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April 30, 2009

グレー攻撃

仕事でも、人間関係でも、世界の事件でも、当たり前だが、自分の期待する展開がある。この件はこうなると嬉しいなあと思うことがある。しかし世の中そんな思いどおりになることばかりではない。確率的に半分くらいは想定外に展開する。分かっちゃいるがそうなると気分が晴れない。平均すると年に十回くらいはこのグレー攻撃にやられる。つまり月に一回弱起こる。しかし、今日はそのできごとが三つ一遍に身に降りかかった。なんとも痛ましい。口頭、電話、メール。ものの一時間の間に見事に集中して起こった。神を恨む。まあ一日一つずつ発生するより気分は楽かもしれないのだが。
そういうグレーな気分で東京から8時半のアサマに乗った。するとこともあろうにこういう時に限って悪いことは重なる。大宮で線路に人が降りてどっかに消えたとアナウンスされた。この人が見つかるまで発車できないという。まあそうだろう、それは仕方あるまいと最初は思ったが、このアナウンスが五分に一回、十回は放送されただろうか?出発したのは9時40分。やけ酒でも飲んで気を晴らせればそうしたいところだが、気分の悪い時に酒を飲むとさらに気分が悪くなるのでそういう逃避行動には出ない。そういう場合はこれも一種の逃避だが、本を読んで気分を変える。『人間の測りまちがい』の続きを読む。この本は生物学的決定論を覆そうと言う試みのようであり、その手始めにダーウィン以前の人種多起源論を紹介する。19世紀の中ごろまでは白人と黒人は違う生き物(人種多起源論)という説をハーバード大学の教授が真面目に語っていたという話で始まる。いきなり目から鱗である。モンゴロイドは検討の俎上にあったかどうかは記されていないが、あったらやはりコーカソイドとは別の生物にされていたのかもしれない。おー怖い。

April 29, 2009

春だが寒い

最近寝るのも早いが目覚めるのも早い。朝食まで恩田陸の『ねじの回転』を読んでいた。上巻の3分の2を読んだところで食事。読み終わらないので本は娘に返して、残りのストーリーを教えてもらった。2.26j事件だけを文庫本2冊で語ると言うのもなかなかの力技である。食後、同級生のお医者さんにブログのコメントで勧められたスティーブン.J.グールド鈴木善次・森脇靖子訳『人間の測りまちがい(上)』河出書房新社( 1996 )1998を読み始める。まだ序だがおもしろそうである。特に知能指数の話は早く読んでみたい。午後事務所。打ち合わせ。スケッチ。スケールが1/200になってだんだんと実感がわいてきた。連休中にもう少し進化させたい。夜は近所にできたホテルに入ったサルバトーレにピザを食べに行く。このホテル三井系のビジネスホテルだが1階の階高がとても高く足元だけはビジネスを感じさせない(これは三井のマンションにもつながる方法なのか?)ホテルの地下にはになかなかのワインバーがあり販売もしている。質、量ともにこのあたりではかなりの充実。店を出ると外は急に冷え込んでいる。昼夜の寒暖の差が激しいこのごろである。

April 28, 2009

学校嫌い

ゼミと製図を終えて夕方のバスに揺られ帰宅。車中奥地圭子『学校は必要かー子供の育つ場を求めて』日本放送協会出版1992を読む。著者は22年間公立小学校教諭を務めて退職しフリースクール(登校拒否児童が勉強する場所)を作り20年という人。その道の草分けである。子供の自治と自由と個の尊重をポリシーにし、カリキュラムから会報誌まですべて生徒が決めて作る。そうやってできたカリキュラムに対しても出席は自主性に任すと言う。22年間の教諭生活で学校がどんどん管理化され効率化されるそのざまを見続け、タイトルである学校が必要かという疑問にぶち当たったようである。
こんな話を聞くと人ごととは思えない。大学でも似たようなことが起こっているからである。われわれのところでも学生だけではなく先生も含めて相談を受けるセラピストとして専任の教員を4月から雇用した。大学側からあまり詳しい説明はないものの、なけなしの金をはたいてこうした方を雇うにはそれなりの事情があるからである。僕の目が届くところでもそういう問題を感じないわけではない。そしてそういう学生たちに我々の学生時代の気分で接するのもはばかられる。僕らの時代は単位を落として下に行く奴はまあいたかもしれないが、大学が好きになれず来られなくなるものはいなかった。だいたい大学なんて言うところをたいそうなものだとは思っていなかったし利用するところだと思っていた。嫌いな学科やつまらないけれど取らざるを得ない単位はいかに楽してとるかを知っていた。それでもうまくいきそうもない奴らはギブアンドティクでレポートなどかきあっていた。まあ簡単に言えば大学に管理されてなるものかと思っていたし、大学なんてなんぼのものよと思っていた。でも今はそうでもない。大学に押しつぶされそうな子たちが散見される。それはいまどきの学生がか弱くなったということでもなく役所、大学、親がどこが始発と言うこともなくみんなでお互いの首を絞め合いながら知らぬ間に管理強化しあっているのである。まあここまで言っといて無責任だが、だからと言って自分が、何かを直接的に行動に移せるわけでもない。しかし少なくともそう言う学生にはそれなりの対処をしてあげたいとは思うところである。

