自己模倣禁止
午後から雨の予報。それを聞いて午前中に若松のオープンハウスにでかける。久しぶりに見たいと思った建物。研究室obの片岡君が受付をしていた。なかなか勉強するところの多い建物だった。http://ofda.jp/column/流石にコンペで勝った建物だけあって見学者が多い。渡辺真理さんが夫婦で、新建築の四方さんなどなど。少し立ち話。研究室obが昼に来るので昼食をどうかと片岡君に誘われる。12時頃明大前で松永、中尾、深沢という懐かしいメンバーに会いランチ。
帰宅後ジョアン・エントウィスル鈴木信雄監訳『ファッションと身体』日本経済評論社2005を読む。ファッションの生産的側面と文化的側面の双方に光を当てようという視点が新しい。文化的側面においては、フーコーの社会性、ポンティの身体性、そしてブルデューのハビトゥスという3つの柱で分析されているようである。分かりやすい組み立てだし、ファッション分析で20世紀の主要な哲学概念を網羅的に検討したものは今までなかったのではなかろうか?マークポスターが『情報様式論』で行なったことをこの著者ははファッションの分野で行なったわけである。
風呂に入りながら、鷲田清一と永江朗の哲学言説をめぐる対談を読む。ベンヤミンのアウラの話からファッションのそれに話しが飛ぶ。プレタポルテにアウラはないのだが、鷲田は服は複製されていても着られた時に個人のアウラが出るのではないかと言う。なるほどそうかもね。さらにコムデギャルソン(川久保)の自己模倣禁止に話しが展開。川久保のこの姿勢はアウラ創出のためではなく他のファッションデザイナーとの差異化を図るものだろうが、少し反省させられる。その昔、連窓の家#1,2,3とかやって篠原先生に怒られて、もううやめたけれど、作品の精神的コンシステンシーは連続させても技法的にあるいは表現的には自己模倣を禁止しないとやはり人間は成長しないのかもしれない。