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May 30, 2007

学会選奨授賞式

午前中大学で雑務をこなし午後一で学会へ。今日は学会大賞、学会賞、学会文化賞、学会技術賞、学会教育賞、そして作品選奨の授賞式である。夫婦で出席。個別に写真撮影などあり、3時から一人一人村上会長から賞を受け取る。いろいろな方にお会いした。そもそも会長とは昔1年くらい一緒に仕事をしたことがある。賞を渡された時にっこり微笑んだのが印象的。受賞式の座席は隣が小泉雅夫さん。彼は住宅で受賞。逆隣りは竹中の菅さん。本社ビルで受賞である。学会技術賞を取られた小野さんは僕の大学時代の先生だ。梅干野晃さんも技術賞である。業績賞で国際文化会館の保存に貢献したチームの中には明治の小林さんがいらっしゃった。日建の桜井さん、小倉さんからお祝いの言葉をいただいた。東工大の横山先生(同級生)、シーラカンスの赤松さん、信大の中込先生、などなどいろいろな方にお会いしご挨拶させていただいた。
いただいた賞牌は素的な彫刻。坂牛、中島、金箱の名が刻印されていた。また建築物につけるステンレス製のすばらしい銘板も送られるそうである。クライアントへのお土産である。

講評会

5月29日
午前中ゼミ、午後は製図第三の講評会。課題は蔵春閣といういかつい名前のついた長野市内のモダニズム建築のリノヴェーションである。新たな機能でそれ自体を改造しながら増築させるものである。ゲストに岩岡竜夫氏をお呼びしショートレクチャーをしていただきそして講評会。最後に講師それぞれが審査員賞を決めた。今回は女性陣ががんばり5人中3人である。皆、次の課題はまた新たな気持ちで力を注いで欲しい。講評会後はゲストを囲んで研究室の食事会。岩岡氏のヴェンチューリオマージュを久しぶりに聞いた。

May 28, 2007

月曜日

午前中は来週の学科会議の事前会議。授業とゼミの合間に事務所経理の質問が会計事務所からメールされる。社長に聞いてい欲しいところだが、社長はメールが出来ない。なんとも今時メールを使えない人って何?と言う感じだが、書道の先生は死ぬまでメールはしないそうだ。夕刻ゼミを終わらせ、事務所からのメールに答え、ファックスでやり取りし、夕食をとり、明日の講評会の発表者を選ぶ。1時間かけて30人。研究室の学生にも一人1つずつ選ばせる。前回の課題よりぐっと力が上がったか。しかし図面のプレゼンテーションが今1つのようである。研究室の学生に選ばせると、その学生の志向が見えてきて面白い。終わったら10時。ここに来て、いろいろな原稿やら出版やらの話が重なり、あちらこちらへの返事に追われる。本の図版はぐっと減らさないと話にならないようで、その選択はそう簡単には終わらない。今日は今日のうちに帰ろう。

May 27, 2007

負けない話術

森美術館に行った帰りに六本木の青山ブックセンターに寄る。売り場がかなり変わり美術系の本がますます増えたように感じる。ほとんど美術専門の本屋さんである。ついついいろいろ買った本の中に『負けない交渉術』というアメリカで働く日本人弁護士の書いた本がある。別に僕は話術で人をやりこめるのは仕事じゃないし、話術は必要だろうけれど勝ち負けを考えて話す必要に迫られることも無ければそうした欲求も無い。なのだが、ちょっとこういう人たちの戦略と言うものも覗いてみたいと思い買ってみた。ところが、読んでみると、実はわれわれはこうした負けない話術を日ごろ使っている。それは工事費見積書に対するネゴの時である。その時僕らはしっかりハードネゴーシエーターとなっているのである。だからここに書いてある負けない交渉術の「いろは」はしっかり実践している。建築の実践とは幅が広いものである。

May 26, 2007

A0

午後からA0勉強会。architecture of humanismのbiological fallacyの翻訳読み合わせが半分まで終了。ドボルシャックのルネサンス美術を読んだせいか、話の内容がすんなり入るようになる。ルネサンス建築が発生、熟成、衰退という生物の一生にたとえられるのはfallacyであるというのが章半ばにおける結論である。1917年というこの書の出版時点ではルネサンス後期=バロック期を衰退と考えるのが一般的だったのだろうか?勉強会の後東京駅で用事があり、新丸ビルを覗く。なんと古典的なデザイン。地所の伝統を示すためか?再開発ラッシュの中で他と差異化するためにはこれが残っていたということか?

