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August 31, 2010

スイス建築には人がいない

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午後必要な本がありGAギャラリーに行く。凄く久しぶりにやってきた。2冊の本を買いたかったが一冊は在庫切れ。一冊買って帰ろうと思ったらオルジアッティの凄い本に出くわして買ってしまった。しかし、、、、この本アマゾンで調べたら買った値段の7掛け位で売っていた。ちょっとショック。本は一期一会なんてそろそろ思わないようにしよう、特に新しい本は。値段はさておき、オルジアッティのプランを見ているとどうしてこうも無造作に(見えるように)線がひけるのか、驚いてしまう。どうしてこんなに考えてないような(に見える)プランなのだろうか?作品集に篠原一男の住宅の外観写真が出ていた。オルジアッティが篠原ファンであることは有名な話だが、篠原のプランの方がよほど生活臭があるし、その空間写真も人の気配を感じる。オルジアッティの空間は(ケレツにもそういうモノを感じるのだが)、人を感じない。スイスと言う場所がそういうところなのかもしれない。僕の短い経験で今でも強く残っている印象はやはりスイスの建築は自然と対峙するものであって人を包むものではないのではないか??

August 30, 2010

ヨーロッパ建築検索サイトのすぐれもの

ヨーロッパ現代建築のロケーションを調べるのは結構骨が折れる。日本語のガイドブックは情報量が少ない。もちろん現地のガイドブックを手に入れればそれに越したことはないのだが、金も時間もかかる。そこでネット。そういう情報がきっとあるはずと思って探し見るとなかなか優れものサイトを発見。MIMOA mi modern architectureという名のサイトである。http://www.mimoa.eu/都市名でも建築家名でも検索可能。住所、オープンアワー、予約の要不要、住所、マップ、行き方まで詳細に教えてくれる。これは便利である。ヨーロッパ全域を網羅はしていないが、行きたい都市が含まれていればこれは使える。
午後事務所で打合せ、壊れたA3プリンターの後をどうするかを皆で議論。新たなコピー機を導入するかという話まで行ったのだが、DELLのダイレクトメールを見ていてLAN対応のA3のオールインワン機が大安売りしているのを発見。これなら、かなりの事が出来そうで一気にその方向で話は解決。それにしてもこのブラザーの製品は3万円台。驚きの価格。安過ぎて心配である。

August 29, 2010

六本木で展覧会二つ

午前中国立新美術館へ。かみさんが出品している「読売書法展」を覗く。3室3階分使っている。それでも出品者の半分しか展示できなくてもう半分は池袋に展示されている。日本の書道人口って半端なく多い。それに読売の向こうをはって「毎日書道展」というのもある。朝日はその双方の先生方を集めて20人展と言うのをやっている。新聞社あっての書道なのか書道人口に支えられた新聞なのか??午後僕は一人で21_21デザインサイトへ。佐藤雅彦の「これも自分と認めざるをえない」展をやっている。若い人たちが沢山いる。体験型の展示なので結構待つ。ある家の中に入る展示があった。10人くらい並んでいたが待って入ってみた。4畳半くらい。背中側に水槽が置かれている。なにもいない。全面側には手洗いシンクその上に鏡とコップ棚。そこには歯ブラシの入ったコップがおかれている。さてこの部屋で何が起きるのか?何も起こらない。水槽を覗きこむ。なにもいない。うーん。仕方なく鏡を覗きこむ。はああ。自分の姿が映っていない。その上後方にある水槽の中に金魚がいる。振り返って水槽をみると金魚はいない????佐藤雅彦流のウィットの効いた展示がいろいろ。楽しめます。
帰宅後やっと柄谷を読み終える。その後マイケル・サンデル(Sandel, M)鬼澤忍訳『これからの『正義』の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』早川書房(2009)2010を読み始める。テレビでやっているハーバードの人気講義というわけで、売れているようだ。アマゾンではSMAPの本に続いて売上2位。功利主義とリバタリアニズムの丁寧な説明から始まる。大学の講義にしちゃカルチャースクールのように分かりやすい。

