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付-1お題

今日は欠席者も多かったし、睡眠者も多かったので、簡単な問題にします。欠席した人も寝てた人も答えてください。メタボリズムについて調べてください。その中で一人の建築家の一つの作品について一体こうした考え方が建築として可能性を感じるかどうか意見してください。
今回のコメントの講評は坂牛研m1の藤岡君が行います。ではみなさんよいお年を。

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メタボリズムとは1960年代の高度経済成長期に展開された建築運動であり、「新陳代謝」にちなんでメタボリズムと名付けられたようだ。その中身は社会や人口の変化に合わせて有機的に成長する都市や建築の在り方を提唱したものである。その主なメンバーは浅田孝、菊竹清訓、黒川紀章、大高正人、栄久庵憲司、粟津潔、槇文彦などがいる。この流れは磯崎新、篠原一男に受け継がれたとされている。

僕はこのメタボリズムという考えは日本独特のモノだと思う。日本という国はほかの国と比べて、地震や台風によって建築物が壊されてまた建てる事の繰り返されている点からもわかると思う。メタボリズムも建築に安定性を求めるのではなく、成長してゆくものとしてとらえるのであれば、自然災害によって繰り返されるスクラップアンドビルドとメタボリズムに近いものがあるのではないのだろうか?さらに戦後の復興時期にこの考えが提唱された事も新たなものをどんどん作って成長していくメタボリズムに影響していると思う。


メタボリズムの主な建築家に黒川紀章という人がいる。この人のメタボリズム建築に中銀カプセルタワーというのがある。これはメタボリズム建築の象徴だと思う。ぼくはこの建物にメタボリズムという考えの可能性は感じない。
なぜなら、この建物ができた時代からだいぶ時がたっていて、周囲の環境が劇的に変わっているのにもかかわらず、カプセルタワーは変わっていないからだ。これは本来のメタボリズムの考えに反するのではないだろうか?構造や法律的な問題があるにしても、変化しないというのはおかしいと思う。
もし、メタボリズムという考えが理にかなっているならば、黒川紀章さんはメタボリズム建築を作り続けたかもしれないが、実際はメタボリズムはそんなに多く作られていない気がする。
このような点からもメタボリズムという考えは建築において実現するのは難しいのではないのだろうか。

メタボリズムとは新陳代謝を建築・デザインに取り入れていく思想である。
メタボリズムについてその代表的な建築を調べると真っ先に中銀カプセルタワービルが挙げられる。カプセルを取り換えることができるというまさにメタボリズムを実現した建築のように思える。
しかしそれ以外には新陳代謝を思わせるような建築は生まれていないのである。これはなぜだろうか。
確かに建築が細胞のように新くなったらそのメリットは大きい。しかし、現実には実現することの困難な思想であったように思える。だから中銀カプセルタワービルしか作られていないのではないか。実際には中銀カプセルタワービルもメタボリズム思想とは異なり設備配管が取り換えられなかったり、雨漏りがするなどの致命的な欠陥があったようである。構造的、設備的に現代の技術では実現困難な思想といえる。逆にいえば、これから技術がもっと進歩したらこの思想の可能性は高まるのではないだろうか。

遅れてしまいました。すみません。

メタボリズムとは自然環境、人間、人間の生活は変化するものであり、建築や都市も自然環境や社会において生命体のように成長・変化するものと考えることである。
 ここで菊竹清訓の都城市民会館について考えてみる。上部構造は鉄骨で軽く、交換しやすくなっている。これは木造の建物にも同じことがいえる。
また建築そのものとして古くなったら取り壊され、次に必要なものとして新しい建物が建つ。都市としてはその流れが都市としての変化であると思う。建築そのものとしては多目的な空間に対して変化を感じられるのではないかと思う。
このようにしてメタボリズムは構造や建築、都市についてもともと建築や都市に存在するものであると思う。

まず、メタボリズムとは、黒川紀章や菊竹清訓などの当時の日本の若手建築家と都市計画家グループが開始した建築運動である。新陣代謝(メタボリズム)からグループ名をとって、社会の変化や人口の成長に合わせて、有機的に成長する都市や建築を提案し、日本における「現代建築」の端緒であったと見られている。
菊竹清訓が設計して1966年に完成した都城市民会館は、ホールの部分が扇子を広げたような形が特徴である。この建物に対して、私はメタボリズムという考え方で建築として可能性を感じるかどうかと問われると、「感じない」である。そもそもメタボリズムは先に書いた通り、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案するものであり、建築物には常に自身の要素を変えていかなければならない義務がある。しかし、この建物は座席数は約1400席と固定されており、その特異な外見を除けば、どこにでもあるような一般の会館と変わらないだろう。そもそも作品である建築物自身に常に変化することを求めるのは難しいのかもしれない。それでも、この考え方は、フレキシビリティという考え方に受け継がれているのだとも思う。