自転車

バスに揺られて長野に向かう。快晴の関越で車窓からの景色をじっくり見たのは初めて。いつも夜だったり雨だったり。しかも新幹線とはルートが違い険しい山の間を通り抜けていく。この景色はなかなか見ごたえがある。
大学に着くと学生部屋に呼ばれた。何やら異様な雰囲気である。入ると研究室の学生がほぼ全員こちらを向いている。普段の恨みを果たすということか?と思う間もなく正面に自転車が置いてあることに気付く。ん?研究室に自転車?と思う間もなく「おめでとうございます」という言葉。誕生日プレゼントというわけである。
「まじか?」と思わず照れ隠しの言葉。さてこのあまりに嬉しい事態にどう対処したらいいものやら?とっさにいろいろな思考が頭を駆け巡る。
一体教師が学生から金品に相当する物を受け取ってよいのだろうか?もしこれによって教師が学生に利益供与した場合これは立派な贈収賄罪にならないのだろうか?やはりこれは受け取ってはいけないのではなかろうか?と思ったがやはりそんな堅苦しいことを考えるアホはおらんと思ってその考えは頭をもたげた。次にこのことが世に知られるとまずいことになるのではなかろうか?と不安になった。特に友人である某大学の某などにまかり間違っても知られると、あいつは全く持って学生に人気がないから嫉妬してどこかに告知されるかもしれない、家族に知られると、妬まれてご飯を作ってもらえないかもしれない。などと思ったものの喜びを抑えきれず、こうしてブログに書いてしまった。次に昔買った自転車が思い出された。僕が成人以降に買った最初の自転車である黄色いマウンテンバイクは歌舞伎町に飲みに行った時盗まれた。もちろん鍵はしっかりしていたのだが。そして仕方なく無印良品のマウンテバイクを買ったら盗まれた自転車は大久保で見つかった。無印は友達に安く売った。長野で買った無印良品のママチャリはキャンパス内で盗まれた。出てくるだろうと次を買わないでいたら予想通り見つかった。さて2度あることは3度ある。これも同じ運命を辿るかもしれない。やはり油性マジック白でしっかりと住所と名前を書くべきか?ついでにくれた学生全員に名前を書いてもらおうか?と思ったがせっかくの黒光りしている美しい姿に疵をつけてはいけないと思いこの計画は半年くらいたって輝きが薄れた頃に行うこととした。
興奮冷めやらぬ午後、講義とゼミ。今日は仲正昌樹の『現代思想入門』を読む。ビギナー本をゼミで使うなんてとお叱りを受けそうだが門外漢が、ある知識の全貌に触れるには仕方ない。前回の西洋哲学史とあわせてとりあえず、大きな流れがつかめたのでは。今日は早めに帰宅して恩田陸『ねじの回転』という小説を読む。これは一昨日娘から「これ読んでみて」と渡された本。時たま、これどう?と渡されるのだが、なかなかストーリーの好みは異なるものだ。正直僕には難解なものが多い。しかしまた違った世界が開けることもあり面白い。近いけれども遠いと言う意味で僕にとって娘は興味深い他者である。

April 26, 2009

レイクタウン

昨日のどしゃ降りとは打って変わって快晴。天気に誘われて思わずジョギング。四谷を通り越して少し行ってから左折して一番町のあたりまで行く。昔このあたりにはクライアントだった東京湾横断道路株式会社がありよく来たものだ。一番町から外堀の方へ。飯田橋と市ヶ谷の間に出る。堀の脇の細長い公園を四ツ谷に戻るように走る。四ツ谷駅にはpaulという美味しいパン屋がありパンを買って帰る。30分走ると結構汗をかく。昼に家を出て八潮市に向かう。八潮の先生達と学生数名、建築noteの取材スタッフの方そして市の職員3名で今後の取材会議。5月9日は市長の撮影。アメリカからカメラマンがやってくる。どんな絵になるのか楽しみだ。
会議終了後皆で近くにできたイオンレイクタウンという日本で一番でかいショッピングモール(と誰かが言っていたが、、、)に見学に出かける。もちろんショッピングモールを核とした住宅地開発でもある。そこに調整池を兼ねた人工池がありこれをlakeと呼んでいるわけである。武蔵野戦にはこのために越谷レイクタウンという駅までできた。どのくらいでかいかは駐車場の駐車台数を聞けばわかる。その数8200台。駐輪場6200台。日本の商業施設でこの規模の駐車場を持つものがあるだろうか?誰か知っていたら教えてほしい。そしてショッピングモールは歩いて端から端まで約1キロ以上。歩いて約30分というところ。加えて、それが3階建だからきちんと全部見ようとすれば、2往復しなければならずそれだけで2時間である。加えてモール脇にアンカーテナントでジャスコ、マルエツ、ツタヤ、ヴィクトリアなどなど、そしてシネコンである。一番最近見たこの手の施設は豊洲ららぽーとだが、直観的にはあれの3倍という感じである。
それにしてもやはり土地が有り余っているからと言ってこのての20年前のアメリカのような施設の開発を日本でやってもいいのだろうか?と疑問を感じる。確かに今はこの施設の周りには何もないのだが、これから住宅地開発しようとしているのである。住宅地の脇にこの巨大なくじらのような殺風景な外観がごろりと横たわっているのはあまりにナイーブな姿では?ur(この開発を主導していると思われる)よこれでいいのか?と問いたくなる。とんでもない量の人の中を往復して皆ちょっとふらふら、ビール二杯分は歩いただろうということで北千住で焼肉を食す。

April 25, 2009

脳か精神か?

今日の上海は快晴。7時にホテルを出て8時半に空港へ。9時55分のCAに乗る。CAは行きも帰りも常に満席。機中、杉山登志郎『発達障害の子どもたち』講談社現代新書2007を読む。これまで何冊か読んできた子どもの本の著者は文系だった。つまり心理学や社会福祉が専門。一方この本の著者は医学系である。誰かの本に書いてあったし大学の同僚先生も教えてくれたことだが、こども問題は文学部(心理学科)、教育学部、医学部で研究されている。そしてその横のつながりはさほど密接ではない。つまりはそれぞれの分野がそれぞれの考えを作り上げているようなのである。
医学系の著者によるこの本を読むと発達障害というテーマで受精つまりは先天性の問題も話題となっている。これは今までの本ではあまり見られない(あるいは研究しようもない)。また知能指数が障害分類に幾度も登場するのは医学だからなのだろうか??さらに医学においても精神と脳では違うのかもしれない。因みにこの本の著者は精神である。
成田に着いて事務所に向かうまで週刊誌を買って読んでいたら、精神科医の斎藤環が脳科学の茂木健一郎に送った書簡に返信が来ないことをぼやいていた。斎藤いわく「脳の機能によって人間の社会的行動を説明できるというのは現時点では『トンデモ脳科学』だと私は考える」と書いている。ここでの分野の対立は人間の行動全般だが、こどもの行動ももちろん含まれるだろう。脳か精神か?医学か心理学か?理論か臨床か?専門家たちにもこうした対立があり定説が成立しにくいとなれば、門外漢の我々にはそうやすやすとこの複雑な関係の上にのっかている知見を理解するのは難しい。
事務所に戻りチルドレンセンターの打ち合わせ、1/300のブロックスケッチをもとに議論。まるっきり別案を考えるか、同じ案で形体や構造の代替を考えるか、スケールアップして詳細を詰めるか考える。今後の展開のために先ずはスケールアップを一度しておくことにする。今日はbirthdayそそくさと帰る。

予備検査

朝から現場検査。先月のスケジュールでは今日は事務所完了検査だったのだが、その状況ではない。設備はついているがまだ動かないし、建物はまだ塗装中、外構の土間コンが一部未了などなど。ということでこれは予備検査である。お昼をはさみ終わったのは2時。もちろんこの規模の検査では早い方だが、未了工事がこれだけあるのに(つまり見る場所が半分くらいしかないのに)これだけ時間がかかるのはダメが多いということである。修正点の読み上げも量が多いので後日書類で行うこととしてスケジュール会議。ゼネコンは工事終了は5月15日と宣言するが、疑心暗鬼である。ホテルに戻る車から工事中の高層ビルや新しいホテルが見える。ここでも同じことが起こっているのだろうか?