島田明日香の踊り

5月25日
朝一東大講義、今日はひどい雨である。雨は憂鬱である。午後エクスノレッジの窓特集があり取材を受ける。インタビューに答えるのはその情報量を文章にするより遥かに楽である。カメラマンも来てインタビュー風景から写真とりまくりなのにはまいった。その上何か模型を、と言われ、たまたまその辺にあった「三窓」の模型が入念に撮影された。夕刻歯医者。未だブリッジはつかない。相変わらず痛い。夜、谷川渥氏がディレクターを勤めるギャラリーが閉鎖される記念イベントとして和栗由紀夫の舞踏が行なわれた。和栗の舞踏は1年前も見たのだが今日は弟子の島田明日香との競演であった。1年前の和栗の踊りと今日の踊りが重なっている。島田はもと日本舞踊を学び和栗の好善社に入った。今日も和服で狐面をつけて登場した。体の動きが繊細である。扇子を持つ手が360度回転しているように見える。そうかなんと、よくよく見ると背中側をこちらに向けて踊っている。お見事である。

May 24, 2007

今日の本

明日の講義は何を話そうかなどと思い、明日のパワポを開いたら、ななんと作ってあったつもりのパワポがほとんどできていない。自分の記憶の不確かさがいやになってしまった。あわてていろいろ手持ちのデーターを貼り付けてみた。大筋の話はもちろんできているのだが、どうもパンチに欠ける。
事務所には注文していた和書、洋書がごっそり到着していた。その中でも面白かったのは1位建築やアート、ファッションにおけるパターンのヴィジュアル本。2位は建築のサーフェイスという本。これはまじめにサーフェイスの歴史的意義を書いている。きちんと読めるかな???3位は新しいコンクリート建築の本。コンクリートが石のようになったというタイトルがそそる。しかし要は、流動形建築のことなのだが、、、、

May 23, 2007

パブリシティ

とある出版の企画を検討していただいていた出版社から内諾をいただいた。とても嬉しい。単著で本は書いたことが無いのでどう展開するのかよくわからないが、編集者との楽しい制作への期待が膨らむ。しかし内容のクオリティと定価と出版部数は相関関係にあることは前回の『言葉と建築』で痛いほど思いしらされた。1200部の初版では600ページ近い本の定価は5000円を超える。今回それはどうしても避けたい。もっと気軽な本にしないとそもそも本の主旨にそぐわない。そう思いつつもカラーも入れたいなどとわがまま気持ちが頭をもたげる。なんとも困った。
編集中のディテールジャパンの原稿では使いたい写真が版権の関係で使えないとメールが入る、金曜日に取材を受けるエクスノレッジもどこまで写真が使えるのか分からない。主旨と値段とデザインの帳尻を合わせるのは本当に難しいことだ。

May 22, 2007

レモン展

午前中のゼミを終えて御茶ノ水に。去年から東京では恒例のレモンの卒業設計展が明治大学で行なわれるようになった。駿河台の立派な校舎で行なわれている。今年は第30回ということで今までにここで展示された人の作品を展示するというイベントが行なわれ第6回の時に出品した僕の卒計も展示された。更にここに展示された人たちが集まってシンポジウムを行なうということで呼ばれた。パネラーは司会の田路さん、米田明さん、竹内昌義さん、五十嵐太郎さん、手塚由比さん、そして僕。皆そうだったろうが200人からはいる明治大学の大ホールの巨大スクリーンに自分たちの数十年前の卒計を説明するというなんとも恥ずかしいことを行なった。そして卒計の教育をどうしているかというような話。皆異口同音にその昔自分たちはなにも教育された覚えはないというようなことを言っていた。そりゃそうだろうなあ。それに比べると今はとてつもなく手厚い看護をしているようにも思う。しかしそれが時代なのかもしれない。
終わって皆で会食。懐かしのレモンのカフェで行なわれた。米田さんは僕の1つ上だったとは知らなかった。そうして話してみるといかに時代状況を共有していたかがよく分かった。五十嵐さんに日本のポストモダニズムの嚆矢はなんですかと聞いたらまだそれは言明できないと言っていた。手塚さんは先に帰ってしまったのであまり話しが出来なかった。竹内の卒計が渋谷のポストモダンスカイスクレーパーとは知らなかった。でも楽しそうで今と気分は変わらないようである。

