最終回の講義は透明性と型についてお話した。透明性のポイントはliteralな透明性とphenomenalな透明性である。literalな透明性はここで議論しても意味が無い。そこでphenomenalな透明性について、君たちの実体験を交えながらその建築的意義について述べて欲しい。
最終回の講義は透明性と型についてお話した。透明性のポイントはliteralな透明性とphenomenalな透明性である。literalな透明性はここで議論しても意味が無い。そこでphenomenalな透明性について、君たちの実体験を交えながらその建築的意義について述べて欲しい。
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コメント (9)
建築はどこにあるの?展が東京国立近代建築で現在開催されている。実際行った方も多いのではと思う。その中の鈴木了二氏のDOBHOUSEという作品が、私の感じるphenomenalな透明性に近いのではと思う。
「DOBHOUSEは事物の境界を揺さぶり、輪郭線を消す、大袈裟だが。残るは結局のところ光と闇の濃度に尽きる、盲目的だが。」という作品概要の言葉がある。本文中の中でも比較的端的に空間を述べているように受け取れる二文である。
この作品は多様なvoidが“壁”をつくっているように感じた。あくまでも私の中でなのだが、そういう意味では作品自体は事後的なものに尽きるとも感じる。だが私にそう感じさせるのは目に見える“壁”であることに違いはない。これらの、目に見える作品と描写する作品の画との思考の中での相違点が私を盲目的にさせ、結果として残った光と闇が空間をかたどる、ということだろうか。実際voidや“壁”などはもちろんであるが、光や闇や空間が喚起させられた記憶はそれよりも強い。このことはphenomenalな透明性に関わると思った。
そしてphenomenalな透明性は一旦その空間の中に入ってしまえば、物理的には(完全ではないにしろ)不透明な場所もある。それは外部から見える空間とひとつながりなのだが実際は見えない場所というものが存在するという意味においてである。そこがliteralな透明性との違いでもあると思うのだが、ひとつの空間の中でも多様な透明性の濃淡をつくる中で各々の居場所を選択できる可能性がある空間を生み出すのならば、それは建築的意義として認められると思う。
投稿者: 坂牛研究室 10TA323F 塩入勇生 | 2010年07月15日 23:19
日時: 2010年07月15日 23:19
実家での私の部屋は、両親の寝室と襖1枚隔て、隣り合わせである.
個人部屋が欲しいとねだり、2つ上の姉と別々の部屋にしてもらった小学6年生の春から浪人時代まで、約8年間私はその部屋で過ごした.それはまさにphenomenalな透明性の実体験であると考える.
父は夜寝るのが早い.私が夜、受験勉強をしていると1階から階段を登る足音がする.父の足音は少し擦ったような音がする.母のそれとはすぐに区別がつく.ガラガラと扉を開ける音がし、ごそごそ、もそもそ、という音が少しの間聞こえ、やがて静かになる.あ、父は寝たのだろう.
逆に母はとても夜更かしだ.父が(おそらく)寝てから3〜4時間してから、今度は少し軽快な、階段を登る音がする.部屋に入り、私がまだ起きていると分かると、襖越しに「まだ起きてるの?そろそろ寝たら?」と静かな声で話かけてくる.このようなエピソードは沢山ある.
兎に角、襖1枚隔てた私の部屋と両親の寝室は透明だった.長い間の積み重ねも相まって、殆ど襖の向こうの行動が見えるのである.それが是か非かはよく分からない.実際8年の間には、父が寝ている横で息を潜めるように過ごすのが嫌で、夜は他の部屋で勉強するようにしていた時期もある.
しかし今振り返って考えてみると、そのことでよりお互いを理解でき、両親との関係が深まったのではないかと思う.その事と関係し、私の仮説を少し述べたい.同じ集合住宅などに住むご近所付き合いが乏しいと最近よく言われる.昔はそうではなかったとよく耳にする.その理由の一つとして、昔は隣同士の壁は薄く、隣の家まで音が筒抜けで、お隣さんがどんな人なのか、知り得たのに対し、現在の壁は強固になり、お隣さんが何をしているのか、どんな人なのか、分からなくなってしまったことが挙げられるのではないかと考える.
このことから、phenomenalな透明性の性質の一つとして、 “人と人の関係を深め得る”と言えるだろう.