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現場で飯を作って食べる塗装工彼らは現場の中に簡易ベッドを持ち込み寝泊りしている

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従業員食堂:一見終わっているが床はペンキだらけ。養生はしない。垂れたたペンキはこすり落とす。

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食堂に並ぶ窓から工場が見える:ガラスはところどころ未装

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エントランスホール階段を上がったロビー:ここも石の上にペンキはかなり垂れている

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エントランスピロティ:土間コンがまだガラスは一部割れている:割れたガラスは取り換えればいい

April 24, 2009

上海は暑い?

成田イクスプレスの始発に乗り8時55分のチャイナエアで上海に。機中森茂起『トラウマの発見』講談社2005を読む。トラウマの発見はロバート・リフトンによるベトナム戦争帰還兵の調査によるものであることを知って驚いた。リフトンの著書は原爆やオオムなどの日本での大事件を扱い日本では馴染みのようだが、僕が初めて知ったのはThe Protean Selfという著書だった。それは変幻自在な自己がこれからの時代に必要であると説いたもので拙著でも少し取り上げていた。既知の人が別の偉業を達成していたのを知るのは驚きである。
いつも遅れるこの飛行機が今日は定刻に着く。毎度30分以上遅れて迎えの車を待たしているからか、今日は誰もいない。道が混んでいたとかで30分遅れでピックアップしてもらう。上海は寒いと思って鞄の中にはダウンジャケットも入れてきたが、開口一番「昨日は27度」と言われびっくり。東京より冬は寒く夏は暑いということか。現場に2時頃到着。だいぶ出来てはいるものの、まだ一か月くらいかかりそう。養生が悪く、仕上がった床のいたるところにペンキが垂れている。その昔日本の現場で出稼ぎに来ていた中国人が同じことをしていた。これは中国では当たり前なのか、ここの現場がひどいのか???一通り見て修正点を書きとめる。細かい指示は明日の朝から行うことにする。夕食は近くの有機栽培農場のレストランに行くことになった。行ってみるととにかく巨大。敷地がどこからどこまでか分からない。その中に巨大な温室がいくつもある。その中で野菜が栽培されているようである。さらに牛、豚、がちょう、あひる、などが飼育されていてこれらが調理されて出てくる。さらに農地のあちこちにコテージがある(宿泊用)。農地が観光地化している。料理は農村料理でかなりあっさりしていて食べやすい。食後レストランを出ると急に風が吹き荒れ寒くなってきた。明日は大雨だとか。

April 22, 2009

眠りに

午前中小諸プロジェクトの打ち合わせ。導入機能にこれっと言った決め手がない。全体のヴォリューム配置を5案程度に絞り模型作成へ。午後4年生の製図。どういうわけかこの製図は教師人が3人にTA2人。対して学生15人。エスキスもかなりじっくり語ることとなる。語りすぎて学生の創造性を潰してしまうのが恐い。終わって駅へ。電車の時間が迫っており駅まで爆走。自転車置き場から電車まで走って走って飛び乗る。血液が逆流しそう。意識朦朧となりそのまま眠りに陥る。軽井沢で目が覚め本を読む。山野良一『こどもの最貧国・日本-学力・心身・社会におよぶ諸影響』光文社新書2008.著者は北海道大学を出て神奈川県庁で福祉行政を行い、3年間ワシントン大学でソーシャルワークを学びそして児童保護局で働き帰国している。それだけの知識と経験をもとに書かれていることのほとんどを先日聞いたクライアントの話がカバーしていたのには驚いた。事務所に戻りマテリアルサンプルの打ち合わせ、チルドレンセンタ―の構想案の打ち合わせ。こつこつ積み上げたような方法で行くしかないのか、もう少し柔らかい形体操作があるのか????10時頃帰宅。明日の上海行きのパッキング。そう言えば成田イクスプレスの予約を忘れていた。

April 21, 2009

パーソナリティ障害

朝ゼミ、午後製図。体力がいるなあ。その昔明治大学で非常勤講師をしていた時、当時明治で教えていらっしゃった香山先生が退任された。その時の理由が「製図は戦い。しかし自分にはもう戦う体力がなくなった」だった。確かに製図は戦いかもしれない。学生の持ってきたものにとっさに何かを言わねばならない。それは瞬時の判断力であり、まさに戦いさながらである。
夕食後読みかけの『パーソナリティ障害』を読み終える。世の中には人格障害なるものが14種類あるという。一個一個事例を読んでいくと、こんな人間は周りに結構いるような気になる。つまり人間は程度の差こそあれ、人格障害の素質をもっているのではないかと思うにいたった。クライアントである社会福祉法人の理事長に先日聞いた。「誰でも入れる保育所と養護施設が同じ敷地にあるのはどうしてですか?」と。すると「保育所に預けられる子供は可哀そうなことに親のスキンシップや対話が減り、多かれ少なかれ養護施設に預けられる子供同様の心の痛手を負うことになる」と言うのである。病と病でないことの境界線を引くのはとても難しい状況にあるという。そして現代社会が要求する夫婦共稼ぎがこうした状態を生み出しているのだから、心の病は現代が必然的に生み出す疾病であると言う。人格障害はこうした施設の子供に胚胎する心の障害である。そしてその症例が健常者と言われる人々にもその萌芽が散見されるのであれば、それはまさに理事長の言うことを裏付けるだけではなく一億総精神病時代なのかもしれない。