May 21, 2007

運命共同体

大学の会議に出ると「暗い話」と言われる話題が連続する。そしてそれに元気よく反論する人はいない。民間企業もそうだったなあと昔が懐かしい。バブルのころ団交といえば組合は勇ましく何ヶ月ボーナスを勝ち取る!と息巻いたし、それを実行することで社員のヒーローだったような気がする。だからこそ、くそ忙しい中、執行部を引き受け、そして団交に望んだ。私事だが、団交のため大阪入りし、打ち合わせ中に長女が生まれるかもしれないということで最終の飛行機で東京に戻り、一晩付き添い、少し先ですねと医者に言われ朝一の飛行機で団交に戻った覚えがある。それほど賃金交渉は一つのゲームとしてお互い燃えるものがあった。それが、バブル崩壊とともに、組合は本当に御用組合になった。いや正確に言えば運命共同体として二人三脚状態になった。まあ昨今の会議はその状況を彷彿させる。職員がマネージャーに四の五の言える状態ではない。運命共同体として最善を尽くすしかない状態にまで来ているようである。

ルネサンス

5月20日
ヒューマニズム建築の本を翻訳中ということもあり、暇を見つけてはその関係の本を読むことにしている。今日はマクス・ドボルシャックの『イタリア・ルネサンス美術史』岩崎美術社1966を読んだ。上下2巻の書。図版がまとめて最初に掲載されているので読みずらい上にその図版が不鮮明なので、いちいちネットで図を探す。こういうときネットは実に便利である。ところで高階秀爾は純粋にルネサンス固有の文化が開花するのはとても短期間であると述べていたが、この本でも下巻の最初に「およそ1500年から1550年までのイタリア美術を文芸復興期と呼び、そこに文芸復興の完成をみるのは、一般のならわしである」と記されている。ドボルシャックの解釈ではこの50年間は前時代とはまったく異なる新たな精神が、しかも数多くの芸術家によって、それぞれ個性的に発露した時代であり、それを全イタリアで共有した。というものである。そしてそこに登場するのはミケランジェロ、ラファエロ、ティッチアーノ、コレッジォである。

May 20, 2007

風呂で

某会議から夕刻帰宅。疲れた足を足湯につけて汗を出す。出た分だけ水を飲む。また足をつける。つけながら新聞や雑誌を読む。昔から風呂でモノを読む癖がある。汗や湯気で本は傷むし新聞はぐしゃぐしゃになるので家族の非難を浴びる。しかしここに引っ越してからは浴槽が浅いので読み物が水没する危険が減った。東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』講談社2007を読んでいたら眠くなった。さすがに風呂で寝ることは無いが一瞬睡魔に襲われ無意識になり本を持つ手が下がる。水没する1センチ前に意識が戻る。

May 19, 2007

歯痛

朝一の東大の講義にちょっと遅刻。事務所に戻り現場の様子を聞く。解体はきれいに終わった。
午後歯医者へ。昨年,余りの忙しさにブリッジをかけるべく奥歯を抜いたところで放置していた箇所がある。今日削りこんで仮歯を入れてもらった。麻酔が切れたあたりで猛烈に痛み早々と帰宅。バッファリンを飲んだのだが余りに痛く書斎の床にマグロのように転がった。やっと目が覚めたら12時である。
はて?大学院の講義「言葉と建築」のレポートに対して学生が評を書く締め切りが12時である。小森賞は決まっただろうか?hpを見ると鋭い評が書かれていた。私と同意見である。小森の目は節穴ではなかった。
今日事務所の木島さんから見せてもらったユリイカ最新号はコルビュジエ特集であった。伊東さんと藤森さんが対談している。なんと言うタイミングだろうか?夏ごろ出る予定のディテールジャパンのコルビュジエ特集に藤森さんを引用した原稿を書いた。しかしこの二人、思い切り自分に引き寄せてコルビュジエ解釈を展開している。「コルビュジエから学ぶことは土だ」という藤森節は多少牽強付会の響きあり。しかし僕のコルビュジエ論の「開放力」もそれに近いかもしれない?。
アーヘン工科大学の学生がインターンシップに来たいとメールをくれた。一昨年ウィーン工科大学から来たオンディーナの時同様、レターが明快なので条件を提示しokなら受け入れたい。

May 17, 2007

確信犯

今年度は前期に信大で「言葉と建築」、東大で「建築の規則」の講義をしている。そしてそのレポートを毎回ネット上に書かせているのでそれぞれ20編ほど読まなければならない。信大は信大で今年からは学生のレポートを学生に評価させるという新たな試みをしていて面白い。東大は東大で文学部の様々分野の学生が書いているのでこれも幅が広くて面白い。ゆっくり読んで楽しんでいるとすぐ数時間過ぎてしまうのが恐ろしいところだが。
ところで信大は後1分で締め切りなのに今日は半分も書いてない。今日は縦コンだから皆確信犯でレポートは書かないつもりか?

