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February 27, 2007

cpu病

outlookの調子が悪い。outlook2002は駄目だからバージョンアップしろという警告が出てくる。こんなのありか?と腹が立つ。microsoftの陰謀だ。まあ落ち着こう。さらに僕はモバイルを家と事務所と研究室で使っている。一番快調なのは事務所。家は無線ランで理由は分からないが送信できない(そんなのメール環境とは言えない)。そして大学は大学ですぐにサーバーが営業休止するやらやたらセキュリティが厳しいやらでよく不調に陥る。ネット環境が悪くなると体調不良と同じで異様にストレスがたまる。現代病である。しかしもう身体は既にこの環境に組み込まれており抜け出られない。やれやれである。
話は違うが先ほど長い会議が終わった。学科の明日を考える会議だが、とにかく個性、特徴。売りのない学科は去れということのようである。社会の価値観に核が無いとこうなるんだろう。分からないではない。しかし国は気をつけてお金を配分しないと日本中で無駄が発生する可能性も多々あることだろう。

笑い展

Aさんと六本木で打ち合わせをした後小沢さんの作品をみるべ森美術館へ。「笑い」がテーマで古今東西から作品が集まっていると聞いたが、またまたここ特有の大量展示である。展覧会は二つあるようなもので、最初はまず日本伝統美術の笑いである。またかという感じであるが山下裕二キュレーションで去年国博で見たような奇想の系譜である。と言ってつまらないかというとそうでもない。若冲のべた塗りの筆さばきは何度見てもこの時代にしては斬新だ。それで小沢さんはどこかと探しているとやっと第二部のような場所にたどり着きフルクサスからハイレッドセンターそして現代になだれ込み小沢さん登場。しゃべるの苦手とか言っていたが、しゃべりのパフォーマンスのビデオコンプレックス作品である。笑えた。そして最後は田中さんである。
美術館を出るとまったくの偶然で学生時代家庭教師をしていた家の家族に出会う。昼食をともにしながら四方山話。この家は同潤会に一部屋持っていたので表参道ヒルズに一部屋所有されている。現在は娘家族が住んでいるそうだが、貸したら月100万くらいになるそうだ、60㎡くらいで。これには仰天!
事務所に戻り論文のデーターを印刷屋に持っていったり雑用をこなし最終バスに飛び乗る。

February 25, 2007

建築家廃業宣言

ちょっと前に『photo documentary nippon 2004-2006』gurdian garden 2006という若い世代の写真集の話を書いた。若いカメラマンを対象とした公募展に選ばれた15人のカメラマンの写真集である。そして、その中に風景を写したカメラマンが二人いてその郊外集合住宅の表層写真がホンマタカシと変わらないのであった。それはどうしてなのだろうか?郊外には表層しかないの?裏はないのか?
東と北田の『東京から考える』のによると北田は均質化したと言われる郊外住宅地に育ったそうだ。しかしその均質というのは大人の視点であり、子供時代はその中にいくらでも裏や抜け穴を発見して楽しんでいたという。それを彼は郊外の裂け目と呼んでいる。一方東の住んでいた青葉台にはそうしたものはなかったという。そしてどうもその後の郊外開発はこの裂け目を極小にする論理で作られているようだ。そう、やはり裏は消滅してきているのである。そしてこの裏が消えてきれいな表面が均質的に生まれる理由を東はポストモダニズムの多様化の論理にその一因を求める。誰でも来られて、だれでも使える、誰にとっても安全であるというのはポストモダンの多様化(使う側の)の論理であり、その論理は、security universal design sustainableとまとめられる。確かにこの3本柱は現代建築ではずせないお題目になっている。さてこの郊外の論理は「jusco的郊外」という呼び名も与えられているのだが、それはいまや都会を侵略しているという。都会というのはここでは二つの状態を指している。ひとつは伝統的な街区であり、もうひとつは劇場的(シミュラークルな)な街である。ここに「jusco的郊外」が侵略してくる。この「jusco的郊外」とは北田の言葉で言えば「ある空間を意味に基づき調整するのではなく量的に捉えモノと情報のアーカイブをつくる」もののことである。つまり僕なり簡単に言えば、街は味わうものから必要な情報を摂取する場へと変貌しているということである。そういう意味合いおいて北田はヒルズを「jusco的」と呼ぶのである。
あー説明するのに疲れたが、つまり冒頭記した郊外に裏はないのか?という僕の疑問には「無い」という答えが二人から得られたし、その原理が都会にも侵入しているということのようである。
急に娘の話だが、12歳になる娘に誕生日とかクリスマスとかにプレゼントをせがまれ、それでは買い物に行って食事でもするかというとネットで買うという。街は味わうものどころか、情報の摂取どころかもはや不要になっているのでもある。
建築家のように作る人間からするとちょっと困ったことでもある。情報化時代に物理的環境としての建築は不要という巷の議論にイージーに与するつもりはなかったがもはや無視できる状況でもないのかもしれない。
伝統的街区を残すことに血道をあげる気はないし、シミュラークルな街はまして作る気はしない。かといってjuscoシティにも興味はない。そうなるともはや作るものはないのである。『10+1』の都市論のテーマはついに直近(139号)のものになると「いまや都市や東京について語るこの意味が分からない」というところまできているとのことだが、建築版で言えば「いまや都市や東京の中で建築をつくることの意味が分からない」というところまできているのかもしれない。