メタボリズムとは「新陳代謝」にちなんで命名された、1960年代に展開された建築運動。「都市や建築は閉じた機械であってはならず、新陳代謝を通じて成長する有機体であらねばならない」を運動の理念としている。変化する環境に合わせて建築も変化しなければいけないという考え。主な建築家として、黒川紀章、浅田孝、川添登、菊竹清訓、篠原一男などがあげられる。

具体的な建築物として菊竹清訓の都城市民会館をあげて考えてみる。この建物は1966年に菊竹の設計で建てられ、宮崎県南西部を代表するホールとして成長したが、建物の老朽化が進み、2007年には解体される予定だった。しかし、同市の学校が学園の施設として20年間の無償関与をすることで存続が決まった。石綿の除去作業が行われた以外は建てられた当時の姿で残っているらしい。
これはメタボリズムの考えが実現した1例だと考える。少し手を加えられはしたが、元々市民会館だったものが学園施設になったのだから。
手を加えたらそれはメタボリズムの考えに反すると言えばそうかもしれない。しかし、建築物が全く姿を変えないまま社会の変化に対応して使われ方などを変えていくことがメタボリズムの真髄だというのであれば、メタボリズムに可能性は感じない。そうなると建築家はどんな変化にも対応できるようなただ大きさの違う箱を作っていくしかなってしまう。社会や周辺環境がどのように変わっていくのか予知できない限り完璧なメタボリズム建築は完成しないと思う。


メタボリズムとは黒川記章や菊竹清訓らが開始した建築運動で、生活空間とそれに奉仕する設備スペースのような空間を分離しユニットごと取り換えることで社会の成長や変化に対応するというものである。
 黒川記章が1976年に設計したメタボリズム建築のひとつにソニータワー大阪がある。これには中央の展示スペースの外周に階段、エスカレータ、エレベーター、トイレをユニット化してとりつけられている。外観は今見てもスチールの外壁のユニットが未来的で格好いいのですが、内部はどうも古臭い感じがした。これは先端技術を売る企業のショールームとしては時代に対応できなかったと言えると思う。さらに2006年に解体されており、結局メタボリズムは機能しなかったと言え、この建築については可能性を感じにくいと思う。
 しかし僕はメタボリズムという概念はとても画期的だと思うし、メタボリズムは高度経済成長のころに考えられたものだけれど、現代社会の問題であるエコロジーにも通ずるものがあるので可能性はあると思う。しかしソニータワーはアスベストが解体理由らしく、当時はアスベストが問題になるとは考えられなかったわけだから、技術的にも未来を見据えなくてはならず、なかなか実現は厳しいのかもしれない。

 メタボリズムとは、都市を生物体としてとらえようとする一連の建築家たちの運動である。新陳代謝にちなんで命名され、生物の変化過程のアナロジーを都市像としてとらえようとした。
 黒川紀章さんが設計した中銀カプセルタワーというのがある。メタボリズムの代表的な建築の一つだと思う。中銀カプセルタワーは100以上あるカプセル型住居が2つの巨大シリンダーに差し込まれており、それぞれのユニットを細胞に見立て、古くなったら交換可能というさながら生き物のような建築物と説明されていた。
 ユニットを細胞としてとらえ、交換可能というのは尤もなメタボリズムという考えで、古くなったら変えられる事は良い事だと思う。しかし、このような建築物は多くは存在していない。それはこのような建築物に可能性をあまり感じないからではないかと思う。メタボリズムという考えを建築として実現させるのは難しい事ではないかと感じた。
 

  メタボリズムとは、生物学用語で新陳代謝を意味し、転じて都市や建築は新陳代謝し、進化、発達する有機体でなければならないとする建築思想である。都市計画家の浅田孝、評論家の川添登、建築家の菊竹清訓、黒川紀章、大高正人、槇文彦、インダストリアル・デザイナーの栄久庵憲司、グラフィック・デザイナーの粟津潔らでグループが結成され、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。
  中銀カプセルタワービル、黒川紀章が設計し世界で初めて実用化された、カプセル型の集合住宅であり、黒川の初期の代表作であると共に、メタボリズムにとっても代表的な作品である。それぞれの部屋の独立性が著しく高く、技術的には部屋ごとに交換が、可能になっている。無数の生活用ユニットが高い塔や海上シリンダーなどの巨大構造物に差し込まれており、古い細胞が新しい細胞に入れ替わるように、古くなったり機能が合わなくなったりした部屋などのユニットをまるごと新しいユニットと取り替えることで、社会の成長や変化に対応しこれを促進することが構想された。しかし、洗濯機もおけない、無駄なスペースが多い、雨漏りがする、冷蔵庫が作りつけなど、居住性に関しては批判的な声もあったようで、住宅としては未完成だったようだ。
  しかし、建築で交換可能というのはとても魅力的で、設備にガタが来たら交換とか、部屋の形が今の自分には使いづらい、でもこの場所は好きで離れたくない、好きな形の部屋をくっつけちゃえとか、集合住宅で今までできなかったことが出来るようになる。そうなればこれからの建築が新たな可能性を持って発展していくのではないか。