建築はルールの否定→揚棄という歴史だった

午前中はポルトガル関係の資料や地図を読む。午後勉強会Geoffery ScottのThe Architecture of Humanism の2回目の読み合わせ。残りは僕とI君担当の第7章アカデミック・トラディションのみなので我が家で2人粛々と進める。
アカデミック・トラディションとはルネサンス時代に復活する、ウィトルウィウスの数学的比例などの当時の超越的な強い概念を指している。そしてそれに盲目的に従うことが当時の建築ではなく、それはあくまで一つの指針であり、豊かな感性こそがルネサンスの古典主義を作り上げていることを実証しようとしている。つまり概念ではなく直感ということである。
哲学の歴史を振り返れば、超越的な概念の存在(イデア)がギリシアでは探求された。木田元が言うように20世紀にはいって超越的なイデアを下敷きとしない反哲学が生まれ今ではそちらが哲学となっている。建築でも超越的なルールは常に感性で否定(揚棄)されてきた。スコット言うようにルネサンスがそうであり、最後のイデアであったモダニズムの教条も否定(揚棄)された。概念は否定されるためにあるようなものだ。21世紀の教条であるエコロジーは何を生みそれはどう感性で否定(揚棄)されるのだろうか?

August 27, 2010

色が及ぼす影響についての心理学者の御意見

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ドアがゆらゆらと浮遊して、トンボへ変身していくさま

事務所でいろいろ打合せ、先日塩山のカラースキームを環境心理のY先生にお見せして御意見を聞いた。先日お話した時は児童養護施設という心の病を患っている子供たちに過度の刺激を与えないように原色や捕食の組み合わせは控えた方がよいというようなお話だったのだが、今日は一歩突っ込んだ面白い指摘をメールでいただいた。それは、短期的には単に過度の刺激を控えればよいのだが、長期的にはフラッシュバック(過去の嫌の思いを突如思い出すような現象)を抑制するように考えないといけないという内容である。具体的には例えば、「『橙色系(の色や形状)』から自傷の跡や過去に虐待を受けた器具の形状など、『紫色系(の色や形状)』から事故にあった人間を連想しないか、特に図と地が反転した際に浮かび上がる形は(特に大人には)予想がつかないので慎重に配置することが求められる」というようなことだった。そしてそれを回避するにはより具象的な図案の方がよいということだった。抽象的な図案は様々な連想を呼び起こす可能性があるからだろう。なるほどさすがプロの指摘。Y先生ありがとう。

August 26, 2010

ヴィエンナーレのアルゼンチンスペースalmos finished

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朝一で教授会。あまり面白い話題ではなかった。終ってあっちこっちへメール打ちまくっていたら、信大のワークショップに10月やって来るロベルト・ブスネリからメールが来た。彼はヴェネィア・ビエンナーレのアルゼンチンの空間を作っている。金曜日のオープニングパーティを前にalmost finished。そこへ昨晩妹島さんが来たそうだ。なかなか生かした空間。テーマはLugares de encunetro 出会いの場である。それにしても最近妹島さんを様々なメディアで見る。もう安藤を抜いちゃったかね?午後雑用を終わらせてアサマに乗る。長野は大雨、上田は晴れ、佐久平を過ぎたら大雨、軽井沢は晴れ。凄い天気だ。事務所に戻り塩山のカラ―スキームを見ていたらマテウスの住宅(a+uのスペイン特集のマテウスの住宅の写真が白なのに光線の加減でパステルカラーに輝いて見える)を思い出した。ポルトガル行きたいなあ。

