建築、設計、コムデギャルソン

コム・デ・ギャルソン的な建築って?

 松田  先ほどの入江さんのお話の「形式」の話で言えば、コム・デ・ギャルソンはやはり形式を毎回崩して、つねに新しい何かを打ち立てようとしてきたのかなという風に思うんです。で、そういう意味で言うと、建築で毎回形式をゼロまで崩す事はすごく難しいという思います。建築はそもそも何らかの構成か、ロジックがないと最後まで組み立てていけない。だから、ひとつの建築を毎回ゼロから組み立てていくのは大変だと思うのです。それで言うと、毎回その形式を崩すような建築をやっている人っていますでしょうか。入江さんから見て、つまりは、建築でもっとも川久保玲さんに近い建築家を探すとしたら、どういう人がいるでしょう 。


 入江  僕は、全然思い当たらないですよ、正直なところ。それくらい衝撃を受けましたね。今回、いろいろとコム・デ・ギャルソンを見ていく中で、川久保さんの姿勢も含めて見ていると、自分が知識として経験したことのないデザイナーなので、ちょっとびっくりした余韻が続いてる、っていう状態ですね。

 

 坂牛  そうやって毎回形式を変えていく変え方が川久保玲さんはもちろんすごいんですけど、モードというものは、基本的に、そういうメカニズムの中にくり込まれているんじゃないですか。ロラン・バルトが「シャネルとクレージュ」という文章を書いていますが、そこで面白いのは、シャネルは、バルトに言わせると、モードに意義申し立てをした人間だっていうわけですね。なぜかと言うと、一年毎にデザインを変えないというわけです。ちょっとずつ変えて、それを一つのトラディションにして、富裕層がそれを定着させていくことによって、ある種の階級制を作っていく。それをバルトはディスタンクシ(=差異、洗練)という言葉で呼んでいます。クレージュは違う。クレージュは、モードだ。毎年毎年、若い女の子にバーンと新しい服を着せて変えていく。そこからモードというものが確立されていくと。

それが、消費者社会の原動力にもなって行くわけです。で、僕はポスト消費社会になった時に、モードっていつまでこう言うことが続くのだろうかと言う風に思うところもあります。毎年毎年変えるなんてもったいないと思うわけです。まあ、だからといって、そんなに簡単にモードが変わるとは思えませんけれども。建築でも、ポスト消費社会の中で、しょっちゅう変えるなんていうこと自体が、ある種、テーゼとして成り立たなくなってきてるところがあるじゃないですか。建築ってモードだなって80年代は思ってたんです。伊東さんが「消費の海に溺れよ」って言ったりしてわれわれはだいぶそれに鼓舞されました。でも今、だいぶ変わってきていますよね。モード化しない建築の方が正しいみたいなポリティカル・コレクトネスが現れています。ですから今の建築界にそういうモード的な人がいるかといったら、いても、実行しづらい状況でしょうね。

 

 松田  確かに、建築のファッション性みたいなものが、80年代ぐらいにはありましたね。建築がどんどん、数年ごとに変わるような印象があったんですけども、今はそれが是として認められるような空気はほとんどないという感じはします。
もう一つお聞きしてみたいのは、コム・デ・ギャルソンが、全部で16のブランドを同時並行で運営していて、それが全部、それぞれの方向性が、リンクはあっても違っていると。ファッションの中で、これはどれくらい特殊なことなのかを、まずは 知りたいなと思ったんです。で、おそらくそれは、毎年変える、毎年形式を壊すということも含めて、川久保さんが何かを作るときに、クリエーションと同時に、ビジネスもそこに繰り込んで考えられていたから、ということが大きいと思うんです。南谷さんの本の なかでも、川久保さんにとっては ビジネスも一種のクリエーションだと書かれていました。ビジネスは、クリエーションをするための環境をつくることで、非常に重要だと。つまり、アヴァンギャルド性みたいなものと、ビジネス性という ことを、同時並行で考えている。建築においても、そういう ことは必要なんですけれども、それをちゃんと実践されているのはすごい と思うんです。ファッション業界の なかだと、やはり、年に2回のコレクションで出していくもの と、実際にビジネスとして運営しながら出していくものは、多分違うんだろうな と素人ながらに思うんですけれども。そこから見ると、川久保さんがされている事は、ファッション界だとどういうポジションなんでしょうか?すごく特異なポジションなんでしょうか?それとも誰もがやっているような事なんでしょうか?例えば、16のブランドといっても多いのか、少ないのかという、基本的なところからの質問なのですが。

 

 西谷  では、私が答えます。16ブランドあるといっても、川久保さんがデザイナーとして担当しているものばかりではありません。渡辺淳弥さんがやっているジュンヤ ワタナベとか、丸龍文人さんがやってるガンリュウとか、あとは、トリコという栗原たおさんがやっているものとか。そういう風にデザイナーも、今3人擁立しているんですね。この中で、川久保玲が直接手がけているコレクションラインのコム・デ・ギャルソンと、メンズの、コム・デ・ギャルソンオムプリュスというのは、これはもうかなりシーズン毎にガラっと変わります。ショーの見せ方も含めて、これとジュンヤ ワタナベのメンズとレディス、それからコム・デ・ギャルソン・シャツの5ブランドが、パリコレに参加する、最もクリエイティブなブランドですが、あとは、コム・デ・ギャルソン・コム・デ・ギャルソンという、かつてのコム・デ・ギャルソンのいろんなアイテムをもう一回作ったりするラインがあったり、ブラックという少し値段も押さえて普通の人が買いやすい様なラインがあったり、プレイのTシャツのラインとか、香水のラインとか。いわゆる、コレクションブランドというものはシーズンごとに大きく変わりますが、あとは、変化はあっても、そんなに大幅に変わるわけではなく、定番のラインだったり。トレンドに寄り添ってというよりは、コム・デ・ギャルソンらしい感じをキープしつつマイナーチェンジをしている感じですね。その分、コム・デ・ギャルソン自体は、リスキーなチャレンジをしています。

 

 松田  要するに、一番アヴァンギャルドなものをちゃんと成立させるための環境そのものを、やはり全体として 設計しているということなのですね。

 

 西谷  それも含めたものがデザインだと、川久保玲はインタビューでも繰り返し答えていますよね。さらに、今は、ブランドだけではなくて、「ドーバーストリート・マーケット」というセレクトショップも展開して、売るという形でもクリエイティブでありえることを見せてはいます。

 

 松田  要するに 他にもいろいろなブランド やショップがあり、その中にコム・デ・ギャルソン自体も入っているような、環境そのものを、実は設計しているわけですね。それもすごいことですね。

 

 西谷  ですから、1ブランドに閉じこもってはいないのです。

 

 坂牛  そういうデザイナーっていないんじゃないかな。これだけの展開をして、自分独自のブランドを2つくらい持ちながら。 でも、いろんな事をフラットに並べるなんて。

   

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