メタボリズムは1950年代後半に黒川紀章さんや菊竹清訓さんらをはじめとする日本の建築家によって開始された建築運動である。建築における新陳代謝と循環を追求した日本発の運動である。
 メタボリズムを反映した建築作品の一つにポンピドゥーセンター黒川紀章案がある。この案は最終的には選ばれず、レンゾ・ピアノ+リチャード・ロジャース案が実施案となった。この二つの案は後天性を考えた建築であるという共通点はあるものの、フレキシビリティの実施案、メタボリズムの黒川紀章案、という点で異なった作品となっている。黒川紀章案は、建築を解体して単位空間の集積体としてとらえている。単位空間には設備カプセルが自由に取り付けられるようになっている。これは建築が時間とともに新陳代謝し、部品が交換され循環するメタボリズムの基本的コンセプトである。
 黒川さんの作品には空間を単位化して、それらを取り付け自由とした作品が多い。私はこのような建築に可能性を感じるかどうかと問われたら、正直なところあまり感じられない。現実的な問題になるが、空間を取り付けるといった工程があまりにも大変なのではないかと思う。実際、空間の交換や付け足しは、ほとんどなされたことが無いようだ。ただ黒川さんの生命の原理の追求という問題はとても興味があるし、今後そのような考えが必要になると思う。ヨーロッパ諸国は古い建物を未来に残そうと、簡単に壊さず違った方法で残している。しかし、日本は他国に比べて必要でなくなった建物を簡単に壊しているそうだ。そういった状況で今後、いかに社会の人口の変化に対応でき、ずっと使い続けられる建築を生み出すかが重要になり、そこで黒川さんのおっしゃる生命の原理の追求が必要になると思う。

初めに、ホテルや公共施設など、大きな建築物をメタボリズム建築として表現するのは非常に困難であると思う。
現に、中銀カプセルタワーや大阪ソニータワーなどメタボリズム建築として建てられた物が、解体決定や解体予定となっている。これは、アスベストなどという問題もあるものの、時代のニーズに対応できなくなったという証拠である。そして、規模が大きすぎたため、様々な要望が重なり、結局破綻してしまったということも考えられ、新陳代謝させるよりは解体、改築という手段のほうが現実的であり、利口だろうという結論に至ったと思われる。

ここで、メタボリズム建築の別例として菊竹清訓のスカイハウスを挙げる。これは大きな建物でなく、住宅でメタボリズムを体現しようとした建築である。菊竹清訓は、住空間を二つの異質な空間に分解するそうだ。一方は便所、浴室、厨房、収納部などの必要な空間である。これは科学的に進歩しうる空間である。もうひとつは、その他の個性の入り込む余地のある空間であり、科学の範囲を超えている。
スカイハウスを平面的に見てみると、ワンルームの構成で、就寝や食事等のプライベート空間と、くつろぎや応接のパブリックな空間とは、可動性の収納が隔てている。そしてそのワンルームの周りに取り換え可能なキッチン、バス、収納を付けている。まさにその空間割を体現したプランになっている。
断面的に見てみるとこのワンルームが4本の柱のよって宙空に支えられているピロティ方式となっているということが分かる。これは子供ができた時のための空間であり、ピロティ部分にプレハブの子供部屋をつりさげ、住まわせるのだそうだ。そして成長したらプレハブを外して捨てるのだそうだ。

実際、子供の成長などにより、増減築はされたようであり、メタボリズム建築の成功例と言えるだろう。その理由としては、住宅という小規模な物だったために、個人の要望が尊重されやすいという点と、ピロティという形状を採用したという点が挙げられると思う。
このように、メタボリズム建築を表現したいのであれば、小さな規模で、形状や構造にに気を配って建てるべきなのだと思うし、そうならざるを得ないと思う。

メタボリズムとは、高度経済成長による当時の日本の急速な人口増加、都市の更新、膨張に応えるもので、スケールの大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性の高い構造が特徴である。これには当時の若手建築家が主となって進めていった。

