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皆が納得いく美しいということ

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9時から塩山で定例。このところ毎週施主定例だがこの規模の複雑な建物はこうやってできる過程を具に見てもらいながら慣れてもらうことは必須。午後甲斐に移動して事務所検査。おいおい検査だって言うのに「床暖がまだ動きません」は無いだろう。と思ったけれど、引き渡し20日前でほぼ完ぺきに出来上がっているのだから合格点。こんな経験は建築人生で初めてである。終わって大急ぎで甲府からあずさで東京に戻り理科大の卒計の発表会に赴く。
理科大の卒計は技術主義的で合理的な案が多い。批評する先生方も比較的そういう傾向があるだろうか?それにしても非常勤の建築家が10人近く。構造設備の先生も10人近い。学生より先生の方が多い発表会とはなんと豪華なことだろうか?そうした状況を当然だと思っているところが甘ったれと思いつつでも羨ましい。しかし図面や模型に今一つ熱を感じない。来年は我が身。どうやったら熱を伝える制作にこぎつけさせられるだろうか???
各先生のコメント中に後ろからこっそり中座して最終のアサマに乗る。サンドイッチを食みながら小林正弥『サンデルの政治哲学-<正義>とは何か』平凡社新書2010を読む。『これからの正義のはなしをしよう』でサンデルに7割の共感をもっていたところだったのでつい読み始めた。サンデルのコミュニタリアニズムとロールズのリベラリズムの違いなどを深い理解に導いてくれて有益な内容である。しかしそれ以上に面白いと感じているのは政治哲学という分野が昨今重要な学問分野となってきているという点である。それまで政治史や政治思想史というものが政治に関する学問として主流であったものが、政治哲学という政治に対するある種の価値付与の理論が学問として成立してきていることが興味深い。さらに言えば、学問として成立しているからにはその価値付与には客観性と合理性があるわけである。
価値というものは一般に科学としての客観性か、世俗を超越した宗教的倫理観によって成り立つものであると僕は思っていた。しかるにロールズのそれはそのどちらでもない。合理的で理性的でありながら数量的な科学生の持つ非人間性を排除する方法を彼は編み出したのである。それゆえ彼の『正義論』は爆発的な話題となったのである(あんな分厚い本がサンデルのおかげで丸善でも平積みである)。こうした哲学はもしかすると美的な問題にも応用可能なのかもしれないと思い興味が湧く。すなわち教祖的な美の達人が美しいということを盲目的に信じるような美ではなく、まして数量的に割り切れる黄金比のようなものでもなく、だれでもが合理的客観的に考えて到達し、しかも数量や技術に還元できない美の在り方である。長野についたら酒飲んで寝ながら考えてみよう。

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