ジャコメッティと書
国立新美術館で配偶者の作品を見る。家で見るのと美術館で見るのとまた見え方が違う。去年ブエノスアイレスで彼女が書のレクチャーをした時こんな質問があった。「あなたが書を書くにあたって影響を受けたアーティストがいますか?」と。僕は全く知らなかったが彼女は「ジャコメッティ」と答えていた。
ジョンバージャー(John Berger)飯沢耕太郎監修笠原美智子訳『見るということ』(About looking)ちくま学芸文庫(1980)1993の中に「ジャコメッティ」という短い論考がある。彼が言うにはジャコメッティは社会と何物をも共有しない人間の顔をしている(その真逆はル・コルビュジエだとも書いている)。それゆえ彼の死が彼を完成させ、彼の作品を深く意味づけて行ったと言う。なるほどあの細い肉体は人間が社会と関わる全てのものをはぎ取られたエッセンスの現れなのかもしれない。
配偶者が好むジャコメッティがバージャーの語るようなものであるかどうかは知らないけれど、明らかに彼女の線も不要なものをすべてはぎ取ったエキスの刻印であり、その点において彼女がジャコメッティを敬愛しているのは確かではないか。