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      <title>Taku Sakaushi : Diary</title>
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         <title>S先生</title>
         <description><![CDATA[朝一で国博に行く。平日の午前中を狙って、混雑が噂される長谷川等伯を見に行った<a href="http://ofda.jp/column/">http://ofda.jp/column/</a>。しかし朝一にもかかわらず、外に行列。来訪者の多くを占める（であろう）年輩の方には平日も休日も無いわけだから平日の方がむしろ混むのかもしれない。午後事務所。夕刻高校の大先輩である計画学の大家S先生の通夜に向かう。先輩とは言え実は3度くらいしかお話したことはない。ただ、リーテム東京工場の芦原賞受賞をお祝いしてくれた時に、当時すでに80近かったにもかかわらず長老の中でただ一人、一緒に2次会にまで来てくれた。そして掘りごたつ居酒屋で僕の真前に座り言葉少ないが心温まるお話をしてくれた。その後建築選奨の授賞式など、何度かお会いする中で、何時も優しい言葉をかけてくれ、なんとなく心の励みになったものである。そんなわけで、特に親しいわけでもないのだが、弔いの気持ちになった。護国寺の会場は長蛇の列だった。やはり僕と同じようにこの方の温かさに呼ばれるのかなと思った。寒空の下待たされても苦ではなかった。僕の前や後ろに高校の大先輩の顔が見え隠れした。武信さんやら益子さんやら。護国寺を後にして東京駅でアサマに乗る。車中池内恵『イスラーム世界の論じ方』中央公論新社2008を読み始める。以前この著者による『書物の運命』を読みその冷静な語り口が記憶に残っていた。この本は様々なメディアに寄稿したものが多く分かりやすい文体となっているが前回同様クールな内容である。
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         <pubDate>Thu, 11 Mar 2010 22:42:34 +0900</pubDate>
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         <title>ボサノバ</title>
         <description>朝から事務所で仕事。午後テーテンス事務所が来所。塩山の設備設計の基本内容を確認する。スタッフのUさんがまとめた設備の色分け図をもとに打ち合わせ、だいたい整理がついた。夕飯の頃に帰宅。食後、ボサノバの歌手ナラ・レオンの自伝の続きを読みながら、ボサノバギタリストのメネスカルやジョアン・ジルベルト、その奥さんのアストラッド・ジルベルトの曲などをyoutubeで聞く。コンピューターから直接アンプに接続すると、結構いい音がするものだ。ボサノバの魅力って音がフラットで抑揚がないところだろう。シャンソンや演歌の真逆である。こちらは心の奥底からの魂の叫び、手はぎゅーっとグー手に握っている感じ。一方ボサノバは心の表面をかすめとるような乾いた音。無表情で手のひらはもちろん開いたままである。この乾いた感じが大人っぽくていい。</description>
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         <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 23:07:41 +0900</pubDate>
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         <title>大雪の中</title>
         <description>午前中のアズサで松本へ。車中藤岡和賀夫『さよなら大衆』PHP研究所1984を読む。アマゾンの中古で1円だった。そのせいか、中はアンダーラインで真っ赤。でもそのアンダーラインのおかげで上手に飛ばし読ませて戴いた。「さよなら大衆」とは言うまでもなく、80年代に入り、３C（カラーテレビ、自動車、クーラー）も終り、社会がこぞって何かを求める時代が幕を閉じたことを意味している。上野千鶴子が堤清二との対談で取り上げていた。今から読むと単なる状況の観察とも思えるが、自分が大学を卒業するころの状況分析かと思えば炯眼である。さらに大衆無き後の「分衆」というネーミングも悪くない。松本に着き大雪の中本部キャンパスに向かう。来年度の学長裁量経費取得のためのプレゼンである。大学院の教育改革プログラムとしてグローバリティを主軸に据え、アルゼンチンのブエノスアイレス大学とワークショップを行う提案をした。理解して頂けるだろうか？帰りも凄い雪である。八王子の直前まで車窓は白一色。一体最近の天気はどうしたのだろうか？連日雨、雪、嵐。帰りの車中は原稿作り。「永遠性と消費性」の章をひたすら打ちまくる。分からない書名やら年代は●●と逃げる。これだと衰えた記憶力に苛立つこともなく実にすいすい進む。調子に乗っていたら5000字くらい打ったところでバッテリーが切れた。
