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August 30, 2008

二国の貧困

湯浅誠『反貧困』と堤未果『貧困大国アメリカ』(いずれも岩波新書2008)を読む。怠惰な貧困は自己責任ではあれど、基本的に「貧困」は自己責任ではない。と僕は思っている。湯浅氏もそう考える(自己責任ではない)一人である。その主張はノーベル経済学賞をとったアマルティア・センに依拠している。センは「貧困は単に所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」と主張した。つまり所得0でも健康な人と喘息の人では働く潜在能力が異なる。あるいは援助してくれる親戚がいる、親の家に同居できる、学歴がいい、などなど、こうした潜在能力があれば所得が0でも貧困ではない。逆に親が死に、親戚が意地悪で、塾へも行けず、大学に行く金は無かったという風に生まれてこの方潜在能力を奪われ続けてきた人もいる。こうした人が貧困に陥ったとして、それを自己責任というのは当たらないわけである。
アメリカを見習ったがためにどうも変な考え方が蔓延してきた日本だがその当のアメリカの話は笑えない。アメリカの貧困層はちょっと前までアメリカの豊かさを体現してきた中流階級である。2005年のアメリカ全土の破産件数は208万そのうち企業破産は4万。残りはこの中流階級の破産。そしてその原因の半分以上が高額医療だという。2泊3日の出産費用が2万ドル。などなど。事例を読みながら背筋が寒くなった。患者側の保険もさることながら、医者が入る賠償保険の高さも有名な話。産婦人科医が入る保険料が年間数千万で、医者を続けられなくなる話は何度かテレビで見た。原因は保険会社が少なくて保険料が高騰するのだそうだ。われわれは競争原理と言えば下がるものと思い込んでいるが、逆も起こりうるということである。こうした場合に政治が介入しないととんでもないことが起こるのである。こうなると本当に貧困は人災とさえ言える。政治の問題である。日本はアメリカから学ぶことが多多あるのである。尻尾振ってついていくだけが日本の道ではない。

質的データー分析

8月29日
先日読み始めた佐藤郁哉『質的データ分析法』を読み終えた。大学で雑誌の写真分析などしていると、まずは手始めに数量的傾向をつかむわけだが、どうしてもそれは何が「多い」かということを見ているわけである。多いことはひとつの重要な指標である。しかし一方で数は少ないけれど、この一枚の持っている意味というものを感ずることがある。しかしその一枚の意味をどう掬いあげることができるのか、つまり量ではなく質を評価する方法が欲しいと思っているわけである。
実はこれを読んでみても決定的に新しい手法が書いてあるわけではない。おなじみのkj法を含めて知的生産の方法が丁寧にわかりやすく書いてある。新しくはないけれど論理的に整然と書かれているので大変参考になった。しかし一番新鮮だったのは、思考プロセスを手書きカードではなく、すべてコンピューターでやろうという発想である。発想だけではなくそれ用のソフトも既に多く存在しているということである。カードを使ってkj法まがいの思考方法をとっていた僕にとって、著者の方法は、新鮮である。いくつかのフリーソフトや体験版ソフトをダウンロードして遊んでいるのだが、使えそうでまだ使えない。しかし、例えば、カードに書きためたデーターをコンピューター上でばらまいてグルーピングしたり順序づけられればそれは便利である。ただいかんせんコンピューター画面は小さい。製図板くらい大きな板が欲しいところだが。

August 28, 2008

帰国

目が覚めたら6時10分。身支度を整えて急いで部屋を出る。ロビーに降りると6時半に来る予定の劉さんはもう来ていた。キーをフロントに返し、車に乗る。帰りは浦東(プードン)ではなく虹橋(ホンチャオ)空港である。プードンが成田ならホンチャオは羽田である。今まではドメスティック専用だったものがインターナショナルにも使うようになったものである。市内から近い(というか市内なのだろう)ので6時半に大倉(タイソウ)を出て着いたのは7時半である。往路プードンから3時間近くかかったのを考えると雲泥の差である。
帰りも中国東方航空であるが日本の飛行場は成田ではなく羽田である。この便は便利である。行きも羽田―ホンチャオがうれしいのだが、いい組み合わせが無いようである。
羽田には日本時間の1時着。入国審査を過ぎ、たまった留守電に返事。昼食をとったら2時を回る。時間があったら東工大に博士の発表を聞きに行く予定だったがちょっとつらい。事務所に戻るべくモノレールに乗る。行く時上海に着いたら大雨だったが、帰って東京についてもやはり大雨。モノレールの外がよく見えない。
事務所に戻り、k-project契約図にはんこうを押す。その後、九州プロジェクトの報告を聞く。設備の打ち合わせで少しプランが変わりそうである。そのあたりも含めて施主打ち合わせが必要。先方の秘書に帰国の電話をすると施主はアメリカご出張中。来週後半のアポをとり電話を切る。

August 27, 2008

複雑な工事

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朝から現場で打ち合わせ。午前中はゼネコンから提出された追加見積もりの査定である。単価はよくわからないが、数量は軒並み倍である。どう計算したらこうなるのか?プロマネ事務所の責任者を呼び、一緒に図面にスケールをあてて計算する。こういうチェックをするのがプロマネの仕事であることを注意する。その後ゼネコンを呼び数量を間違いを指摘する。しかし彼らはなんやかんや理由をつけて自分の非を認めない。どういう神経しとるのか?
昼飯はこのあたりには食べる場所がまったくないので車で近くの町に行く。昼から宴会である。まあよく飲むよく飲む。こちらはお茶だが彼らは昼からイッキの乾杯合戦である。まあこれが文化だから否定はしないが、、、、、
午後はこれから作る一階の壁の型枠について説明する。そして施工図を絶対書くように指示。この建物は200メートル近い長い建物。その半分は写真のとおりランダムな窓であり残り半分は横連窓。その切り替わりの間に銀色の帯が流れている。ランダム部分は事務所研究所、横連想窓は作業場。東京工場とその形体構成は似ている。このランダム部分の外装は石。開口部のガラス面は60センチほど引っこんでいる。模型のとおり形は大変複雑である。工事ほこれまで杭と基礎だったがこれからいよいよ地上部となる。この複雑な建物を彼らが本当に作れるのだろうか?心配である。この模型は1/200だが、1/50の中国事務所においてある模型も現場に持ってくることにする。穴があくほどよく見てほしいものである。
夜は市の共産党書記であるシャーさんと食事をする。2005年に僕が最初にこの仕事のためにこの市に来てからのお付き合いである。トップにたつ人だけあって実に品格のある方である。

