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November 29, 2006

いろいろと腹がたつ

ニチハのショールームに行ったら休みだった。愚か者である。そのまま事務所に向かう。ナカジと打ち合わせ。不在中の報告は遂一メールで分かっているが微妙なニュアンスは伝わりきらない。そこで打ち合わせの内容を再度繰り返して貰う。中国の今後の展開はどうなるだろうか?早ければ4月頃着工しなければならない。
やっと中分さんが電話でつかまる。明日昼前に会って昼を食べながら打ち合わせすることにした。
午後はお金の納まらないプロジェクトの形状変更模型を作成、写真にとって工務店に送る。その後いろいろスケッチ。スケッチをpdfで送るのは便利だがコピー機にスキャナー機能が無いのが玉に瑕、昨今のスキャナーは立ち上がりがとても時間がかかる。ソフトを立ち上げるのに時間がかかり、それからがまた明るさ調整だとか何とか言って動き出すまでに1分くらいかかる。こんなに時間がかかるとファックスで送りたくなる。しかしファックスはコンフィデンシャルにならないので使いたくない。
夕食を家でとりまた事務所に。なぜなら我が家のbフレッツ光ネットは受信できるのだが、送信できないからだ。送信はいつも事務所で行っている。なんと馬鹿げたことか。そして絶対につながらないこの手のお客様サポート。もう2ヶ月送れないのだから返金して欲しいものである。あと1年くらいすると、こんな時代もあった。ひどいものだったと笑って話せるのだろうか?

November 28, 2006

サイディング

長野の工務店や断熱メーカーや設備屋さんで作られている「快適な住まいを作る会」という研究会に呼ばれて住宅の設計プロセスというお話をした。ネットのタウン情報に案内が出ていたらしく、住宅を作りたい一般の方も聞きに来られていた。
話は違うが、ウレタン塗装の壁とウレタン防水の屋根でできた木造住宅の見積が下がらない。工務店にどうにかならないかと聞いたら、サイディングと鉄板屋根なら安いという言う。そこでサイディングの住宅がjtに掲載されているか過去5年見てみたら1軒だけあった。ラムダなら難波さんも使っているが、これは値段が所謂サイディングの倍以上するので駄目である。しかし建築家はサイディングを使わないものである。何故だろう?サイディングのこのキッチュな雰囲気はどうしても拭えないからだろうか?明日ニチハのショールームに行ってみよう。

November 27, 2006

どたばた

月曜日の会議、朝から某氏の連絡不十分でどたばたである。なんともはや、、、、午後一で授業。某大学の4年生から院試の2次試験を受けたいとのメールあり。言葉と建築の授業に興味があるとのことである。ネットの威力はすごい。
午後からあるインタビューを受ける予定だったのが突如中止。今日は一日どたばたである。夕方ゼミ。『オタク学入門』を輪読。去年は面白いと思った本だったがひどくあっさりしたものに感じられた。まあ歴史的事象の羅列なので、これと言った鋭い洞察のある本ではないということだろう。その後論文ゼミ4年生はまだまだ。研究室全員で夕食を近くのスパゲッティ屋に行く。またまた多量の麺を流し込み満腹状態で研究室に戻る。t氏から昨日送った図面への意見のメールが届く。木造3階で容積を使い切りたいとのこと。コストの見えない模索になりそうである。

November 26, 2006

日曜の事務所

皆寝ている。さっさと起きて積んどくしておいたブルデューを読む。結構面白く、その内容をコラムに紹介。10時頃皆のそのそ起きてきたので食事。午後事務所へ。日曜日の事務所は誰もいない。静かである。明日のプレゼンのパワポをcdに焼いたり、リーテム新人賞の説明文書いたり、返事がいただけないクライアントに催促のメールしたり、t邸のスケッチpdfにして送ったり、していたら4時半になった。帰宅して何か食べ長野へ最終バスに乗ろう。

