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October 31, 2010

文化の混合

娘に文化祭に来て欲しいと頼まれたのだが、スペインの下調べがまったく出来ていないので残念だが一日地図とにらめっこ。それから荷物のパッキング。ネットでマドリードの天気予報を見ると最低が7~8度最高は20度。長野以上に温度差が大きい。昨日のブログにビルバオに行くと書いたら旧友がビルバオ情報を送ってきてくれた。ありがたい。彼は魚博士だからビルバオで魚研究していたのだろうか?
夕方家を出てジムで一汗流しそのまま東京駅へ。丸善によって丹下敏明『スペイン建築史』相模選書1979を買いアサマに乗る。大学の卒業旅行で北アフリカからスペインを周りイスラム建築を堪能したが、歴史をひもとくと、スペイン建築の特徴はまさに8世紀のイスラム進入、その後のレコンキスタの戦いという歴史の中で生まれた文化のミックスチャに大きく影響されているようだ。アルハンブラだってキリスト教徒が使っていたわけだ。これはポルトガルも同じだった。
長野は雨。16度。少し寒さが和らいだ。

October 30, 2010

リゴレッタのホテルを予約

展覧会パネルが着いていませんとメールが来た。ついでに、貴方の講演は11月5日の12時から5時の間というプログラムが来た。なんだか直前までこういう物が来ないし、届いていないと言う知らせも遅いし、いら立つな。いい加減な組織なのだろうか?まあスペインだしなあ。気にせずこちらも適当にやろう。マジでつきあっていても仕方ないしなあ。午後事務所で渡欧中の現場定例などについて打ち合わせ。夜ジムで久しぶりに汗を流す。気持ちいい。夕食後、スペイン内移動用の飛行機やビルバオのホテルの予約。バルセロナに行くか、ビルバオに行くか迷ったが圧倒的にビルバオと日建亀井さんに勧められた。でも何がいいのか聞いていない。行けば分かるだろうと結構適当。ビルバオにはリゴレッタ設計のホテルがある。ディスカウントルームが50あり8000円くらい。安い。これを予約。ビルバオ~サンセバスチャンはどう行けばいいのだろうか?ネットで見ているとサンセバスチャンにはモネオのガラスのホールが海沿いにある。コレ見たかったな。

これからはラテンアメリカ

昨晩学生と飲んで少し残った。あたまがくらくらする。昨晩までの冷えこみがやわらいで暖かい朝。大学で不思議な出勤簿に半年分の印鑑を押して研究室へ。2コマ目のデザイン論の講義。今日は一際少ない学生、そして半分寝ている。こんな学生が沢山いると、まあこの大学もこれからどうなるのやらと思う一方なんだか気分が楽になる。先日小嶋さんと飲んだとき、「坂牛さん信大何年目?」と聞かれ6年と答えたら、赴任したとき1年の学生がm2ですねと言われた。それどういう意味?と聞くと、それ以降の学生はもう建築家坂牛ではなく坂牛先生の価値しかないのだよと言われた。入ったとき既にいる先生は先生でしかない。そうかもしれない。今の2年生にとって僕はあくまでone of them。そうだよねえ。あたりまえだよなあ。午後の製図を終えて学生と少し話をして東京へ。東京で某大学に行き来年の話をする。終わってU先生。Y先生と神楽坂で夕食。これからは少し国際的に交流を図ろうと話をする。来年はUBAにワークショップに行くが、さらにブラジル、スペインとも交流を深めたい。これからはラテンアメリカ+スパニッシュの時代である。

October 29, 2010

学生と話す

午前中キャンパスマスタープランの打ち合わせ。実質的にいろいろ作業してくれている建築家の春原さん来研。長野の付属小中学校のプランを話し合う。
午後ゼミ。その最初に重大なお知らせをする。1時間くらい話をした。し終わって、しばらく沈黙。こちらは話してしまって肩の荷が下りた気もする一方で自分の子供たちのような学生のことが愛おしくしばし言葉を探す。
ゼミを5時ころ終えて一人一人と個人面談。さてこれからどうしようかという話し。留学組も、就職組も、居残り組も速やかに次に向かって走り出して欲しい。アルゼンチンにいる学生にはスカイプで話をする。終わったら9時半。もう明日の輪読はやめにし、学生達と焼鳥屋へ。理由もなく(もちろんあるのだが)ゼミを中止にしたのは信大に来てから始めてである。こちらも彼らと話さずにはいられない心境。
面談で話していた学生二人組がなんと装苑賞の1次審査を通り、実際に提案した服を作成することになったという。プロが競って応募するする賞に門外漢のしかも学生の案が通るというのは信じがたい。彼らはいつも布ような建築の提案をしており、建築とファッションのつながりを考えていたからこそだと思う。おめでたい。

October 27, 2010

地方の電車

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朝一で松本。車中a+uの9912「マドリードの建築家と公共建築」特集を読む。「マドリードの建築」ではなく「マドリードの建築家の建築」が載っているのが誤算だったが、なかなか面白い。ロンドンベルリンの建築ブームはバブル的だがスペインのそれはもう少し地道な公共建築が多く、健全でミレニアムにふさわしい。と編集者の序には書いてある。ロンドンベルリンを知らない僕としては来週マドリードに行ってもそれを検証する術がないのだが、雑誌を見る限り、そんな編者の意味合いを感じ取れる。
松本についてバスで本部に行こうと思ったが、間に合いそうもないのでタクシーに飛び乗る。午前中キャンパスアクションプランの会議を終えて午後2コマ連続の講義。1年生に僕がする講義はこれだけ。一年生と会うのはこれが最初で最後である。アクソメの書き方を教える。理屈じゃなくてとにかく書こうと言うことで次から次に課題を与える。図法なんて考えて書いていたら遅すぎる。自然と手が動くまで書く。野球で言えば素振りだし、弦楽器で言えばボーイングのようなもの。
帰りの松本で電車を待っていると不思議な電車発見。快速リゾートビューふるさと号という名前。こんな電車みたことない。松本長野は名古屋から来る特急しなのか各駅停車しか無かったのだが??初めての快速に乗ってみることにした。指定席券510円を払うと中は特急しなのより広くて快適である。風景を楽しむ列車らしくゆっくり走る(快速だが)、姨捨の夜景など重要なところに来ると更にゆっくり走ってくれる。どうせなら夜景を見る場所では車内灯を消してくれるとありがたいのだが。
地方の電車はこうやって生き残りをかけている。

