価値の倍増
建築におけるリサイクルとは、古くなったものを再利用することではあるが、そこでの再生は単なる延命ではなく、むしろ新しいものより価値が高まるところに醍醐味がある。例えば日本におけるリサイクルの第一人者のひとり青木茂がこの分野に引き込まれたきっかけのひとつとしてカステルヴェッキオ美術館を挙げ、スカルパが手を加えたのは全体の2〜3割であるにもかかわらず、残りの7〜8割に何倍ものパワーを与えて、それが潜在的にもっていた意味やイメージを鮮やかに浮かび上がらせたと述べている。[i]
さてそうした青木の実践を嚆矢として、建築の再利用が本格化する80年代後半、ほぼ期を一にしてアートの世界でも再利用という流れがおこっていた。椹木野衣はこう述べる
80年代の半ばくらいからでしょうか、それまでのアートの流れからすると、ちょっと異質な・・・(中略)・・・動向が顕著に見られるようになりました。これはいったい何なんだろう、ということを考えていくうちに、キーワードとして、「シミュレーション」であるとか「アプロプリエーション」などのことばと出会った」[ii]
シミュレーションは真似るということでありアプロプリエーションは転用することである。つまり既存の何かを模倣あるいは転用してそこに何かを付け加え、修正を施し、新たな作品へと生き返らせるような方法である。カステルヴェッキオもそういえば転用である。
似たような話は他にも散見される。パソコンソフトの標準仕様を自らの使い勝手に合わせて変更するカスタマイズという言葉があるが、コンピューターに限らず、既製品を自分の身の丈に合わせて作り変えることが流行っている。自分流に服を作り変えてしまうこと(ジーパンなら穴を開けたり、ペンキを垂らしたりetc.)自分流に携帯に絵を描いてしまうこと、自分流に車をチューンナップしたり、ドレスアップしたりしてしまうこと。
爽快感
このカスタマイズへの欲望はどう解釈できるのだろうか。使用価値が低減し、記号価値に満ちたモノが散乱するこの資本主義社会において、購買側に提示された多様な消費の選択肢は、周到なマーケティングに基づく規格化された趣向の構造を示しているに過ぎない。そうした現状に対してカスタマイズとはある種の異議申し立てとなっている。押し付けの消費構造に抵抗し、製作側の記号価値を一度ご破算にして、新たなる価値の付着あるいは価値の転回をめざす行為と言える。[iii]そして建築リサイクルにおいても老朽化したソフトへの見直しは多くの場合単純なリニューアルではなく、機能を変換するコンヴァージョンであるケースが多い。そしてこのコンヴァージョンにおけるオリジナル機能の否定はカスタマイズ同様の異議申し立てに繋がり、そこにはある種の批判的爽快感がある。別な言い方をすれば、新品建築の持つ「製作側の御仕着せの」デザインが持つ鬱陶しさが無いのである。
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[i] 青木茂『建物のリサイクル―躯体再利用・新旧併置のリファイン建築』リファイン建築研究会 1999
[ii]椹木野衣『シュミレーショニズム』筑摩書房 増補版 2001
[iii] 坂本一成が指摘するように建築家も建築の消費構造において建築の記号価値を高めるのに一役買っているのである。(坂本一成「所有対象としての住宅を越えて」『新建築』1981年4月号)
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初出:『READINGS:3 現代住居コンセプション──117のキーワード』(INAX出版)
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