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2007年06月25日

決定的瞬間


カメラ狂ではないけれど今までかなり多くの写真展は見てきた。しかし造形芸術の中では写真は今ひとつ人を感動させる力は少ないと感じていた。何故だろうか?シャッターを押せば写るのだから作品制作に時間がかからないと思っているからだろうか?つまり簡単に出来上がるものには余り感動しないということである。しかしそう思うそばから、そのシャッターチャンスを得るまでにその被写体と数年の付き合いをしなければならないこともあれば、一枚のために数日待たなければならないこともあるではないか?つまり簡単ではないはずである。という思いも頭をもたげるのである。
理由はどうあれ、いままで決定的なインパクトを受けた写真に出会ったことは無かったのである。しかし今日アンリ・カルティエ=ブレッソン展の中で見たインドの風景には少し立ち止まらせられた。しばし目が釘付けになってしまった。もちろんこう言う体験は往々にしてその対象からだけ引き起こされるものではなく、多くの場合自らの記憶のどこかが呼び戻されると言う精神活動を伴うものである。インドの風景も自らのインド旅行やともすればラオスの風景あるいは最近多く読んで得られた宗教的知識も手伝っている。それにしても対象の持つ力無くしてそれは起こらないものである。
写真は「カシミール州スリナガル」1948、丘の上に4人のボロを纏ったインド人が背中を向けて立っていたりしゃがんでいたりする。丘の向こうには平原が広がりその向こうには連なる山に雲がたなびいているのである。ボロを纏うのは多分女性であろう。その一人が山並み向こうからさす陽光に向けて両手をさしのべている。祈りの姿であろう。この余りに巨大な自然に向けて祈る小さな人間たちの姿に胸が詰まったのである。
ブレッソンといえば「決定的瞬間」という言葉で有名である。日常の中の一瞬の光景を切り取る目の持ち主だということである。水溜りを飛び越えるその空中に浮いた被写体の写真で有名である。この次この被写体は水溜りに落ちるのか、あるいは水溜りを飛び越えるのか?本日並ぶ写真も静止した画面は少ない。1秒後にはもはやこの光景は無いという作品ばかりである。その大きな理由のひとつは9割がたの写真には人物が入り躍動しているからである。更にブレッソンは実に絵が上手い。絵描きになってもいいのではと思うくらいの腕前である。彼の写真がすごいのはこの構図である。絵の熟練の中で培った構図の作り方が写真にも明らかに出ている。予測不能な人の動きを入れながら計算された構図の中にはめ込むためにはその名の通り、決定的瞬間を捉えるしかないのであろう。
尚インドの写真が見たい方は是非国立近代美術館に足を伸ばしていただきたい。

2007年06月10日

スキン+ボーンズ

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昔のお姫様のスカートのようにふわっと広がったスカートとか少し大げさに首に巻きつけた大きなマフラーなど、少し自分の体の形を変えて見せようというファッションがある。ボディコンシャスとは逆の発想のそうしたファッションは女性だけではなく男性にも時として流行る。そもそも、歳をとって体形が崩れてくればいやおうなしにそういう服を着ることになる。服の形とは体に纏わりつくものだから、その体の線からの距離の関数のようなものである。一次関数的に体の線がそのまま出ればボディコンである。一方2次3次関数的にもっと不規則な距離を作り上げている服も多くある。コムデギャルソンの綿がたくさん入った服は印象的である。まるで体中に巨大なこぶが出来たようになる(上図)。フセインチャラヤンの数え切れないほどの花びらで出来たように見える服も既に体の形が見えていない。何か彼らの意識の中には体の形に対する疑惑があるかのようである。体形より美しいものが存在しているはずだというような信念と言ってもいいのだが。
服にとって体形はひとつの基準であるのと同様に建築にとってもボディに当たるものがある。それは体同様その建物の必要最小限のスペースのようなものである。その必要最小限のスペースを包みこむことで出来る建築はボディコンファッションのようなものである。それはそれでさぞかし美しいものだろうと想像する。機能主義とはそんなものを標榜しているであろうが、徹底してその信念を貫いた建築はありそうでないものである。また一方でそうしたボディ(必要最小限)を鼻から疑っている川久保のような建築家だって多くいる。花びらが重層するような建築はきっとそういう疑惑から出来ている。
ボディから離れたラインはある種の偽装。であると同時にゆとりであり、リラックスでもある。建築にもそういうことがある。かつかつのプランニングの緊張感に比べてリラックスしたプランと言うものがあると思われる。
国立新美術館で今行なわれている「スキン+ボーンズ1980年代以降の建築とファッション」を覗きながらこんなことを感じた。

2007年06月02日

マニエラ

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ジローラモ・べドリ・マッツォーラ アレッサンドロ・ファルネーゼを抱擁するパルマ 1556
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パルミジャニーノ 聖カタリナの神秘の結婚 1524年頃

国立西洋美術館で「パルマーイタリア美術もう1つの都」という展覧会が行なわれている。フィレンツェ、ローマ、ヴェネツィアしか知らない私などにとってパルマという地名は初耳である。しかし、たまさか最近読んだドボルシャックの『イタリアルネッサンス美術史』で文芸復興期の50年間に中心的に活躍していた美術家として名前が挙がっていたのは、ラファエロ、ミケランジェロ、コレッジオ、テイッツイアーノの4人であり、その中のコレッジオがこのパルマで活躍していたことを知った。そこで急に親近感が湧き、この展覧会に行くことにした。コレッジオから始まり、マニエリスモ、バロックまでパルマでの美術の流れ追う展覧会であった。前期は無いもののルネッサンスをある1都市において継時的に追いかける展覧会は初めてである。こういうものを見るとヴェルフリンのルネサンスとバロックの対比が明快に見て取れる。特にバロック絵画のほうが奥行き感が出てくることは明瞭である。
またマニエラというものの1つの特性が良く分かる。つまり単なる写実ではなく、ある種のデフォルメを施すことで新たな人工的な新様式を生み出すことがマニエリスモである。異様に長い手、太すぎる足、長すぎる指などなど、この時代の絵はぱっと見ると変である。写実的な風情でいて写実となっていないからである。わざとやっていることを知らなければ、間違いだろうと思うくらい変である。一方バロックの絵は普通にかなり正確に写実的だから、バロックの部屋に来ると急に絵が上手く見えてしまう。
不思議なものである。