October 26, 2010

「口述自ら筆記」は結構いける

昼前大学到着。たった3日ぶりなのに、気温は10度以上も下がっている。がたがただ。研究室に着いたら大学の同級生である稲葉なおとから『ドクターサンタの住宅研究所』偕成社2010が届いていた。なんと建築家の書いた児童小説。なのだが、思わず読み始めるとなかなか夢のある話が続く。大人が読んでも面白い。一話読み終え会議に向かう。重い会議を一つ終え、学内委員の会議にも出席。なんとも目標の定まらない会議にいらいらしながら終わって食事をして研究室へ。最近雑用の貯まる速度とそれを処理する速度が整合しないで雑用がどんどん貯まる。僕のノート上では雑用は終わると×が付けられるのだが、×なしの項目が日々増える。これを来週マドリード行く前に終わらせなければならない。
加えて先日奥山さんに頼まれた原稿に全く手が着いてない。土日がことごとく丸々つぶれで手を着けられないでいる。加えてお手本にしろと言われた本がやっと大学で発見できて、それを読んだのだが、これがとてつもなく難しいし、加えてすばらしく下調べされた文章で3000字近くある。今月中にこんな文章を書くことはもはや無理であると覚悟を決めた。覚悟は決めたもののノートに向かっても手がなかなか進まない。そこでやる気を失うと、本当にできそうもない気がしたので、仕方ない声に出して話してみることにした。だれもいない研究室で1人ぼそぼそしゃべる先生1人。ちょっと不気味だがこれが結構行ける。あたまが整理される。しゃべりながら重要と思うキーワードを書き残す。そして再びそのキーワード見ながらしゃべり言葉を取捨選択。あるところで、そのメモを見ながら話した言葉を思い出しながら、ひたすら打ちまくり2500字。あとは調整と幾つかの調べ物をすればなんとかなりそうな気になった。この「口述自ら筆記」はこれから使えそうだ。これからはつまったらしゃべる。コレで行こう。

October 25, 2010

少し体が重い

さすがにここ3週連続週末にワークショップや外人の案内などで休めず疲れた。そのうえ最近ろっ骨負傷と時間がないのとでジムに行けていない。体が重い。
来週行くマドリードのホテルの予約をできていないでいた。それはシンポジウムなどの正確な場所がわからないでいいたからなのだが、昼ころやっと郵便で情報が届く。こういうことは週末にやりたいのだが、もう時間がないので事務所でホテルの予約をする。リスボンよりもバルセロナはホテル代も比較的高い。
日曜日に学生からメールされていたコンペ案をやっと見る。なんか不思議なプレゼンになっている。まあまあこんなもんかなあ?夕方某大学で打ち合わせ、夜事務所に戻り打ち合わせ。

高田を歩く

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現存する日本最古の映画館
トークイン二日目は10時まで学生と少し議論。そこで学生と別れ先生は高田へ向かう。高田は雁木で有名なところ。歴史的な町並み再生に取り組む建築家にお会いし、町を案内していただいた。昼食後半数の先生が帰られたが我々は現存する日本最古の映画館(1911年)や町屋を改装した設計事務所を見せてもらった。町屋事務所は2階建て200㎡高窓のある吹き抜けがあって家賃が5万。驚きである。
遅れて高田に着いた学生に最後のあいさつをして最後まで残った先生4人(真理さん、木下さん、小嶋さんと僕)は高田酒祭りに行く。1000円でおちょこを買って飲み歩く。と言っても30分。帰りの電車めざして直江津へ。越後湯沢で乗りかえて東京。4人対面になって建築談義で盛り上がる。木下さんが幼少時アメリカで、友達の輪にはいる時に`Let` play` と言ったら目的語を問われ答えられず失敗。次の日`Can I play`と言ったら無事輪に入れたと言う話が面白かった。なるほどこれは町づくりの始まりにも必要なこと。町をこうしようと言う前に、町へ入ってもいいか?と問うのがさきである。

October 24, 2010

建築トークイン上越1日目

昨晩は上越で夕食をとってから禎山荘へ向かう。カーナビにも出てこない場所を右往左往しながらなんとか見つけて到着。高橋禎一先生と岩室の会の方に迎えられ。ワインを飲んでいる間に渡辺真理さん山代さんたちが到着。
今日は朝から僕はうらがわらの村見学。渡辺さんは高田の町見学、山代さんは山見学。衰退する地方都市の実態を目の当たりにする。こんなイベントでもなければなかなか見られない場所である。長野にもこうした場所がきっと山のようにあるのだろうが見たことはなかった。昼から公民館に集まり古谷さん、トム・ヘネガンの基調講演。そして8つのグループに分かれての討論会。渡辺さん、木下さん、小嶋さん、古谷さん、高橋さん、千葉さん、山代さん、トム・ヘネガン。衰退する地方都市を再活性化しようというのはしょせん無理な話で、こうした場所の生活をどれだけ建築が豊かに出来るだろうかというのが議論のテーマであった。夜は懇親会。きき酒大会など学生、先生方と建築談義に花がさく。