投稿者: 10TA306F 坂牛研究室 内堀佑紀 | 2010年07月15日 23:32
日時: 2010年07月15日 23:32
透明性という言葉から自然とガラスを連想する。また個人的にはわかりやすさのようなものも連想する。しかし、わかりやすさのようなものは目に見えない。授業を聞いてphenomenalなものなのかと思った。
phenomenalな透明性についてだがその内容は何となく前から知っていた。そこで気になったのは上野の子ども図書館である。子ども図書館のように突き刺さっているような形式の建築は多く見られる。当然そのようなものを見ると突き刺さっているということは・・・、つまり内部もその突き刺さったような空間がつくられているのかと期待させる。しかし、子ども図書館の場合はそうではない。がっかりした。でもそのまま突き刺さったような空間でも逆にそのままじゃんって思うだろう。そこがphenomenalな透明性の難しさだと思う。つまり、視覚的に受けた情報が処理され、想像して作られたものと比べてそのままなのか、それとも全然違うのか、また少しだけ期待を裏切ってくれるのかといろいろある。僕はこの中で3つ目のものが好きだ。多くの人はこれに当てはまるような気がする。だから意外性や偶然性のあるものに心が動かされるのではないか。建築についてもそうだが人に置き換えてもそうだと思う。
だから自分のつくるものでも外観と内観の関係性は気にかけるが、最近は特にaccidentalなもの(パソコンではできないもの)に興味がある。
投稿者: 坂牛研究室 久保一樹 | 2010年07月15日 23:37
日時: 2010年07月15日 23:37
今回のお題はphenomenalな透明性について。
phenomenalな透明性とは何なのか、いまいちよく分かっていなかったので、調べた結果。実際は見えないのだけれども、そこから想起される像だと理解してコメントする。
今回、例に挙げるのはドミニク・ペローのの新フランス国立図書館。L字型の4つの棟が囲む中庭に注目した。この4隅からは、見えないにしろ四角く囲われた境界が想起される。その棟は、まさに建てられた2本の木にしめ縄が張ってあるように、内側のvoidを開発から守るようにしてそびえ立つ。そこには、東京の開発地区にぽっかり残された空き地のように、不思議なメッセージ性が感じられる。
単刀直入な意見ではなく、受け取る側が読み解くようなメッセージの方が強い影響が感じられるようである。そのためphenomenalな透明性は間接的にヒトに強く訴えるものがあり、そこに建築的意義が在るように思う。
投稿者: 坂牛研究室 10TA334A 林和秀 | 2010年07月16日 00:08
日時: 2010年07月16日 00:08
もう終りです。
投稿者: 坂牛 | 2010年07月16日 00:32
日時: 2010年07月16日 00:32
Phenomenalな透明性について、“反射”という現象を挙げたい。
反射という現象は、ヒトの認識の上で空間を拡げるという意味でPhenomenalな透明性をつくり出すと思われる。
分かりやすい例のひとつに鏡がある。
今日、建築空間において鏡は多様に用いられている。特に狭いカフェやショップでは、空間を広く見せる有効な手段として、鏡が用いられている。鏡は壁を解放する。壁の奥に空間をつくり出す。鏡の使用法によっては、そこに大きな拡がりをもたらすことができる。
犬島精錬所の改修では鏡の反射の連続で、暗闇の中に空を映している空間がある。それは、実在する空であるが、鏡の面に映る空はある意味、虚の空である。そのため、不思議な感覚に陥り、最後に空の見える空間に着いた時に心も晴れる。
動線の途中には開口部はひとつもない。しかし、鏡の面に外部空間を映し出すことで、どこかで外部と繋がっているという、Phenomenalな透明性によって、無意識の安心感がある。
もっと身近な例で言うと、水たまりがある。
水たまりは、周囲の環境を反射する。すると、地面に穴が空いたように空間は拡がる。時々水たまりをじーっと見ている子供がいる。ひょっとしたら子供はその空間の拡がりを不思議に思い、興味を持っているのかもしれない。(違うかもしれないけど)
水たまりの反射によって気づくこともある。「あれ、こんなとこにこんな看板あったっけ?」とか、普段意識しない部分に目がいくこともあるだろう。
このように、ヒトの無意識的に見逃している部分を意識的にするという意味でも、反射という現象はPhenomenalな透明性をつくり出すと言えるだろう。
建築において、反射によるPhenomenalな透明性は、ヒトの意識に訴えかけるという意味で、有効にはたらくと考えられる。ヒトの意識に訴えかけるということは、ヒトはその建築(空間)を意識することであると考えられるから。
投稿者: 10ta310d 加藤伸康 | 2010年07月16日 00:40
日時: 2010年07月16日 00:40
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。時間を過ぎてしまいましたが書かせて下さい。