新橋

4月17日
夕刻UR都市機構のo氏とお会いする。「僕は建築知っている不動産屋だよ」とおっしゃっていたが、確かにそうである。都内全域の駅名を言うと家賃相場がぽんと出てくるのには恐れ入った。町の不動産やの親父だね。これは。一方で南大沢ベルコリーヌで内井昭蔵をマスターアーキテクトに使い、昨今では東雲で伊東豊雄や山本理顕を起用するなど高等な開発企画も練っているというところが面白い。今度何かやりましょうと言って分かれた。
ところでお会いしたのは東京新橋だがこの場所のサラリーマンの多さには目を見張る。何故そう感じるのだろうか?新宿だって西口行けばサラリーマンはたくさん居る。そう思っててよく観察すると、学生と女性が居ないことが分かる。つまり居るのは白いワイシャツで背広の男だけなのである。そういう場所は東京にもそう多くは無い。

May 15, 2007

面倒臭い

レモンのシンポジウムは何をやるのかまったく知らなかったが、自分の卒業設計をプロジェクターで映し一人10分も話さなければならないようである。これは参った。今年の卒業設計見ながら何か言うのかと思っていたら自分のことを話せとは。それもこの期に及んでそんな指示が来るとは。そもそも自分の卒業設計について話すことなど何も無い。それなりの思い入れはあったけれどいまさらそんなことはどうでもいい。厄介な役を引き受けてしまった。
T邸の解体工事が始まった。1週間くらいで終わるようである。久しぶりの現場が始まる。去年頓挫した仕事があるから、1年ぶりの現場である。うきうきする。

May 14, 2007

イデア

朝一新幹線。パノフスキーの『イデア』を読む。この間小田部先生からいただいた『デザインのオントロギー』では小田部氏がネオプラトニズムのデザイン理論を跡付けており、それに触発された。パノフスキーの本は大変丁寧でまた訳もよくとても分かりやすい。まだ途中だが、このての本では珍しくわくわくする本である。ゼミでは八束氏のミースを読む。再三ミースがプラトニストと形容されており、イデア概念の息の長さを感じる。

May 13, 2007

祭りの対象

柄谷行人がだいぶ前の毎日の書評で取り上げていたハンス・アビング『金と芸術』グラムブックス2007を読んだ。500ページ近くもある分厚い本である。何故アーティストは貧乏なのかという副題が付いている。様々な分析の結果は頷けるものが多いもののこれだけの枚数を要することとは思え無い。やや読むのに疲れる。ところで、アーティストの勝者は世界のトップクラスの億万長者であり、一方その大部分の収入は圧倒的に低い。こうした現状を著者は問題視してその改善策を提示しようとする。しかし僕はその改善は所詮無理な話と感じている。改善不能だからこそ芸術がかろうじてその存在理由をもつのだと僕には思われる。もちろん全ての芸術にとってそうだとは限らない。例えば応用芸術という分野はこれにはあてはまらない。ここでは所謂純粋芸術が対象である。それらはある社会の中での祭りの蕩尽対象のようなもの、つまりそれらはある種の熱狂の対象であり、強烈な支持を得ることによってその対象となる。そしてその熱狂を勝ち取るものはその市場価値も自動的に上がる。そしてこの祭りの対象は多くては意味が無い。数少ないからこそ熱狂するのである。

May 12, 2007

建築写真

午前中T邸打ち合わせ、その後工務店の事務所に伺い。都電で王子へ。上野で用事を済ませ、アメ横で買い物。食品等。安い安い。うに500円、乾燥しいたけ1500円、乾燥杏300円、するめイカ10枚2000円、甘栗4袋1000円、などなど。ただイクラは失敗。タッパに一杯入って1000円。安いと思ったがしょっぱいの何のって食べられたものではない。
エクスノレッジのhomeで建築写真という特集号が出ている。その中に「打算のない建築写真」というエッセイがある著者はエレン・フライスその中にこんな文章がある『フラッシュの使いすぎや決まりきった露出過多の写真は好きではない(どの写真の中でもいつも太陽が照り輝き、青空が広がっているという状況はもういいかげんにやめて欲しい)。反対に、そのときの天気のもと、すぎていく時間のなかに存在する、生命のある場所が映っていると感じられる写真が好きだ。」
こういう発想は今のところまだ日本の建築専門誌には無いといっていいだろう。