電車が立川へ着く頃、研究室の院生から電話。某設計事務所からいい知らせをもらったとのこと。やっとメジャー軍団も田舎チームの実力を正確に評価できるようになったみたいだ。
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         <pubDate>Tue, 09 Mar 2010 21:38:49 +0900</pubDate>
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         <title>antada</title>
         <description>事務所で仕事。金箱さん来所。3月に二つ基本設計をアップ予定。新学期が始まる前にけりをつけておきたい。
少しお手伝いをしたコンペの最終提出図がメールで送られてきた。まあお手伝いした甲斐は少しはあったかもしれない。外観のプレゼンはいただけないが、取れてもう少し手を入れたら大分良くなりそうな案にはなっただろう。まあこれは初戦。次は最初からコミットしたい。
そう言えば昨晩安藤忠雄の自伝のようなものをテレビでやっていた。遂に自伝がドラマ化されてしまう人になってしまった。テレビで見る安藤さんはだいぶ歳をとられたという感じである。とは言え、事務所の中では、入口近くの吹き抜けの下の寒そうな所に陣取って「大将は最前線にいないとあかん」、「建築は闘いである」と豪語する姿はまだまだ若い。
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         <pubDate>Mon, 08 Mar 2010 21:08:52 +0900</pubDate>
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         <title>non-essetialism</title>
         <description><![CDATA[早起きして7時半のバスに乗って山中湖に木島さんの設計した別荘を見に行った。あいにくの雨（というかみぞれ）である。富士山が見える所に行くとたいてい天気が悪いのは僕のジンクスのようである。バス停から地図を見せてタクシ―を走らせたら、なんと昔よく遊んだ友人の親の別荘地だった。懐かしい。遠い場所で雪も降っているから、来ているのは僕くらいだろうと思ったら、続々と人が来るのに驚いた。建築好きはいるものだ。午前中に山中湖を辞して東京に戻り長谷川さんの設計した集合住宅を拝見した。
行きのバスで田崎健太『W杯に群がる男たち』新潮文庫2010を読んだ。FIFA会長にブラジル人のアベランジェが就任し、そしてその後ヨーロッパの巻き返しでプラッターになるまでの期間に起こる様々な利権の争いが描かれている。日韓共同開催となったいきさつは実にドロドロしている。大量の金が動くところにきれい事はないということだろうか？帰りのバスは昨日の続きで『クレオール主義』を読む。著者の今福龍太はその昔多木浩二、長谷川逸子と「アーキ・ぺラーゴ」というテーマのシンポジウムでパネラーをしていた。僕はその時初めて今福さんを見た（見た程度である）。その昔は何を言いたい人なのか良く分からなかったが、この本を読んで少し見えてきた。昨日の「詩性」は彼の別の言い方をすれば「ノンエッセンシャリズム」に相当する。文化に本質などなく、リプレゼンテーションの寄せ集めであり、それを現実に再投錨することが重要だと述べている。これは分かる。僕も建築のノンエッセンシャル側面をかなり信じている。でも仕方なく実体を作っている。でもその実体にどの程度本質があるかは良く分からない。というのも本質があろうがなかろうがリプレゼンテーションは確実にあるからだ。そういう意味では今福の次の言葉は示唆に富む。
「<場所>というような主題を前にした時、その経験の様々な相をとりあうかつために私たちはふつう二種類の思考のレヴェルを使い分けている。エッセンシャルなレヴェルとリプレゼンテーショナルなレヴェル・・・そして後者のリプレゼンテーショナルのレヴェルに焦点をあわせてゆくとき、そこで問題とされるのは、「場所の経験」そのものの存在形態やその辺の姿であるよりも、むしろ、「場所の経験の記述」にかんする形式と変容にかかわるものである」この「場所」を「建築」と置き換えてもむろん構わない。今日見てきたものでもそう思う。僕は僕の記述をしているけれど、僕以外の誰かはまた違う記述をしているはずである<a href="http://ofda.jp/column/">http://ofda.jp/column/</a>。]]></description>
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         <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 17:18:40 +0900</pubDate>
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         <title>ボサノヴァ</title>