建築トークイン上越へ

朝のアサマで大学へ。車中小川葉子、川崎賢一、佐野麻由子編著『<グローバル化>の社会学-循環するメディアと生命』恒星社厚生閣2010を読み始める。グローバル化は当然の事ながらローカルを鮮明にもする。それは普遍化と特殊化、同質化と差異化、統合化と分裂化などの対比を生み出していくのである。と書いてあってそうだろうなあと思う。
長野について大急ぎで授業とゼミを掛け持ちで教室をわたり歩く。今日の講義は特別でデザイン論の話はいっさいなし。いったい僕は30年前大学で何をしていたのか?そんな話をした。デザイン論よりはるかに興味深そうに聞いていた。まあそうだろうなあ、自分が逆の立場でもそんな気がする。午後は修論ゼミ。ゼミ後研究室の雑用を片付ける。雑用中に青学の黒石さんから℡。ごぶさたである。今日明日と黒石ゼミの学生が山形でやっているワークショップhttp://aclweb.jp/?page_id=425の発表会。是非来場をと言うことだったが、運悪くこちらはこちらで上越で学生とのトーク企画http://kenchikutalkin2010.s1.bindsite.jp/index.htmlそれにしても、あっちゃこっちゃでワークショップ大流行の時代だと痛感。このご時世学生の力は大きいということだろうし、皆で町や都市にコミットする時代なのだろう。朝読んだグローバル化とローカル化の力のせめぎ合いが現在は決して都市をいい方向へ動かしているようには見えない。それをどう修正できるのだろうか?明日から学生と一緒に考えてみたい。

October 21, 2010

「芸術としての芸術」おける大芸術家

事務所で作ったフォトモンを研究室に送る。他のドローイングは学生たちに任せた。コンペ提出は日曜日だがさてどこまでブラッシュアップできるだろうか?
選奨現地審査の日程調整を諸先生方と行う。偉い先生はメールなど見てくれない。放っておくと一生返事が来そうもないので電話かけまくり。やっと候補日を決めて学会に連絡。
JIAからリーテム大倉工場が優秀建築選に選出されたとの書類が届く。おっと縁起がいい。今年から選出数が200から100に減ったので少しは価値あるものかもしれない。住宅も出したのだが連絡は来ないから駄目だったのかな?まあ賞はミズモノだから気にしない。
夜藤枝さんのポロックを読み終える。こんな念入りな1人のアーティストの作品論を読んだのは初めてである。ポロックの作品をそんなに見たわけではないし、載っている図版が老眼にはつらいものがあり正確な読解は期待できない。しかしポロックは「芸術としての芸術」における大芸術家であり、ジャスパージョーンズは「芸術についての芸術」における「偉大な小芸術家」と呼ぶ意味合いは理解できていないとしても、僕の中では納得できる。

October 20, 2010

藤枝 晃雄のD論

先週ろっ骨を痛めたせいで夜中寝返りが打てない。そのせいか朝起きると体中が痛い。こういうのを床ずれというのだろうか?睡眠時間はしっかりとっているのに、眠りが浅く朝く甲府遠征の車中眠い。その眠い目をこすり藤枝 晃雄『新版ジャクソン・ポロック』東信堂(1979)2007を読む。藤枝さんの博士論文が元になっている。僕は博士論文がもとになっている本は基本的に信用することにしているし、熱を感じるので好きである。序章はポロックがポロックスタイルに至る前の話。これが面白い。引きこまれる。キュビストでピカソの影響が強かったなんて想像を絶する。それらを小さな図版ではあるが、図を元に比較解説してくれるので分かりやすい。
甲府、塩山と毎度の現場ハシゴを終えて帰りは大月まで各駅。大月で特急に乗りかえ新宿経由事務所。現場で立ち上がらなくなったdynabookを事務所で電源につないだがやはりダメみたい。急きょプリンタサーバーにしていたパソコン引っこぬいて使うことにする。ノロワレテイル。

October 19, 2010

禁断症状

やることもメールも減らない、打合せもあるし、合うべき人も変わらずいる。無くなったら大問題だけれど、不思議なもので、一日くらいそういうことが0の日があってもいいと思いつつ、大学を出てからそう言う日に遭遇したことはない。もちろん意識的にそう言うことを無視する日はある。あるいは外国にとんずらして知らぬふりをすることもあった。しかし最近は外国行ったってブログなんて書いている以上メールが届かないなんてうそぶくこともできない。だから仕方ない、メール空間の中で会ったが最後挨拶無しではいられない。ところで、この1週間くらい活字中毒者が活字を奪われ禁断症状が出始めている。なんだか頭の回転が電池の減った腕時計の秒針の如くスムーズに動かない。しばらく止まって急に数秒分まとめて動く。頭が字を欲している。何か詰め込まないと止まりそうである。
明日は甲府遠征なので、少しは禁断症状を抑えられるといいが。

October 18, 2010

ロベルト長野最後の日

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昨日1週間ぶりに家に帰り今日は一週間ぶりの事務所ワーク。間が長くてもメールのやり取りで大まかな流れはおさえているけれど伝えにくい細かなことは溜まるものである。さらに展覧会、展覧会、ワークショップ、シンポジウムなどが続くとメール対応もままならず、それらの積み残しがどっと溜まりその調整に追われる。
土日神戸、瀬戸内海と長野を離れている間ロベルトは学生と留学生の親に任せていたらお礼のメールがロベルトから来た。長野のあまり行けないような庭や建物を案内してもらったこととそれをフォローした学生のkindnessに対する感謝のメールである。You have to be very proud of them(students)。と言う言葉が泣ける。学生もこうやって成長するのだろう。