August 25, 2010

都市計画は政治経済

7時半のアズサで塩山へ。このアズサは始発ではなく千葉発。加えて終着が松本ではなく南小谷。そのせいで登山客でごった返す。塩山に9時前に着き施主定例。今日は一月練ってきたインテリアカラースキームの第一弾を1/30の模型で説明。各階の色相を変え、各ユニットの動植物キャラを決め、その上で部位と色味をずらしながら断片化し空中に浮遊して動植物キャラに変身するデザインを説明。その面白さや楽しさは理解してもらえた。上手くいきそうな予感。施工者は頭を抱えているが。
午後甲斐に移動。住宅の現場。野地板が貼られルーフィングも終り平瓦が現場に届き屋根に上げられていく。この現場は早い。
夕方のアズサで僕は長野へ、スタッフのT君は新宿へ。車中柄谷行人の『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』岩波新書2006を読む。あらっ、この本先日読んだ同著者の『世界史の構造』の新書ヴァージョンだわ。こっちを先に読めば良かった。
柄谷本を読みながら昨日読んだ都市計画本を思い出した。そこではこれからの計画の重要な要素としてマーケット、コミュニティ、コントロールが取り上げられていた。これはよく考えるとそれぞれ資本、ネーション、国家に対応している。つまり世界と言うものは規制をかける側(それが国家だったり都市だったり)と規制を受ける側(ネーションだったり、コミュニティだったり)そしてそれを媒介する一要素としての金というものがあるということである。この3つの要素の転がし方を考えるのが政治であり、経済なのだろうが、それらが都市計画の基本でもある。ということは都市計画とは政治であり、経済でるということにもなる。もはや建築なんていうちっぽけなジャンルからだけで操作できる領域ではない。まあこんな回りくどい言い方をしなくても自明のことかもしれない。中国のあの恐ろしい巨大都市が瞬時に生まれるのはまさにこの3つの駆動のスピードのなせる技なのだし。

August 24, 2010

大学での一日

午前中キャンパスマスタープラン会議。施設課の部長課長が異動になり新任の方たちに今までの経緯を説明。癒着防止のために役所の異動はつきものなのだろうが、本当にこれで癒着が解消されているのだろうか?癒着は引き継がれるということもあると聞く。建築のように継続性の高い場所は少なくとも5年くらい異動しないで欲しいものだが。午後市役所で新市民会館の建設委員会。今日は敷地を何とか決めたいという市に対して、拙速である、検討時間が足りない、あるいは市が推す場所が2転3転することへの不満から承諾できないという意見が多かった。ここまで反対意見が多い状態では市は提案へのさらなる真摯な説明責任があるだろう。急いで大学に戻る。審査をした博士論文の著者が僕の意見に対する丁寧な修正案を持って説明に来られた。社会人博士で環境省の方である。いろいろ聞くと箱根ポーラ美術館の国立公園内での建設認可に関与した方だった。あの建物がああいう風に素晴らしいものになったのは自分の自慢でもあるとおっしゃっていた。この方の論文は戦後国立公園の進展に関するもの。つい話が箱根の話になった。国立公園も地方都市同様。園内への車の進入を規制して公共交通機関を充実させて安くしたらどうだろうと提案したら賛同を得られた。箱根はまたべらぼうに高い。続いてアルゼンチンに留学中の学生の母親が来研。夏休みに(向こうでは冬休みだが)娘を訪ねて一カ月滞在してきたとのこと。ブエノスアイレス話で盛り上がる。10月ワークショップで来日してもらうロベルト・ブスネリからこちらでの展覧会のための写真データーや本を持ってきてくれた。アルゼンチンワインとお菓子まで持ってきてもらい恐縮する。お菓子を学生部屋に。JACS住宅設計コンペ(審査員、吉田健介、TNA)で協賛賞、優秀賞を受賞した学生たちへ御褒美http://www.jacs.cc/moushikomi/index.html。夜のアサマで東京へ車中小林重敬『都市計画はどう変わるか』学芸出版社2008を読む。うわこれはえらく観念的な本である。Controlだけの都市計画から、MarketとCommunityがこれからの都市計画には肝要であるということはよくわかった。しかしそうなると町づくりは一筋縄ではいかないなあ。

August 23, 2010

空けるデザイン

朝から事務所。午後お茶の水で打合せ。事務所に戻り、プロジェクトの打合せ。施工図、見積もり、カラースキーム。まだ施工図の承認ルーチーンがドタバタしている。地下を終わらせてなんとか1階からはスムーズにいくようにしたい。
夜『都市のクオリティ・ストック』を読み終える。道路・用途・密度の町づくりからコリドー・配置・かたちの町づくりを提唱し、更に埋めるデザインから空けるデザインへと主張する。これは名言。どこに何を作るかではなく、どこに何を作らせないかをデザインするのである。続いて佐藤滋、後藤晴彦、田中滋夫、山中知彦『図説都市デザインの進め方』丸善2006を続けて読む。こちらは著者のお仕事を体系化したものである。なるほど実践とは様々な切り口があり、実に興味深い。質の高いストックを利用する低成長時代の町づくりにおいて、一体質とは何か?その探し方(構想)があり、それを造景(形に)し、それらを編集する事例が満載である。両方の書に共通するのは「かたち」である。20世紀の町づくりが単なる機能の効率的な結び付け方だったことへの反省が伺える。