         <description>午前中かみさんとジムに行く。土曜日の11時のヨガに滑り込む。先週もそうだが、ジムから帰ると結構疲れる。慣れないヨガが原因なのか？帰宅してセルジオ・カプラル著堀内隆志監修荒井めぐみ訳『ナラ・レオン美しきボサノヴァのミューズの真実』ブルース・インターアクションズ2009を読む。この本は荒木町のtwenty groundというお店のカウンターに置いてあったもの。読んでいるうちに眠りに陥る。</description>
         <link>http://ofda.jp/sakaushi/diary/2010/03/post_1409.html</link>
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         <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 06:12:14 +0900</pubDate>
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         <title>クレオール</title>
         <description>午前中会議。午後昼食後院生の論文を見る。3時半のアサマに乗る。車中、今福龍太『クレオール主義』ちくま学芸文庫2003を読む。クレオールという言葉の意味は多様だが、この本では「言語・民族・国家にたいする自明の帰属関係を解除し、それによって、自分と言う主体のなかに四つの方位、一日のあらゆる時間、四季、砂漠と密林と海とをひとしくよびこむこと――」と定義しているる。つまり自分と場所が多様な軸で混交していくということである。
ところで本文中で今福氏は場所を示す「トポス」は「トピック」、と「トポグラフィー」双方の意味を持つのに、近代的な概念の定位に際して、トピックが排除されたと指摘している。近代地理学における、数学的把握、その反省としての人文地理の登場もこうした反省を契機とする。そして彼の反動の矛先のひとつが場所の詩性をリカバーすることにあるようだ。解説では西成彦氏が今福氏のことを浮浪者であり測量士である人類学者と呼んでいるが、これが正しければ、今福氏は浮浪者となりながら場所のトピックを読みこんでいるのである。
6時に出版社と打ち合わせ。見本刷りが上がるのが来週末とのこと。楽しみである。スタッフ打ち合わせをしてからヨドバシカメラで用事をすませ友人と食事。彼はさいたまのマスコミにいる。八潮の話で盛り上がった。
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         <pubDate>Sat, 06 Mar 2010 17:36:01 +0900</pubDate>
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         <title>永遠性</title>
         <description><![CDATA[朝から事務所で仕事。昨日の二つの打ち合わせを踏まえ、今後の進め方を練る。来週からはスタッフのＵさんもこちらのプロジェクトにジョインしてもらうことにする。ちょっと忙しくなりそうである。出版作業は大詰め。原稿はやっとのことで校正が全部終わり、最後のチェック。夕方まで第四章「永遠性と消費性」を書き進める。まだ資料が不足しているが、書き始める。ゴンブリッチの『美術のあゆみ』と図説西洋建築史全１５巻を並べながら美術（建築）は原始から始まりエジプト・メソポタミアに進むことを示す。原始とエジプトの差は強力な社会集団ができ、それによって絶大な権力が生まれ、権力が神と繋がりそしてその合体した権力が「永遠性」を誇示したことにある。つまりエジプト・メソポタミア美術の主題は「永遠性」。ゴンブリッチの第二章が「永遠のための美術」というタイトルであるのはこういう理由からである。そして建築はルネサンスまで神のものであり、ルネサンスで金持ちのものとなるが以後ロココまで王のものである。神と王の建築は多かれ少なかれ永続性を希求する。もちろん神のものでも王のものでもない建築（住居）は人間がいる以上いつの時代にもあり、それはそれで社会を反映する一つの縮図である。しかし住居以外の建築の変遷もそれはそれで社会を如実に反映する鏡となっている。新古典、近代となり建築は永遠性の呪縛から解放され新たなフェイズに進むことになる。そこで消費という概念が登場する。というイメージである。書きたいのは消費なのでタイトルがイーブンな感じだとちょっとまずいかもしれない。
夕刻のアサマで長野へ。読みかけだった『印象派こうして世界を征服した』を読み終える。１９５０年代に印象派が爆発的に世界の富豪が好む商品となった理由の大きな理由の一つが
画商デュラン＝リュエルらにより作成された作品総目録にあったという。デュラン＝リュエルらは自身が扱った画家の作品を丹念に写真撮影して目録化した。これによって買う方は贋作をつかまされる不安から解放され、商品価値を信頼し、安心して大金を投入できたのだという。芸術などという得体の知れぬ世界において、記録なんていうものがこれだけの価値を持つということが新鮮な驚きである。
