エイドリアン・フォーティ 『言葉と建築』

fig.1
図 人間の循環器系、ピエール・ラルース『十八世紀大辞典』(一八六九年)。十九世紀に建築用語「循環」を導入したのは解剖学から直接借用したものであった。

建築の見方

 柏木博はフォーティの前訳書『欲望のオブジェ』鹿島出版会1992をそれまでのペブスナー、ギーディオンによるデザイナー中心主義、テクノロジー中心主義に加え、社会、経済、などの多面的な視点による複雑な関係性からデザインを位置付けた画 期的な書と評したi

 『言葉と建築』の「言葉」とはまさにそうした複雑な関係性を解きほぐすツールと考えてよい。本書第T部はモダニズムにおける建築の言葉が医学、生物学、社会学、言語学などの異分野から流入してきたことを跡付ける(図)。第U部はそうした経緯で使われるようになった十八の言葉を一つずつ説明する。説明のポイントは@言葉の出自A建築界での初出事例Bモダニズム期における意味の変遷である。このような分析プロセスは言葉の説明に終わることなく、それらの言葉を必要としたモダニズム建築の特性を明らかにする。

 ところでこうした言葉が必要とされたのは創作の場であると同時に受容の場でもあった。つまり人は何かを見たり聞いたりする時に言葉を手掛かりに理解しているのである。そうした受容のメカニズムは建築に限られたことではない。例えば音楽において類似の分析を施した書として岡田暁生『音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉』中公新書2009がある。著者は音楽を感性のみで感じるのみならず、そこで受け取ったものを言葉によって分節していく過程を強調する。それはワインを飲んで重い、軽い、渋い、等と述べ、味わいを言語化するのと同じであると言う。
 フォーティの狙いはあくまでモダニズム建築の成立基盤の複雑性を言葉の分析によって照射しようとするものであるが、『音楽の聴き方』が示唆するように、これら建築の言葉とは建築を受容する上で必須のアイテム、すなわち「建築の見方」を習得する為の必要最低限のヴォキャブラリーなのである。

関連図書 エイドリアン・フォーティ、高島兵吾訳『欲望のオブジェ』鹿島出版会、一九九一

 

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i 五十嵐太郎編『建築の書物・都市の書物』INAX出版1999

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初出 五十嵐太郎編『建築都市ブックガイド21世紀』彰国社、2010