建材市場

8月26日
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中国にはカタログ文化がない。カタログでものを選ぶ習慣がない。現物主義である。実施図面で書いていたことが本当にできるかどうか実はわからない。中国のカタログを見ながら図面を描いていたわけではない。日本にあるものを基本に描いていたわけである。そこで今日はゼネコン、プロマネ、クライアントとともにそうした「物」が本当にあるのか探しに行った。中国にはどうもいたるところに建材市場があるようだ。日本の日曜大工ショップなんていう規模ではない。材種ごとに巨大マーケットがある。最初に行った石材市場は石屋だけ数十軒ある。次に行ったカーペット屋には内装建材の店がやはり数十軒並んでいる。そして外装の金属屋。外装材の値段はもちろん日本より安い。石とアルミは㎡一万円。タイルは1000円台。塗装はリシン吹きつけのようなもので500円。フッソになると石なみである。次に行ったのは木材市場。日本同様突板がある。無塗装のものが数十種類ある。大きさは日本の規格とは違ってかなり大きい。チーク、シカモア、バーチ、オークあたりは使えそうだ。そして次はタイル。日本だとネットでカタログを探しながらなんとかお目当ての商品に辿り着くのだが、こちらではお店で探しまわるわけである。われわれ外国人にとっては少々大変な作業だが。

August 25, 2008

大倉現場

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10時50分の中国東方航空で上海プードンに。機内は満席。なぜか中国人の家族連れが多い。オリンピック期間中は国外旅行という人たちか?上海には1時前に着く。中国リーテムの劉さんが迎えにきてくれている。上海は大雨30度。市内が大渋滞で大倉(タイソウ)に着いたのは4時を回っていた。ホテルにチェックインせずに直接現場へ。着工してから初めての現場である。毎日の工事進捗状況は日報が写真付きで届いているので大方理解しているのだが、全体感はつかみかねていた。大雨が上がった現場は泥沼状態。長靴を借りて基礎を埋め戻した状態の現場を一周。普通の日本の現場なら基礎の周囲は重機が動きやすいように鉄板を敷いてあるものだが、こちらは何もしてないから田んぼのような状態である。現場見てからゼネコン、プロマネ会社、管理会社、施主、ofdaで定例会議。進行はナカジに任せて聞いていたが、まあとりあえず会議の体はなしているのでほっとした。ただ、プロマネもゼネコンもすぐに言いたいことを言い出すのが順番待ちが苦手な中国人らしい。うーん。人はいいのだが、組織化されていない。

August 24, 2008

閉会式

開会式は見なかったのだが、閉会式はしっかりテレビで見た。人のつくる文字や形がすごいとは聞いていたがたしかに鍛え方がよくわかる。しかし、人民パワーと国家的訓練による一糸乱れぬ姿はやや異様な気もしないではない。それにしてもジミーページが出てきてギター弾いたのには驚いた。おじ(い)さんパワーである。ベッカムはまあいいとして横でヴァイオリンを弾いていたホットパンツの女性は何者?

OB会

自宅で読書。日本経済新聞社編『キャノン式』日本経済新聞社2004を読む。御手洗富士夫氏は初代社長の甥っ子だと知る。御手洗家は医者の家系で初代社長も産婦人科医。富士夫氏の家族も父が医者。3人の兄も医者だとか。午後は佐藤郁哉『質的データー分析法』新曜社2008を読む。質的分析は翻訳作業だという彼の説明はわかりやすい。夜坂牛研のob会に行く。恵比寿の改札に集合ということで行ったら3年生がたくさんいる。いったい何事かと聞くと、皆東京の事務所でバイトしているらしい。日建、山本理顕さん、金箱さん。幹事が誘ったとか。
大和ハウスに勤めているN君は松本からやってきた。1月に結婚。おめでとう。JRのN君、第一生命のM君。共同設計のA君。リフォーム会社のT君。大林組設計部のY君、若松事務所のK君。石本事務所でインターンシップ中のM1のO君。竹中でバイト中のM1のKさんは2次会から、日建アクトのH君は仕事が忙しくて来れませんでした。つい話がはずみ3次会まで。就職した人もバイトの人もみな頑張って。