Mdrからメールがあり信大傍の飲み屋で収録した僕のインタビューが建築ラジオにアップされたそうだ。タイトルは「建築の規則を超えて」である。<a href="http://tenplusone.inax.co.jp/radio/">http://tenplusone.inax.co.jp/radio/</a>講評会後のディスカッションは現在編集中だそうだ。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 22:47:34 +0900</pubDate>
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         <title>お茶</title>
         <description>８時半のあずさで塩山に向かう。昨日書きかけの原稿、一章の残りを打ちまくる。１０時に塩山に着き、打ち合わせ。補助金の関係で４カ月ほど凍結していた仕事の再開ミーティング。予想範囲内だがかなり大変なスケジュールである。まあとにかくこういう仕事は当たって砕けろである。大学のＴ先生から電話。ＪＩＡの卒業設計展の様子を聞く。ゲストクリティークが指導教員との対話を望んでいたと聞く。そういう場合は是非ご一報いただきたい。ことと場合によっては参加したかもしれない。昼の電車で塩山から３０分ほどの甲府へ。駅で昼食をとり、住宅のクライアントの家へ。今日は開口部の位置や大きさ、設備機器の説明。機器はショールームで見てきてくださいねとお願いする。ここでの打ち合わせは最初に先ず美味しいお茶が出てそれを飲んでから始まる。１時間くらいすると２回目のお茶が出る。３時間経つとコーヒーとお菓子が出てきて４時間経つとまたお茶が出る。こういうクライアントは前にもあった。その方たちなりの接客の習慣なのだろう。お茶が替わると時間の経過を感じる。夕刻のあずさで新宿に戻る。スタッフのＴ君と一緒に新宿に戻るのは久しぶりである。今日は朝からよく働いた様な気がして、帰りの電車は珍しく二人でビール。建築スケール問題について話が深まった。電車内ビールもたまにはいいものだ。</description>
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         <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 23:10:15 +0900</pubDate>
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         <title>校正</title>
         <description>メールやファックスで作品集原稿の校正を受領し、直しつつ、また自分の原稿に赤を入れ、その翻訳を修正する。原稿が混乱しないか心配。校正の確認のために電話。電話をするとつい話が脱線。なんとか明日中には最終稿がまとまると良いのだが。
時間がある時にちょくちょく手を入れている「建築の条件」を書き加える。今日はため込んだ資料をもとに一気に「日本と欧米の建築の男女性」を書きなぐる。あまり厳密性を気にせず（そんなことは後で考える）ストーリーをばあああと打ちまくる。一気に4000字程度打ちこんだ。正に打っただけだけれど、最初はこんなもんだろう。早くこの章を終わらせたいのだが、、、予定は一章２万字くらいなのだがどうもそこまで間が持たない。
明日の打ち合わせ資料の打ち合わせ。明日は塩山と竜王の2か所で打ち合わせである。ちょっとタフ。
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         <pubDate>Tue, 02 Mar 2010 22:07:17 +0900</pubDate>
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         <title>駒ヶ根市</title>
         <description>長野県の駒ヶ根に北陸建築文化賞の現地審査に行った。東京から４時間かかる。長野は広い。駒ヶ根市は長野市よりはるかに東京に近いのだ時間は倍かかる。緯度で言えば甲府あたりなのだが、甲府から西に向かうと南アルプスにぶつかる。だから甲府から更に北へ北へ岡谷まで行き、そこから飯田線で南下する。中央アルプスのふもとである。駅で学会北陸支部のＫさんと会い一休みして審査対象の施設に向かう。施設は県が作って社会福祉法人が運営している。僕も社会福祉法人の設計をやり始めているので、設計上の難しさや運営其の他いろい大変であることを少しは知っている。それをくぐりぬけよくできているなと感心した。４時間もかけて行くのはつらいと思っていたが、来てみると来てよかったと感じた。