April 20, 2009

本の読み方

朝大学に行くと、東工大の塩崎君からできたての博士論文が届いていた。発表会には行けなかったが内容は興味深く送っていただくよう頼んでいたものである。序文のあたりを読むと自分の学位論文で考えていたことと並走する部分が多く興味深く読み始められた。虫眼鏡片手に細かな引用文を読むとう頷くことしきりである。9:00から会議、そして午後から講義、そしてゼミ。例によってこのゼミは毎年3時から始まり終わるのは8時くらいとなる。一冊本を読みそしてドローイング。今日は西洋哲学史だが、定番の大学の教科書のような本。院生は去年木田元の『反哲学』を読んでいるので理解がかなり深いものと思う。昨日読んだ松岡正剛の本に書いてあったが、本を読むことと服を着ることは似ている。服はその日の気分や天気で選ぶものである。逆に言うと服によってその日の気分が左右されたりもする。気分と服が合わなければどうもしっくりこないものである。本も同じでその日の気持ちや興味や頭のノリによって選ぶものである。しかしゼミにはチョイスがない。選ばれたものを読まざるを得ない。そうなると本の与えてくれる気分にこちらをなんとか合わせていかないと齟齬を生じることになるわけだ。だからこれは精神修養であり本の気分に入っていかないといけない。プラトンを読むなら空想世界でギリシアに飛びそして酒を飲みながら寝転がって対話している自分にならないといけない、更に脳みその動かし方を自分なりに原理の探求に向かう状態へ高めないといけないのである。これは明らかにさあ設計するぞという脳みそとは異なるように思う。松岡のこうした指摘は僕にはよーく分かる、こう言う読書術を書いた本は僕の知る限りかつてなかったように思う。その意味ではとても「分かる」本であろうと思う。ぜひ皆さんご一読を。

April 19, 2009

A0

娘に言われて携帯の料金プランを変えに行く。今まで無駄に払っていた電話代に驚く。隣のスタバでコーヒーを飲み、家に戻って娘と英単語の勉強。この年になってつくづく思うが、語学はヴォキャブラリー。「何を馬鹿な」と怒られそうだが、あくまでこれは個人的実感。最近自分の記憶があやふやになっているのを痛感する。3つに一つぐらいは娘の言うことの方が正しい。使ってないと記憶は朽ちる。
午後A0勉強会。9合目まできた。来月でやっと終わる。ここ数回の話は形の関係性や大きさとそれが見る側の心理に整合する仕組みの説明(ベルフリンの影響をもろに受けている)。分かりやすい話である。夕方のバスで長野に向かう。最近売れている松岡正剛の『多読術』ちくまプリマー新書2009を読む。最近今まで読んだ本を頭の中で編集し直す為に再読しようと思っていたら、本は2回読めと書いてあるのに力づけられた。松岡正剛は最近『千夜千冊』というタイトルの本を上梓した。彼が毎日一冊読後感をホームページに綴ったものが千たまって本になったという。恐れ入る。続いて八幡洋『パーソナリティ障害』講談社2008を読み始める。前半は人格形成の理論史。どれもこれも本当のように聞こえる。一体新たな理論が出てくる批判の根拠が何なのかは素人にはよくわからない。

April 18, 2009

皇居ジョギング

国立近代美術館までジョギングで行ってみようと思い立つ。地図で距離を測ると約4.5キロ。だらだら走れば30分くらいだろうか?「ヴィデオを待ちながら」という展覧会をやっているのでついでに見て来よう。半袖シャツじゃまだ寒いかと長そでのジャージに下はランニングタイツ。上から下までまっ黒でカラスみたいだ。四谷駅を通り過ぎ、新宿通りをまっすぐ行くと突き当りが半蔵門。そこを左折してイギリス大使館を左に見ながら、千鳥が淵を右折。1キロくらい皇居の脇を走ると美術館である。桜の香りを感じながら走ったら癒された。でも疲れた。ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェッティ」制作フィルムを見ていたらうとうとしてしまった。帰りは日和って地下鉄に乗ろうかと思ったが、やっぱり走った。皇居の脇の巨大石垣と見張り台のおまわりさんを見ていたらバルトの言葉を思い出した。ロラン・バルトは1974年の短い日本滞在時に『表徴の帝国』なる日本エッセイを書いた。その中で東京をロサンゼルスと比較して「いかにもこの都市は中心を持っている。だがその中心は空虚である」と語ったのである。確かにとんでもない空虚。ロンドン、ニューヨーク、パリ、ウィーン、上海、、、、世界中の主要都市の中心部にこんな巨大な市民の入れない場所は存在しない。バッキンガム宮殿は確かに入れないが皇居の大きさからみれば米粒である。(皇居=1.4k㎡、バッキンガム=0.03k㎡)もちろん巨大王宮と言えばパリのヴェルサイユ。面積は8.1 k㎡と巨大である。しかし郊外にある。ウィーンのシェーンブルンは1.2 k㎡だから皇居と同じくらいだが自由に入れる。王宮ではないが、ニューヨークにはセントラルパークがありこれは3.2 k㎡とかなり大きいがもちろんこれは市民の憩いの場。民主主義の日本の真ん中が巨大な空虚というのは良くも悪しくも東京の一番の特徴であることに間違いない。