というのはまるで冗談である。社会学者の理屈はやはり使用する側の論理だなあと思う。物理的構築物には作る側の論理みたいなものも絡み合っている。それは建築家の意思のようなもののことではなく、そこにいやおうなしにはいってくる建築、クライアント、施工者の経済学的、心理学的、工学的論理みたいなものである。そういうものは使用者の論理とはまた位相を異にする部分がある。だから彼らが言うほどシンプルに均質化した郊外的都市はできないのであり、それゆえ僕らにはまだやることはある。しかしてそれはなにか??今度のシンポジウムまでに考えておこう。

今日は盛りだくさん

朝9時佐々木龍郎さんと入江君が来所。3月9日に横浜の北仲でやるシンポジウムの打ち合わせ。年度末の忙しさにかまけてまったく準備していないのに加え、シンポジウムのコンセプトがよく理解できていない。そんなわけで事務局の佐々木さんによくご教示いただく。少し理解できたか??さらに10時半一緒にシンポジウムやる小沢剛さんが来る予定だがなぜか来ない。仕方ないので入江君とホームページの打ち合わせ。昼食をとった後小沢さんから電話。六本木のオオタファインアーツに搬入中で来られなかったようである。5時に会うう約束をする。2時にA0のメンバーが来所。1月は僕の都合でキャンセルしたので今月から本格的に翻訳の読み合わせである。サマリーの勉強会ではフォーティー同様面倒くさい本だと思っていたが読み始めると比較的分かりやすい。辺見がバンハムにも一章スコットに割かれているとそのコピーを持ってきてくれた。5時勉強会終了。入れ替わり小沢さん来所。都市と、街と、アーティストと。不在の塩谷の話も交え、こんなこと話したいと伝える。さらに坂牛の小沢解釈をいろいろ述べる。地蔵プロジェクトはきれいなところも汚いところも安全なところも危ないところも平準化する視線がある。とか、なすび画廊は大に対する小の抵抗。だとか。
シンポジウムの方法を小沢さんが提案。皆で持ち寄った絵や字やジョーカーをランダムに映し言いたい人が言いたいことを言う。題して「ルーレットトーク」。なるほど。プレゼン自体がアートしている。面白い。
帰宅後食事して新幹線に飛び乗る。最近よく話題に出る東と北田による『東京から考える』を読む。先ほど会った小沢さんという人はアートを使って都市へのアクセスの仕方を教えてくれる人だと感じていたが、この本もまさにどうやって都市を見たかではなく、どうやって都市を見るかを語る本である。彼らの都市体験談である。やはり10年の都市の差(年の差ではないよ)を感じる。

