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篠原一男逝く

一昨日午後1時、恩師篠原一男がこの世を去った。81歳。突然の幕切れであった。氏はこの一年くらい。最後の蓼科の作品作りと、本作りのために、奥山氏と私を含めごく少数の人間にしか会っていなかった。蓼科の家は着工寸前であったし、本についても出版社の企画会議も通りさあこれからという時であった。一月前くらいから安定しない病状を知っていたものの氏の生命力は常人のものではないと勝手に想像していたもののやはり自然の摂理には勝てなかった。通夜の席に喪主から「本は坂牛と奥山が立派に作ってくれる。篠原スクールの弟子たちはもう一人前になった」と申しておりました。と言われた時には、目頭が熱くなった。

僕は4年にスチュワート氏に習い、院で篠原研に入り、卒業するときは篠原坂本研であり、ハイブリッドと呼ばれている。しかし、篠原から受けたものはもちろん多大に血肉化している。設計で言えば形態の貫通や融合、スケールなどで自然と篠原のそれが現れる時がある。また文章においては学生の時には直接指導された記憶は無いのだが、卒業後鼎談を行い、共著で本を出し、誌上で篠原の趣意書に返信を書き毎回氏の手厚い指導を頂いた。氏は常に文章の人称に拘っていた。「私たち」ではなく「私」に拘った。建築家とは「私」であるというのが一生篠原の信念だった。作家性が云々される昨今、ここまで作家性に拘った建築家は少ないと思う。

全ては建築の為にあるような人生だったと思う。昨年建築学会大賞を受賞した時にもお祝い会の提案を拒否され、そんな暇があったら本作りの打ち合わせをしようとおっしゃっていた。最後まで、本当に最後まで建築家を生きた人であった。

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