ワイエス

5月11日
事務所でT邸打ち合わせ、明日は現場で近隣説明。昔のクライアントが家具を選びたいとのことで青山カッシーナでお会いする。数点物色。
カッシーナのそばにコーヒーケータリングなどを行なうユニマットという会社の美術館がある。http://www.unimat-museum.co.jp/collection.html余り知られていないがシャガールのコレクションは必見である。ビルの中だが3層分まるまる美術館で一層がシャガール、一層がエコール・ド・パリ、一層が企画で今は私の好きなアメリカの画家アンドリューワイエスを展示している。その昔ワイエスの絵で「何も無い草原の風景」というのをランドスケープのモチーフにしたことがあり、そのとき以来一度本ものを見たいと思っていた。シャープな色の付き方はテンペラによるのだろうか?独特である。

May 11, 2007

相談係

夜中の12時過ぎに娘に物理の問題を聞かれてあわてる。用語を忘れているので解けない。一から参考書を読んで復習である。しかし数十年前苦手だったものはこの歳になっても苦手だということが実証された。水溶液の濃度問題だがあの溶解度の曲線は中学時代も嫌いだった。嫌いはそう簡単に克服できない。その後かみさんが稽古から帰宅。この歳になっても幹部稽古のようなものがあるらしく、悩みを一杯抱えて帰宅しその相談相手。いやあこちらもなかなか難問。道の世界は複雑で。私には答えられない。今日は我が家の相談係である。

May 9, 2007

Robert Frank

平安堂店頭に古本が並んでいる。じっくり見れば2~3冊いい本がありそうだが時間もないのでぱっと目に付いたstudio voice 1991年7月号「写真集の現在」を400円で買ってバスに飛び乗る。字が小さいので帰宅後ぺらぺらめくる。写真集が作った写真史というコーナーがあり、9人の写真家の写真集が並んでいる。その最初にあのRobert Frankの有名な「The Americans」が解説されている。スイス生まれで50年にアメリカにわたりグッゲンハイム奨学金をもらい1年かけてアメリカを旅し田舎町のガスステーションや場末のバーなどを取り続けた。僕の建築のモノサシの親父とオフクロの写真もこの中の一枚である。僕の大好きな写真集である。
フランクが撮った写真をプリントして編集者に見せたとき「これはアメリカじゃない。ロシアだ」と言われたそうだ。この写真集が世に出るのは僕が生まれる前年。当時のロシアは貧困の代名詞だったそうだが僕から見ればプアーな日常が表出しているとも思えない。逆に言えばミッドセンチュリーのアメリカの都市と田舎にはかなりの生活格差があったということなのかもしれないし、日常に対する眼差しが未だ存在しなかったということなのかもしれない。それだけFrankの視点は新鮮だったということだ。

May 8, 2007

会議・講義・ゼミ、ゼミ・製図、製図という週の前半のこのペースがやっと体に馴染んできた。今日の長野は日中28度まであがり夏である。そうは言っても夕刻になると10度以下に温度が下がるところが東京と違う。昨日夜更かしして眠いのだが、食後、原稿の字数調整(5500字を5000字に減らす)し、デヴィッド・ハーヴェイの『ネオリベラリズムとは何か』青土社2007を読む。

tectonic

5月7日
今日のゼミは重い。相手はテクトニックカルチャー。一冊丸ごと一回で読むのだからやるほうも大変だが聞くほうも根気がいる。3時半から9時まで。理解はできただろうか?僕自身通算4回目のこの本のゼミであり、それなりに理解が深まっているはずだが、やはり「テクトニック」の意味と意義についてはこれという確固たるものが得られているわけではない。毎回読みながら少しずつその理解は変化している。今回の理解はtectonicという言葉が地殻構造という地学用語でもあることから、これは単純に構造+ジョイント=結構というものではなく構造+ジョイント+地面=結構ではなかろうかと思うに至った。