February 23, 2007

ルイザ・ランブリ

10時から5時までぶっ通しでt邸の図面査図を行う。その昔日建で査図を受けていた時もそうだったがするほうは最初のうちはとても集中している。特に仕上げ表のあたりは2枚見るのに2時間くらいかかり建具表あたりも1時間くらいかける。矩計図もがんばるのだが、そのあたりからだんだん集中力が切れる。今日もそうである。もう設備図までは持たない。後はよく見ておくようにとスタッフの大武さんに言い。ダウン。
夜ルイザ・ランブリの小さな写真集を眺める。テラーにやミースや妹島やコルジュジエや名建築を独自の視点で撮る。しかしほとんどその建築だということが分からない。なぜなら開口部をアップで撮るから。その上。その開口部の外部がハレっていてよく分からない場合が多い。しかし建築ってこんな別の表情を見せてくれることを教えてくれる。

February 22, 2007

設計料を考えることが先だろう

午前中事務所に寄り片岡君と昼をとりその足で学会に。建築士法改正に伴う大学教育に関するシンポジウム。東北芸工大に行かれた構造の松本さん。明星大に行かれた加藤さん。京都精華大の鈴木さんなど昔懐かしい人に会う。司会は東工大の安田さん。パネラーには日建の牧村さんもいた。いやはや姉歯二世を絶滅させるために、建築士の資格制度を厳しくするとの法律が国会を通ったのだが僕には半分お門違いのような気もする。姉歯二世をなくすためにはまず設計料を欧米なみにアップさせることを国家制度として整えることではなかろうか?設計者の生活が人間並みになるようにならない限り、仕事とるために違法行為を行う人間が出るのは必至だと思うのは僕だけだろうか??
学会から日建にいく。山梨やら亀井さんやら昔懐かしい面々に会う。フロアーにわさわさ人がいるので気がつかなかったが、ときすでに11時近い。こういう生活しないと設計者は生きていけないのだから日本はやはりおかしい。

悲喜こもごも

昼から松本の本部に行きキャンパスマスタープランの会議。終わりタクシーで駅に行き3分の乗り継ぎスーパーあずさに飛び乗る。事務所にもどる。jiaから郵便。「残念ながらjia新人賞は現地審査の結果選外」との悲しいお知らせ。まあ仕方ない。最後の5つに残ったことで良しとしよう。ひとつの建物で3つ賞を取ろうなんていうほうが図々しい。悲しいお知らせと同時にグッドニュースが近田さんからファックスで届いていた。リーテムの照明が International Association of Lighting Designers の第24回Special Citaitionを受賞したとのこと。北米照明学会賞より価値ある賞だそうだ。すばらしい。表彰式がニューヨークだそうで行きたいところだが、授業もあるしちょっと無理か?

February 20, 2007

5バーグ

昼、某市へプロポ審査にでかける。書類審査。どんぐりの背比べである。審査委員が13人もいるので票は平準化される。平準化された順位と自らのつけた順位にはあまり相関がないことに内心びっくり。まあこういうのは審査というか住民投票のようなかもしれない。誰かの意見が色濃くでるよりも誰の意見でもないところまで薄まる方が民主的という考えもある。多数決というのは暴力的でありよほどくじ引きの方が正しい解決だという話もあるのだから。
夕刻大学に戻る。明日の資料チェック。その後尾崎さんの本の続きを読む。誰かがアメリカの3美術評論家を3バーグと言っていた。クレメント・グリンバーグ、ハロルド・ローゼンバーグ、レオ・スタインバーグしかし考えてみたら彼らの批評の対象であったアーティストもバーグである。ラウシェンバーグにオルデンバーグ。バーグオンパレードに驚いた。こんな近接する時間の中に5人もバーグが登場するなんて。