瀬戸内芸術祭を2島ほど見る


4時ころホテルに戻りシャワーを浴びて迎えを待つうちに寝てしまった。5時ころたたき起こされレンタカーのバンで宇野港へ向かう。車中は熟睡。8時ころ港に着きチャーターした船で豊島(てしま)へ向かう。今日は西沢立衛氏設計の豊島美術館のオープニングである。9時ころ整理券をもらうが入れるのは11時30分。一度港のあたりまで戻りオラファーを見るが、余りに小規模作品でがっかり。ボルタンスキーは1時間半待ちで見るのを(聞くのを)やめて砂浜をぶらぶら。11時半美術館に戻るとばったり平瀬さんにお会いする。彼らは来るのが遅く整理券を貰えず入場できないとのこと。朝早く来た甲斐があった。R0022732%E8%B1%8A%E5%B3%B6.JPG
中に入ると平面はしずく。断面は無柱のシェル。天井は高いところで4.5メートルくらい。直径10メートルくらいの穴が二つ開いている。空気は外部。床面の針の穴程度の小さな穴から水が出てきて直径3センチから30センチくらいのしずくが表面張力で緩やかな床の斜面をゆっくりと滑る。そして数か所の僅かばかり低い場所に溜まっている。そしてどこかで知らぬうちにこの水はまた地中に吸いこまれている。内藤礼の作品である。静寂と静かな動きとその背景の西沢建築は息を飲む。そのそばには似たような形のカフェがありこちらの床は絨毯。人は寝そべり休憩できる。12時半山の上の方の「島キッチン」で昼食をとる。既存民家を改修し、さらに緩やかな屋根の縁側を生みだした。設計は安部良、構造は金田研究室。民家のスケール、マテリアルと絶妙の繋がりを作った秀作だ。この屋根の下にいるとなんとも心地よかった。
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食後は幾つかのアートを眺め豊島を後にしてチャーターボートは犬島へ移動。そこで妹島さんにばったりお会いする。御挨拶してから妹島プロジェクトを4つ見る。最近の妹島ミニマル建築のディテールはどれもこれも絶品である。監理するスタッフの力量が分かる。
犬島を後にして夕日が沈む瀬戸内海を宇野へ戻り岡山駅に着いたのは6時半。食料を買い込みのぞみで東京へ。車中曽我部氏が知り合いにあって話をしている、よく見ると日比野克彦氏。日比野克彦個展の招待状をいただく。今日はいろいろな人にお会いする日である

八潮の成果を神戸で展示

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朝3時に出発する予定が、待てど暮らせど学生は来ない。結局出発できたのは4時半ころ。琵琶湖を経由しながら神戸に着いたのは11時半。会場は思った以上にきれいにできていた。それにしても古い生糸検査所を市が買い取りデザインイベントの本拠地にしようとしているのだからさすが神戸である。この場所でGLOCAL NEIGHBOURHOOD MEETING in KOBEと題して、八潮公園計画の展覧会とシンポジウムを行った。ゲストには神戸芸術工科大学の長濱先生、立命館大学の武田先生が来られ的確なか感想を頂いた。さあこれから議論が核心へ向うというところで時間切れとなってしまった。しかしその後の懇親会を含めて突っ込んだ議論をさせて頂けたのは実りあった。学生、武田先生とは4時近くまで話明かす。

October 15, 2010

ワークショップ作品講評会

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ワークショップ講評会を午後から行う13作品から半分くらい選びプレゼンをしてもらおうと思ったが思いのほか皆良いできで、全員に発表してもらうことにした。その後僕が5作品とロベルトが6作品を選んだ。そうすると4作品が共通していた。建築の講評会だとこういうことはよくあるのだが、屋根をつくれというワークショップで材料はA3の紙三枚、サイズも指定されていると出てくるもののデザインのヴァリエーションはあってもクオリティはかなり近似する。つまり実に選ぶの難しい。評価ポイントは①敷地との関係性が語られていること ②紙という素材がきちんと構造的に建築化されていること ③A3の紙を3枚使っていること ④ポエティックな美しさがあること。という評価軸で2人で合計7作品を選び再度質問、コメントを与えた。さてその後2人で議論僕と彼の意見があった作品一つを最優秀賞とし、ロベルト賞、坂牛賞を決定して、それはパーティの席で発表することにした。
ワークショッププログラムもこれでほぼ終わり。後は展覧会に今日の成果を陳列し、残り二日の会期を終えるのみである。

シンポジウム

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10時からロベルトとエスキス開始。13チームを10分ずつ2時間半くらい。終わって今日は長野の現代建築を見ることにする。みかんぐみのNHK。僕の日建時代の長野県信用組合。そして東山美術館。そのあと善光寺にお参り。この寺の祈り方を聞いたら「ここは神社だけど2礼2拍手1礼の必要はないよ」と言われた「じ、ん、じ、ゃ????」驚いた。ぶらぶら表参道をおりてシンポジウム会場へ向かう。シンポジウムは展覧会場でもある。すでに多くの人でいっぱい。古い場所に新しいものを挿入するときの作法は?という議論から始まり、何を我々は残さなければならないのか?建築の新しさとは何か?という深い議論ができた。
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October 13, 2010