その中でも私は黒川記章のナカネカプセルタワービルを取り上げたい。この建物は、外観からもわかるように一つ一つの部屋がはっきりと区切られていて、部屋の独立性がたいへん高くなっている。さらにそれぞれの部屋自体の交換も可能になっていて、時代に合わせて変化していくことも可能である。こういった点からも、この建物には可能性を十分もちあわせていると思う。

これからもメタボリズムのような改革は起きるのだと思う。時代が変化していくためそれは必然的なことだろう。そのため時代を敏感に捉えていかなければならないと思った。

メタボリズムとは、日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動である。主な建築家には黒川記章、菊竹清訓らがいる。メタボリズムという名前の由来は新陳代謝からきており、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。日本における「現代建築」の端緒であると見られている。
やはり、黒川記章の中銀カプセルタワービルがメタボリズムの代表作としてあげられるのではないか。この建物は集合住宅で、事務所としてもりようかのうであるようだ。そしてその機能をダイレクトに表現した形がカプセルにつながっている。部屋の独立性が著しく、部屋同士の交換が可能になっている。こういった点でとても可能性ががあるように感じるひとも多いかもしれない。
しかし、私は逆にそこにある種の弱点のようなものがあるのではないかと考える。交換可能とは言っても実際には今まで一度も交換されてはいない。交換可能とは一般によいことである。しかしこのビルには現に一度も交換されていないという事実がある。つまり必要とされてはいないということではないか。
メタボリズムは建築界に刺激を与えたという意味では素晴らしいと思う。だが、最終的に限界が見えてしまったことが彼らの活動がそれぞれ分岐していったことにつながったとすれば、そこにも可能性のなさを感じる。

空間、環境は次々に変わりつづける。それによって人の心も変わる。メタボリズムは、これまでの古典的静止的な都市概念を解体して、都市を、建築を、生きて動きつつあるものとしてとらえようとする建築家たちの運動である。樹木でいえば、秋には古い葉を落とし、春には若葉を出して生き続けるように、建築も、老朽化したり使い勝手が悪くなったりしたら、その部分だけを取り外して新しいモノに付け替えて生き続けるものにしようという考えである。老朽化したら、改修や改築をして使いまわすというのはよくあることだが、メタボリズムではその部分が強調されているように思う。
菊竹清訓のソフィテル東京について考えてみる。この建物は、1994年に建てられたが、わずか12年で解体されてしまった。その理由については、モミの木に似せたといわれるその奇抜すぎる外観や、周辺の建物に対してひとつだけ高すぎるというような意見が多々あったようである。しかし、もしも本当にこの建物が完璧なメタボリズムであったなら、こんなにも早く解体されることはなかったのではないか。(デザインの問題が大きかったかもしれないが…)
地球環境に配慮する考え方が主流になっている今の時代、このメタボリズムという概念は可能性があるのではないかと思う。しかし、現在そういった建物があまり目立ってきていないことからも、それを実現させるのはなかなか難しいということがわかる。建物を生物体としてとらえる、という考えはおもしろいと思うが、やはり無生物である建物をそうするのは困難なのだろう。

メタボリズムとは社会や人口の変化に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した建築運動のことで、1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら建築家・都市計画家のグループよって開始された。
もし、この考えを忠実に再現できたらとても便利な建物で、新しい建物を造らなくても必要な建物をメタボリズム建築の変化によってまかなえる可能性があると思う。だから、完璧に再現できるならばすごい可能性がある考えだと思う。しかし、現実にはメタボリズムの建物はほとんどないことを考えると実現することが難しいと思う。数少ないメタボリズム建築であるといわれている中銀カプセルパワービルも外面は確かに変化がありそうな気がするがカプセルの入れ替えが可能なにもかかわらず行われていない部分をみるとその機能が社会の変化に対応できるものではないと考えられる。これらのことから、社会の変化に対応する建物というのは素晴らしいと思うが、そこには限界がありこれ以上の可能性を見いだすのは難しいと思う。