November 25, 2006

DJ

昨晩は3人事務所で徹夜、図面を完成させナカジはそれを持って6時半の飛行機で鹿児島に行った。と午後メールが入っていた。とりあえず遅刻せず安心した。
午前中ちょっと用事で錦糸町に行く。駅から少し離れたアメリカのようなショッピングモールを見る。昼をとり午後家に戻る。ディテールジャパンの12月号増刊に「角窓の家」が掲載されて売られているようである。事務所にも3部届いているとのこと。一冊はクライアントに送ろう。レイアウトや写真の使い方がとてもきれいである。さすがドイツ仕込みのレイアウト。

11月24日
朝6時に起き大学に行き雑用を片付ける。雑用といっても重要なことばかりなのだが。2コマめのデザイン論の講義をして昼をとり不動産やに行き重要事項の説明を受け午後の授業。来週講評会なので今日は事務的な質問を受けて終了。数学の先生のところに来期の時間割の相談をしに行くが、うまくいかない。まあ仕方ないか。時間割は既得権なのか?一番早いバスに飛び乗る。昨日読んでいた鶴岡真弓『装飾の美術文明史』NHK出版2004の続きを読む。装飾の根源である文様の説明が面白い。特にこの文という字には深い意味があるようだ。そもそもこの字の「あや」という読みは肌理という意味であり。装飾の起源なのだそうだ。
娘の名前が期せずしてこんな意味深いということを知り。再度目から鱗である。

November 24, 2006

装飾

11月23日
そう言えば一昨日は結婚記念日だった。早いものでもう直ぐ20年たつ。昨日は朝から論文の修正して印刷して近くのkinko`sで簡易製本をした。5部作るとなるとちょっと時間がかかる。製本してもらっている間に新宿に行って年賀状だのインクだの毎年作っているアルバムなど購入してkinko`sに戻る。ここの作業は皆お値段が高いが製本だけは一冊400円は安い。夕食とって最終バスに飛び乗る。車中鶴岡真弓『装飾の美術文明史』NHK出版2004を読む。その昔日建の中分氏に勧められ買って積んどいたものだが。目から鱗である。装飾とは世界と人間の関係を表す芸術行為という定義からして説得力があるが、その現われは具象的で単一的な解釈を許すものではなく、宇宙的な想像力をかきたてる抽象表現に進むということがなるほどと思わせる。ヴォリンガーの『抽象と感情移入』はそうした装飾の起源を解明したものであり、それがモダニズムの抽象性に繋がると説明している。逆説的だが頷いてしまう。
今晩先を読むのが楽しみだ。

November 22, 2006

事務所

余り時間を気にせず事務所にいられるといろいろいいことがある。事務所内のものごとの進捗状況が分かる。誰が忙しそうか肌で感じられる。面白そうなスケッチができているのが見えてくる。そういう環境に自分をなるべくおいておいていた方が気分が安定する。何かするために事務所に来るのではなく、何もすることがないから事務所にいるという風にしたいものである。もちろん大学も楽しいのだが、うまくかみ合う様にしたいところである。

November 21, 2006

住宅

昨晩は雑用に追われ寝たのは2時頃だった。今朝は6時半のバスに飛び乗り車中はよく寝た。これに乗ると新宿に10時10分頃着く。そのまま事務所に行き久しぶりに新しい仕事のスケッチをする。こうしている時が一番心が落ち着く。夕方クライアントにファックスするととても気に入っている。ただ予算を少し付加してコンクリートにしたいという意向もある。そちらのスタディもしてみることとした。今大学で見ている2年の製図課題は110㎡の住宅。大きさがほぼ同じなので手がよく動く。
来週の月曜日には学内でとあるプレゼン。その次の日は設備の先生が主催する長野市内の建設業者の研究会でのレクチャ。その次々週には博士論文の下見審査のプレゼン。それぞれのパワポを作っているのだが頭が混乱する。