A3の紙3枚でA3サイズの屋根を作る

朝、重たい打ち合わせを某教授としていたら昼近い。あせってあっちこっち駆け回り諸調整。12時近くにロベルトが大学に到着。アルゼンチンからいろいろな本を持ってきてプレゼントしてくれた。その中にブエノスアイレスの公共コンペの歴史という分厚い本がある。なんと700ページ。1825年から2006年までに行われた1000近いコンペの1位のドローイング模型そして実現したものはその写真が載っている。ロベルトはこの編集者の一人である。スペイン語だけだというのが残念だが、その図版を見ているだけで、建国以来のこの国の建築史がおおよそ頭に入る。
昼ころ信大松本のスペイン語教師、橋本エリサ先生が来られ通訳の打ち合わせ。橋本先生はブエノスアイレス生まれ。思わずロベルトの奥さんマリアとBA話で盛り上がる。1時半からレクチャー開始。大会議室はほぼ満員。外部の方も含め150名程度。アイゼンマン、ヘイダックらのアルゼンチンでのワークショップの話に始まり、自作を含めて1時間半。哲学、文学、そしてエンジニアリングと話は多岐にわたる。橋本先生も大変。講演の後はワークショップ参加の学生への課題の説明。場所はラプラタ川に面した公園。課題は人の集まる屋根を作れというもの。材料はA3の紙三枚。これを全部使って、1/100でA3サイズの屋根を作れという課題である。これはなかなか難しい。うまく使わないと紙が余るはずである。折り曲げたり、カットしたり、織ったりすることで紙の重複を作りだし、構造的に強くして、そして屋根を作らねばならないのである。
6時ころ説明が終わる。参加者は日工大から来てくれた学生を含め2年生からm2まで40名。これを13のチームに分けて2日で作る。さっそく製図室は熱気で盛り上がっている。僕も学生と一緒になってしばらく折り紙を楽しむ。昔横断道の換気塔を設計していたころは毎日ひたすらこの折り紙をやっていたので懐かしい。明日は10時からロベルトとエスキスチェック。楽しみである。

October 12, 2010

オリンピックのデザイン

午前中のあさまで長野へ。駅からアルゼンチン建築展の会場であるボンクラへ向かう。会場には担当の学生が数名いた。会場を一通り見終わったころにお客さんが入ってきた。家族3人連れ。どこかでポスターでも見ましたか?と聞くと、歩いていてふらりと入ったという。その割にはとても熱心に見てくれた。ブエノスアイレス、長野、京都のセームスケールの都市模型が分かりやすくて面白かったと感想を聞かせてくれた。
ボンクラを後にしてぶらぶらと表参道を歩いて下ると左側に冬季オリンピックの表彰会場が今でも残っている。明日ロベルトが来たら、「ここが1998年冬季オリンピックの、、、、」と説明するのかなあと思いつつ、それにしては表参道の中央にただの駐車場と化した錆びついた会場はあまりにさびしいと悲しくなった。長野へ来る車中、原研哉の『デザインのデザイン』岩波書店2003を読んでいたのだが、その中に長野オリンピック開会式のプログラムデザインが載っていた。それは、それはとてもよくできた繊細なデザインである。日本語の縦書きと外国語横書きがブロックの塊のごとくグラフィカルに配置され、しかも印字された部分の紙が薄くなり透けて見えるように工夫された紙を使っているのだそうだ。それは雪と氷を連想させる工夫だとか。グラフィックがそれだけよく考えられているにもかかわらず、建築は何してるの???とイライラした。
駅でそばを食べて大学に来てネット上でワークショップによるいろいろな出費の購入伝票やら旅費伝票などの整理をする。異様に煩雑なこの作業にまたまたイライラする。こんなにインターフェースが不親切で手間のかかるソフトって未だにあるのだろうか?この手の伝票は毎日打ちこむわけではないのだから、そのアプリに慣れるなんて無理である。考えなくても打ちこめるようなデザインになってなければ使えないよ!!

学生による展覧会デザイン

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午前中ロスコの本を読み続ける。これは単なる彼の芸術的思想ではない。芸術家の置かれている社会的状況についての彼の不満も見えがくれしている。ロスコにしてこうなのかと思う。先日の永江による堤へのインタビューで堤は、文化は事業になるけれど芸術は成らないと言っていたがそのとおりである。
昼にアルゼンチン建築展in長野の設営写真が送られてきた。微々たる予算で学生が知恵を絞って作り上げた会場。素晴らしいものである。何度も会場模型を作っては修正し、展示物も30分の1の模型の上に貼りつけて壁のバランスを見て作ったものである。一見シンプルに見えても、唯の倉庫みたいな場所である。汚いところをうまく隠して、照明器具も手持ちの物をうまく利用して、そしてパネルにする写真材料をアルゼンチンから収集して、この状態に作り上げるのはそう簡単なことではない。明日実物を見るのが楽しみだ。見たら見たでまた文句もでるのだろうが。
夕方理科大でロベルトの講演会。なかなか興味深い作品を幾つか見せてもらった。来週の長野での講演会が楽しみである。夜は理科大の山名氏と神戸芸工大の鈴木氏、そしてロベルト夫妻を我が家に招く。