February 19, 2007

三寒四温

午後の会議の後は明日のコンペの審査の書類を読み、新しいカメラの使い方を研究し、尾崎信一郎の『絵画論を超えて』を読んでいた。春一番が吹いたはずだが長野はまた寒さがぶり返している。今12時少し前だがますます外は寒そうであるとってもじゃないが部屋から出る気がしない。しかしそんなことを言っていると明日になってしまうので意を決して帰ろう。

February 18, 2007

買い物

昼に事務所でスタッフと打ち合わせ、現説までのスケジュールを確定し、来週の片岡君の作業を決める。彼にはなんとか矩計図をきちんと描けるようにさせたい。打ち合わせ後、久しぶりにタワレコにcd買いに行く。新宿タワレコでは9階以外には行ったことがなかったが、今日はエスカレーターで上っていったのでつい7階で降りてしまった。日本ものpopなところに行ってしまいmisiaを手にとり横にあった「須永辰緒の夜ジャズ」というなんとも夜中にバーボンでも飲んで聞いたらよさそうなcdをかごに放りこむ。そしてやっと9階。contemporary系ではbioshereというアンビエントがなかなか気持ちよさそう。ついでにjazz系によりchick coreaのトリオをも購入。steve reichの新しい5枚組を買おうかとも迷ったがやめた。その足でcomputer街に行きportableのhdやらちょっとほしかったものを買い込み帰宅。cdを聞きながらドゥールスの『バロック論』を読んでいたら眠くなった。バラガン見なければ。

レンガ

arteriaという美術専門書店がネット上にありたまに買い物をする。先日頼んだ‘la brique a paris’という本が届いた。『パリのレンガ』である。仏語なのでよくわからないが、展覧会のカタログと思われる。15世紀から現代までパリにあるレンガ造りの建物(もちろんすべてではないだろうが)が時代順に並んでいて写真と説明が加えられている。大体建築材料というものは現代に近づくにしたがって余り目地が目立たなくなり、つるつるしてくるものだが、さすがにここに並ぶレンガ造りの建物は、現代のピアノのレンガパネルにしてもやはり目地は目立つ。こういう材料を目地なしでツルツルに使ってみたいものだと思って眺めいてたが、そういえばそんな風に使ったのが青木さんの青森なのだろうか?まだ見たことはないのだが、急に見たくなってきた。この春なんとか行ってみるか!!

February 16, 2007

ハミルトンのオレンジ

先日ナディフでオレンジ色の布地装丁b5版くらいの作品集を買った。Ann Hamiltonの作品集である。ギャラリー全体高さ1メートルくらいの位置にオレンジ色の布を張り巡らし、布の下に雉が走り布の上にハミルトン自身が一本の木に載っているという作品である。なんともおおらか。なんとも滑稽である。オレンジ色はとても好きである。心が温まる。
午前中新幹線で東京に帰る。事務所で確認図のチェックをしてvaioの修理。やっとリカバリーができた。重かったハードが身軽になり動きがスムース。しかしアプリの入れ直しやら、抜き取ったデーターの再入力やらやたらと時間がかかる。

卒論発表会

2月15日
やっと今日で今年度の一区切り。卒論発表会が行われた。僕の研究室も卒制5名、卒論1名。巨大な模型を並べて無事終了した。打ち上げは駅前のお店に研究室の学生+制作のお手伝いをした3年生2年生も呼んで総勢30人くらいかな?みな本当にご苦労さんだった。1年1年クオリティがあがっているようでれしいが、こうなると下がった時の落胆は大きいだろうからまあせめて横ばいになるようにがんばりたい。飲んで食べて最後は駅前の屋台でラーメンを食べて帰宅。