August 22, 2010

車なしで生活できる町へ

松本で一泊し、今朝あずさで東京へ。社内ではぐっすり眠ってしまった。新宿紀伊国屋に立ち寄る。建築のコーナーが7階になってとても広くなった。『建築の規則』の隣に『フレームとしての建築』も置いて頂いているのには驚いた。都市計画がらみの本を2冊購入。帰宅して、そのうちの一冊、林良嗣・土井健司・加藤博和 国際交通安全学会土地利用・交通研究会編著『都市のクオリティ・ストック土地利用・緑地・交通の統合戦略』鹿島出版会2009を読み始める。「コンパクトシティを超えて」と帯に書かれている。そこで提唱されていることは建物群と緑地と交通システムである。都市人口が減少していけば、現状の都市を維持していくのにかかる一人当たりの費用は増加するのは目に見えている。それは低成長時代には明らかに矛盾する。
昨晩柳澤に長野市は駅から南北徒歩10分圏内のゾーンの商業施設の上を集合住宅化して、農業従事者以外は全てそこに低家賃で住まわせ、車は禁止しトラムを走らせ、10分圏外はすべてリンゴ畑にすれば良いと言ったら笑われた。まあ半分冗談としても都市のコンパクト化を考えないとまずいと思う。地方都市は車なしでは生活できないと言われ、一軒で何台もの車を持つのが普通だけど、それを先ず改善しないとだめではなかろうか?信大でもそうだけれど殆どの先生は車でやってくる。自転車しか使わないなんて僕ぐらいである。車があるから大型スーパーができる。大型スーパーがあるから車が欲しくなる。堂々巡りである。

August 21, 2010

柳澤潤のえんぱーく

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朝8時からゼミ。9人発表すると聞いていたのだが蓋を開けたら5人。そのせいか何となくのどか。学生が少ないといいなあ。11時ごろ車2台に分乗して先ず松本へ向かう。数十年ぶりに浮世絵美術館に立ち寄る。外部は変わらないが内装がかなり傷んでいた。民間美術館の限界か?また見た印象もかなり変わった。当時の強烈なフォルムの印象がなくなった。もっと強烈なフォルムに目が慣れてしまったからかもしれない。松本から塩尻へ。柳澤潤氏のえんぱーくの見学会。寺内、石黒、萩原、鈴木明さん、長尾重武さん、伊東事務所の東さんなどなどいろいろな人に会う。この建物は山本理顕さん、高橋晶子さん達とコンペ審査員をした建物だし、長野にあるし、工事中も見にきたし、自分の設計ではないけれど、その一部始終をよく知っている。その上コンペを立ち上げるころから市役所の藤森さんやいまこの建物のセンター長になっている田中さんからはその期待を聞いてきた。曰く「この建物が空洞化する中心市街地活性化の起爆剤になって欲しい、人が来て欲しい、ポンピドーセンターのような画期的な建物が欲しい」。というわけで今日来て見て沢山の人が所狭しとイスや机の周りで何かしていて、この建物の最も特徴的な壁柱(片面鉄板)に磁石でいろいろなものが貼られ、市民の場所ができていたのを見て思わず藤森さんに「よかったねええ!!!!」と言ってしまった。人の建物を見てこれほど嬉しくなったことも無い。そんな気持ちが湧いて来た自分に驚いた。建物のソフトを考えた常世田さんという画期的な図書館のプロがいて、コンペのソフトを作るのに骨身を惜しまない市役所の人と審査員がいて、そして最高の設計者が選ばれた、見事な組み合わせだったということすべてが嬉しさの原因ではあるのだが、でもやはり建築に感激した。人が来るか来ないかなんてソフトの問題だとよく思う。もちろんこの建物もソフトがいいのである。しかしそれだけではない。ハードがそれを上回る人の場所を作っている。そう思えた建築だった。