 建築というのは一度完成させてしまったら、壊すまで変えることができないものだと考えがちである。しかしその考えをひっくり返すような建築運動が存在した。その時々の環境や人々のニーズに応えられるように姿を変えることを可能にした設計、それがメタボリズムである。
 メタボリズムによる建物はとくに高度経済成長期に多く考案されている。なぜなら人々の思想が大きく変化したり、多様化したりした時代だからだ。それに対応できる建築が求められていたのである。しかしその多くは実現しなかった。もしくは実現しても取り壊されている。例としてあげるエキスポタワーもそのひとつである。
 エキスポタワーは菊竹清訓が大阪万博のシンボルタワーとして設計したものである。高さ127mの3本の柱の上には多面体の展望室がいくつも連結しており、その奇抜なデザインは目を引くものだっただろう。なんでも未来の住宅都市がテーマだそうだ。生活様式にあわせて多面体の室が増設・撤去できるという、まさにメタボリズムにのっとった建物である。しかし万博開催中から閉幕後も展望塔として利用されていたが、老朽化と利用者の減少で2003年に解体されてしまった。なぜこんなにも面白く斬新な建築が壊されてしまったのだろうか。
 私はエキスポタワーはまだ未完成だったのではないかと思う。室が増設できたり撤去できたりすることには多様性が存在し、メタボリズムを実現させたかのようである。しかしそれをいつ使うのか、どんなニーズにどのように応えるのか、そういった背景が伴っていないように思われる。形だけが先走ってしまったように感じるのだ。もし具体的な背景まで考慮できたら、実現されたものも多いだろう。メタボリズムは多様化する現代社会で大いに活躍するはずである。まだまだ検討できる思想だと感じた。

 メタボリズムはその語源の新陳代謝の示すとおり、都市や建築のニーズの変化に合わせて古いものを新しいものへと変えていけることの出来る建築を造る運動である。これは建物を長期的に使っていくための運動であり、単純に見れば現代の長期優良住宅と非常に近い考えがあるように見受けられる。そこで今回は菊竹清則の「スカイハウス」を実例として交えながら、メタボリズム運動が現代の建築においてどれほどの可能性をもっているのかを考える。
 「スカイハウス」はおよそ半世紀前に建てられた住宅であり、正方形の平面図と取替え可能な内部設備によって使用目的の定まっていない部屋を作り上げ、子供部屋だけをピロティから吊り下げ、取り外し可能とする考え方はメタボリズムの考え方を存分に体現している。またこの建築の現在と竣工当時を見比べるともはや別の建築である。住み方や周辺環境の変化に応じて増築を受け入れるあり方はメタボリズム的だといえよう。
 だが当時のメタボリズム運動は変化への柔軟な対応を実現していたとは言い難い。それはこの運動がデザイン運動であったため仕方ないことではあるのだが、メタボリズムの思想の反映が建築の形態面に特化しているため、建物を変化させながら使っていくにはいくつかの障害が発生しているのである。これは特に黒川紀章の「中銀カプセルタワー」に顕著に見られるのだが、「スカイハウス」においてはその外見のフォルムによって内部空間が大きく制限されている点が挙げられる。つまり正方形でピロティをもつ美しいフォルムを実現するために内部は何に使うにも中途半端な空間と使い勝手の悪そうな水周りになってしまっている。これらがメタボリズムという機能面における思想をデザインに取り入れようとした限界であったと思われる。
 現代の長期優良住宅においてメタボリズムの考え方は大いに考慮すべきものであり、メタボリズムを外観のデザインのみでなく、循環可能な建築を建てるプロセスにおいてその考え方を取り入れたり、内部空間に居住者の時間的変化を取り入れるなどの工夫により、それは現代においても十分に実用的な考え方であるといえる。

メタボリズムは、1959年に都市を生物体としてとらえようとする日本の若手建築家たちの運動である。スケールの大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性の高い構造が特徴であった。
黒川紀章の中銀カプセルタワービルについて考えてみた。この建物は世界で初めて実用化された、カプセル型の集合住宅である。それぞれの部屋の独立性が高く、技術的には部屋、カプセルごとに交換が、可能になっている。鳥の巣箱を積み重ねたような、その特異な外見からは生物体をとらえるメタボリズムの特徴がみてとれる。
だがカプセルの交換が可能であるのに、現在まで交換されてこなかったのだ。それはつまり交換をする必要がなかったからではないだろうか。また社会の変化にまで対応できる交換方法ではなかったことも理由であると思う。
考え方としては、メタボリズムは多様化する現代社会で大きく活躍するものだ。だが社会の先の変化まで見通すことが出来ないままではこれからの建築としての可能性は現れないと思う。

メタボリズムとは黒川紀章や菊竹清訓らが中心となって始まった建築運動のこと。その名の由来は新陳代謝からきており、将来の都市は人口増加や都市の急激な変化のニーズに合わせて、固定されたような形や機能はもはや時代にそぐわないという考えのもと、細胞が次々に生まれ変わるように、建築も柔軟な形で用いられるようにということを意味している。このメタボリズムを代表する建築家の一人として菊竹清訓が挙げられ、その代表作として大阪万博のエキスポタワーが挙げられる。メタボリズムの考え方により、パーツが付け替えられるようなデザインになっている。エキスポタワーをはじめ、メタボリズム建築は実際にはユニットごと取り替えられたようなことはなかったらしいが、未来の都市のニーズを予想してそれを世の中に提案したことで新たな建築の形を生み出したという意味で可能性を感じられる。これにくわえて、このメタボリズムはおおきなカテゴリーで、現代でも要求されるフレキシビリティに通じるものがあると考えられるので、今は高度成長とともに終点を迎えたものの、これから先に提案されるであろう建築の形にも一石を投じると考えられ、この意味でも、メタボリズムには可能性を感じる。