February 14, 2007

石本の2点透視

一日がかりでマスタープランを皆で一緒に作っていた。夕刻今日はひとまず終了。夕食をとって研究室で本を読んでいたが疲れたので石本泰博の『桂離宮』新版を眺めていた。桂離宮の高床の水平垂直木軸ラインと漆喰壁のコントラストであまりに有名な写真集である(しかし有名なのは旧版の丹下さんが解説を書いている方だが)。この写真集は26ページから230ページまで数ページの図面を除いて全て写真である。カット数でも150くらいあるだろう。この写真をぺらぺらめくっていて一枚だけ妙に浮いて見える写真があることに気付いた。最初はその理由は妙に沢山見える桐の模様のふすまのせいだと思っていた。10枚くらい見えるこの金の桐模様のふすまが今にも動き出しそうに見えたのである。しかしどうもその理由は金の桐でもなければふすまの数でもない。それはこの写真だけが2点透視で撮影されているからだろうと思えてきた。
200ページに及ぶ写真の中に2点透視の写真は2~3枚しかないのである。1点透視で撮るのは建築写真の常道なのだろうが、石本もちょっとその道を逸れて連続する4室を2点透視で撮影した。その結果見事に動きのある写真が1枚だけ登場したようである。
明日卒論発表会だが僕の部屋の学生が新建築とカーサブルータスの写真比較を行った。それによるとカーサは新建築に比べ被写体を2点透視で撮る傾向が高いのである。そこでは1点透視は数ある視点の中の特異点であり、2点透視の方が「フツウ」の人の視線であると説明する。つまりカーサのほうがフツウの視線ということなのだが、この石本の写真を見ていると必ずしも2点透視だからフツウとも思えない。計算されつくした2点透視の位置と言うのもある。アイソメのような視点がそれかもしれない。シンメトリーな2点透視というのも何かこう不気味な特異点である。

February 13, 2007

nippon

昨日長野に来る電車の車中で『photo documentary nippon 2004-2006』gurdian garden 2006を眺めていた。これはnipponというタイトルで公募した公募展の記録である。若手カメラマンによる日本の肖像である。選ばれたカメラマンは15人。作品は大きくlandscape community street distanceの4つに分類されている。90年代後半の私的視線は遠のいた感がある。あの川内やhiromixのような視線である。そうした私性が薄れた理由かはわからないが、さてでは何が新たな視線なのか?この写真を見ていてもつかみきれない。さらにちょっと気になったことがある。それはlandscapeに分類された写真に郊外をテーマとしたカメラマンが二人もいて、その写真はその昔のホンマタカシの時代からあまり変わっていないのである。どうして郊外というとそろいもそろって団地の表層的な風景なのだろうかと思わなくも無い。この写真集の巻頭で対談している三浦展が「郊外に住んでいたらもう少し発見がないのかな?」と書いている。同感である。しかし考えてみたら郊外には表層しかないのかもしれない?その昔僕らは都市の裏を発見して楽しんでいた。僕しか知らないバーとかクラブのようなものを探検しては自分のレパートリーにするようなそうした楽しさがあった。それはバーとかクラブのような都会的なものだけではない。また快楽にふける裏だけではなくダーティーな部分も含まれている。そうしたことが僕らのちょっと上の世代のダーティーリアリズムに繋がっているのだろうと思う。しかし、現在はそうしたところにリアリティが薄れているのかもしれない。そんな裏が無い世界。裏を見つけるスリルなどに興味の無い時代なのかもしれない。裏がどんどんつぶされていく現状を見ていると今の20代の人たちは裏とは無縁なのかもしれないと感ずる。

February 12, 2007

2news

朝起きたら二つのメール。一つはグッドニューズ。リーテムが学会選奨に選ばれたとのこと。良かったなあ。もう駄目だと思っていたので嬉しさはひとしおである。ナカジや金箱さんを連名にしておいてよかった。もう一つは今日持っていく資料がまだ不完全との内容。ナカジに直るかしら?と電話で聞く。なんとなかなるでしょうとのこと。まあ後は頑張ってできるところまでやってもらうしかないかな?しかしこの仕事少しやり方考えないと倒れてしまうな皆さん。プロジェクトマネージャーはクライアントとの関係からなるべく成果品のクオリティを上げようとする。一方プロジェクトアーキテクトはその要望を何でも受け入れることはしない。だから普通はここでコンフリクトが起きる。その昔スイスでバイトしていたときはよくこの二人が喧嘩していた。しかしどうもこの仕事ではpmとpaの役割が明瞭ではない。paはもっとスタッフを守ってやらないといけないのだが。
一日論文の校正。結構まだまだ直すことはあるものだ。一冊の本を作ると思えば、こんな作業を一人でやっていることの方が無理がある。夕食をとり今晩中に長野に行く。