August 23, 2008

東京も秋

午前中は八潮ワークショップの進捗レヴュー。学生たちが撮ってきた映像と音を1時間くらいかけてみる、聴く。特に新しい音があるわけでもないのだが、聴いていると楽しい。町に氾濫する音を改めて意識的に聴くと一番うるさい音は車だということがよくわかる。音の出ない車を開発する会社ってないのだろうか?午後大学院の博士のプレゼンを聞く。木造中高層の研究をしようという学生。構造的な研究なのだが、木造中高層を現実化させるためにはそうした部材を流通させることも重要であると指摘。雑用を片付けて大学を出る。東京駅で丸善による。早めに東京駅に着いた時の楽しみである。カートを転がしまず4階。美術洋書コーナー。アーニッシュカプーアの作品集が魅力的。3階美術のコーナー。絵画ではなく額縁についての本を発見。面白そうである。影の美術史に目がとまる。翻訳本だが魅力的タイトル。他2冊カートに。社会学のコーナーへ。バウマンの本が2冊並んでいる。両方とも新聞の書評のコピーがついている。どうも歳を取ってから多量に本を書く人がいるが、バウマンもそうだ。そういう本はどうも内容が薄いような気がするので通り過ぎる。数冊カートへ。哲学のところで2冊ほど。そして新書、文庫コーナーへ。日経新聞が書いた『キャノン式』をカートへ。御手洗さんの独創性に興味がある。他新書を3冊。建築コーナーへ。GAがニーマイヤーの本を出している。二川さんの撮りおろしだろうか?ニーマイヤーとシーザの対談が載っている。魅力的。さらにギャラマでやっているマーカットのカタログ。写真が本当に美しい。カートで本を買うと買いすぎる。でも仕方ない。
事務所に戻るとリカバリーされたハードディスクが届いている。中をチェックしていた竹内君が7割程度回復してますと報告してくれた。まあ上出来と思おう。失われた書類で重要なものを回復したりしているうちに遅くなった。昨日来所された黒石さんからメール。私のブログに間違いがあったとの指摘。私が参加を要請されたのはシンポジウムではなく、パブリック・イブニング・レクチャー(11月2日)での対談だったようである。その差もよく理解できていない私は困ったものである。来週僕とナカジ出張中の指示をして帰宅。東京も急激に涼しくなった。男子400メートルリレーで銅メダルだそうだ。死ぬ気で頑張った成果。素晴らしい。

August 22, 2008

ゼミ

8月21日
朝からゼミ。4年も加わった夏休みゼミは人数が多い。「建築模倣論―水の建築とは」、「建築保存再生ー1925年からの動向」、「建築装飾論―物理量と感覚量の整合性」、「建築装飾論ー長野市中央通りのフィールド調査」、「阪神淡路震災後の街づくり―孤立化しない街とは」、「空のような建築」、「日本的感性の建築における表現手法」、「建築家のホームページ研究ーウエッブ特性がもたらすhp上での建築表現特製」、「現代建築における装飾性について―2次元的なものと3次元的なもの」「翳を中心に据えた建築」。朝10時に始まり終わったら夜7時。論文の人間はとにかくデーターづくりなので肉体労働の段階。足で稼ぐしかない。設計の人間は悪戦苦闘中のようだ。しかし頭でいくら考えていてもダメなのでありとにかく毎日ひとつ作ることである。簡単なことを少しづつやる。論文でも設計でもそんなもんだすごい閃きなんてあるわけがない。
夕食を食べながらとある学生の就職相談。なかなか悩むところだろう。自分の就職がいい加減だったからせめて学生には悔いのない就職をさせてやりたい。長野はすっかり秋。虫のさえずる若里公園を歩いて帰る。

August 21, 2008

目から鱗

8月20日
キマドという木サッシュメーカーと打ち合わせをして目から鱗が落ちた。巨大サッシュの見つけ寸法が軒並み60位なのだ。巨大というのはたとえばh=2700、w=3500くらいで可動のものだ。こんなサッシュはアルミだってかなり頑張らなければできないし。ましてその見つけ寸法を60くらいに抑えるのは至難の業。なんでそうなのか?鉄芯でもはいってるのかと思ったら、障子の剛性をガラス自体でとっているからだそうだ。これはその昔キャナルシティの巨大ステンレス自動ドアを作る時に日建の横田さんに教えてもらった考え方である「ドアの剛性を枠でとろうと思ったらとんでもなく無骨になる。枠はガラスの端部補強と思いなさい」。そんな考え方を木に応用したとはすばらしい。
夜青山学院大學で建築を教えていらっしゃる黒石いずみさんが来所。黒石さんは香山研で青木さんや花田さんの同級生。ペン大でディヴィッド・レザボローの教えを受け彼の著書『時間の中の建築』を翻訳をされた。そしてペンでなんと今和次郎について博士論文を書いたとか。博学の人である。今彼女は青学でワークショップを企画されている。内容は10月末から11月初めにかけて、ロンドン大学バートレット校のイアン・ボーデンとバーバラ・ペナーを東京に招きワークショップやシンポジウムを行う。そのシンポジウムに今村さんや五十嵐さんとともに出席できないかという依頼で来所されたわけである。デザイナーでありセオリスト、そして所属が文学部ということもあり。視点が多角的。会話が尽きない。シンポジウムへの出席をお約束する。
最終アサマで長野に。大友さんの『music』を読み終える。建築は時間を考えるべきだし、音楽は空間を思考しないといけないという言葉が印象的である。PAという言葉がある。音響機械だと思っていたがこれはpublic addressの略だと初めて知った。しかもこの概念はヒトラーの言葉を大衆に伝える音響の意味として使われたとか。原義がとても政治的であり、それは音による空間の支配だったわけだ。音ととはおしなべて空間の支配であると大友はいう。なるほどである。

August 20, 2008

契約

午前中リーテムにて打ち合わせ。来週の中国出張に備えて定例の打ち合わせ会に出席。行き帰りの暑さにほとほと参る。午後打ち合わせ、そしてコンピューターのセッティングなど。夕刻k-projectのクライアント、工務店来社。契約書にサイン。この仕事はここまで実にスムースである。今後もそうありたい。