April 17, 2009

古本発見

午前中早稲田の講義。去年は遅刻者が多かったが今年は皆さんまじめ。最初の自己紹介をhpに書いてもらったのを見ると。本当は建築学科に行きたかったが数学が苦手だったとか、線を引くのは性に合わないなどの理由で文化構想学部に来たという人が結構いた。フィールドプレゼンに期待しよう。
講義後、昨日依頼のあった計画敷地を見に行く。早稲田通を500メートルくらい上がったところである。なんとお知らせ看板が出ている。確認を7日に出して受理されているのだから当然か。2方を五階建ての建物にふさがれ一方が二階建の住宅。4メートル道路を挟んだ正面も5階建ての大きなビルの側面に塞がれている。凄い閉塞感。こんな敷地は初めてだ。
早稲田通はその昔西早稲田に住んでいた時にジョギングしながら古本屋めぐりしていたところ。あれから20年近くたつが古本屋健在で嬉しくなる。最近できた打ち放しの素敵な美術、文学、哲学、歴史、専門のギャラリーのような古本屋があった。腹は減ったがつい入る。お店の名前は五十嵐書店。大正14年出版の伊東忠太著の『西洋建築史』定価3円というのがあった。2000円。更に増田友也の博士論文に加筆した『建築的空間の原始的構造』なる本があった。出版年は1978年そして出版社は拙著と同じナカニシヤ出版である。定価は3800円。当時としてはかなり高価な本だったと思う。これが2500円。安い。2冊買い求め。近くのラーメン屋で眺める。満足。
事務所に戻り養護施設プロジェクトの地域化の手法を探るために、学校建築の地域化の有名な例を学ぶ。ペーター・ヒューブナー木下勇訳『こどもたちが学校をつくる』鹿島出版会2008を読む。いきなり坂本先生の推薦の言葉が載っているのにはびっくり。ちょっとデザインは古いが、子供たちの6か月に及ぶワークショップにおいて1/10の模型を作りそれを10人の建築家が図面化して作り上げたのには脱帽。地域化と共に個別化が実践されている。まさにクライアントのKさんが養護施設に求めていたことが小学校でも行われている。子供を育てる環境に差はもはや無いということか。

April 16, 2009

新たな仕事

午前中事務所で打ち合わせ。雑用。午後も打ち合わせ。新しいプロジェクトの最初のエスキス。全く新しいビルディングタイプと敷地の制約の少なさがきっかけを見つけにくくしている。僕もスタッフも多くの可能性の中から進む方向を模索中。設計期間はあるのだが、補助金の関係で6月一杯に基本構想をまとめないといけない。そう考えるとまったく時間がない。夕刻後輩のNさんに頼まれてNさんの知り合いの建築相談に伺う。100㎡の敷地に5階建ての学生用の集住を作りたいという要望。1年前からとある建設会社に設計施工で依頼しているのだが何も進展しない。あまりのいい加減さに嫌気がさしてすべてを白紙に戻して設計を新たにやり直したいとのこと。聞けば聞くほど世の中にこんな目茶苦茶な会社があるのかと呆れた。事前に聞いていた工期と工費ではできそうもないと思っていたのだが、こちらの要望をほぼ了解してくれた。であればお引受けするのにやぶさかではない。場所は西早稲田、明日の講義のあとに敷地を見てこよう。

April 15, 2009

臨床心理

前期は月火水と大学での講義やゼミや設計プロジェクトの打ち合わせなど朝から晩までスケジュールはぎっしり。午前中小諸プロジェクトの打ち合わせを学生と行い、午後は4年生の製図第五。初回なので16人の受講者全員のテーマ発表。よく考えられているものが多いのだが、毎年思うことだが、建築で解決するのは困難だろうと思われるような内容が多い。
最近始めたチルドレンセンタ-の仕事が初めてのビルディングタイプということもあり知らぬことばかり。昨日は夕食を共にした環境心理の先生と教育学部を出てから建築に学士入学した建築史の先生にいろいろ聞いた。こうした施設で治療に当たる心理療法士という人たちは学問分野で言えば臨床心理学を学ぶ。そしてそうしたことを学んで精神治療にあたる先生は自らの精神もぎりぎりのところまで持って行くのだそうだ。教育学部にはそういう先生もおられるそうだ。帰りがけ寄った丸善でその手の本をいろいろ購入。そのうちの一冊『子供の脳は肌にある』光文社2004を読み始める。著者山口創の略歴を見ると同僚先生と同じ大学、学科、早稲田大学人間科学修了である。専攻はやはり臨床心理。

蔵春閣

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午前中ゼミ、と思っていたのは僕だけで学生のカレンダーは来週が初回。というわけでなんとなく雑談。僕の最近の設計の話をしていたら終わってしまった。たまにはこんな緩い会話も楽しいかも(しかしこう言うのは愚痴に終わることが多い)。午後3年生の製図。課題はコンヴァージョン。谷口吉生の東山魁夷美術館のすぐそばに蔵春閣という三沢浩設計の建物がある。これがコンヴァージョンの対象。上杉謙信の横山城という城があった市内を一望できる丘の上にこの建物は建っている。学生と先ずは見学に行く。今年から赴任された新館長さんはこの建物が大好きらしく丁寧に細部まで説明をしてくれた。1967年にできたこの建物は結婚式場として使われたとのこと。当時結婚式は家でやるのが普通。つまりこの建物は結婚式場のさきがけであった。しかし今はその役目を終え、一部公民館的に貸出、一部オフィスとしてテナント貸し状態である。屋上には野外ステージと観客席があり、左を見れば市内を一望。右を見れば善光寺を一望。ここで記念写真など撮ったのだろうか??見学終了後、この課題の非常勤である広瀬先生が設計した倉庫をコンヴァージョンしたカフェに学生と立ち寄る。

April 14, 2009

最初の講義

10時40分のアサマに乗るためにぴったり1時間事務所で打ち合わせ。アサマでは最初の輪読で読む原佑『西洋哲学史』東大出版会1955を再読。前読んだときは3色ボールペン読書法が流行っていた時のようで赤、青、緑でアンダーラインや書き込みがある。その読み方はそれなりに意味があったのか読み返すと前読んだことがついこの間の如く思い返される。またやろうかな?
午後一で今年度最初の『言葉と建築』講義。ついにこのシリーズ5回目の講義となる。やはり何度かやってくると話す内容を豊にできるような気になる。夕刻は新4年生を入れたゼミイントロ。流石に人が多い。昨年から院も定員満員状態で18人の大集団である。これでは会議室でゼミが出きない。夜は新4年生と理科大から修士にきたT君の歓迎会。

April 12, 2009

死神

朝から『戦後日本スタディーズ』を読む。韓国の反日の流れと大統領の施策を論じる文章があった。大統領になる人が拉致されてしまうような国であることに改めてその危うさを感じた。曇っていた天気も午後には快晴になる。少し外出しようかとも思ったが、昨日の疲れもたまり今日は家から出ないことにする。早めに風呂に入り先日ニューヨークの友達と会って話題になった伊坂幸太郎の『死神の精度』文春文庫2008を読む。死神が人間の姿に化けてもうすぐ死ぬであろう人間に会い死なせるべきか見送るべきかを調査する。1週間以内に調査書をまとめて本部に送らなければならないのだが、死神はミュージックが好きで暇さえあればCDショップに行って視聴している。短編集は好みではない、もとより小説はめったに読まないのだが、たまに読むと軽いウイットが心地よい。

