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日本語が亡びるとき

午前中娘と英語の勉強するのと(これは英語を教えると称して忘れかけた単語を思い出す作業である)午後オペラシティに展覧会を見に行くhttp://ofda.jp/column/以外は家の中でも、長野に来るバスの中でもずっと昨日読み始めた水村美苗『日本語が亡びるとき』を読んでいた。久々に著者を感じ、その人が真剣にこちらを説得しようとしている文章と言うものに接した気がした。著者の言わんとすることを簡単に言えば以下のようなことになる。世界は英語を普遍語とする時代に突入し、それにインターネットの普及が拍車をかけた。しかるに日本人の英語力は悲しいほど低い。そしてこの免疫力の無い日本に英語が浸透してきた時に最大の問題は英語強迫症による国語の過小評価である。いつの間にかずたずたになった日本語の前で英語もろくに話せない日本人がおたおたしているだろう。と著者は嘆息をもらす。まったく同感である。ナイーブな日本愛好家とは違い著者はこよなく日本を愛しながら目は世界を見ている。
10+1のウエッブサイトに「過剰の現れ」という論考をアップしたhttp://tenplusone.inax.co.jp/archives/2009/01/30140718.html。興味のある方はぜひご一読を。去年の気になる建築論について書いてほしいと荻原さんに頼まれたのだが日本に建築論は少ないのでマニフェストや作品集まで広げて書いてみた。吉本ばななのから始まり最後は乾さんへと続くはなしである。こういう文章もしっかり英文併記で書くべきなのだと水村さんの本を読んで思うようになった。日本語で書いているうちは、国外には存在しないのも同じである。

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