February 11, 2007

書のデザイン展

久しぶりに日曜日らしい日曜日である。論文の最後の手直しをした。汚い図版を入れ替えた。ネットから仮に借用していた図版を捨てて、しかるべき本から再度スキャンしなおして挿入。図版リストを書き直した。ここに来て今まで使っていたコンピューターが壊れたがためにちょっとファイルの整理に四苦八苦である。
2月号のUPに笠嶋忠幸の「書をもっと楽しく見るために」という文章が載っている。日本人は書を字として見るのですぐに意味を理解しようとするのだがもっと書の造形美を鑑賞せよと書いていた。先日かみさんが早稲田のレクチャーで同じようなことを言っていたのでびっくりした。思わずかみさんに見せたら、その人は今出光美術館でやっている「書のデザイン」のキュレーションをしている人だそうだ。この展覧会はかなり面白そうである。明日までである。行けるかな??

マック9食

2月11日
1週間分たまった打合せを事務所で。もう少し間をつめないと少し心配であるが、この時期はいたしかたない。終ってタワープロジェクト室へ。マックで皆の夕食を買っていく。マックで9食分買ったなんて始めてである。マックの夕食とはちょっと悲しいがまあ仕方ない。連日午前様というこの状況がいつまで続くのやら??皆の健康が心配である。バイトの補助など打合せし、進捗状況を見て退散。

February 10, 2007

やっと帰宅

2月10日
1時から次期4年生相手に就職ガイダンス、製図第五ガイダンス、研究室ガイダンスを行い4時からキャンパスマスタープランの打合せ。少しづつ形になってきたか?終って1週間ぶりに東京へ。車中谷川さんの新刊『美のバロキスム』武蔵野美術出版局2007を読む。これは谷川さんのレクチャを本にまとめたもの。最初の章は去年行った銀座のレクチャーそのもの。しかしこの話は実に分かりやすい。僕の質料形相論の屋台骨のような話である。東京駅から事務所に直行。壊れたcpuのアプリ修復を行おうと思ったがうまく行かない。しばらく違うコンピューターを使うことにする。深夜帰宅軽く食事して東京駅で買った新書をベッドでぺらぺらめくりながら眠る。

February 8, 2007

修士論文発表会

朝から修士の発表会。うちの研究室は論文一人と論文設計3人。あんなに苦しんでいたがなんとか上手に発表できたようでよかった。もうひと頑張り設計をつめることができたらとも思うところだが。終了したのは5時。会議の後皆でスパゲッティを食べに行く。いやはや食べ過ぎた。甘いものもタップリとってしまい胃が驚いている。
研究室に戻ったがしばし休憩。ちょっとへとへとだが、成績をつけてそして帰ろう。

February 7, 2007

公聴会

11時から自分自身の博士論文の公聴会で50分ほどパワーポイントを使って話をした。タイトルは「建築設計における意匠設計原理の研究ー多様性と置換性を内包した設計原理としての建築指標の提案ー」というものである。音の先生がいたので「僕の論文はイコライザー(設計原理)を使って作った理想の音(建築)を聞かせる(示す)ことではなく、イコライザーそれ自体を作って使って貰うことである」という説明をしたらよく理解していただけた。風邪が悪化して声が出なくなるといけないので僕にとっては珍しくマスクをしてここ数日生活していた。幸い咳きも出ず無事語り終えほっとした。そして私が困るような質問も出ずとにかく終えることができた。午後、4年生も何とか卒論を提出できたようでこちらもほっと一息。2時からキャンパス計画の打合せ。t先生も打合せに合流する予定が延期。相変わらず忙しそうだ。明日は修論の発表会である。しかしまだまだ終わらない書類作り。

