プロジェクションズ

[00] はじめに

ジェット機の轟音が鳴り響き、トラックが地響きを立てながら疾走する。隣地は海、巨大な船が音もなく動いている。この5月、そんな場所にリサイクル工場が建ちあがった。それは、その名が表す疎外感からは程遠い美術館の如き日常的な発見の場である。そこに国内外で活躍するアーティストたちが集結した。彼らの作品はこの場に安堵するかのごとく奇妙に美しくはまっていた。まるで本来の美術館を嘲笑するかのごとく。
そんな建築とアートの一瞬の邂逅は二つの領域をさらに拡張させ、可能性の変奏をわれわれに照射(projet)するのである。


[02] シェーマのバイパス

「我々の事物の表象は、その事物が我々に与えられている時には、物自体としての物に従うのではない。・・・・これらの事物が、現象として我々の表象の仕方に従うのである」とはカントの弁だが、また彼はこうも言う。表象は「先験的図式(シェーマ schema)的で、あらゆる経験に先行する潜在的な関係性によって定義されている」 710.beppoの狙いは可聴レンジ外の振動を「音」「振動」として体感し同時にあの分厚い鉄板によってそれを視覚化する。
また平倉の狙いは名前のつかない物とゴミの間の宙吊りになった「もの以後」「ゴミ以前」のあやふやな部分に注目する。
二人のアートは人間のシェーマをバイパスするが、しかしそれらを受容できる人間の器官としての可能性を感じさせる。ショーペンハウアー的分類で言えば、抽象表象を潜り抜けつつ直感表象に受け止められるものを閾値のぎりぎりの所で探り当てようとする試みである。
ところで建築とは無限とも思える部分の集積である。何百種類もの材料や部材が集まって組み立てられ、練り上げられてできている。そしてそうした部分や材料、単体には名前がある。多くは物性や機能性の単位毎に分節化された名前である。例えば鉄、コンクリート、柱、壁、階段、廊下などである。しかし建築の中で人々に印象的で訴求力のある塊は何かと考えた時、それは必ずしもこうした分節には一致しない。ある時は壁とそれに連なる一連の天井という塊だったり、階段の手すりのフラットバーとボルトの複合体だったりする。しかしこうした塊は命名できない。天井と壁の複合体はなんと呼ぶのか?フラットバーとナットが結合したものは?ドア+壁は?蛍光灯+溝+壁?・・・。もちろんこうした複合体は無限の可能性のひとつであり、それに逐一名前をつけることは不可能だし意味がない。しかし、実体としての建築の訴求力はそうした部分的結合の塊によって喚起されることが多々あり、そこに建築の可能性が感じられる。
20世紀の空間論の系譜を瞥見するとき、空間の力はハイデッガーのポレミックな主張によってもろくも崩れ去った。「空間は『空間』よりも『空間を占めているもの』からその本質的な存在を受け取る」とハイデッガーは述べている。ポル・マロによる多色多柱が生み出す記憶の場はこの証である。
「モノの作る場」の訴求力を掬い取るハイデッガー的シェーマは未だ世の中に常備されていないのかもしれない。


[03] クリーンリアル――人体的なもの

ツォーニス&ルフェーヴェルは初期ゲーリーとヌーベル等による工業材料の建築への適用をその敷地(都市辺境の工場地帯)特性からダーティ・リアリズムと命名した。
彼等はこうしたダーティ・ヴォキャブラリーを、もともと使われていた工場ではなく水族館や住宅や集合住宅に適用することによってヴォキャブラリーと環境を馴染ませる一方で、ヴォキャブラリーとビルディングタイプにずれを生じさせその異化作用により表現の強度を獲得した。
今回の計画の狙いのひとつは、辺境にある工場を日常的な、身近なものへと引き寄せることにあり、辺境のダーティ・ヴォキャブラリーを排して、身近で見慣れたマチエール(クリーン・ヴォキャブラリー)で表層を皮膚のように覆うこととした。見慣れたマチエールとは日常的なという程度の意味であるが、家庭的というよりは都市的という風に考えガラスをその典型と捉え、600×450×厚5のガラス2000枚からなる魚の鱗のような温室サッシュを使用した。
この表皮は二つの特徴を持っている。リサイクル工場で行われているシュレッディングに倣い、分割・細分化・微分という操作で出来あがっていることと、ガラスの鱗の内側を構成する壁面の色として人間の肌のような色が選択されていることである。
この二つの特徴は相互作用で全体を人体の皮膚のように見せている。微分化された艶やかな表面は細胞を思わせ、人体の皮膚さながらである。そしてそのガラスによって肌色が包まれることで、細胞の中に透けて見える血肉の如くその表皮は人体的なものになるのである。人体のか弱さは辺境の荒々しさと馴染むものではない。しかしそのずれは意図的なものでありこの表皮が辺境のダーティな場とその臨界面で交接することによりそこに新たな環境の形成が期待されるのである。


初出:『10+1』vol.40