天井から水滴

昨晩は最終バスで長野に。高速は強い雨で最前部に座っていた僕は少々危険を感じた。身も凍るメールが気になり、車中本も読めず、寝ることもできずであった。夜も余り眠ることもできなかった。眠いのに妙に冴えた頭で推薦入試の面接。昼食時部屋に戻ると天井3箇所から水がたれている。これが雨漏りの心境かと、、、、スチーム配管が欠損して水蒸気が漏れている。しかし半端な水の量ではない。床のカーペット大半びしょびしょになってしまった。ついさっきまで水滴はとまらず大型のゴミ箱を置く。午後論文の打ち合わせ。その後夕刻からゼミ。4年、修士の模型が徐々に登場し始めてきた。形と理論の関係が大分接近してきたが、まだもう一息か?論文ゼミが終わり輪読。『ポストモダンの思想的根拠』を読み終わる。終ったら11時近い。その後雑用。

寒い

11月19日
朝から冷たい雨が降る。今日は義父の3回忌であった。白金の覚林寺の寒い本堂でお経を聞き焼香する。義父に今年の悪魔を追い払うように頼み寺を出て、都ホテルで近しい人数で昼食をとる。そこへ背筋も凍るようなメールが入る。義父はそっぽを向いていたのか?携帯にメールが転送されるのも良かったり悪かったりである。食事がひどくまずいものになってしまった。

November 18, 2006

3階か2階か

高校の後輩の家を設計することとなり敷地を見に行く。60㎡ほどの小さな土地。1階を賃貸として上階に住みたいという。3階だてが欲しいというのだが、3階ではコストがあいそうにない。もう流産はしたくない。コストの見込がたつか慎重に下調べをする必要がある。
夕食後少し考えてみる。なんとか要求機能は2階建てでもはいるのではないだろうか??1/50のスケッチをしてみる。いけるのでは?しかしただ入るということと建築にするのは少々異なる。

November 17, 2006

ロマン主義

先日小田部さんから謹呈された『交響するロマン主義』晃洋書房2006を車中で読み始めた。ロマン主義はとっつきにくかったのだが読んでみるとどうしてどうして。最初の論考はシラーの「美的教育書簡」。形式衝動と質料衝動そしてその中間としての遊戯衝動そしてそれがカントの構想力、悟性そしてその中間としての遊動に接続していること。二番目の論考はロマン主義の色彩感。線対色の話がヴァザーリに遡って跡付けられている。三番めはシンケル。最初の3つだけだけどみな面白い。やはりロマン主義の時代にはモダニズムの様々な問題点が胎動していたのだと改めて思う。

座礁

11月16日
夕刻クライアントが3名来所。見積がやや高いために工事を見合わせることになりそうである。長い建築経験においてもこういうことは初めてなので僕自身どう対応していいものやら。しかし建築をつくることに切迫した理由がないクライアントなので仕方ないかもしれない。少し残念だがこれも建築である。模型をある時期きっちり作り直してプロジェクトとして保存しておこう。
設計者にとって竣工建物の引渡し時は娘を嫁にやるときの気持ちであると言われる(まだ嫁にやったことがないので分からないが)。となると設計の途中で座礁したプロジェクトは家出か流産か?これも経験したことがないので分からないが。

November 15, 2006

自壊の理屈

コラムにも書いた渡辺靖の『アフターアメリカ』を読み終わった。そこに登場するボストンブラーミンと呼ばれる富裕層は数世代の中で自らの習慣を崩しそこから脱皮しようとする現象が観察されるとのこと。それを著者はブルデューの文化的再生産の議論では軽んじられる事象であると記している。
そうかもしれない。ブルデューに限らず、世の中は習慣という慣性に乗っかって再生産の方向に向かうと思うのが常だが確かに自らを突き崩そうする力学もあるものだ。さてしかしその力は何処を震源とするのだろうか?社会への不満は革命的力の震源ではあるものの、富裕層における自壊の力学はそれとは異なる。それは一つの倫理であったり、向上心によるものだろうか?