April 11, 2009

生成

朝9時に新宿南口で日建の先輩だったTさんに会い特急あずさに乗り途中下車。初めて降りる町である。この町出身のTさんは日建をやめて独立し、社会福祉法人の理事長をする高校の先輩Kさんから養護施設や保育所などの仕事を依頼された。全部で5つほどの施設をこの地に、そしてその関係で神奈川、九州にも同様の施設を設計することになった。この手の施設はその昔はパノプティコンだったそうだ。それがKさんの、「小規模化、個別化、地域化」という独創的な考えのものとにTさんが新たなビルディングタイプを作ってきた。そしてこのKさんがさらに新たなモデル設計をTさんに頼んだのだが、大病を患った彼は体力的に無理という理由で私を紹介することとなった。Kさんに10時半にお会いする。彼はこの手の施設の現状や国の無策、子供の成長について極めて明快にそして科学的にとうとうと語ってくれた。昼を食べ、皆で、Tさんの建てた建物を車で一件一件回る。Kさんはよくできているところ悪いところなどを丁寧に説明してくれた。昨年まで大学の教員もされていただけあって説明が論理的かつ魅力的。一日話を聞いていて飽きることがない。なるほどパノプティコンを否定して建っている建物は住宅のようである。at homeなことがかなり重要。そしてこの次に建てるのは4~5棟の分棟の施設群。国道沿いの細長い敷地に成長する建築を作らなければならない。まさに昨日見たアアルトの生成感が求められそうである。

アアルト

早稲田大学での最初の講義http://www.ofda.jp/w_lecture/2009/requirement/index.php。初夏を思わせる陽気である。講義は文化構想学部2~3年生が対象の演習である。全体授業の内容を説明し、建築家という人間が何を考えているかをてっとり早く説明するために自分の設計した住宅を10個見せた。早稲田の学生は人なつっこい子が多い。講義が終わると数名雑談をしにくる。
午後事務所で明日の出張に備えて予習。夕方若松均さんが片岡君を連れて来所。昨年見てこられたフィンランド建築(つまりはアアルト)のスライド会をしていただく。事務所のスタッフなど10名くらいでサナトリウム、マイレア邸、サイナトサロの役場、実験住宅、ヘルシンキ工科大学、アトリエなどを見る。彼によれば、役場や大学などは図式が強過ぎ、マイレア邸などはその点自然な生成感が感じられ好ましいとのこと。アアルトは基本的に内部から建築を考え結果として外観が立ち現れるところが特徴的だという。なにせ僕は見たことがないので体感的なアアルトを知らない。そしてそれはスライドを見せてもらってもなかなか分かることはできないのだと思う。アアルトを見終わりまだ7時半ころだったので、ここ数年で行ったイタリア、オランダ、フランス、スペイン、とスライドショーをしていただく。まるでエルクロを10巻くらい連続的に見るような感じである。ズントーの美術館に痺れた。その後伊藤君やスタッフと食事に行く、彼はアアルトを見てきているだけに2人がアアルトについて語ると、話が立体的に浮かび上がる。2時頃帰宅。

April 9, 2009

美味しいコーヒー

6時台のアサマに乗る。晴天だが早朝の長野はダウンを着ても未だ寒い。車中昨晩遅く届いたメールへの返信。社内販売のコーヒーを飲む。魔法瓶に入ったコーヒーの割に、300円は高いといつも思うのだが飲むと値段のことは忘れるし、ぬるくて不味いと感じたことは無い。車中岩崎稔、上野千鶴子、北田暁大、小森陽一、成田龍一編著『戦後日本スタディーズ③80・90年代』紀伊国屋書店2008を読み始める。内容はこのメンバーだが、政治的なものが多い。レーガン就任(81年)に始まるネオリベラルな流れが世界を包み込み、そして冷戦構造の崩壊がそれに拍車をかけた。こうした世界の一体化が80~90年代の先ずは世界的な事件なのだと思う。この時代は僕にとっては大学入学(79年)、社会人(86年)、そして社会人をやめる(98年)という、大人になってからの一区切りの20年間と言える。当時同じ世界の中で起こっていたことを振り返って歴史として眺めてみると、博物館の展示品をみるような客観的視線が芽生えるのが面白い。ゼミではこの本の次に「studio voice2006/12」90年代カルチャー特集を読む予定。世界的な政治の流れに加えにドメスティックには一般文化も建築も90年代は新たな時代でありかつ終わる時代でもあった。早朝事務所でT君と打ち合わせ、朝しか時間の余裕がないクライアントから電話、電話。そう言えばこれから始まるかもしれない仕事のクライアントである女性社長さんのメールも毎度必ず、23時台か6時台であるのが凄まじい。昼に行きつけのトンカツ屋に行くとばったり貝島父と会う。大京町に住む父君はふらり荒木町まで足を伸ばすとのこと。トンカツ屋で新宿区の景観ガイドラインをもらう。早稲田と東大と工学院の共同編纂のこのブックレットは実によくできており、新宿区を10地域に分割して、それぞれ地形、歴史、緑の観点からタイポロジー化しつつ、その味わい方が書かれている。ブックレットデザインはいま一つだが、切り口は明快。今度の小諸プロジェクトの参考にすべく、要点を抜粋して、学生にメール。

ガイダンス

朝から各学年ごとに学科のガイダンスである。新しい2年生は今年から長野のキャンパス。入社式のようなものでまだ右も左も分からないようなきょとんとした目つき。3年は(僕の担任の学年)去年ずっと製図と講義を持ってきたので何となく慣れた視線である。4年は研究室所属を前にして、眼光鋭い。修士は既に付き合いも長いしなれなれしいのもいれば、だいたい来ないのも多い。
午後研究室の志望者の面接。続いて小諸市での某建物の基本構想案作りの打ち合わせ。隣の研究室と合同受託研究である。本当は実施設計まで行いたかったが、実施は地元の設計事務所にやらせたいとの意向で基本構想までである。しかし1000㎡の規模をこなしていくのだからそれなりの醍醐味があるし、小諸の歴史的街並とどう対峙するかは興味深いテーマである。終わって、面接した11人の研究室入研希望者を6名の定員に絞る。すでにもらっているポートフォリオでデザイン力。やはり既に貰っている志望動機や院での研究テーマなどから僕の研究室との整合性。卒業後の希望から建築設計者としての意志。過去の製図関連の成績から建築力。などを総合的に判断。書類は3月中にもらっていてだいぶ悩み、そして今日面接もしたものの、やはり悩む。終電で帰る予定が決めきれず、終わってみれば12時近い。

