日本の80年代
朝から学部生の梗概を読む。装飾論である。途中大学の行事の手伝いをして、また梗概を読み今日の一人分は終り。学生に修正を指示する。その後建築学科発足へ向けた書類作り。なんとか夕方までにとりあえず作れた。ほっとする。それから別の書類に手をつける。書類と言っても、これはなんだかしょっちゅう作っている個人の業績申告書のようなもの。あて先部局の違いで同じような内容のものを年に3回くらい作っているような気がする。会社ならこういうものは一本化できるのに大学と言うところは組織が複雑過ぎるよ本当に。昨日今日でなんとか90%終了。一休みしてから、中国図面の仕様書の日本語訳が出来上がってメールされてきたのでチェック。うーん、当たり前だが日本の仕様とは違うし、知らない材料がいろいろ出てくる。それからやたらと標準図参照指示が記されている。中国の標準図とは分冊になっており、日本のように、国土交通省の標準詳細図集一冊なんてものではない。数十冊に分かれているだろうか?どこに行ったら全部揃えられるのやら?契約している中国の設計院も全部持ってないのだから話にならない。とりあえずチェックして事務所に返送。
終わって植田さんの本を読み始める。この本は2巻本で今読んでいる1巻は1966~1986までの20年間。60年代から70年代の途中くらいまではなんとなく読む気を起こさせるものが並んでいる。そもそもよく知らない建物ではあるが設計者とか一枚の写真の雰囲気が読む気持ちにさせる。然るに70年代の後半から最後まではどうもげんなりする。先日建築雑誌に掲載する原稿で80年代の建築論というものを書いたときに僕は世界の建築論を少し調べた。ニール・リーチ、マイケル・ヘイズ、ジェンクスの建築論アンソロジーを見てみた。その結果、確かにこの時代はポストモダン全盛だが、しっかりとデコンの論文や複雑系の論文の準備がなされていることを確認できたのである。しかるに日本では五十嵐さんのブックガイドを見るならば、この時期見るべき建築論は無いのである。ジェンクス的なポストモダンには本気で組することは日本人には到底無理、この当時上梓された秀逸な本はもっぱら都市論である。もちろん建築自体はポストモダンという表層の流れにのっかる、あるいは後押しされたようなものが多発していた。それがこの植田さんの本を見ると一目瞭然であり、そうした建築のオンパレードなのである。しかしまあ欧米でも80年代にデコンも複雑系も殆ど実現には至っていないのだから同じかもしれないが。
疲れた脳みそはこてこてのPM建築などとても受け付けないというところである。