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手も足も出ず

私の勤める大学の同じ学科の先輩の先生の中に、とても子供思いの方がいる。鋭い論文を数多く書かれ、大学運営の要職も数多くこなし、学外での様々な役職もこなしながら、家には6時に帰り子供と時間を共有していると聞く。その理由は自分の親が同じように自分と過ごしてくれ、それによって今の自分があるからだという。
自らを振り返ると、自分は幼少の頃父親と時間を共有し、それによって自分が成長したという実感がない。細かく考えると父親が夜家にいなかったわけではないのだが、一家団欒というい状態ではなかった。お互いに忙しすぎてゆっくり語るなどと言うことにはならなかった。めいめいが好きな時間に食事をし、好きな時間に退席し、自分の仕事、勉強をしていたように思う。そして恐ろしいことに、今の自分はその頃の親父とまったく同じことをしている。
別に親父と過ごす時間が短いから僕は不良になったわけでもないし、つらい思いをしたわけでもない。それはしかしたまたま僕がそうだっただけのような気がする。子供思いの某先生のように子供と共有する時間がある程度確保されていることは重要なはずである。しかるに、私の現状では、それは望むべくもなく、手も足ももがれたハエのような気持ちである。

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コメント

新しく部屋に来た人は大阪住まい。毎週泊りがけで東京に出張してくるが、3歳の息子は出かける時に必ず「トータントータン」と言って泣き、夜もなかなか寝ないという。毎日早く帰って子供と遊んでいるからこそだろう。僕は親になついた経験も、子供になつかれた経験もあまりない。彼に「そういう子は絶対すばらしい人間に育つよ、うん」などと別世界の評論家のように言うしかないのがちょっと悲しい。

やはりあなたもそうですか。僕等のころは親父は外で戦う人だったのだと思う。それを見て育った僕等はそれと同じでよいと思いがちだが、多分それではいけないのだと最近思う。親父と同じで良いと自分を納得させていたときはなんとも思わなかったのに、それでは駄目だと思い始めると異様な自己嫌悪に襲われるのだが。

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