November 14, 2006

時間割

来年度の講義予定をたてるために今年度の講義時間割を凝視しているうちに気が付いた。自分のコマがかなり多い。何も知らずにいわれた授業をしていたし、何も分からずに指定された曜日にやっていたがそれも少し間抜けである。他の先生は効率よくまとめてやっている。出張がうまくできるようになっている。もう3年目だし少し頭を使わねば。製図のやり方を少し変え、自分の時間割を考えないと設計ができなくなってしまう。来年は今年の借りを返さねばならない。設計の量を増やす。これが目標である。
午後リーテムの彰氏より電話。中国の人材派遣で図面の読める通訳が見つかりそうだとのこと。彰氏もとにかくプロジェクトをさっさと動かしたいとのこと。それはこちらも願うところである。長い仕事だが、中国だから仕方あるまい。
2年の製図の前半課題の住宅の講評会が近づいてきた。ゲストに若松均氏を呼ぶべく電話。快諾してもらった。今夏には内の部屋から二人ほどオープンデスクを引き受けて貰いまたお願いで恐縮であるがありがたい。

November 13, 2006

筑波

筑波大学の鵜沢教授から夕刻電話。鵜沢先生は拙訳『言葉と建築』を教科書に使ってくれている。院生の授業で4月からこのテキストを読み始め概ね読みきったそうである。そこで訳者を呼んで、何かさせようというこだそうだ。筑波とはちょっと遠いと思いつつも、長野に人を呼んでいる私としては、呼ばれた時にせっせと行って、いつかは来てもらうためにも貸しを方々に作っておかなければならない。ついでに筑波のキャンパス計画についてヒアリングして来ようと思う。
鵜沢先生と雑談してびっくりした。筑波はなんと前後期制ではなく小中学校のように3学期制だそうだ。更にびっくりしたのは午前中の授業は1コマメが8時半に始まり、2コマめは11時半に終ってしまうとのこと。「学生は大学に住んでいるから早くても大丈夫」というのだが、それならうちも同じである。でもこちらは朝は皆弱いようだが。とりあえず12月中ごろうかがう約束をした。筑波では高校の同級生が原子物理の教授をしている。ついでに会って来たいところだが、まあそんな時間が作れるか?

雑用

11月12日
久しぶりに家でゆっくりしていた。そういう時に限ってかみさんは稽古・展覧会、娘は図書館に行ってしまい、本当にゆっくりしてしまった。それはそれで快適なのでよい。それならそれでやることはヤマのようにあるわけで書類作ったり、銀行行ったり、スケジュール考えたり、まあ手帳に書き込んであるto do listを減らす。さらに本棚の一角を占める未読本を消化しようと睨むのだが、なかなか読書欲をそそるものが無い。やはり本は買った時が読みたい時なのかもしれない。いつか読もうと思っているうちに興味は違うところに行っている場合が多い。

November 11, 2006

award

事務所に行くと、Chicago Museumuからinternational architectural awardsへの出品依頼のファックスが来ている。先日岡田氏も依頼が来ているようなことを言っていた。さほど大変な準備は要らないようだが出品料が250$である。世界中にこんなファクスを送っているのだろうか?1万人応募したら250万ドル儲かることになる。2億5千万円である。世界の建築家を相手にした詐欺ならすごいものだ。が、去年の受賞者を見ると日本ではヨコミゾさんの富弘が入っている。まあ信じて応募することにした。
金も時間もないのだけれど、借金してもこういうことはやり続けないといけないのかもしれない。リベスキンドの生き様を見ているとこんなこと(賞に応募するなど)朝飯を食うより普通のことなのかもしれないけれど。

November 10, 2006

建築は闘い

奈良からとんぼ返り。車中でリベスキンドの『ブレイキング・グランウンド』を読む。ベルリンで12年、役所と闘い。そしてニューヨークでデベロッパーとsomのディッビド・チャイルズ、ビニョーリと闘う。やはり建築とはどこかで闘うものでしかないのだと再認識する。

