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共同体

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ウィリアム・モリス,E・Bバックス 大内秀明、川端康雄訳『社会主義その成長と帰結』晶文社2014を読んでみた。読みたくなった理由は、資本主義の調子が悪くなると頭をもたげるソーシャルという概念と同様に、社会主義が生まれるのも資本主義が問題を生んでいる時である。ではモリスと今のソーシャルを叫ぶ建築家たちに共有する発想があるのかないのかあるならそれは何かを知りたかったからである。モリスたちは結局、マルクスたちの社会主義とは異なると言われる共同体社会主義と呼ばれるものを考えた(あまり詳しいことは分からないが)。そして共同体とは何かと言うと氏族、部族、民族共同体と分類される。ファランステールを考えたサン・シモンなども同様の発想であったのだろう。その後人間は一人では生きられないとして共存在という概念を生み出したのはハイデッガーでありその「共」が民族にからめとられ、それがためにナチスとの関係を強めてしまった。
これは結構重要なのだが、モリスも現在も「共同体」が一つのキーワードなのである。しかしこの「共同体」という言葉には注意をしたほうがい。その理由はまさにハイデッガーの失敗が物語る全体主義への危険性である。個が確立していない共同は危ないものがある。その意味ではその昔解題を書いたジャンリュックナンシーの概念である無為の共同体は信頼していい。人は死を共有するという考え方である。これはつまり死を分有する人間関係には共同が生まれるというのは部族だ、民族などよりはるかに人間の親密性が高い。ここには人間の本質を通じた共同性が宿ってもいいのであろうと思われる。ここまで純化した共同性に裏付けられた共同体はそう簡単には生まれないのだろうけれど、でも基本はそこだろうという気がするし、そう安易に共同体などという言葉を使わないほうがいい。

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