僕は大学時代の構造の授業をうまく思い出せない。その理由は何よりも教科書がつまらなかったからである。大学とは原理原則を知る場所だからいきおい教科書は〇〇原論が多く、普遍原理の図式に満ち溢れておりなんともとっつきにくかったのである。
金箱さんはそうした意匠の人間が敬遠しがちな原論を分かりやすく解説してくれた。その方法は構造を原理(普遍性)と実践(個別性)の循環作用として示すことである。本書のタイトル『構造計画の原理と実践』がそれを物語っている。これは蓄積された実践から帰納的に原理を省みるというとても意味のあることであると同時に、これによって僕らは構造がより身近なものとなる。本書には八十余りの事例が写真と図面で紹介されている。加えてそれらは単なる事例ではなく氏の設計であるという点が重要である。だからこそ説明に説得力がある。加えて工事中の架構や模型の写真など自ら設計したからこそ持っている適切な説明資料が示し得る。
金箱さんとは今までにいくつかの仕事を一緒にやってきた。その時々に感じたことは、プロジェクトごとに「様々な考えを提示してくれる」ということである。この思考の多様性はもちろん金箱さんの経験にもよるのだろうが、原理のみでモノをとらえることなく、個別性から原理を逆照射しようというまさにこの本に示された金箱さんの構造へのスタンスの表れであろうと感じる。また本書では複雑な建築に対した時に必要な構造のルールはプロジェクトごとに「建築家との対話によって生みだしていくものであると」と述べられている。ここにも金箱さんの原理にこだわらない柔軟なスタンスが見てとれる。
あたりまえのことだが、僕が大学のころと現代はもはや同じ時代ではない。世の中に原理はあろうかもしれないが、それは常にフレキシブルに多様性を受け入れるものでなければならない。構造設計もその例外とは言えないだろう。本書はそうした時代が産み落とした意匠の人が学べる構造計画の原理と実践である。
初出 『建築士』vol.59,2010年8 月 |