April 8, 2009

メール

メール恐怖症ぎみである。コンピューターのメールを携帯に飛ばす設定としているために四六時中追っかけ回されている(という気分になる)。特に忙しい相手は気が付くと送ってくる。これがつらい。まとめて送ってくれれば考えること(あるいはスタッフへの指示)は一回で済む。4回くれば4回考え4回指示しなければならない。だがそのタイミングで両者が連絡を取り合えるとは限らない。でも相手は「伝えたぞ」という気になっている。その気になっていると言うことを想像するとこちらも焦る。つい皮肉っぽい返答をすると相手は気分を害する。電話ならそういうジャブは何気なく織り込むことができてもメールだとそんなレトリックを使ってられない。かと言って忙しい相手だと電話が通じない。通じると会議だったり、新幹線のなかだったりする。ふー困った。
夕刻バスで長野へ。車中、丸山真男『日本の思想』岩波新書を読む。この本、初版は1961年で僕の持っているのは2008年の89刷である。こう言うのを名著というのだろうか?明治開国における西洋思想受容に迫られた日本における基軸としての天皇制が語られる。このあたりは微妙な問題なので僕がいい加減に丸山の主張を記すことはできないが、開国と同時に日本が寄り縋る基軸を求めたとしても不思議ではない。西欧文化は科学的論理と抽象概念に基づくのに対して、日本のそれは以心伝心で情緒性に満ちている。この背反性ゆえに西欧文化は咀嚼され内面化されることなく、別モノとして堆積したという。この状況は天皇制の影に隠れ露わになりにくかったが、戦後の第二の開国時には天皇制という基軸を失い、この相反性はより一層深刻に露呈されたという。その当時の知識も無ければその時代を生きていない僕には客観的にことの真偽を判断できないし、実感もできないが、想像には難くない。最近戦後論が盛んで、先日読んだ吉見氏のポスト戦後社会も岩波新書のシリーズの1冊。また今年のゼミの輪読では紀伊国屋から出ているその手のシリーズ(3巻本)の80年、90年代論を読もうとしているので、さしあたってその筋の基本的名著を読んでみた。文体は古風だが内容はさすがに89刷なだけあって読み応えがある。

April 6, 2009

新学歴社会

日建時代の直属の先輩から電話があった。彼は僕より先に日建から独立していたのだが、大病を患い、病気と共生しながら生きていた。独立後は児童養護施設設計の第一人者となっていた。最近は連絡がなく、知らせがないのは元気な証拠と早合点。一昨年また別の大病を患い、もう設計をする気力が失せたので自分のクライアントを引き受けてほしいとのことだった。日建初期の師匠であり、横浜博覧会住友館を一緒に設計した先輩であり、その昔猫をもらった猫友達であり、少なからずショックだった。早速お会いして話を聞きコーヒーを飲んだ。病気なのにショッポを吸っていた。相変わらずである。出会った20年以上も前、お互いの子供はまだ幼稚園と赤ん坊。それが今では大学生と高校生。今日は双方の入学式であり、両方とも受験とは無縁の付属からの進学だと分かった。
ところで最近僕の周りにはこうした無試験進学者が多い。彼の娘は付属からK応経済。親友Mの息子はOA入試で早稲田の政経。甥っ子は学院から早稲田の理工。楽して入学(と言っては失礼だが)はもはや当たり前の時代かもしれない。しかし楽を喜んでばかりはいられないようだ。
最近読まされた(大学にいるとそう言う本を読めという輩もいる)和田秀樹『新学歴社会と日本』中公新書ラクレ2009(全体の論調も筆者の主張も好感が持てないところは多々あるが)によれば無試験入学者はもとより、受験しても数学が科目にない私立文系、さらに言えば、早慶以外の私立(それなら地方国立はどうなのか?と思うがそのあたりは言及されていない)学生は、社会に出て大変だと言う。その理由は大学付属から来た学生のレベルは恐ろしく低下し、数学ができない学生はたとえ文系といえども役に立たず、少子化時代にあっても定員を増やす早慶は数少ない優秀な学生を根こそぎ捕獲してくからだと。
ことの真偽はおくとして、掲載された統計データーを見る限り、先ずは明らかに数十年前より今の学生が勉強しなくても大学に入れているようだ。著者曰く、20年前に法政に入る力があれば現在軽く早慶あるいは旧帝大には入れるという。なるほどそうかもしれない。加えて日本はその昔から世界的に見て学歴社会だったためしはなく、現在、世界的に見てこれほど学歴が等閑視されている社会はない。しかし今後社会がグローバル化(学歴化)するのは必然でこの状態は続かない。加えてこれからはtoeflに相当する数学の試験も行われ、そのテストでの高得点が幹部候補生の必須条件になるだろうとも言われているとのこと。
著者の意見に全面賛成するつもりはないものの、教員としては自分の送り出す学生が社会で通用するようにせねばと冷や冷やする。信大生は日本の平均的大学生である。それは入学までに行った努力が平均値であるというような意味においてである。平均ならいいじゃないかと思う反面、就職で味わう苦渋を思うと少々考える。幸い我々の目指す職場は学生を学歴ではなくその実力で判断してくれている。入学時までの努力ではなく、6年間の切磋琢磨が評価される数少ない職場なのだと思う。東大医学部出身は無条件に取ると言う会社とは違う(某経営コンサルの会社はそう言うとり方をするそうだ)。その意味では大学での教育にそれなりのやりがいがあるはずだし僕の部屋は少なくともそうありたい。