phenomenalな透明性をもつ建築を、実際に視覚では捉えられない部分が、容易に想像出来てしまう建築であると考え、述べます。
phenomenalな透明性をもつ建築として、信州大学工学部の正門前にある建物が頭に浮かびました。毎日のように見ているのに、一度も中に入って体験したことのない建築です。しかし、外から見ているだけで、何となく中の部屋の配置や構成が解ってしまいます。それは、大学の施設に身近に触れているがゆえでしょうが、そう感じる人はそう少なくない様にも思われます。中に入るまでもなく、その建築が想像上ではあるが解ってしまうことについて、本来なら面白さに欠けるものであり、意義には到底成りえないと思われます。
しかし、見方を変えると意義が出てくるのかもしれません。例えば、通りすがりの人がその建物を見て、大学の施設であることを想像できるのであれば、その建物はその場所に大学があることを示し、大学の宣伝に一役買っているのではないでしょうか。
このように、phenomenalな透明性をもつ建築は、建物の中を容易に想像させ、情報を人に与えることができることに意義があると思われます。
投稿者: 高木研究室 10TA333C 西浦皓記 | 2010年07月16日 01:12
日時: 2010年07月16日 01:12
今回は朝日が評者を務めさせていただきます。
phenomenalな透明性の建築的意義についての皆さんのコメントを見ていくと、大きく次の三つにまとめられると思います。
・空間に注目したもの
・コミュニティに注目したもの
・メッセージ性(人に訴えかけるもの)に注目したもの←コレイチバンオオカッタ
その中で、最優秀賞は内堀さんのコミュニティに注目したもの、塩入君の空間に注目したものの二人を挙げます。
先ず、内堀さんのコメントについて。ここでは自身の実家での体験から書かれています。襖一枚隔てた二つの空間で起きた両親と娘のある種の消極的コミュニティとも呼べるような体験におけるphenomenalな透明性を“音”によって説明してくれています。視覚ではなく聴覚による透明性を現したのは今回のコメントでただ一人でした。その着目点が秀逸だったと思われます。そして、その建築的意義を最後に具体的に“人と人の関係を深め得る”と示した点と、小説のような調子でその体験がスーっと思い浮かび、わかりやすかったことも好感を持てました。
次に、塩入君のコメントについて。ここでは展覧会での空間体験(鈴木了二:DOBHOUSE)から書かれています。視覚的障害物ではなく、光や闇といった現象が形づくる空間を自身が認識する過程を、丁寧に順序立てて具体的に示している点に好感が持てます。また、phenomenalな透明性の空間に潜む不透明な場所の発見にオリジナル性が強く出ていると感じました。透明性を一つの視覚的性質としてではなく、その濃淡によって空間を生み出す可能性があるのではないかと示した点で、今回のお題の建築的意義を最もよく示していると思われました。
内堀さんの聴覚への着目点、塩入君の透明性の濃淡は今回のお題に対して意外な発見でした。是非そういう視点で“phenomenalな透明性”を意識的に感じてみたいと思いました。以上で評を終えます。
最後に・・・今回は2010年度最後の書き込みでした。一応ギリギリの時間まで待ちましたが、今年の「言葉と建築」の掲示板を象徴するようなこの最期の状況に笑いさえ込み上げてくるのは僕だけでしょうか?過激なコメントは避けますが、逆に見事です。この場を盛り上げるだけの自分のボキャブラリーのなさに猛烈な憤りを感じています。やっぱり、言葉って大切ですね。それを実感できただけでも大きな収穫だったと思います。
投稿者: 坂牛研究室 10TA302C 朝日大和 | 2010年07月16日 23:59
日時: 2010年07月16日 23:59
いつも日曜日までと思う。投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
今回のお題はphenomenalな透明性である。phenomenalな透明性という透明性について私の考えは建築内部の各部分の関係が近いことです。すなわち、phenomenalな透明性は空間の一つ大切なことです。もし建築のphenomenalな透明性は良く、建築の空間感も良いです。もし、phenomenalな透明性がよくない、建築で住んでいる人は重苦しさが感じることができます。
日本の昔の建築のphenomenalな透明性良いと思う。例として、障子は光にとって半透明ですから、廊下で立てる人も光が見える。だから、廊下が見えるだけではなく、全部の家を感じることができます。それに、日本の建物と庭の関係もphenomenalな透明性である。例とした、京都のいろいろな世界遺産のお寺は室外の人だけでなく、室内の人も庭が見える。だから、私は日本の古い建物が大好きで、日本の古い建物は全部芸術だ!!!
投稿者: 文 維龍 09TA341J 清水研 | 2010年07月18日 20:22
日時: 2010年07月18日 20:22