じっくり見せてもらったので帰りは遅くなった。加えて強風で徐行運転。東京へ着いたのはかなり遅くなった。車中内田氏の『日本辺境論』を読み続けた。読み進むとなかなか複雑な気持ちにさせられた。昨日はあまり面白くないようなことを書いたが、確かに読み続けてもわくわくするような楽しさはない。でも考えさせられるというのは、こういう本を読んでもわくわくしない僕の鈍感さについてである。日本辺境とは日本は田舎の劣った国だと言っているようなものなのだが、それに対して「そうだね」とも「いや違う」ともそういう感情が全く湧かないのである。これは歴史音痴の典型なのかもしれない。しかしどうも僕には分厚い『昭和史』２巻を読んだ後も、『それでも日本人は「戦争」を選んだ』を読んだ時も面白いテレビドラマを見ているような感覚は起こるのだが、それが自分の国民としてのアイデンティティと連なるものとして見えてこないのである。いや責任逃れをするつもりはないし、むしろ政治的には戦争問題は積極的に頭を下げるべきだというのが僕のポジションだが、それと、自分のアイデンティティは全く別の問題であると感じてしまうのである。あまりうかつなことは言えないが、自分の中に一つの場所や都市や国という枠がはまることをリアルに受け取れないのである。
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         <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 22:15:56 +0900</pubDate>
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         <title>更生工事</title>
         <description>『日本辺境論』を読み始める。午後かみさんとジムへ行ってヨガをやる。受講者が結構多い。楽だからだろうか？ポイントは深い呼吸。これは体（心？）に良さそうである。帰宅後また辺境論を読み続ける。うーん新書大賞をもらうほど面白いだろうか？夕方マンションの理事会。遂に今年は排水管の更生工事を行う。排水管を取り替える（更新）のではなく、中の洗浄を行ったうえで、樹脂を噴霧してライニングするという工事である。こういうのは更正工事というのだそうだ。全体で1億を越える工事だから、見積もりをチェックするように理事長から依頼された。既に3社合い見積後にネゴッて安くなったものだから、もはやチェックのしようもないのだが、、、、</description>
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         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 21:39:37 +0900</pubDate>
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         <title>janaina</title>
         <description>午前中に伊藤君のオープンハウスに行く予定にしていたのだが、急用ができて行けなくなってしまった。それにしても２週連続オープンハウスとは恐れ入る。午後Ａ０勉強会。本当にゆっくり進むけれど、こういう英語の読み方もいいものだ。夏には終わるかな？勉強会後、僕のポーとフォリオに載せるスチュワート氏のエッセイの日本語訳を読み合わせ。『言葉と建築』を一緒に監訳したＨ君が訳してくれている。彼は僕の数倍英語ができる（というか半分アメリカ人）。スチュワート氏の英語はとにかく難しいので僕では歯が立たない。僕が声を出して読みながら、分からない所を「分からない」と言うと彼はきちんと説明してくれる。そこで多少日本語をいじくる。一か所だけ彼にも分からない所があり、スチュワート氏に電話をして真意を尋ねる。なるほど、日本人にはピンとこないような、ブッシュやオバマの演説の常套句にひっかけた言葉だったりするわけだ。ラムズフェルドがイラク奇襲で使った‘Shock and Awe`なんていうことばでリーテムを説明されても日本人にはなかなか高級過ぎる表現である。終って研修生Janainaの送別会に駆けつける。彼女のソルボンヌでの修士論文のテーマを聞いたら、中世フランス文学だった。言語は古典フランス語。アーサー王が好きで中世文学に興味をもったようである。来年はスチュワート氏の薦めでサンパウロ大学に留学予定。是非ブラジルで再開したい。</description>
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         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 10:22:27 +0900</pubDate>
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         <title>信州一</title>