April 5, 2009

脳みそのリラックス

朝二つの美術館を巡ってきた。4つ見たい展覧会があったがとりあえず二つでへばったhttp://ofda.jp/column/。ミッドタウンのあたりは桜が満開。でも人出はそれほどでもない。皆皇居あたりに出かけているのだろう。
最近いろいろなことで考え事が多い。昔はあまり考えずに行動していたのだが、、、、こう言うのを下手の考え休みに似たりというのだろうと、友人に語ると一冊の本を貸してくれた。新野哲也『頭がよくなる思想入門』新潮選書2000.タイトルには頭がよくなるとあるが別にIQをアップさせるようなものではない。世の中で「賢いねえ」と言われる人の性格や頭の動かし方が書かれた本であると言う。別に賢くなりたいわけではないのだからと遠慮すると、まあ読めと言われた。読んでみると独断と偏見に満ちているような気もするのだが、だからこそなんだか坊さんの説教を聞いているようですっきりした。以下なんとなく頭に残った言葉。
・直感と理性いう思考プロセスにおいて、直観を軽視するな。
・ロゴスとパトスは思考の両輪。
・「人が考えるのは狂っているからだ」(丸山圭三郎の言葉)。
・「思考」「感情」「直観」「感覚」をバランスよく一日の中に割り振れ。
・喜怒哀を包含した文章が人を納得させる。
・思考ではなく、意志と真剣な心が仕事を効率よく、実りあるものとする。
・無意識から湧きでる心を聞け。
つらつら読むと考えすぎの最近の脳みそがリラックスし、ほぐれてきた。気分がよい。

乱読

大学に勤めるようになってすっかり運動不足になっている。運動をしないとフィジイカルに体がダメになるとともにメンタルにも弱くなる。脳みそだけでも勝負力を維持したいと林成之『<勝負脳>の鍛え方』講談社現代新書2006を読む。人間の体が動く原理は反射神経と運動神経だけではなく、記憶と体の動きのシミュレーションとそのイメージづくりによるところが大きいことがよくわかった。その昔スキーの回転で旗の位置を全部覚え自分の滑りを頭の中で作っていたことを思い出した。
最近多量に買いだめした新書、文庫を乱読している。丸谷才一『思考のレッスン』文春文庫2002を読む。 ・昨今の批評では文章スタイル、趣味について論じたものがないということを嘆く。なるほどそんなことをおっしゃる人がまだいるのだとびっくり。 ・丸谷が最も影響を受けた3人は、バフチン、中村真一郎、山崎正和だという。人の尊敬する人を聞くとなんとなくその人が分かるようで面白い。丸谷は山崎をこう評する。あれだけ理路整然と周到に文学を語る人間は、文学を分からない場合が多いのだが彼は文学的感受性が豊かである。なるほど、数多くいる評論家と名のつくような人間で山崎は実に分かりやすいしいつも瑞々しい。 ・思考するためには読書せよ、しかし面白くないと思ったら読むなという。では何を読むべきか?偉い学者の薄い本を読めと言う。逆に偉くない学者の厚い本は時間の無駄。確かに確立的には正しそうだ。また好きな書評家を持てと言う。僕も新聞の何人かの書評家が評価する本はすぐに買うことにしている。そしてだいたいあたる。また時間がある時は本を読むなという。本は時間がない時に知識を詰め込むための道具であり、まとまった時間が取れるときは考えろという。考えて何をするべきかを決めていく。そうするとまた何を読むべきかが生まれると言う。確かにそれは正しい。この本の一番の教えはそれである。午後来客。

April 4, 2009

凄い人

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午前中研究室の雑用を片付け午後のアサマで事務所に戻る。国交省から建築士法変更に伴う諸手続き、新たな資格、設計料基準等の説明パンフレットが届いている。去年も似たようなものが郵送されていたがヴァージョンアップされているのだろうか?一応きちんと読んでみる。一つ全く理解できないことがあった。今後3階建以上かつ5000㎡以上の建物の設備は一級建築設備士でないと設計ができないのだが、その一級建築設備士は建築設備士の意見を聞くように書かれている。どうして一級建築設備士が建築設備士の意見を聞かねばならないのか謎である。それは会計士が税理士の意見を聞けと書いてあるようなものである。設備業界では建築設備士の資格が中に浮いて(権利上やれる仕事が減って)文句続出だとか。それを反映してこうなったのだろうか?つまり、一級建築設備士は自らの仕事を設備士に外注してもいいよという抜け道を作ってあるということなのだろうか?
夕刻帰宅。家族で夜桜を見に千鳥ケ淵にでかける。金曜の夜で温かいこともあってこのあたりはすごい人である。神社の境内はサラリーマンで足の踏み場もない。

April 3, 2009

21年度スタート

今年度最初の学科の会議と工学部全体の教員会議。最初だけあって出席率がいい。会議室が満席状態。こんなに先生いたの?という感じである。今日はひどく寒い。昨晩から冷えて冷えて今朝は雪が舞っていた。毎日寒かったり温かくなったりして月末には桜が咲くだろうか?

April 1, 2009

make

4月1日。世の中では入社式が行われる。大学では辞令式が行われる。学長から辞令をもらったばかりの新学部長から辞令をいただく。
長野に来る車中茂木健一郎『化粧する脳』集英社新書2009を読む。著者がカネボウと化粧品研究をしたことが下敷きになっている。その中に面白い調査結果があった。すっぴんの場合、鏡に映る自分(鏡像)と本当の自分(正像)ではどちらが「自分らしい」と感じるかという問いに「鏡像」という答えが多かった。一方化粧を施すと答えが反転し、正像と言う答えが返ってくるとのこと。つまり化粧を施した顔と言うものはそもそも自分が見るものではなく人に見られることを前提としているというわけである。つまり化粧とは一種のコミュニケーションツールであり、ファッションやもっと言えば建築と同様な役割を持っているわけだ。
辞令式の後、研究室でかづきれいこ『かづきれいこのいきいきメイク』ちくま文庫2002を読む。著者とは直接お話したことはないのだが昨年度まで早稲田大学で担当していた「晒す覆うの構造学」という授業を共同で教えていた先生の一人。ついでに著者のメークサロンは我が家の目と鼻の先にある。もともとけがをした人などのフェイシャルセラピストとして有名な方である。彼女がメイクを始めたきっかけは自身がASD(心房中隔欠損症)という病気のため顔色が悪く性格まで寒々しかったからだと言う。つまりは性格を明るくするための化粧である。そして今や全国に生徒が数万にいるという。なるほど人の心とは実に様々な要因で変化する。化粧もその一つであることは間違いない。表層の覆いと内面の覆いは他者を軸にして常に微妙な緊張関係の上にある。