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文化は外交手段?

先輩がフェイスブックで渡辺靖『文化と外交―パブリック・ディプロマシーの時代』中公新書2011を勧めていたので読み始めた。渡辺靖はどこかで聞いたことがある人だと思って経歴を見るとサントリー学芸賞を受賞した『アフターアメリカ』の著者だった。並行して幕末の話を読んでいるのでパワーポリティクスとカルチャラルポリティクスの差が時代を象徴しているようで興味深い。
話の内容は現代の世界外交は必ずしも外務省が外交ルートを通して行うものばかりではなく様々な文化の位相の中で様々立場の人によって行われるという話である。もちろんその流れを大きくバックアップするのは国であり、そう考えるとやっぱり国の外交政策の一環であるとも言える。
しかしこの手の話は生意気なようだし偉そうだがどうもすっと腑に落ちるモノでは無い。文化が外交手段に利用されることへの抵抗である。この本の中でも紹介されるフルブライト奨学金を創設したフルブライトも同様の感覚を持っていたようだ。彼の1961年の上院での演説は心に染みる。演説の主旨は留学生を通した文化交流事業は闘いの武器に代わるものでもないしプロパガンダでもない。教育交流を通じてお互いが同じ人間であり、喜びや、悲しみ、残酷さや優しさを持った同じ人間であることが感じ取るためのものである。
文化は外交の道具では無く人々の共有できる価値の集合体でありそれ以上でもそれ以下でもない。

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