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東京へ

機内で映画を二本見た。最初はエディー・マーフィー主演のImagine that。マーフィー扮する証券会社の一流ビジネスマンが投資の指針を霊と話せる娘から得るという話。二つ目はSoloistというチェロの才能にたけたホームレスの話。LAタイムズの記者が彼を発見して記事にすると多くの読者の共感を得て記者はそのコラムで賞を獲得。ホームレスは社会の表舞台に引っ張り出されて混乱するのだが、単なる取材対象だったホームレスは最後には真の友人となるという話。現代社会に輻輳する複数の世界の葛藤やら矛盾やらが描かれている。手法としては当たり前だし、そんなことはどこに行ってもある。それは日本にもあるしアルゼンチンにもある。コロン劇場の改修が10年たっても終わらなかったり、大学の教員の8割が無給だったり、金欠の結果がこうなるかと驚く。一方で、金が無くても広大な公園は美しく保たれ、大学の授業料は低(国立は無料)く、食費も安く、莫大なエネルーギー(石油)が眠っている。この輻輳さが地球の裏側から来たものにはとても強烈に印象付けられた。金がないけれど引かないところは引かないと言う頑固さなのか、本気を出せばいくらでも金は作れると言う余裕なのかは知らないが。
戦後日本は勤勉を売り物にしてきた。僕がアメリカ留学中、日本人の特徴と言えばindustriousと一言で言われた。ラテンの国民性はこの対局をいくようによく言われる。Indusrious自体を悪いことだとは言わない。しかし勤勉は時として価値観の統制に繋がる。グループ作業での勤勉は特にそれを必要とする。サッカーで言えばアルゼンチンのそれはブラジルほどではないが、やはりスタープレーヤーのエゴが目立つ。組織のために自分を殺しはしない。現在のナショナルチームの低迷はそこに原因があり、特に自らがそうだったマラドーナが指揮をとるからますますそうなるとブエノスの人たちは言う。理性に統御された組織か?感性に導かれた個人か?どちらにも軍配は上がらないだろうが、日本はもう少し感覚的に自由になっていいと感じる旅だった。

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