October 10, 2010

コルビュジエ・谷口・安藤・篠原・坂本

こんなこともあるもんだ。金沢から東京へ来るアルゼンチン建築家ロベルト・ブスネリと東京駅で会う予定で1時20分に来てみたら、なんと上野東京間で車両故障。新幹線が東京駅に入って来られないでいるらしい。聞くとお目当てのmaxときは大宮あたりで動かないでいるようだ。世界の新幹線が外国の友達が来た時に限って事故るとは???どうしようかと思っていたらロベルトから電話。新幹線が故障なのでノーマルトレインに乗り換えたと言う。ホー気が効く。ほどなく我々は上野で会うことができた。1年ぶりの再会である。せっかく上野にいるのでコルビュジエや谷口や安藤を見ることにする。その後いったんホテルに荷物を置いてからGolden Lion Prizeの篠原を見に東工大に行きその隣の坂本のTech Frontを見る。二つの対照的な作り方に興味を持ったようだ。加えて昨日見てきた金沢21世紀美術館同様のpeople meet in architectureの発想をTech Frontにも見出していた。外人建築家の定番コース表参道も行くか?と聞いたらもう暗いのでいいと言う。今年ブエノスアイレス大学の6年生の授業で表参道の全ての建築を模型で作ったと言う。なんということでしょう。そんなに熟知しているならもはや僕の説明は要るまい。実は僕のYAMAという住宅も学生が模型で作った。地球の裏側で自分の設計に興味を持つ学生がいるというのは嬉しい限り。先日その学生が幾つかのコンセプチャルな質問事項とともに模型写真を送ってきた時はびっくりした。

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作品選奨

来月の出張用の飛行機の予約。国際線で安いチケットをネット上で探すのにいつもHISのページを使うのだが、最後の最後まで行かないと残っているかどうか分からないし、値段も分からない。安い順に並べてもらっても結局30回くらいクリックしないと最終判断に行きつかない。もっとオンタイムの一覧情報が見られるようなサイトはないのだろうか?
午後学会に行って作品選集の中から選奨候補を選び出す作業。既に何度も見たファイルを再度全部見る。100見るのだから結構かかる。これは文句なくいいなあと思えるものは15くらいある。それならこれで決まりなのだが(最終的には12選ぶ)、先ずは24選ぶと言うのがルール。15から先の10を選ぶのに悪戦苦闘する。
選ぶ側に回るといつも勉強させられる。100に残っているものは既にかなりの質を持っているのだから、そこから頭半分飛び出るのは大変である。しかしその頭の差が無いと選奨にはならない。15にはそれがあるということである。
学会からの行き帰りマーク・ロスコ著/クリストファー・ロスコ編/中村和雄訳『ロスコ芸術家のリアリティ―美術論集―』みすず書房2009を読む。ロスコの死後30年くらいたって息子のクリストファーが編纂し世に登場した本である。息子の序文しか読んでいないが、最も好きな芸術家のひとりなのでその言葉は興味深い。
夜ジムへ行って1時間汗を流す。流した汗の分だけ四ッ谷の玄(と言う名のろばた焼き屋)で焼酎飲む。

October 8, 2010

ポストモダニズムを体現した堤清二という人間

8時半からゼミ。輪読本の説明をしてから身体検査に行く。一番かと思ったが既に列。視力は両目1.0まで落ちたし、身長は1センチ縮まる。人間って年とると本当に縮まるの?2コマ目デザイン論の講義をやりながら年々話すことが上手になるようにも思うのだが、年々難しいパワポページをはしょって話していることに気づく。いいのかなあ?と少し反省する。午後製図のエスキス。今の2年生は建築学科となってから2年目。進振りがなくなったせいか勉強しなくなったと言われるのだが、製図で目を輝かせている子は結構いる。夜コンペの打ち合わせ、ワークショップの準備と並行しているせいか眠そう。終電のあさまに乗る。ボーっとしながら昨晩読み終えた永江さんのセゾン文化レポートを思い起こす。
西武が文化事業に心酔したがために崩壊の道を歩んだ、とはよく言われることである。しかしさまざまな取材の末に堤清二にインタビューした永江朗の結論は否である。では一体西武とは何だったのかと自問自答する。その結論は壮大なる同床異夢。つまり社長である堤の目論んだこととそこに集まる会社人、社外人のそれぞれが目指したものが少しずつずれていたということである。そして何より恐ろしいのは皆が自分の考えていることを正解だと思っていたという点である。永江の分析が正しいかどうかは僕には分からないがもしそうであるならばそれは偶然おこったものではなく、堤自身が生み出したことのように思える。わざわざ自分の目指すもの曖昧にし、そして部下の目指すものを否定しない。そのうちに自ら目指すものが分からなくなる。そういう状態を堤自身は楽しんでいたのではないかと僕には思えてくる。80年代ポストモダニズム期に全盛を迎えるセゾン文化総帥がまさにポストモダニズムを人間的に体現していたように映るのである。

October 7, 2010

セゾン文化は僕の血であり骨である

午前中甲府の現場。外装のモルタルは塗り終わり乾燥中。内装の縁甲板が張り始められた。午後は塩山の現場。基礎梁のコンクリートが打ちあがる。それにしてもこの場所でこの窮屈感。こんなブドウ畑の真ん中で建蔽率一杯の建物なんて信じられない。
夕方のアズサでスタッフのT君は新宿へ。僕は松本へ向かう。車中永江朗の『セゾン文化は何を夢みた』朝日新聞出版2010を読む。数ヶ月前田口久美子の『書店風雲録』ちくま文庫を読んだ。セゾン文化の一角である本屋リブロを内側から克明に描いた本だった。リブロができたのは85年だがその前身の西武ブックセンターは75年。そのころ僕は高校から大学、院という時期で池袋は高校大学と通学路であり、リブロの話は青春そのものだった。一方この永江の本はリブロも含むセゾンが行った文化事業を総括的に振り返る。永江はもともとリブロの上にあった西武美術館(のちにセゾン美術館)に併設された美術洋書売り場アール・ヴィヴァンで働いていた人間であり、お隣の美術館の話からアール・ヴィヴァン、無印、そして辻井喬へのインタビューまで総合的にリポートしている。リブロ以上に僕はこの美術館にお世話になった。大学に入りバイトで金を作り美術館の会員になり、数年間くまなくここのメインの展覧会には行ったと思う。未だに当時の入場券とフライヤーはスクラップブックに貼って保存されている。会員になると無料でアール・ヴィヴァンという雑誌ももらえた。ここの展覧会はそのころ少しずつ美術に憧れを持つようになったキッチュな日本人好みの後期印象派やピカソ、マチスといったものはほとんど相手にしなかったと記憶する。デパート美術館が流行り始めた頃だったと思うが、伊勢丹や三越ではまさにそういう展覧会で客を集め収益に貢献していたと思う。今でも覚えているが、荒川修作展が80年代の西武では行われていたのである。そんなものを見たいと思う人は今だってデパートに買い物に来るおばさんの中にいるとは思えない。加えて建築をテーマにしたもの、音楽、ファッションとにかく当時の今を感じるものはなんだって対象になった。そんなことは、公の美術館はもとより、民間美術館でもあり得ないことだったと思う。このときの西武美術館の文化のくくり方の幅の広さは知らず知らずに僕の青春時代に血肉化したのだと思う。建築を建築だけで考えることはどうしてもできない。文化はごった煮である。ゼミで音楽もファッションも社会学も哲学も読むのはきっとセゾン文化で培われてしまったことなのかもしれない。