August 19, 2008

買い替え

夕刻の打ち合わせに備えて大きな模型を作っていたのだが先方の都合でうち合わせが延期となった。少々拍子抜け。時間ができたので自分のパソコンをプリントサーバーにして新しいcpuを買うことにした。今のvaioはとても愛着がある。あるとき瞬間的に売り出されてすぐに無くなった。おそらくこの10年間くらいに売られたノートの中では随一のデザインだったと思う。カーボンを使って薄くしているのは今のvaioと変わらないのだがその薄さは類を見ない。そして750グラムというのも類を見ない軽さ。しかしハードディスクが20ギガしかなくもう何も入らなくなってしまったのとハードディスクが異様に熱くなるのが心配。最近事務所でコンピューターや外付けハードがいかれるのだがその兆候はすべてこの異様な熱。それを考えるとちょっと危険を感じる。先日友人が教えてくれたようにコンピューターは重要な場所に新しいものを、リスクの少ない場所に古いものを順次入れ替えていくのが利口な使い方なのかもしれない。壊れてから泣く前に壊れてもいい場所に古いものを移しリスクを減らしながら使うようにしようと思う。

August 17, 2008

異常気象

今日は何事?寒いくらいだ。体感温度は10度くらい軽く下がったのではなかろうか?朝出かけたかみさんが帰ってきてこんな話をした。出さきのカフェで隣に座っていた韓国人達が帰りがけ片言の日本語で「ニホンノ、テンキ、ヘン」と言って通り過ぎっていったとか。いやヘンな天気は日本だけでなく中国もそうだろう。急に涼しくなった北京の気温が女子マラソンの明暗を分けた。
昨日買ったハードディスクをセットアップしに事務所に行く。明日のプレゼン用の1/30模型が作られている。大きいからなのか、ディテールがまだ出来てないからなのか、空間の間延び感が少し気になる。坂本先生は初期住宅設計のころは模型を作ることなど滅多になかったそうだ。それがどうだろう先日研究室を訪れた時は巨大模型が転がっている。見せてもらった小学校の模型は1/20。まあ大きいこと。模型で考えるのはより体感的に建築を作ろうとする昨今の風潮かもしれない。夕刻谷本菜穂『美容整形と化粧の社会学』新曜社2008を風呂で読み始める。ファッションやヘアスタイルの社会学的考察はよくあるが化粧は少ないかもしれない。

August 16, 2008

1テラ

昨日はロンドン電通のcfoをしている同級生が一時帰国中で数人と夕食をともにした。その場所でコンピュータークラッシュの話をしリカバリーが40から60万かかると言われた話をしたら、「おれは3万で直した」という奴がいた。彼に直した会社を聞き、今日電話をしてみた。昨日の会社と同様な問診結果を話すのだが、費用は5万から最高でも15万という。この値段差は何なのだろうか?とにかくそれでも直した実績があるのだからかまうまい。早速その金沢の会社に梱包郵送した。
その足で上野のフェルメール展を見に行くhttp://ofda.jp/column/。見終わって出口のところで大学の同級生にばったり。コンピュータークラッシュの話をしたら、彼も昨年パソコンが壊れ業者にリカバリーを頼み20万かかったとのことである。でも費用はいい加減で向こうの提示額が高いので「結構です」と言うとそれならとぐっと安くなったとか。
帰りがけ秋葉原のヨドバシによる。壊れたハードの容量が250GBでファンなし、パーティションなし、ミラーリングなしで3万くらいだったが同じ値段以下で ファン付 パーティション付 ミラーリング機能付き、1テラのものが買えた。もっと容量を上げてもよかったのだが、1年で買い換えるつもりで安いのにした。

cpu問題

8月15日
事務所のcpuの外付けhdにアクセスできなくなった。いやはや。リカバリー会社に手当たり次第電話。すごい金額を突きつけられるし、一体何が原因かもよく分からん。一晩悶々とした。しかし朝起きて思い出した。そういえばコンピューターのような頭脳をもったコンピューター技師が同級生にいたではないか。早速電話をしてみる。全てを完璧に説明してくれた。僕でも分かるように。その症状ならまだ自分で治せる可能性があるよと教えてくれる。コントロールパネルからアクセスして、○○○せよと。へー。バックアップはとるものだと。もちろんそんなことは知っている。ウィンドウズについているバックアップシステムで十分だよと。更に重要な外付けなら一年に一度は買い替えなさいとも教えられる。はいはい分かりました。今日買いに行きます。

August 14, 2008

坂本建築めぐり

本日は朝から某建築雑誌の坂本一成特集のナヴィゲーターとして坂本作品を見て回る。雑誌の監修者のtさんと作品の最寄駅で朝待ち合わせる。今日はまた酷暑がぶり返しているようでめちゃくちゃ暑い。しかしいつもラフな格好のtさんも今日はすこしこぎれいな出で立ちである。坂本さんと会うということでさすがのtさんも少し緊張気味か?10時に建物に到着。僕は2回目である。初めて坂本作品を見る人はどういう感想を持つのだろうか?もちろん坂本特集を組みたいということだからそれなりに下調べをしているだろうし、それなりの興味をもっているのだろうが、坂本建築は本物を見るまで分からないことが多いものである。それはベンチューリの建築にかなり近い。普通を標榜しているのだから図面や写真からでは分からないことが多い。ベンチューリの本物を最初に見たとき、その微妙な差異にビックリしたものである。昼過ぎに先生の自邸に移動。カメランもここで合流。坂本研の学生も数名訪れ一緒に見学。その後研究室に移動。ここでインタビューなのだが、朝から一緒にいてまあさんざん会話をしてきたのでかなり聞きたいことは聞いていた。しかしもう一度仕切りなおしで質問をし始める。気がつくつとかなり時間がたっていた。終わって皆で夕食をとって先生と別れる。tさんにどうでしたと聞くと。来てよかった。一日じっくりと見て話を聞いて全てが腑に落ちたとおっしゃる。そうだろうなあと思った。理念的なあるいは普遍的な坂本建築は実は稀に見る感性的で個別的な建築なのだと僕は思っている。