メタボリズム。その柔軟で自由な姿勢には可能性どころか期待さえ抱いてしまう。しかしそれは机上での話。

おそらく考え方はすごく現実的で、有機的なものなのだとは捉えました。建てては壊し、壊しては建てて・・・。スクラップアンドビルドに疑問を持つ人たちがいないはずがない。私が感じるのは、その周辺の構成要素の一つをわざわざゼロにしてしまうのがよいことなのか。それが周辺そこらじゅうで起きているのだから、跡形もなくなってしまう。

しかし、その考えを現実にするにはあまりにも力不足だったのではないか。メタボリズムで建てると周辺環境の変化に対応できないという意見があったが、その周辺を全国規模に広げてみるとどうだろう。全てがそれに近くなってしまえば違和感などなくなってしまう。そういうものだろうと思います。

そこで何でもよいのですが、最も現実的な「住宅」ということから菊竹さんのスカイハウスをやり玉に挙げてみます。現在では増改築が繰り返されたそうで、まさにメタボをしてきたようです。しかしこれは自由でもフレキシブルでもなく敷かれたレールの上を走るしかない。そういう限界が感じられてしまうのは、どうでしょうか。私は嫌いじゃないですけど・・・。


メタボリズム。それはスケールの大きく、有機的な成長を可能にし、柔軟で拡張性の高い構造。古くなったり使用できなくなった空間をまるまる新しい空間に入れ替えるというもの。これを行うことによって社会の成長や変化に対応し、またそれでだけでなく進歩を促すというもの。
例として挙げるのは黒川紀章の中銀カプセルタワービル。黒川紀章の初期の建築で部屋の独立性が高く、部屋を取り替えるということが可能である。ところが、今まで一度も取替えが行われてなく、メタボリズムの意に反しているのではないのかと思う。やはり、メタボリズムに則って設計されているものであるのならば部屋の交換がまめにあるはずだし結局は周囲の環境の変化に対応できているとはいえない。社会の成長や変化に対応して、促進させるというのは今の時勢を理解しその先を読んで建てなければいけないことなので至極難しいことなのではないかと思う。

私は、1人の建築家の1つの作品として、槙文彦の霧島国際音楽ホールをあげる。1つ選ぶのが難しかったので、この夏、実際に訪れた建築物にした。
メタボリズムという考え方に可能性を感じるかということだが、レンタルオフィスやアパートであれば、その空間を利用する人が入れ替わるたびに、建築がそれに対応することは必要である。
では、音楽ホールではどう考えられるのだろうか。霧島国際音楽ホールでは、広い敷地に野外ステージなどもあり、建築物のサイズは決まっていても外部まで広げれば、規模的な変化には対応していけるのではないかと思った。普段は地元の人が集まるだけであるが、国際音楽祭がひらかれる夏には、このホールにさらに世界から音楽家や生徒が集まるのだから。古いユニットをまるごと新しいユニットに取り替える、というのは音楽ホールでは難しいし、それほど必要なことではないと感じた。
可能性を感じる、というのがよくわからず、お題にあった回答ができませんでした…

メタボリズムとは1960年代に黒川紀章や菊川清訓ら日本の建築家・都市計画グループによって行われた建築運動である。この運動は自然と都市の「共生」を根底に、「建築や都市は閉じた機械であってはならず、新陳代謝を通じて成長する有機体であらねばならない」という理念のもと行われた。メタボリズムの建築には社会変化や人口の変化に応じて形状を有機的に変化させるための余地を多く残している特徴がある。

メタボリズム建築の1つに黒川紀章の提案した「箱型量産アパート基本計画」というものがある。この計画はスティールの型枠を用いて、立体的な箱型のコンクリートユニット数種類を量産し、その組み合わせによって、公団型の集合住宅をつくるという工法の研究のための計画である。この計画で黒川は量産によるコストダウンと地形や敷地の違いによって、多様な形態をつくり出すという矛盾した二つの目的を同時に達成しようとする挑戦をおこなった。私はこの建築にメタボリズム建築の可能性を感じる。現在、地球では石油エネルギーの枯渇が懸念されているように持続可能な開発が求められている。また、2050年には100億人に達すると見込まれる程の爆発的な人口増加が起こっており、それによる住宅不足も懸念されている。黒川が提案したコストを抑え、ユニットを組み合わせてコンパクトな都市をつくるというこの建築はこれらのニーズを担えるのではないか。