         <description>信州大学の（というか僕の研究室の）卒業設計と修士設計の講評ディスカッションの会をしたいと学生に言われた。名付けて「信州一」。まあやってみてもいいかなと思い。今日行った。東京から僕の事務所にいた中島壮君と、彼の芸大の後背で青木事務所にいた西澤徹夫君、僕の研究室ＯＢの中尾君、研究生の武智君の4人をゲストにして一人20分かけて6人の作品を議論した。修士も学部もいっしょくたで行うところが面白い。議論を終えて、ゲスト一人二つずつ優秀作をあげてもらい、それをまた議論。最後二つに絞り投票を行った。一等は内堀の高層長屋、二等は小倉の廃墟だった。同時に学生の投票も行い、学生賞は西浦の屋根なみ。様々な視点が提示され、僕としてもとても刺激をもらう企画だった。来年も続けてみたい。帰りの電車で中島君、西澤君と建築談議に花が咲く。</description>
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         <pubDate>Sat, 27 Feb 2010 12:06:27 +0900</pubDate>
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         <title>吉本隆明1968</title>
         <description>今日は国立大学前期日程入試が行われる日である。建築学科の倍率は5倍と大きく。試験の監督も教員総出だった。午前中数学、午後物理。2時間ずつの試験が行われた。
試験後、昨日読み始めた『吉本隆明1968』を読み終えた。ところでタイトル中の1968とは著者である鹿島が大学に入学した年号である。そしてその年に改めて読みなおした吉本から受けた衝撃（それを鹿島は吉本の偉さと呼ぶのだが）がこの本の主題である。つまりこの本は単なる吉本の解説本ではなく、吉本の偉大さを現代人に分からせる本である。
その「偉さ」を一言で言えば、戦後のインテリ左派を徹底批判した冷徹な批評眼ということになる。しかしこう書いてもその「偉さ」は分かるまい。つまりインテリの条件のように存在した左の思想を鋭利な刃物で解剖出来たのが彼だけだったということである。敗戦、貧困日本においてインテリたちは、封建的泥臭い日本臭さを心の奥底に持ち合わせていたとしても、ひとまずそれを棚上げして、マルクスに溺れたのである。吉本が批判したのは、まさにこの「棚上げ」という事実である。そして棚上げされた泥臭い日本を象徴する大衆の存在を重視し、大衆から乖離する知識人を批判したのである。
さてこういわれると何かを思い出す。そう『生きられた家』における多木浩二の指摘である。大衆の家があり、知識人となった（本来が往々にして大衆なのだが）建築家がなんとか彼らを洗脳しようとするのだがそこには埋めきれない溝があるという指摘である。多木と吉本は同時代人として、かなりの共通感覚を持ち合わせていたと想像される。大衆の生活を飛び越えた戦後の欧米志向（それは政治的にであれ、建築的にであれ）への冷徹な批判精神を共有しているはずである。もちろんフランス哲学を追求し、徹底して日本的なものから遠ざかった多木と日本的泥臭さにへばりついた吉本とは大きな差があるものの、吉本的に言えば多木の強烈なヨーロッパ志向は内在する日本的封建制の逆説的表出なのかもしれない。
ところで鹿島によれば吉本時代の知識人をその出自によって分類することに意味があると言う。それは大きく3つあり、地方の富裕（インテリ）階級、都会の中産階級、そして都会の富裕（インテリ）階級である。このマトリクスだと地方の中産階級というのもあるのだがその階級出身者は当時は大学へ進むことなどなかったと言う。そしてこれら3つの内、最初の二つの出身者はインテリとしての欧米性を志向しながら日本性（日本的土俗性や封建性）を内在させ、それを抑圧しながら生きている。鹿島はこれを半日本人と呼ぶ。一方3つ目の分類類ら出てくるものは往々にしてその環境が既に日本性を捨象しており、インテリとしての欧米性に充溢している。鹿島はこ子から生まれた人種を無日本人と呼んでいる。この分類は少々血液型的いい加減さも孕んでいるが、建築家にあてはめてみても面白い。例えば無日本人の典型は磯崎であり、半日本人のそれは篠原というのはどうだろうか。二人はどちらも地方の富裕層出身であり鹿島の分析では両方とも半日本人と成りそうなものだが、磯崎は徹底してその日本性を殺した。一方篠原は日本の伝統を出発点とした。もちろんそれは日本を消していくための出発点であり、伝統的な建築を作るための出発点ではなかったのだが。しかしそれでも彼に内在する日本性はその日本性を消すという行為が強くなればなるほど目立つように思われる。彼が刺身を嫌い、ワインを好み、ダンディにふるまっていても、やはり酔えば昔はバケツで日本酒を飲んだという日本性がぽろりと顔を出す。
吉本1924生まれの半日本人、篠原1925生まれの半日本人、多木1928生まれの無日本人、磯崎1931生まれの無日本人。篠原が生前対談の相手に吉本の名をあげたことを思い出す。ブルデュー的分析をしてみたくなるサンプルである。</description>
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         <pubDate>Thu, 25 Feb 2010 23:06:46 +0900</pubDate>
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