August 13, 2008

海賊船

幼少の頃、箱根に来たことがある。鮮明に思い出される二つのイメージがある。一つはロープーウエィから見た大涌谷の谷底から吹き上がる水蒸気。二つ目はやはりロープーウエィから見た芦ノ湖の海賊船である。記憶が確かなら、その時この遊覧船には乗れなかった。今回はこの船に乗ることが出来た。船から湖岸の建物がいろいろ見える。村野藤吾の箱根プリンスが見えてきた。昔日建の後輩と車で見学に来た。そのときは陸地から見たのだが、今日は船から見ることができた。名作は風景になるなあ。船からいろいろな建物をみると、どれもが風景を壊して見える。そこへいくと村野藤吾は別格だ。まるできのこのように芦ノ湖の湖岸に生えている。言われなければ建築があることさえおぼろげだ。箱根町から湯本までバスで20分である。驚きの早さ。帰りも岡部さんのロマンスカー。あっという間に新宿である。箱根ほどコンビニエントで表情豊かなリゾートはあるまい。事務所に寄り模型の進捗を見る。1/30だと実に分かる。気持ちいい。

ポーラ美術館

8月12日
岡部憲明さんの設計したロマンスカーに乗って箱根に来た。来よう来ようと思ってずっと来られなかったポーラ美術館にやっと来た。建物の構成やプランは計画中からよく知っていたし、もちろん出来たものの写真はよく見ていたから来なくても分かった気になっていたが来たから感じたことがいくつかある。エントランスをはいって先ず感じた。巨大なガラススティフナーのついた斜めの透明な屋根 の開放感がとても気持ちいい。計画中は模型を見ながらちょっと無理しすぎではないかと感じていたがそうでもない。二つ目、エスカレーターを降りていく時の右側面の特注ガラス壁が分かっちゃいるけれどやはり美しい。三つ目、エスカレーターの配置と吹き抜けの大きさが丁度よいバランス。ちょうど良いバランスだと写真をとるとだいたいどれも絵になるのである。しかし一番すごいなと思ったのは、十字断面の鉄骨柱で支えられたぐらぐらのスラブが二つのレベルに浮いていてそれをガラスが繋ぐその断片的な構成である。視覚的な断片感もさることながら、建設的物理的にこれだけ断片化されると層間変位を吸収する仕組みがかなり大変なことだというのは想像に難くない。この山奥にこれだけ複雑な建物をつくるには良いゼネコンの技術者と良い設計監理者と良いクライアントの理解が必要だっただろうなあと感心することしきり。全体をまとめた安田さんの情熱と力量は言うまでも無い。

August 11, 2008

北島

今日からお盆休みのところが多いと聞く。家の近所は人通りも車の数もぐっと少ないようだ。が、事務所は中国出張のナカジを除いて皆出社。午後金箱さん来社。スタッフの田村さんが同席。急に無理矢理お願いした仕事なので彼に極端に負荷がかかっていないか心配。打合せをしながら懸案事項を相談すると思いのほか上手く行きそうな感触である。これなら確認申請が最も簡易な4号建築で行けるかもしれない。
木曜日の予定を坂本先生と電話で確認。建築noteの槻橋氏と落ち合う時間などを決める。それにしても未だに企画書が来ないとはどういうこと?まあもうそんなことはどうでもいいか。
北島が金メダルを取ったのを知る。水泳の2連覇というのは偉業である。8年間自分の体力を最高潮にキープするというのは一体どんなことだろうか?他の種目に比べてダイレクトに体力が結果を左右するスポーツで2連覇というのは頭が下がる。

August 10, 2008

インタビューに備えて

来週のインタビューに備えて坂本、多木の対談を読み返してみた。なるほどこの頃からスケールについてはかなりしつこく言及されている。多木さんも初期を幾何学的プロポーションとし、代田の町家あたりから、身体的プロポーションあるいは有機的へと変化してきたと指摘する。家型が有機的とは?と思う人が多いのだが、家型とは別に切妻のことではない。切妻だと思っているひとは家型をフォルマリズムと思い有機的とは考えない。しかし家型とは「住む」ということに人が持つ原初的で本能的なイメージのことなのである。と坂本は言う。しかしてそれは形ではなくて何なのか?
篠原の弟子である坂本の最初の一歩は篠原からの離脱なのだが、その姿勢が最も色濃く現われるのはアンチクライマックスな手法である。篠原がいかに大きな部屋を作ろうかと考えたのに対して、坂本はいかに小さな部屋を作ろうかと考えた、篠原が非日常性を標榜したのに対して、坂本は日常性の中での発見を望んだわけである。そうした坂本と篠原の対比は先日書いたフェルメールとレンブラントの対比によく似ている。違いはフェルメールが誰でも分かるのに対して坂本はなかなか分からない点であろう。両者とも日常を標榜して、物語を嫌い、構成にこだわり、細部のスケールに傾注するのだが、フェルメールは誰でも分かり、坂本は分からない。何故こんなに難しいことになるのだろうか??
午後事務所に行きパースを3つほど描いて山本さんに渡す。広間の天井高、アプローチのサッシュ割、2階広間の家具。帰宅して日本対アルジェリア戦を見ながら夕食。結果は2対1。まあ実力どおり。勝負の世界は正直だ。
夕食後大友良英『musics』岩波書店2008を読む。彼は僕と同い年である。彼のcdは数枚持っている。ライブは一度行ったことがある。別にノイズが好きなわけではないのだが、setenvの入江君オススメということで行ったまでである。この本の中にノイズの定義が書かれている。曰く、ノイズとは自分が聞きたい音を邪魔する音とある。なるほど。つまり大友に言わせればノイズファンにとってノイズはノイズではないのである。つまりノイズとは音自体の属性ではなく音の置かれる文脈によって変化する相対的な属性だということである。大友と言うミュージシャンはこうした音の社会構築性にこだわる。彼の文章を読んでいると、音環境と視環境はよくよく似ていると感ずる。そして坂本を思い出す。つまり坂本の建築へのスタンスは大友の音へのスタンスと相通ずるのである。坂本は大友が音自体に興味がないように建築の物自体に興味はない。そういうフェティシズムを嫌う。そうではなく彼の興味は建築の意味を生み出す社会なのであり、ある文脈におかれた建築の意味なのである。
さて違う分野で同じ興味の持ち方をする大友の音楽と坂本の建築はいずれも難しい。その理由は何故か?それは二人とも物自体にこだわらないからであら。平たく言えばコンセプチャルだからである。つまり作る側が物自体にこだわらない場合、見るほう、聴くほうは見たもの聴いたもの中に作者を見出せないわけである。作者を理解するにはそこから考えなければいけない。見たもの聴いたものを根拠としてそのコンセプトを追いかけなければいけないのである。その分だけ彼等は難しい。
もちろん彼等の音自体、物自体を好きだという人はいる。しかしそういう人は少ない。

