額3万で新品になるのなら払ってもいい。どこのどいつが差額9万払ってコンピューターを直すものか。それにしてもダイナブックは許せない。軽量化するために設計に無理があるのは見え見えである。壊れるのを承知で売っているとしか思えない。2年間で同じような症状を起こす製品に対して東芝はもっと誠意を見せるべきではないか????それともたまたま粗悪品をつかんだ貴方が不幸だったということなのか???

November 1, 2010

バスク人

午前中学科会議。午後ゼミ。少しねじを巻いて最後のふんばり。ゼミ後貯まる一方の雑用を粛々と終わらせてからアルゼンチンの雑誌に送る原稿、留学する学生の推せん状、JIAの原稿、とにかく始めないと終わらない。そして講評会のゲスト、石黒さんに電話して快諾頂く。良かった。留守の前にやるべきこと、手を着けるべきことはだいたい終わった。しかし、唯一月末までと言われた原稿が出来ていない。ぐすん。でももう少し時間をかけないと送れない。ごめんなさい。7時半のアサマに飛び乗る。渡辺哲朗『バスクとバスク人』平凡社2004を読む。ビルバオに行く前に少しバスクを調べておきたかった。アスレティック・ビルバオ(サッカーチーム)はスペインリーグで唯一スペイン人(バスク人)だけで構成されているチームだそうだ。なるほどそういう人々なのだ。これで興味も倍増である。夜間帰宅。帰宅後も大学の雑用資料に追われる。どうしてこう公的書類は字が小さい上に書く蘭が狭いのだろうか??????かみさんに大学に郵送しておくように頼む