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建築論いろいろ

大学で打ち合わせ、会議。センター入試の時は教員も携帯電話を試験室に持ち込むなと言われどこかに置きっぱなしにして見つからない。忘れっぽくなった。夕方のアサマで東京へ。車中ライザー+ウメモト著、隈研吾監訳、橋本憲一郎訳『アトラス新しい建築の見取り図』を読む。邦題は新しい建築だが、原題はAtlas of Novel Techtonicsである。Tectonicsだけあって内容はモノに即した構築原理である。フランプトンのそれを彷彿とさせる。隈研吾の解説によれば86年にチュミがコロンビアにやってきてペーパーレスアーキテクチャと称してコンピューターの中で完結する建築を模索した時にその周辺にいた人間が感じ取った新たな建築潮流の理論的結実だそうだ。モダニズムもポストモダニズムも単一のパラメーターの上に乗っており、結局は排除の思想。一方このアトラスは一つと言わず様々なパラメーターを認めようとするところが新しいということのようである。多くのパラメーターの大分類項目は幾何学とモノと操作である。難解な言葉の羅列で正直言うと。あまり細かい主張はつかめないのだが文章に付随するドローイングや写真が示唆に富んでいる。邦訳は最近出たが原著も2006年。しかしその思想的端緒は隈さんの証言では80年代。20年前である。僕が建築雑誌に記したとおり、80年代はポストモダン旋風であったが、その陰で複雑系やデコンの理論構築がなされていたのである。
東京駅丸善でラスキンの『近代絵画論』を買って帰宅。少しcontemplationと現代建築の言葉を考えたい。帰宅すると頼んでおいたヴィドラーの新刊Histories of Immediate Present が届いていた。カウフマン、ロー、バンハム、タフーリの論を分析したものである。そのポイントは、彼らのモダニズム史がモダニズムそのものを明らかにしようとしたのではなく、彼らの時代のデザイン(理論と実践)に向けて作られたプログラムであることを明らかにしようとしている点である。カウフマンはネオクラシカル・モダニズム。ローはマンネリスト・モダニズム。バンハムはフューチャーリスト・モダニズム。タフーりはルネッサンス・モダニズム。という具合である。こういうモダニズム史観を分析する本が早く欲しいと思っていたところである。遅きに失した感はあるが、とにかくやっと出た。それほどの大著ではないし、翻訳するには手頃でかつ意味がありそうな本かもしれない。

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