JIA奈良大会

11月9日
奈良の朝。長野より暖かい。JIA(日本建築家協会)の大会は11時なので奈良公園を散歩。興福寺が開いている。阿修羅像と感激の再開。高校の修学旅行で唯一印象に残っている仏像である。奈良時代の像なのに顔が現代人なのである。しかしリアルなのは顔だけで6本ある手も足も割り箸のようにまっすぐである。この不釣合いが面白い。11時半から東大寺の脇にある奈良市公開堂でJIA新人賞の審査が始まる。会場に行くと、同世代のつわものに合う。岡田哲史、前田紀貞、山梨などなど。最初はA1のパネル審査。審査員、長谷川逸子、竹原義二、渡辺真理三名が各パネルを回り、出品者に質問をする。40名を先ず20名に絞る。3票頂獲得無事通過。知り合いたちも皆通過。そしてその20名が一人3分質疑2分というハードなタイムテーブルで壇上でプレゼン。それから休憩をはさみ審査員が一人4名ずつ記入して集計。2票頂き通過。4名に絞る所だったらしいが、審査員の希望で5名残し、この5名が現地審査対象となった。残れて嬉しいのだが、現地審査のための資料作りやらなにやら仕事が増えるのが憂鬱でもある。
岡田哲史、陶器浩一と京都に出て夕食をとる。岡田氏は千葉大で今年から教えている。お互いの交流を約束して分かれる。

November 8, 2006

水曜日

朝、ヴィドラーの続きを読む。この本前半はパスカル、コルビュジエ、ジンメル、クラカウアー、ベンヤミンと続くのだが、後半はそれを受けて、アーテイスト、建築家が登場する。レイチェル・ホワイトリードの作品がとても想像をかきたてる。面白い。8時半某市の方から電話がはいる。渋滞で遅れるとのこと。45分頃来室。打ち合わせ。その後某ゼネコンの方が就職のことで来校。その後「言葉と建築」の講義。相変わらず出席が悪い。午後からゼミ。そしてこれから奈良のjiaの大会に向かう。気が遠くなるほど遠い感じがする。

November 7, 2006

いよいよ最後の視察

キャンパス視察も今日で最後。松本キャンパスの視察である。人文、経済、理学、医学そして附属小学校に中学校に幼稚園である。
単科大学instituteを卒業した僕にとってuniversityは憧れの的。アメリカ留学して何が良かったってその一つはuniversityだったことである。アートスクールやロースクールの友人との会話は本当に嬉しいものだった。そして信州大学もuniversityであることが僕の一つの誇りなのだが、いかんせん長野と松本の距離は埋めがたい。朝8時前に車で3人の先生と出発9時半頃到着。しかしそれでも松本に来るとなんだか嬉しくなる。人文に行くと各国語のポスターが張ってあったり、理学行くとメダカの水槽があったり、医学に行けばあの病院特有の匂いとそして外部の人との出会いがある。このくらい人が入って地域交流というものが肌で感じられる。道路を挟んで附属に行く。東京の附属出身としては、どこか親しみが湧く。しかしはるかに環境がいいと感じる。校舎はお世辞にも立派とは言えないが、広い運動場と畑や田んぼ、そして木造の集会場のようなものなど、地方だから可能な様々な環境がある。羨ましい学校だと思う。歩いていると生徒たちが口々に「こんにちは」と声をかけてくる。嬉しいではないか。

夜のバス

11月6日
夕方のバスで長野に。初めて長野にバスできた。乗車人数はひどく少なく快適である。少々暗いがゆっくり2席を使い読書空間としては快適である。新宿発の高速バスは八ヶ岳の現場によく使った。それは中央高速なので新宿から直ぐ乗れるのだが、長野行きは関越なので高速に入るまでが渋滞で動かない。車中ヴィドラーの『歪んだ建築空間』を読む。僕の基礎知識が不足しているのか彼の言葉使いが複雑なのか、あまり頭に入らない。全体の流れはよく分からるのだが、ディテールが分からない。

November 5, 2006

重い読書

ヴィドラーの『歪んだ空間』を読み始めた。ヴィドラーは93年からuclaの先生をしていたようだ。2001年からはクーパーユニオンの学長と書いてある。彼の書くものを考えれば、西海岸の明るさよりかは東の知性の香りがお似合いである。ジェイムソン読んでヴィドラーはちょっと今の僕の頭には重過ぎる。この数ヶ月のアクシデントは本当に僕の頭の構造もおかしくしてしまったところがある。リハビリが必要である。