以上の点で、メタボリズム建築の可能性を感じた。上で挙げた例は黒川の提案であるため実際にどのような変化を辿るか推測の域を出ない。だが、実際に建てられた中銀カプセルタワーにおいてユニットが増減されたことは一度も無いという。形を保つような新陳代謝なのかそれともメタボリズム建築であることを止めてしまったのか。日本という土壌に撒かれたカプセルタワーという種はどんな形に育つのだろうか。楽しみである。

年末にお題が入っていなくて、今回は無しかと淋しいようなホッとしたような気分だったが、今、念のために開いてみたらお題が有って、皆さんしっかり書いているのでびっくり。 遅ればせながら参加させて頂くことにする。

メタボ・・・、耳を塞ぎたくなるいやな響きだ。 正月餅を食べすぎた身には特に応える。 しかし恐れているのは医学用語のメタボリックシンドロームで、今回のメタボリズムは、新陳代謝を意味する英語に由来した建築用語で、例えば、小さなユニットを増殖させ取り替え可能とし、都市や建築を発展、再生させていこうという考え方のことを言うらしい。 1960年5月に川添登、黒川紀章、菊竹清則、大高正人、槇文彦らによって提唱された日本最初の建築・都市デザイン運動とのこと。

建築で可変性を狙うとすると、建物の骨格は永久保存で、内部空間のパーツを変化させることで可能とするのではないかと思いきや、黒川紀章の中銀カプセルタワービルは1世帯分の建物を一つのカプセルと見立て、それを1ユニットとして、丸ごと取り替えられるように設計されているとのこと。 ただし実際には行われていないところを見ると、理念先行で現実的ではないような気がする。

ただ、この建築物は、くそまじめに機能的見地からの可変性のみを追求するのでなく、あくまでもメタボリズムを比喩として、理念をコンセプトに具現化したものではないだろうか。 建築や都市は閉ざされた無機質の物体ではなく、細胞が生まれ変わるように成長する有機体であらねばならないという理念は、日本の高度成長期においてはワクワクするものであったろうし、現代においても、今一度突っ込んでネオメタボリズムなるものを完成することが出来たら面白いと思う。

 メタボリズムとは新陳代謝(メタボリズム)に由来する1960年代に行われた建築運動で、黒川記章や菊竹清訓などの当時の日本の若手建築家のグループが中心となって行われた。
 彼らの考えていた未来の都市の形態は当時、高度経済成長期であった日本の人口増加や都市の急速な新陳代謝や巨大化に対する答えとなりうるものであった。その形態とはスケールが大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性を備えたものだった。いうなれば、従来の固定した形態・機能を支えようとする「機械の原理」ではなく、空間や機能が変化する「生命の原理」を信奉した。具体的には無数の生活用ユニットを巨大構造物に差し込んでおき、古い細胞が新しい細胞に入れ替わるように、老朽化した部屋などのユニットをまるごと新ユニットと取り替えることで社会の成長・変化に対応することが構想された。
彼らの考え方に沿うと建築物は巨大なものが構想されがちで、高度経済成長の終焉もあり、彼ら考えた「新宿ターミナル再開発」「塔状都市」などの巨大都市計画は実現しなかった。
 自分はメタボリズムの中心にいた黒川記章の設計した銀座カプセルタワービルについて考えました。このビルは箱を積み重ねたような外見をしていて、箱=部屋の独立性が高く部屋ごとの交換が可能でメタボリズムを体現した建物だと思った。しかし、そのデザイが日常生活とかみ合わず、居住性は良くないと感じました。建物自体は部屋の交換が行われることもなく建て替えが決まり、メタボリズム建築の最大の目的であったユニット交換による変化への対応が果たされなかったのはメタボリズム建築が現実に即したものではなかったことの証であるように感じられました。

 
 


 メタボリズムは新陳代謝からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した建築運動である。黒川紀章や菊竹清訓らによって始められた。彼らの構想した将来の都市は高度経済成長という当時の日本の人口増加圧力と都市の急速な更新、膨張に応えるもので、スケールの大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性の高い構造が特徴であった。
 この例としては中銀カプセルタワービルやソフィテル東京などがあげられる。これらはとても面白い形をしている。わたしが注目したのはソフィテル東京である。すでに解体されてしまったが元はホテルであった。
 私の意見としてはこのような考え方の建築物は変容性はあっても利便性や快適性は一般的な建築物よりも劣っているのではないかと思う。実際ソフィテル東京は外観がかなり変わっていたが中身は他のホテルと大して変わらなかったという。やはり人工の建築物は自然のように変わっていけるのには限界があるのではないか。少なくとも現在の技術では難しいと思う。

