都市の狭間の建築化
いいところまできたんだけれど英語の原稿にまでたどり着かない。これは飛行機の中でやりますか。一昨日、ウィーンでやるレクチャーのサマリーをネット上に載せるので送って欲しいと頼まれた。そんな、、、、そもそも日本語でやるとしたってまだ整理付いていない話なのに、英語のサマリーは無理無理。本日やっと二つのレクチャーをリンクさせる5000字の日本語の文章を書いてみた。まあまあ納得のいくような話にはなったのでさてこれを早急に英語化したいところである。
ところで話の筋書きは、フレーム建築の他者性に3.11と中心市街地空洞化の話が入り建築は人を受け入れるものと考えたときに、αースペースにたどり着く。αースペースが人々を受け入れ都市のパブリックネスを上げる。ところで社会学的見地から資本主義を完成させたものとして消費化と情報化が指摘されているが、この二つは人間の本能につながるものとして否定はできないが資本主義の矛盾を排除するためにも転回が要請される。そこで消費の脱物質化、情報の脱対象化が望まれる。それを建築に照会するとき、αスペース特に改築のαスペースには脱物質化と脱対象化が内在する可能性が高いことに気づく。
こうした建築の脱対象化すなわち建築と建築外の關係性に着目したとき、都市の狭間と建築の関係に建築を見る新たな視点がありそこに建築を操作する上での新たな方向性があるのだろうと考えている。そんな話をウィーンでするために今日も近所を撮影してみた。都市の狭間シリーズである。こういう場所をもう少し都市に開示する形で建築化できないかと考えているのだが。