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新自由主義はなぜ無くならないのか?

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新自由主義の本は世の中に数多あるが佐藤嘉幸『フーコーから現在性の哲学へ―新自由主義と権力』人文書院2009はフーコーに棹差し分析している点で他には見られない「権力」構造から見た新自由主義があらわになる。
フーコーは1975年に『監視と処罰』において学校、病院、工場等において人々は規律を内面化させられ、そしてそれに服従する権力構造を問題視した。その後フーコーは70年代末に『生政治の誕生』で現れくる新自由主義の権力構造を批判的に予測した。
そこで明らかになるのは新自由主義の経済的側面と統治的側面である。前者においては古典的自由主義が政府の介入しない自然な市場メカニズムであるのに対し、新自由主義は競争原理が法的に仕組まれた市場メカニズムであること。また統治的側面では新自由主義権力とは個々人の内面に働きかけ「規律的権力」を内面化させるのではなく、個人々の環境のゲーム規則を通して人々に働きかける「環境介入権力」であることを示した。
つまり以前は学校などを通してやっていいこと悪いことを教えこまれ、それに従うことを強制されていたものが、新自由主義では何をやってはいけないという強制は少ないが、利益を得るルールに暗黙のうちに導かれる状況となってきたということである。
こういう権力構造の生み出す社会はは一見自由に見えて実は全く不自由な社会を生み出していると言えるだろう。つまり多様性を担保してそうに見えて実は結論は皆同じ可能性も高いのである。
一体どうしてこういう社会が捨て去られず維持されているのだろうか?世の中には数多く批判書があるにも関わらずである。デヴィッド・ハーヴェイ曰く(『ネオリベラリズムとは何か』本橋哲訳、青土社2007)経済成長を促すことができなかったのはもはや明らかであるにも関わらず、新自由主義がなくならないのには二つの理由がある。一つは局所的に(日本、アジア、西ドイツ、アメリカ、イギリス)順番に瞬間的に経済が急成長したからである。もう一つは格差が進み、権力を握る富裕層がますます富裕になっているからである。
しかしこれ以外に理由がないとするならば誠に悲しい話である。為政者は未だこのイズムに可能性を見出そうとしていうのだろうか?あるいはこのイズムに代わる何かを探せないでいるのだろうか?

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