設計製図の課題に追われながら考えたことは、利用者によって、または時間(時代)によって変化する建築ということ。人は一様ではないし、同じ人でも考え方・感性は時によって異なる。それに対応できる建築は可能か。

 メタボリズムとは新陳代謝のこと。黒川紀章や菊竹清訓らが開始した日本の建築運動で、社会の変化や人口の成長に合わせて成長する建築を提案した。ここで「成長」という言葉が気になった。

 エキスポタワーは大阪万博に登場した菊竹清訓設計の展望台、電波塔である。鉄骨の主柱に未来の住居モデルである球に近い多面体がくっついている。確かに必要なだけユニットを増やしたり、取り換えたりができ、成長する時代伴い成長できる建築と言えそうだ。

 けれども、今日の日本の人口は成長が止まってしまった。メタボリズムは高度経済成長期に生まれた考え方である。都市計画のほとんどが人口増加を想定している。これからの日本に成長を考慮した建築が必要か。私にはわからない。しかし、メタボリズムという意味からすれば、人口減少にも対応できなくてはならない。これからはメタボリズムの概念が成長していくのかもしれない。

坂牛研究室M1藤岡です。あけましておめでとうございます。
コメントが遅くなってしまってすいませんでした。しかしコメントが少ない気がするのは気のせいでしょうか・・・?


今回のお題はメタボリズムについて。具体例を挙げたうえで、メタボリズムに可能性を感じるかどうかですが、まずメタボリズムに対する僕の考えを述べたいと思います。

1960年代のメタボリズムは基本的には失敗に終わりました。それはなぜなのか。
僕なりの考えなのですが、メタボリズムの概念自体に問題があったというより、当時の社会や思想がメタボリズムついていけなかったことが、原因の一つであると考えられます。古臭い物を取換えながら使うよりも、全部壊して新しく建ててしまおうという考え方が強かったのではないでしょうか。
しかし時代は変わって、毎日のように環境問題が騒がれています。そんな現代において、既にあるものを活かして、不要なものは取り替えていくというメタボリズムの考え方に対して、僕は非常に可能性を感じます。

みんなもすでにコメントしているように、60年代のメタボリズムは確かに成功したとは言えません。だからメタボリズムがすべてダメだと言ってしまうのは、安直なのではないでしょうか。今回はそんなコメントが多かった印象です。
なぜ失敗したのか。じゃあその失敗をどのように改善できるのか。というもうちょっと踏み込んだ意見を見てみたかったです。

たとえば、僕なら以下のように回答します。

黒川紀章の中銀カプセルホテルを例に挙げます。
中銀カプセルホテルが失敗と言われる原因は何なのでしょうか。各部屋自体は老朽化しても交換可能でしたが、コアは交換不可能であり、そのコアが老朽化したため取り壊しを余儀なくされてしまいました。
ならばコアのいらない低層ならば、中銀カプセルホテルの考え方を持った建物が建ちうるのではないでしょうか。
みたいに考えます。

その中でも、目を引いたコメントを挙げると、具体例として大阪万博のシンボルタワーを挙げ、作られたものと当時の社会背景のずれを指摘した渥美さん。また、スケールと内部の空間の用途に着目し、メタボリズムの活用に可能性を見出そうとした立松君。どちらももう少し踏み込んで欲しかった感はありますが、今回はこの二人に藤岡賞をあげたいと思います。
みんなオフィスがんばってねー。

メタボリズムは黒川紀章や菊竹清訓らによる建築運動のことである。メタボリズムの背景には高度経済成長期における社会の著しい変化があった。黒川紀章らは、建築も社会の成長に従って柔軟に変わるものでなくてはならないと考えた。

中銀カプセルタワービルは、人口の増加に応じて部屋を付け足すことができるという「柔軟性」を強調している。しかし、大量生産された工業製品のような同型ユニットを単純に付け替えていくだけで、社会の成長がもたらすライフスタイルの変化に対応できるのか疑問を感じた。メタボリズム建築は形だけの「柔軟性」にとどまり、「有機性」を唱えつつも非常に「無機的」な建築だという印象を受けた。

メタボリズムの考え方をこれからの建築に活かしていくことはできないだろうか?メタボリズムとは新陳代謝という意味である。古くなった細胞を新しい細胞と交換して、生命を維持していく働きだが、建築でも同じことが言える。建物の古くなって機能しない部分を新しいものと交換し、建物の寿命を延ばす考え方は、非常に日本的であり、環境問題が深刻化する今日には不可欠だと感じる。メタボリズム建築自体は極めて非現実的であるが、スクラップアンドビルドの既成概念に対する重要な問題提起のようにも思えてくる。

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