ヴィデオ
Thomas Demand video stereo colour soud 1:40 2007
国立近代美術館で「ヴィデオを待ちながら―60年代から今日へ」という展覧会が行われている。現代のメディアアートとは少し違うのだろうか?なんたって「ヴィデオ」である。60年代の芸術の終焉とともに芸術からの逸脱として登場としてきた様々な映像群である。知っているアーティストが多い。ヴィト・アコンチ、トーマス・デマンド、ダン・グレアム、ゴードン・マッタークラーク、ブルース・ナウマン、デニス・オッペンハイム、ロバート・スミッソン、リチャード・セラ、ビル・ヴィオラ、アンディ・ウォーホール、
1965年のウォーホールの「アウター・アンド・インナー・スペース」という16ミリフィルム作品がヴィデオアートの嚆矢として紹介されていた。ウォーホールがメディアアートの先駆けと聞くとちょっと驚く。他にも、この人がヴィデオを作っているのか?と思うような顔ぶれが散見される。たとえばトーマス・デマンド。もともと彫刻家である彼は作った模型を写真にとるのだが、ここでは写真ではなくヴィデオである。静止した背景の中で一部(ヴィデオカメラ)が動いている。これは模型ではないのだろうか?鉄の壁の彫刻家リチャード・セラが色をテーマとしたヴィデオを作っている。セラが色?というのも意外な一面。ロバート・スミッソンによる「スパイラル・ジェッティ」の制作風景は初めて見た。これはまさに護岸工事である。巨大ダンプが巨大な石を運んできては湖に埋めていく、その繰り返しである。ゴードン・マッタークラークも同じだが、彼らはできた物がいつか壊される宿命にあるのでヴィデオは作品の重要な一部なのである。会場デザインが西澤君によるものだった。ベニヤ板を主材料として組まれた壁やモニター台、そして椅子のデザインが展覧会っぽくない。説明のキャプションも普通のスチレンボードではなく、壁にテプラ張り。どちらも新鮮な展覧会風景を作っている。