October 6, 2010

100メートル角

コンピューターが立ちあがらない。朝から不幸。壊れそうなデスクトップで仕事。マドリッドでの建築展覧会パネル3枚きれいに出来上がった。Emsで送る。送料8000円弱。鈴新で昼食。マスターが店のそばに古伊万里専門の骨董屋ができたと教えてくれた。早速散歩がてら行ってみた。おお!!なかなかの品揃え。見たことないような柄もある。人気柄の蛸唐草と呼ばれるタコの足がからまったような唐草模様の口の細い徳利があった。江戸後期と思われる(というのは色がかなり渋い)。形が優美で何ともいい。欲しいなあ!!と思ったが後日かみさんに値踏みしてもらうことにする(その間に売れたら悔しい)。
午後打合せの合間に日端康雄『都市計画の世界史』講談社現代新書2010を読む。都市計画と言うとつい近代的概念だと思いがちだが、この本ではその嚆矢を紀元前3000年のモヘンジョダロに見いだす。最初の都市計画家はBC5世紀ギリシアのヒッポダモスだそうだ。確かに自然発生的にアメーバ―のようにできた町以外は、多かれ少なかれ計画と言う概念があったのであろう。これを読んで二つのことになるほどと思った。ギリシアのポリスもそれ以降の中世の城郭都市もある大きさ以上にスプロールはしなかった。歩いて移動できる範囲で一つの町は終わる。車のない時代だから当たり前と言えば当たり前だが、、であるから人口が増えればその範囲で高層化したのだそうだ。だから古代の都市には7~8層の住居もあったようだ。車を減らし歩く都市を作らねばならぬ現代においてこの時代の都市は参考になる。加えて我々の時代人口は減るのだから、むしろキュッと絞って密度を上げて後は増築ならぬ減築していけばいいと言うことになる。もうひとつお勉強したことがある。グリッド型の都市は古来存在するのだが、そのグリッドのスケールは古来約100メートルだという事実。もちろんニューヨークのように南北は60メートル・グリッドだったり、平安京のように121メートル角と言うのもあるのだが、だいたい100内外だったようだ。因みに幕張のロの字型集合住宅街区は80メートル角。去年行ったブエノスアイレスはまさに100メートルだった。

October 5, 2010

付属小中学校

朝携帯に電話。表示は「香川」えっ??留学中の学生の名。??あいにく長野市民をバスに載せて建築ツアー中で出られず。アルゼンチンからかけてるの??説明が終わって留守電を聞いたら、ワークショップに呼んだアルゼンチン建築家ロベルトの声。香川君がロベルトに携帯を貸したようだ。新宿のホテルに到着したというメッセージ。おーーやっと来たか。ほっとした。建築ツアーは市内を回り、オリンピックの選手村へ。ここはオリンピック後は一部分譲、残りは市営住宅や教職員住宅となっている。やや老朽化した感はあるが、富永、長谷川、新井、内藤、などなど7棟に7人の建築家の個性が現れていて楽しい。しかし全部打ち放しになっているのは全体コードなのだろうか?ちょっと寒い感じもした。ここでビックリしたのはバス停である。バスの時刻表を見たらなんと1日に4本しかバスが来ない。これじゃあ車に頼らざるを得ないよな。この選手村は市内からかなり遠い。どうしてもっと市街地に作らなかったのだろうか??市民の方に聞くと、一家に2台は当たり前と言っていた。そういう街づくりは変えて行かないと。
午後は教育学部の付属小学校、中学校、特別支援学校の調査。マスタープランづくりである。各校の副校長先生からヒアリングを2時間くらい。3つの学校が一敷地にかたまっているのだが敷地は潤沢である。小学校には運動場以外に動物が放し飼いになっていてビオトープもある広い野原のような場所がある。副校長先生の自慢。これは子供の天国だ。その上、その場所で遊ぶ専用の長靴昇降口がある。これもまた凄い。泥んこになって遊ぶことを奨励しているのだそうだ。素晴らしいね。なかなか勉強させられる。全国の付属の頂点に東京教育大付属があるのだろうが、東京のそれよりはるかに環境がいいし校舎もよく出来ている。

October 4, 2010

antipodas (地球の裏側) 建築イベント

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ポスター詳細hhttp://www.ofda.jp/lab/practice/2010workshop/images/argentina.w.s.pdf