August 9, 2008

ブルーマン

昨晩はちょっと遅かった。やや寝不足で昼からA0勉強会。1時に事務所に来るとh君が模型室の床で寝ていた。今日は4時半で終えて急いで四ッ谷三丁目の駅へ。家族とおちあい麻布のinvoice劇場へ。ブルーマンを見る、顔をブルーに塗った3人組が行なう笑えるパフォーマンス。無言なのに笑えるのは3人の動きにずれが起こるから。音響が少し大きすぎるきらいがあったが動きは素晴らしい。終わってアマンド脇のシシリアで夕食。友達とよく来る店。落書きだらけの店だが味はいい。

August 8, 2008

暑気払い2連ちゃん

8月8日
エコタウン研究会。今日はテーテンスの庄司さんにもお出でいただきドイツのアンドレアスと中国の王さんとofdaの面々で我々の資料をもとに議論を行なう。11時から始めたので終わったら1時を回る。アンドレアスに言わせればサスティナブルの発想の原点は既に100年以上も前、エベニーザ・ハワード「ガーデン・シティ」にまでさかのぼると言う。
酷暑の中事務所に戻る。今日は明らかにアスファルトの上は40度を軽く超えている。こうなってくるとヒートアイランドは我々の生活を脅かす身近な問題である。事務所の前に水でもまくか。夕方k-project査定、ve提案後の再見積りを持って工務店の所長来所。なんと貰った数字はバジット内であった。一回のネゴで納まったのは長い建築家人生において始めてである。建築物価高騰のこの時期に奇跡とも言える。何か落ちがないか逆に心配でもある。この仕事ネゴで未だ時間がかかると思っていたがこうなると担当のt君の手が少し空く。彼にはお盆中に九州プロジェクトの1/30模型を作ってもらうことにする。楽しみである。
中国から戻ったナカジに状況を聞く。まあ予測したことだが、施工図の概念がしっかりしていない。こうなるとこちらも考え方を変えて現場に極力張り付くしかないのかもしれない。というわけで帰国したばかりのナカジは来週月曜日再度渡中。基礎配筋検査を行なう。
夕刻八潮ワークショップの先生たちとミーティング件暑気払い。槻橋さん設計の麻布のお好み焼きやに集合。なんと景色が素晴らしい。その後ofda全体の暑気払いのため四ッ谷に戻る。出席者の半分は終電で帰ったが半分は朝まで。

ライブ

10時前に事務所に来るとスタッフはまばら。この時間にいるのは日直(掃除と電話受けと荷物受け取り係り)か徹夜明けである。徹夜のスタッフがいるとクーラーが一晩中回っているので妙に涼しい。今日もひんやりとしたが徹夜組みはいなかったようである。あっちこっちに電話をしてプロジェクトの交通整理。九州プロジェクトの構造を頼んでいたsさんが鉄骨になるとスケジュール的に対応し切れそうに無いので金箱さんに急遽応援を頼む。来週月曜日に半ば強引に打合せを頼み込む。それを受け入れてくれるところが本当にありがたい。それから気分を変えて明日のエコセンター研究会の資料を作る。最初はイラレで作ろうかと思ったが、自分の頭がクリエイティブになれるのはフリーハンドの時と思い直す。A4の白い紙を10枚ほど置いて書き始める。地図をいれたりダイアグラムを入れたり、雑誌のスキャンをするべき場所を決めたり、だいたい8ページくらいになろうか。スケッチを竹内君に渡しこれで明日の資料をまとめるように指示する。一段落するが、暑くて昼を食べに外に出る気がしない。と木島さんに言ったら、私は今が最高に体に合う季節だという。ふー。そういう人もいるわけだ。何も食べないわけにも行かないから仕方なくコンビニにおにぎりを買いに行く(2時なので、もうレストランは閉まっている)。昼を食べてから、九州プロジェクトのインテリアのポイントパースを3つほ描きはじめる。鉛筆で立ち上げてマーカーと水彩色鉛筆で着彩してカラーコピー。山本さんにそれらを見せながら主旨を説明。一つ目はバーカウンターと暖炉のデザイン。二つ目はキッチン収納yとトップライト。3つ目もトップライト。いずれもパースを起こしたがやはり光は十分には分からないので最終的には1/30の模型を作るように指示。
夜はクライアント候補と神宮球場へ。野球ではなく、今晩は花火である。5時から様々なアーティストが7時半の打ち上げ前を盛り上げている。僕等が着いたのは7時頃。二人でビールを飲みながらソーセージをつまんでいるといきなり大音響と共にステージが点滅。倖田來未 の「bu」tである。アリーナ席の大観衆がスタンディングで手を振り上げる。このカリスマ性はすごい。もちろん曲もいい。ちょっと前までの比較的スローな曲作りから、最近はリズミカルに変わってきている。声も顔も性格も踊りも少し日本人離れしている。3曲目がフィナーレ「さよーならー」と言ってステージを去る、ステージライトが消える。その時。脳ミソが吹き飛ぶような音と共に一発目の花火が打ちあがった。見事な演出である。

