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武見太郎

研究室でコンペの打ち合わせ。そし4年、m2の梗概を集め読もうと思ったが、会議、会議。その間に一つだけ読む。夕刻は今週末のセンター試験監督者説明会。受験者数は変わらず、教員は毎年減るから今年は教員総出である。夕方終わってアサマに乗る。車中水野肇『誰も描かなかった日本医師会』ちくま文庫2008を読む。日本医師会には27年会長を務めた武見太朗という人物がいる。僕が生まれる2年前、昭和32年から僕が大学3年になった昭和57年まで会長を務めた。けんか武見といわれ常に厚生省と大喧嘩をしながら医師の立場を守った人間である。業界の利益や働きやすさを求めて国とけんかをした。当時はよく分からんオヤジと思ったものだが、この本を読むと彼のおかげで医師はだいぶ救われたのではないかと思った(もちろん27年も殆ど専任でこうした会長職を務めれば裏で何が起こっているのか定かではないが)。因みに武見の義理の叔父さんは吉田茂だとか、若いころから政治家とはなじみがあったようだ。加えて役人負けない勉強を怠ら無かった。だから役人と渡り合えたのだろう。建築界にも武見がいれば、、、とつくづく思う。数年ごとに名誉職のように入れ替わる学会会長や家協会会長なんて不要である。武見は医療業界の利益のために厚生省にさまざまな要求をねじこんだという。国交省の役人に一歩も引かぬ知識と知恵を蓄える努力を怠らず、政治的腕力をもち、そして四半世紀戦い続けられる男は現れないものか?彼はほとんど専任で会長をやっていたように見えるが、生涯銀座にクリニックを持っていたそうだ。保健医療はやらず、「好きなだけ置いてけ」というクリニックだったとか。それも戦う武見の頑固なポリシーなのだろう。
帰宅すると谷川渥先生より『シュールレアリスムのアメリカ』みすず書房2009が届いていた。ありがとうございます。久々の書き下ろし。10年越しのテーマの渾身の一冊である。ちょっと襟をただして時間のある時に一気に読みたい。

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コメント

学部の指導教官が、武見さんの娘婿でした。娘さん(奥さん)にも何度か会いました。この指導教官のサポートで、文部省の交換留学制度で、ロンドンに行くことができました。

そうですか?オヤジをどう語っていましたか?まあ義父だから悪口は言わないのでしょうが。

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