午前中学科会議。午後後期最初のゼミ。夕方コンペ、ワークショップなどなど打ち合わせ。やっとアルゼンチンワークショップも全体像が見えてきた。そもそもこのワークショップは去年ブエノスアイレスで日本建築展が開かれ、そこに招待されたことに始まる。その時僕の講演会の企画、英語通訳などをしてくれた建築家でブエノスアイレス大学の常勤講師であるロベルト・ブスネリ氏(今年のヴェネチア・ビエンナーレアルゼンチン出品作のデザイナーでもある)と親しくなり、先ずは彼のところで僕の研究室の院生2名を受け入れてもらった。ヨーロッパ的な建築文化を持ちながら物価はヨーロッパの半分くらいで大学は無料という条件はそうはない。そして次に彼といっしょに何かしようということになり、学内で何とか資金調達して彼を日本に呼ぶことになり、このワークショップが可能となった。そして留学している学生とこちらの学生でスカイプをやりながら企画案を練りあげ以下の4つのイベントをすることになった。

① 10月10日~19日アルゼンチン建築展覧会@善光寺そばの蔵
② 10月13日1時半からロベルトの講演会@信大
③ 10月13日出題15日講評会の短期課題@信大
④ 10月14日の夕方6時から町並みについてのシンポジウム@善光寺そばの蔵

長野在住の建築関係者の方はまたとない異文化交流のチャンスだと思う。また県外の建築を学ぶ学生にとっても貴重な経験の一週間。すべては無料なので是非信大そしてボンクラに足を運んでいただければと思う。質問などあれば遠慮なく、下記にお問い合わせください。よろしくお願いいたします。

お問い合わせ先|信州大学工学部建築学科 坂牛研究室
 TEL : 026-269-5343 MAIL : 10ta302c@shinshu-u.ac.jp (担当: M1 加藤伸康)

October 3, 2010

影響力

午後A0勉強会。事務所でやる予定だったが今日は事務所が通勤ラッシュで急遽自宅でやることに。1時半から4時間くらい。予定通りやっとすべての読み合わせが終了。残るは翻訳語の統一。ある単語の訳語を全体で統一するか、ケースバイケースにするかを議論する。年内にはやっと最終原稿へと到達できそうである。さてA0の次の活動は何にするか?考えるのが楽しみでもある。
夜のアサマで長野へ。車中『つながり』を読み続ける。その中に「3次の影響のルール」というのがある。それは、人は直接の知人の知人の知人までは影響を与え得るというもの。そんなことは検証をしたことも無ければしようもないのでその真偽はよく分からない。しかし仮にそれが正しければ自分の影響力と言うものは馬鹿にならない。大学で一クラス50人の学生に自分の建築論を語るとして彼らが学外の5人僕の建築論を語るとする。その彼ららが同様に5人の学生に同じことをしたと考える。そうすると結果的に1クラスの講義は50×5×5=1250人に影響を与えることになる。というのはメッセージの伝えやすさによるところが大きいわけでこんな単純な計算で出るものではない。覚えやすく、インパクトがあり、楽しいメッセージならば50人が50人に言う可能性もある。となれば影響力は50×50×50=125000という数字に上昇する。宣教師のような建築家の特徴は実はこうしたメッセージの作り方にもよるのである。昨日会った東京ガスの人間が、ガスの有効性が○○キュートというようなキャッチフレーズに勝てない現状を嘆いていた。現代は情報戦の時代であることを象徴している。

October 2, 2010

つながり

午前中ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムス・H・ファウラー著鬼沢忍訳『つながり―社会的ネットワークの驚くべき力』講談社2010を読み始める。肥満も性感染症もすべてうつるという帯のキャッチフレーズに魅かれて買ってしまった。今日は建築新人戦。3年生が3名残っているようだ。どこまで勝ち残れるか楽しみである。夕方ジムへ。終わって夜かみさんと外食しようと思っていたら、高校のゴルフの会の2次会が今日であるとメール。ちょうどよい。かみさんを誘い恵比寿へ。30人くらい集まっている。まあ皆ゴルフが好きだ。僕はゴルフは60からでいいや。しこたま食べて飲んで今日はこの一軒でおさらば。

October 1, 2010

自然の中で製図

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10月1日。今日から後期の授業。午前中デザイン論で新しく若里キャンパスに来た2年生と会う。皆はつらつとして頼もしそうだ。午後はその2年生と製図である。課題は住む場所(住宅)である。敷地は長野市内ではなく隣の須坂市。わざわざ遠くに出掛けるのはこちらの方が自然が多いから。田舎でやるのだから都市とは違う環境でやりたい。市の方の協力もあり毎年こちらの注文に合わせて場所を探してくれる。始めて敷地に来てこの自然に囲まれた環境にうれしくなる。市街化調整区域ぎりぎりの第一種低層住居専用地域である。道路を隔てて田んぼ。稲穂は既に頭を垂れて刈られるのを待っている。
長野に戻り夜のアサマで東京へ。車中読みかけの『マスコミは何を伝えないか』を読む。マスコミ報道の異常さにいつも憤慨している僕としては一体何故ああいうことになるのか?疑問だったがこの本を読んで少し晴れてきた。晴れてきたと言ってもジャーナリズムの理不尽を認めようと言うことではなく、何故こういう理不尽が起こり得るかというそのメカニズムが見えてきたということである。しかしそれも多かれ少なかれ予想範囲内。要は現場に行って餌になることに食らいついて会社に持ち帰らない限り「仕事」にならないということなのである。食うための餌という原理が不要なバッシングを生み、不要な悲劇のヒーローを生み、不要な争いを生むということなのである。しかしそれでは報道制限をかけるべきかと言うとやはり報道の自由は重要である。そうなるとやはり一番重要なのは、受け取る側のリテラシーだということになろうかと思う。この本は数あるメディアリテラシーの本の中でもかなり質の高い指南書であると思う。