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2011年12月18日

オルジャッティ展


先日東京都現代美術館で「建築アートが作り出す新しい環境」展をみてコラムにこんなことを書いた。
「建築の展覧会はどんなに頑張ったって「そのもの」があるわけではないから・・・
① アーティストとなって建築とはおよそあまり関係ないものを創作する
② 建築創作の思想をそれに代わる詩的言語あるいは造形物で代替する
③ 徹底して本物を彷彿とさせる何か(映像だったり巨大模型だったり)を提示する。
この中で①は本当のアーティストには勝てないのでやめた方がいい②は伝わらないのでやはりあまり得策ではない。だから③をやるのが賢明だ」と
そしたら現在国立近代美術館(竹橋)で行われているヴァレリオ・オルジャッティ展で彼が同じようなことを言っていた。
そこにあったのはプロジェクトごとに①1/33という不思議スケールの模型②詳細ドローイング③スライドショーのボックス④彼が啓発をうけた図像学的自伝と呼ぶ写真である。
このセットを見ると実にその建物がよく分かる。まさに建物の再現努力である。
建築の展覧会はこうあるべきだ。

それにしても彼の建物はとてもいい。大好きだ。建物をこれだけ造りこまずにできたら最高だ。殆ど輪郭線だけでできている。間仕切り壁のある建物なんて殆どない
しかしこれらの建物がこれだけシンプルなのは建物用途がシンプルだからだと言う気もする。一体かれが複雑機能の建物を作るとどうなるのだろうか?そんな仕事来たら断るのだろうか?それともやはりざくっと作っちゃえるんだろうか?

2011年12月04日

アーヴィン・ペンと一生三宅展

ミッドタウンの2121ではアーヴィンペンと三宅一生展をやっている。ペンの写真は先日ポーラ美術館で最も素敵だと感じ印象に残っていた。一生をどんなふうに撮ったのだろう?という思いで見にきた。しかしこれは80年代の僕らが学生時代、一生と言えばこの写真と言うあれだった。西武やパルコにはこの写真が溢れていた。とにかく度肝を抜かれた記憶がある。

モダン・アート、アメリカン


エドワード・ホッパー 日曜日 1926
国立新美術館でモダン・アート、アメリカン展が行われている。モダンアメリカと言えば戦後の抽象表現主義がすぐに頭に思い浮かぶが、向こうのその手の本を見れば19世紀末から話が始まるのは常識。
と言うわけでここでも19世紀末のリアリズム絵画から始まる。そしてヨーロッパから印象派を習い、それが抽象化されるのは20年代である。その代表選手は何と言ってもジョージア・オキーフ。草間弥生が憧れた当時の数少ない女流美術家である。そしてオキーフを持って初めてアメリカがアメリカオリジナルの絵を生みだし始めたと感じられる。一方オキーフと同時代にアメリカの都会を主題としてリアリズムを確立していったのがエドワード・ホッパー。これはこれでとてもアメリカらしい。
ところがその後キュビズムが入ってくるとまたヨーロッパの弟子のような姿になるのだが、戦後になって抽象表現主義と呼ばれるアメリカオリジナルのモダニズム絵画が花開く。
僕がUCLAに留学していた80年代はポストモダニズム絶頂期で建築が歴史主義でグレコローマンを具象的に模倣していたのだが、絵画でも抽象化の波は終わり具象が元気だった。大学ではアメリカンアートという授業があり担当教授のチャールズジェンクスは絵画もポストモダニズムの時代であると元気にリアリズム絵画を紹介していた。
この展覧会はその時代の前で終わってしまって少々残念だが、オキーフやホッパーを見るだけでも見る価値はある。