May 7, 2007

教育のナショナライズ

5月6日
グローバリゼーションと呼ばれる世界的な社会変動の構図は国内においても起きている。グローバリゼーションが引き起こす流れの一つは国家を超えるシステムの統御による国家のコスモポリタナイズであるが、この構図を例えば国内大学教育現場で見るならば次のようになる。大学を国家と見立てるならば、大学を超えるシステムの統御による大学のナショナライズ(右翼化という意味ではない)である。これまで大学はひとつの自治体としての確固たるまとまりを持っていたのだが、現在はその殻が解体され、学部や学科が日本中に横並びにされていると言っていい。そして国家が国家的に行なってきた公共の整備を民間に委譲し市場化するように、国は大学の整備を外郭団体に委譲しさらに研究、教育を市場化し始めたと言える。例えば、セキュリティという問題は既に警察だけが行なえなくなっている(きめ細かなサービスを求める社会のニーズや予算の制限などにより)現状、国はセキュリティという市場を社会に埋め込んでいく。結果多くの警備会社が登場しサービスを競うことになる。同様に、教育という問題も国が一律に規定できなくなっている現状(教育の多様化などにより)教育市場は社会に埋め込まれていく。塾が多発している程度のことは当たり前であったが、いまや大学教育も同等であり、いい教育提案に予算がつく。つまり学部や学科は全国レベルでサービスを競う時代になったのである。日本は語学の問題で早々にこのナショナライズがグローバライズには繋がらないだろうが、世界的に見れば教育はグローバル化しているし、していく可能性は高い。つまりは世界的に意味の無いことは価値が無いということがおこり得る。その中でローカルというものの優位性はいかに保たれるのだろうか?あるいは保つ必要があるのだろうか?

May 5, 2007

ローカリティ

鈴木謙介『<反転>するグローバリゼーション』NTT出版2007を読む。グローバーリぜーションは身につまされる問題ではないにしても、ナショナライゼーションとローカリティは日々の問題である。グローバリティvsナショナリティの問題はナショナリティvsローカリティの相似形だと勝手に思っている(あるいは相似的に見ることが可能だと思う)。

May 4, 2007

ジョギング

いい天気だが、一日原稿を書いていた。夕刻少し散歩的ジョギング。四谷駅につながる公園に200メートルくらいの坂道がある。その道を全力で駆け下りた。重力ですごいスピードが出るのだが、何とか足が付いてきた。足が止まって転ぶかと思ったがまだそこまで衰えてはいないようである。上り坂を駆け上がったが残念ながら途中で息が切れた。余りがんばるとまた数日使えない体になるので、ゆっくり歩くようにジョッグして帰宅。ゆっくりと湯につかる。

May 3, 2007

第三群の女

三浦展と上野千鶴子の対談(『消費社会から格差社会へ』河合出書房新社2007)を読んだ。三浦が作った言葉でかまやつ女というのがある。金よりも生きがいをもとめマイペースで生きていく女性のことである。それに対して、ファッション雑誌にいそうなえびちゃん系の女の子というものがそれと対照的な存在として結構な比率を占める。さらにそれらとは別に総合職女という賢くチャーミングな女性群がおり、女は3つに分類されると上野は言う。そして類は友を呼ぶ法則で総合職女は総合職男と結びつきダブルキャリア・ダブルインカムでますます格差社会が助長されるという。
昨日の旧友女性たちを見ていると、ここに書かれていることがそのまま現実化しているのが不気味なくらいである。というのも、われわれより収入の高い彼女らのhusbandのキャリアがまたとんでもないのである。とんでもない+とんでもない=とてもとんでもないものとなるわけである。

八重洲口

5月2日
午前中会議で松本へ、学長、副学長の前でプレゼン10分質問10分。終わり長野にとんぼ返り。製図の授業を終わらせ東京へ。中学の同級生とひょんなことから会食。男性5名女性が4名。男は3人教師で一人リーマン、一人自営。女性は一人は主婦だが、一人は某外資系企業のmanaging director. それって日本なら常務取締役。一人は某テレビ会社の取締役。一人は某病院の放射線科部長。いやはや年収を比べたら男5人かかっても女性3人に勝てないね。いや参りました。
東京駅の八重洲口で食事をしたがこのあたりは知らぬ間に超高層が林立している。それらがかなりひどい。手抜きデザインが横行している。ビルの外もひどいが中もかなりひどい。

May 2, 2007

煩雑な作業に追われ

大学の先生3年目だけど、組織とか運営とかになると、知らないことばかり。ひたすら資料読んだりして時間を食う。先生稼業も楽じゃない。まあ会社だって3年目くらいじゃまだペーペーなのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。ゼミやって、会議やって、製図エスキスして、事務所とメールやり取りして、資料読んで、電話して、資料作って、出版社にお手紙書いて、さあこれから明日のプレゼンの練習せねば。しっかりやるつもりだったが、凝縮して一回やって終わりにしよう。