August 6, 2008

m2の思い出

夏休み最初のゼミ。今日から4年も参加して卒論、修論の発表を行なう。まあなんと言うか進んでいる人もいれば、進んでない人もいる。前回のゼミから1ヶ月たっているのだが。1ヶ月これだけしか進まないって牛歩戦術か?脳ミソも日照りかねえ?まあ振り返って僕が修士2年の夏の今頃は何をしていただろうか?uclaを修了してニューヨークにいた(はず)。uclaの友人の精神科医がバカンスでヨーロッパに行っているので1ヶ月くらいその部屋をすっかり我が家のように使っていた。毎日何をしていたかというとニューヨークの町をひたすら歩いていた。今日はこの道をマンハッタンの北から南まで縦断するとか。今日はブルックリンブリッジを歩いて渡りブルックリンを散策するとか。今日はサウスブロンクス行くとか。結構怖かった。まるで昼間の肝試しのような。夜は夜でひたすら歩いていた。これはもっと怖かった。でも修論でニューヨークの摩天楼を書くと決めていたので摩天楼を昼も夜もじっとみつつ歩きつつ本屋行ったり図書館行ったりしてskyscraperと名のつくものはとにかく漁っていた。毎日夜中は文献を読んでいた。しかしカードを作るでもなく、もちろん何かを書くまでには至っていない。その意味では今の2年生よりかは遥かに遅れていたのかもしれない。しかし頭の中ではおぼろげに論文の骨格は日々固まっていたような気もする。修論のレジメの第一回めは10月の日付なのだからよく書けたものだと感心する。あたりまえだけれどそのころは寝ても覚めても論文だった。
2時のアサマで事務所に戻る。中国の現場に行っているナカジからメール。中国の労働者は土日なしで働いているようだが基礎配筋が遅れている。まだ検査に至ってない途中段階だが配筋の一部入れ忘れが見つかるなど、心配は尽きない。6時にクライアントの赤坂の事務所にタクシーを飛ばす。竣工をせかされており純粋木造で行く予定だったが、大開口の中に柱が落ちますよというと鉄骨を入れようという。そうすると工期が延びますよというとそれでも是非柱を抜きたいという。それは自分のためでもあり、設計者の名誉のためでもあると言う。嬉しいい言葉だが、役所がどの程度の混構造を認めるだろうか?打診中だが答えは未だ。昨今の厳しい状況の中、よい解答がもどってくるかどうか心もとない。

August 5, 2008

焼過ハウス

朝一研究室に寄る。昨日送られてきた構造スケッチに対する注文のメールを事務所に送る。その他雑用をこなして急いで市役所へ。長野は今日もひどく暑いのだが、その暑い中、景観賞の現地審査。マイクロバスに揺られ善光寺周辺を回り、駅の東へ。初めて焼杉ハウスを拝見。なんと知らなかったが焼杉は漆喰のうえに隙間を空けて釘打ちされている。思わず「焼杉というより縞馬ですね」と他の委員につぶやく。さらにこの焼杉、普通の焼杉の焼き方ではない。炭の如く真っ黒に焼けている。これはステーキで言えばwell doneである。「焼杉ハウス」は改名して「焼過ハウス」の方がいいのでは。とまあディテールはともかく。いやこのディテールこそ藤森の真骨頂なのだろうが、、、、このたたずまいは息を飲む。見事な大樹を残しつつ、周囲のランドスケープの中に美しく存在している。藤森さんという人は自然を作為的に作るのだが、自然を自然に残すことも忘れない。自然と作為の魔術師。午後は松代の方まで行き、普段見られない長野の建物を堪能させていただいた。市役所で景観賞の審議を終えて大学に戻る。役所を出るのが5分遅かった。途中強烈な雷雨に見舞われる。雨宿りすること30分。夕食後研究室でユリイカ「フェルメール」特集をめくる(2日から始まったフェルメール展に合わせて大きな本屋はどこもフェルメールコーナーが賑わっている)。浅田彰と森村泰昌の対談を読む。光の話はアルパースの『視覚芸術』の方がはるかに緻密だが、フェルメール人気を語る森村の言葉が愉快である。曰く皇室と家庭画報とフェルメール、そして吉永小百合は日本人のささやかな幸せだと。レンブラントやベラスケスのようなぎらぎらとした油絵で人間の存在にせまるような表現は血の滴るステーキ。それは日本人の口には合わない。日常の意味の希薄なただの風景がただ美しい。そんな何気なさ、血が滴るとしてもかつおのたたきのようなあっさりしたものを日本人は好むのだと。
今日の景観賞候補もそんなのが一杯あった。藤森さんのはステーキだったけれど。

