著作の審査
昼大学で会議。夕刻学会で著作賞の審査委員会。3時間は覚悟していたが、比較的スムーズにことが運び2時間半で終わった。
自分の書いている本を仕上げるのに編集者からいろいろな指導を受けているし、そうして書き直した原稿を見ながら、思うことは何を最終的に言いたいのだろうか?それが固まったとしてそれを言うにはどういう構成が一番適しているのだろうか?その構成が固まったとして、それを言う一番いい言葉はこれなのだろうかと?そういう悩みが尽きない。そして一応仕上がっても、結局時間のある限り書き換えて結局時間切れで原稿を送る。設計をするのと同じである。
そんな身分で人の文章を評価するなんて本当に僭越である。誰かがやらなければいけないからやっているがやはり腑に落ちない。
村上春樹はこれまで一度も賞の審査をしたことがないそうだ。それは無責任と言われるかもしれないが、やはり文章というものの個別性を考えれば、人の文章を、しかも若い人の文章を、それによって人生が決まるような賞の評価をするわけにはいかないと言っている。村上春樹にしてそうなのに、私にそれができるわけがない。本当に困ったものである。