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建築の規則

東京大学文学部 美学芸術学科特別講義 2007年夏

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第1講 質料の規則 のっとるとでこつるとのっざら - smoothness


のっざら

でこつる

なんとなくこんなことを考え始めるようになったのは建築の仕事を始めてから7〜8年たったころだと思う。それは、建物の外装材料を決める時のことである。工事中の現場で鉄骨が立ち上がったころに普通僕たちはおおよそ決めていた外装材料をベニヤ板に張って適当な高さのところに貼り付けてみるものである。色とつや、材種を確認するためだ。比較のために、色や、テクスチャ、などを変えて多いときは10種類くらいのパネル(サブロク版といいう3尺×6尺くらいの大きさだ)を貼り付けて見る。

当たり前だが、こんなことをするのには、結構手間も暇もかかる。ついでにお金もかかる。一生ものの特注品なのだから念には念を入れて作るのはあたりまえとしても、ここまで慎重を期して作るだけの効果が得られているのかというと、実は、そんな微妙な差を気にしているのは建築家だけ、もっと言えば、その差が分かるのは当のその建物を設計した建築家だけ。だから、これは恐ろしいほどの自慰行為と言えなくもない。

その時以来、建築の表面の質感の視覚像は、割りと単純な原理に支配されていると考えるようになった。

1:建築はつるつるしているか、ざらざらしているかその程度の差で認識される。

2:ただし建築は遠くから見るときと、近くから見るときがある。(もちろんその中間が限りなくあるがとりあえずモノサシの両側を考える)その両方でつるつるざらざらは感じられる。

3:近くから見ているとき表面の質感を決めるのはミリ単位の表面の肌理なのだが、遠くから見るとき、(例えば高層ビルを100メートル離れたところか見るとき)表面の質感みたいなものを決めるのはもはやミリ単位の話ではなく、数十センチ、或いは数メートルのでっこみへっこみである。

4:そういうものは近くから見ているときは質感ではなく、かたちと呼ぶ範疇に入っているのだが、遠くからみると質感と呼ぶ範疇に滑り込んでくる。これが建築の特殊性である。

5:近くから見たときの「つるつる・ざらざら」という指標と遠くから見たときの「のっぺり・でこぼこ」という指標のマトリックスのどこかに建築の質感像は分類される。

6:ちょっと乱暴だが、この四つの分節以上の分節化は視覚の閾値を越えていて、余り意味のない領域に入る可能性がある。