東浩紀『一般意志2.0──ルソー、フロイト、グーグル』/藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT編『アーキテクト2.0──2011年以後の建築家像』
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一般意志1.5あるいはアーキテクト1.5
震災を契機に日本政治のまどろっこしさを再認した。そんな時に東浩紀の『一般意志2.0──ルソー、フロイト、グーグル』(講談社)を読んだ。そしてある種の爽快感を覚えるとともに、論壇の最先端の勢いを感じた。しかし一方でここにも前衛と保守の二極構造の存在の可能性を感ずる。
この本は現在の政治の不毛な二極構造を廃止すべく、ルソーの一般意志という概念に基づき、クラウド上から抽出されるデーターベース(一般意志2.0)と熟議の論理の衝突のインターフェースの上に新たな政治原理を見出そうとするものである。
世の中には先を走る人と後ろを守る人がいる。それは世の常であり当然のことである。そして前を走る人が時として世の中を改革しながら新しい世界を築いていく。その意味で前を走る東氏の本書はそのまま採用できるか否かは別として現状の閉塞した政治にある光明を落とす可能性を感じるものである。
しかし注意すべきは一般意志2.0がそのまま政治を司る原理となるわけではない点である。もちろんTwitterがオバマを生み、アラブ世界を変えているのは一般意志2.0がダイレクトに世の中を変えた例であるとはいえ、これらは制度的に確立されたものではない。ある意味、ハプニングであった。もしこれを制度としてつくりあげるとなると更に複雑なメカニズムが必要とされるだろう。東氏が指摘するようにクラウドから抽出される一般意志2.0はそれが独り歩きすることを抑制すべく熟議の論理により鍛え上げてこそ一つの結論へ辿り着くのである。つまりはデジタルをアナログ化した一般意志1.5とでも呼ぶべきものが現実をつくるのである。
そんな思いを持って藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT編の『アーキテクト2.0──2011年以後の建築家像』(彰国社)を読んでみた。そしてここでも似たような感覚を持った。ここに登場するさまざまな建築家のクラウド時代の建築家像は頷けることも多い。しかしものによっては情報化の独り歩きを感じざるをえない。つまりクラウド環境のなかでの建築において重要なのはその環境ではなく、そこにおける人間の在り方ではないかと思うのである。もちろん建築家の創作方法のなかにクラウド環境が少なからず浸透することは間違いない。いやすでに十分している。しかし問題はそのことではなくクラウド時代の人間が求める感性は何かを知ることである。クラウド時代だからこそ生まれる人々の欲求に対応することが僕らに求められていることである。
そう思いながらこの本を読むとき伊東豊雄さんの言う衣食住への意識の高まりという話には共感した。われわれはリアルとヴァーチュアルな二重の身体性を保持する世界を生きている。そこでは2つの世界が交錯し、夢を現実と勘違いしたり、現実世界を夢のように思ったりする。そんな時リアルな世界のリアル性を再認するのは場所と時間と人間を強く意識するそんな瞬間である。普遍的な尺度で測れるときと場所ではなく、イマ、ココのアナタとワタシという実存的世界こそが再度人間を覚醒させるのだと思う。そんな実存を感じさせるきっかけが人間のプリミティヴな行為である「着ること、食べること、住まうこと」のなかに見出せそうな気がする。その意味で伊東さんの示唆に共感する。それは情報化そのものよりも情報化時代の人間を考えるという意味で情報化の独り歩きを抑制する眼でもある。つまりは政治のリアルな原動力たる一般意志1.5同様、建築をリアルに動かすのはアーキテクト1.5なのではないかと感じている。
10+1webサイト2012年1月号 所収
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