壊れるvaio

11月4日
某国内の電機メーカーに長く勤めていた人が、ソニーの製品は明らかにデザイン優先で質が悪いと言っていた。ofdaでもvaioを持っていた人が苦労していた。それを知ってはいたが日本で一番軽いcpuが欲しくて買った私のvaio(この機種はもう売ってませんが)も例外ではなく、バッテリー切れした後とか、スタンバイ状態の後に立ち上がらなくなる。一度メーカー修理に出したもののどこも悪くないといって戻ってきた。もちろん悪いのであるが。
朝食を散歩がてら外で摂ろうとかみさんと表参道へ。8時からやってるカフェがある。天気もまあまあで気持ちよい。ちょっとナディフを覗いてプラダのあたりを回って帰宅。かみさんの意見ではこのあたりの建物ではディオールよりヴィトンよりプラダだとのこと。昼に帰り事務所で仕事。夜は我が家でちゃんこ鍋。ジェイムソンを読みながら就寝。

November 3, 2006

人間主義の建築

朝から、家の中の書類整理。年末調整の申告とかそのための保険証書の確認とか、不要な手紙の廃棄とかしているうちに昼になってしまった。今月末に行う住宅の小さな講演会のためのパワポを作ろうと思って事務所に行ったが、構想しているうちに2時になって勉強会メンバーが三々五々集まってきた。勉強会はGeofrey Scottの architecture of humanism である。最初に企画書の内容確認。humanismをどう訳すかで議論。結構難しい話である。カタカナでヒューマニズムとするのか、漢字にするのか?その場合は人文主義なのか人間主義なのか?
ロンドンから光岡君のサマリーが届いているが、サマリーと言うには長すぎる。入江君がそれをサマライズしながら読むのだが、よく分からない。今日で一応全章の発表が終る。しかし個人的には、ルネッサンス建築についてそんなに詳しいわけではないし、基本的な建物しか見たことはない。もう少し画像を頭にインプットしないとこの本の核心には迫れない気がする。
皆が帰った後パワポ作りをしよと思うのだが、データーがいいのが無い。データ集めをスタッフのコンピューターからかき集める。数ギガあるのでコピーを押して帰宅。

November 2, 2006

帰宅

どうも長野にいると朝6時には目が覚めてしまう。年をとったのか、考え事が多いのか?6時半のアサマで東京へ。車中フレデリック・ジェイムソンの昔の名著『言語の牢獄』を読み始める。うつらうつらして頭に入らないかと思いきや、頭が眠っている方が気が散らなくてむしろ集中できるという困った状態である。事務所へ直行して、たまっている書類を見る。10時に某工務店の社長と会う。2時間ほど話をして、午後打ち合わせ、夕方某現場。補修工事の進捗と確認を行う。
事務所に戻り打ち合わせ。プロジェクトの進捗を確認しながら、9時頃帰宅。久しぶりの我が家の食事がほっとする。

November 1, 2006

やれやれ

午前中大学院の講義。昼休みを使い新しいマンションの申し込みにいく。学生の応援を仰ぎ引越しは12月3日に行う予定。昼は菓子パンをかじる。午後連日のキャンパス調査。今日は工学部だから早々に終ると思っていたのが運の尽き。知っているだけに見たいところが沢山あり終わってみたら5時過ぎ。5時からゼミと宣言していたのに遅刻してしまった。5時半からゼミ。今日は終電で帰るつもりが、終ってみたら8時半、夕刻になると底冷えのする講義室で3時間。腹は減るし、寒いし。コンペのチェックしたら9時近い。とても帰る気力は湧かず。学生たちと夕食に出かける。8人で16人前のスパゲッテイを食べる。やっと気力が戻る。その後も学生の相談受けたり、雑用の書類書いたり。気が付いたら11時半。やれやれである。