August 4, 2008

教育

朝から大学院の入試。この暑さにもかかわらず、面接室のクーラーの調子が悪く先生も受験生も体力勝負である。まあ建築だからそれに耐えるのも能力か?午後会議。合間に昨日駅で買った『中高一貫教育』ちくま新書2008を読む。考えてみれば我が家は僕もかみさんも娘も中高一貫教育だった。中高一貫というのは東京では私立や国立の附属で行なわれているが、高校からの受験生をとらない最近の私立の風潮を指すようである。そもそも地方に行くと公立の中等教育の質が高いのに東京は私立が頑張っているのは何故なのか?60年代に高校進学者が急増し、65年には都立高校の収容力が44%まで落ち込んだからだと言う。そのころ私立(あるいは国立)の受け皿が必須となり、そしてその後都立の学区制による平準化が行なわれ、それに対して私立が徹底した受験学校化したところにその原因があるようだ。この状況は基本的にはあまりいいことではない。そもそも私立しか上級な教育が出来ず、私立しか優秀な大学に行く道が無いというのは社会格差を助長する困った状況である。都立高校も現在中高一貫教育に精を出しているが更なる質の向上を期待したい。教育は行政の最優先事項であるはず。オリンピックをやっても良いがその経済効果で都立高校の教師の給料を上げて、校舎を一新し最良の教育を無料で供給して欲しいものだ。

読書三昧

今日はどこにもいかず読書の日。昨日読み始めた『偽善エコロジー』を読み終える。今まで普通にやっていたエコロジカルな生活習慣が逐一否定されている。例えばゴミの分別。著者によれば金属とそれ以外に分ければ十分であるという。それは一言で言えば人間の分別より機械の分別の方が正しいから。人間は分かっていても間違える。あるいは全員が正しい分別を知っているとは限らないからだという。なるほど、正しいことと実現できることには差があるというのはまったくその通りである。そうやって読んでいくと全てが頷けるのだが、それが本当に目指すべき姿かどうかはまたもう一考必要そうである。次に元日本マイクロソフト社長の成毛眞の読書について書かれた本を読む。彼は財界切っての多読家だそうである。テレビを見るときも本を横に置きcmの時に読むという。家のいたるところに本があり、その場所その場所で違う本を読むそうだ。そうすると頭の切り替え力がつくという。30代でマイクロソフトの社長になっただけあって書いてあることが実にエキセントリック。と思って読んでいると。人と同じコトをしていては30代で社長になどなれないと書いてある。そうかもしれない。
昼頃昨日買ったパン作り機が到着。かみさんと既に調合された粉を入れて水をいれこれでスイッチをいれる。あまりにあっけないが後は待つだけ。待っている間に村上周三さんが監修した『サステナブル生命建築』共立出版2007を読む。この手の本はあまり得るものはないのではと疑心暗鬼であったが、読んでみるとそれなりに新鮮な発見もある。「サステナブル生命建築研究の最前線」という章では世界の650事例がタイポロジー化されている。それらを3つの軸で分類している。3つの軸の二つを使ってマトリクスをつくり国別に布置すると国ごとのsd手法に差異があることが見て取れる。サステナブルへの対処法にお国柄があるというのはなかなか面白い。
4時間後パンが焼きあがった。パン自体の美味しさはともかく、焼きたてというのはそれだけでかなり美味しい。一斤150円くらいで家族3人満足できると言うのはお買い得かも。
夕食後事務所に寄り模型をチェック。少し木質の色が濃い感じだが、、、まあこんなものかな?事務所を後にして東京駅へ。新幹線の切符を買おうと思ったら長蛇の列。それも女子高校生か大学生くらいの若い女の子ばかり。夏休みなのか土日なのか分からないが東京に遊びに来て帰る子達のようだ。社内も8割そんな感じである。長野は相変わらず暑い。

August 2, 2008

パン作り機

また少し持病再発で東京医大の緊急外来に行く。その後かみさんと暑い新宿を徘徊し、雑事をこなし、ヨドバシカメラでパン作り機を買う。この間ある人たちからこのパン作り機というものが優れものであることを聞いた。それならばということでヨドバシへ。1万5千円とそう高いものではない。明日届くのだが楽しみである。
夕刻事務所に寄りプロジェクトの進捗を見る。模型はまだ進行中なので明日見ることにした。帰宅して武田邦彦『偽善エコロジー』幻冬社2008を読む。この世に嘘のエコロジーぶりっ子は山のようにあると思うのだが、かと言ってでは何が嘘かを見破るのも至難の業。しかし少なくともエコと言われるものを多角的な視点から見る癖はつけたいものだ。

暑気払い

8月1日
朝の会議で大学院カリキュラム変更の話。議論は尽きない。午後工学部後援会の懇親会。つまりは父兄会のようなもの。名簿を見ればみなその御子息のことは頭に浮かぶ。遠路はるばる訪れた方も居るようでいろいろと話をする。僕の研究室の学生の親ごさんもいらっしゃった。意匠設計は学問というよりは運動ですというような話をすると、それなら大丈夫という方もおられ面白かった。夕刻中締めとなり東京へ、丸善で本をいくつか宅急便にのせ事務所に戻る。打合せ後10時頃から暑気払いl。このところスタッフは土日もなく働きづめご苦労さん。バイトのA君も連れて近くのオープンカフェに。その後行ってみたかった曙橋の不思議な日本酒バー。2丁目ほどではないが久しぶりにおかまとの遭遇。

August 1, 2008

暑い

7月31日
見積り書の査定額とにらめっこ。単価が直近のプロジェクトに比較して軒並み高い。建設単価はまだ上昇しているのだろうか?昼にクライアント来所。査定額を説明。落としどころを双方で見極める。多少のスペックダウンはあるのだが、1割だから切れない数字ではないだろう。8月の月間スケジュールをスタッフと打合せ。夏休みの調整など行なう。その後九州プロジェクト修正方向をスタッフと検討。開口の問題、床レベルの問題、構造の問題。シンプルな建物と言えども大きい建物はそれなりに面倒臭いことが多々起こる。夕刻のアサマで長野に。車中『アダム・スミス』を読む。見えざる手は経済活動だけではなく社会秩序においても存在するというのが彼の主張のようである。長野に降りると空気が美味しい。しかし暑い。暑くて夜何度も目が覚める。