February 6, 2007

マーフィー

マーフィーの法則に「悪いことは起こる」という言葉がある。今週はいきなりそれを痛感。今週はべったり大学にいなければいけない週である。こういう時に限って一番起こって欲しくないことが起こる。いつも持ち歩くコンピューターのアプリファイルが壊れoutolookが機能しなくなった。事務所にいれば再インストールできるのだが今週に限って、、、、というところである。メールやりとり不能に陥った。幸い携帯にメールが転送されるのだが、添付ファイルは読めない。「悪いことは起こる」。卒論、修論のチェックをし、その合間に3年生の就職相談に乗りゼネコンや事務所に電話し、自分の論文発表のチェックし、来年度の製図第五の進め方の打合せを行ったりしているうちに夜である。風邪は未だすっきりしないが、とりあえず元気ではある。

February 5, 2007

雑務

長い一週間の始まりである。会議会議そして論文発表会のリハーサル。体調は未だ思わしくないがそんなことも言っていられない。イヤーなんともこまごまとやることが多い。さっさと終わらせて帰って寝よう。

修論リハーサル1

2月4日
珍しいほど風邪が治らないのだが、事務所に行って雑用を片付ける。帰宅後横になりながら新聞を読み少し寝てはまた読みなんとなく体を休める。夕方には大学に行って修論発表会の練習を聞くことになっている。何時の電車に乗るか考えているうちにまた寝込んでしまった。今日は体調不良でパスさせてもらおうか?などと考えていたが、やはり不安がよぎり結局6時ごろ大学到着。全員の発表を1回づつ聞く。やはり来てよかった。いろいろと気になるところはあるものだ。言いたいことはいろいろあったがいろいろ考えると熱が出そうだったので簡単に直すべき点を指摘して速攻で帰宅寝る。

February 3, 2007

風邪治らず

「毎年この日は休めるという日にきちんと風邪をひくのね」とかみさんに言われた。休めない日は自然と体が頑張ってそれをためておいて比較的暇な日にそれが飛び出るようだ。ただの風邪かとも思ったが貧血もおこし、ベッドに倒れた。何もできないので加藤さんから借りたラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスのdvdを見ていた。やはりダンスをdvdで見ると迫力が無くて今ひとつだがまあそれは想像力で補うとして、木の箱ののような舞台装置にはちょっと驚きだった。

風邪

2月2日
喉がちょっとおかしいと思ったらあっという間に熱が出てきた。何が原因か分からないが調子悪い。しかし朝から事務所で打合せ、昼にクライアントのt氏が来て2時間ほどと打合せ。ほぼ設計内容が固まってきた。終わってからタワープロジェクト室に顔を出し、ブレスト。終わって事務所にもどり雑用を終わらせ帰宅さっさと食事をしてベッドに直行。

February 2, 2007

jia 新人賞

奈良のjia大会でリーテムが新人賞にノミネートされ、本日その現地審査があった。長谷川さん、渡辺真理さん、竹原さん三名が来られた。副社長のプレゼン、私の説明、そして現場へ。大屋根の下で渡辺さんが構造が細いと褒めてくれた。外装の温室サッシュが面白いと長谷川さんが喜んでくれた。竹原さんは静かに見ていかれた。
思えばこの建物は多くの建築家に見てもらっている。芦原賞の時に仙田さん、川村さん、選集の時に千葉さん、東さん、選奨の時に飯田さん、陶器さん、そして今回この三名の建築家に見てもらった。皆さん結構違う反応をされていくものである。賞に選んで貰えればもちろんそれに越したことはないが、これだけの方に見てもらう機会ができるだけでもこうした賞に応募する意味はあると思う。