August 20, 2010

午前中土木との合同会議、建築学科の教授会、午後博士後期課程の入試、さらに建築学科の教授会。と、一日中会議。塩山では甲州市長も招いての地鎮祭が行われているのに出席できずスタッフ任せ。今日が大安であることを恨む。会議の合間に富山和子『水と緑と土改版』中公新書(1974)2010を読む。70年代に書かれた行け行け日本を諌めた名著である。このなかに1971年の東京の水大量使用者ベスト20と言う表が出ていて興味深い。一位は東京ガス豊洲工場7,201㎥。一般の家庭用水使用量は一人一日当たり約200リットルなので約3万6千人分である。二位は東大、約6万㎥3万人分。まあこの辺りまではうなずくとして、結構意外なのは四位の羽田空港、五位の東京駅。あるいは七位の帝国ホテル。帝国ホテルは約3万㎥だから1万5千人分である。当時帝国ホテルは約600室程度だから客室のニーズは多くても1000人分~1500人分くらいそれに対して1万5千人分と言うのは驚きである。生まれてこの方水道栓から水が出なくなった経験も無ければ、家が水に浸った経験も無い人間には実感として水の大事さ怖さは分からないかもしれないが、この本を読んでいると70年代近辺の日本の水・緑・土行政は繊細さにかけていたようである。この本に明記されてはいないが72年に首相になった田中角栄の列島改造論とともに日本という国土は余りに急激に変わった。あの時代にああしか進む道が中なったのは今思えば少々残念なことである。

August 19, 2010

甲府のイデア

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1カ月ぶりの甲府。地鎮祭も出られなかったので着工してから始めて現場に来た。昨日が建て方で屋根の垂木以外はほぼ木軸が建ちあがっていた。昨日の甲府は今年最高の36.8度。大工さんは本当に御苦労さまである。
この建物は見ての通りとても普通の形をしている。仕上げも屋根は瓦葺き外壁は瓦調タイルとモルタル。このあたりに普通に建っている住宅とさほど変わらない。内部もベースは古典的中廊下。唯一普通じゃないのはコアと呼べるようなものが中に分散しており残ったところが部屋と見えるような状態になっているという点だけ。いつものことだが、建て方が終わるとこの骨が被覆されてどう変わるのだろうかと想像たくましくなる。甲府に来る車中読んでいた木田元・計見一雄『精神の哲学・肉体の哲学』によれば、イデアもエイドスも見ると言う意味の動詞、イディン(現在の不定形)とエイデナイ(過去の不定形)の過去分詞なのだそうだ。だからどちらも「見られたもの」という意味だったと言う。しかし徐々にイデアは目では見えない理念となり、エイドスは目で見える形となったと言う。この骨を見ているとこれは「イデアだな」と思う。いずれ見えなくなると言うことを含めて。そして徐々に被覆されながらエイドスが顔を出していく。この骨が服を着るとき、イデアがエイドスとなる過程が僕は好きである。

August 18, 2010

ニューアーバニズム

二冊の都市計画の本を読んでみた。一つは日笠端・日端康雄『都市計画(第三版)』共立出版(1977)2009とピーター・カールソープ倉田直道・倉田洋子訳『次世代のアメリカの都市づくり―ニューアーバニズムの手法』学芸出版社(1993)2004。前者は大学の教科書本である。よくまとまっているが内容は改訂されてはいても70年代。敢えてそうした昔ながらの都市計画理論をおさらいしてみたかった。一方後者は90年代にアメリカで起こった「ニューアーバニズム」の教科書である。著者ピータ―・カールソープは公共交通志向型開発(Transit Oriented Development)の発案者でありニューアーバニズムの提唱者の一人である。ニューアーバニズムの特徴は、歩行者優先、環境に優しい公共交通、歩行圏内での多様な用途複合、街路のアクティビティ、自然、住民参加、などである。具体的にその方法論を眺めると拠点駅から歩行10分圏内に公共交通を走らせ拠点商業と住宅を快適な歩行空間で連結すると言うものである。例えば長野駅から南は信大、北は善光寺あたりが歩行10分圏である。規模としてはぴったりなのだが、さて実際はと言うと、その中に拠点商業は無い、快適な公共交通が無い(バスはあるがあまり快適で使いやすくない)、緑豊かな歩行空間が無い。と無い、無い尽くしである。この状況を改善するには、先ず郊外の巨大商業施設の出店を政治的に阻止し、圏内に箱を用意して誘致する。次に緑豊かで快適な歩道とバス停の整備。加えて、圏内の集合住宅整備による人口密度の上昇。この三つが出来たらそれでかなり町は改善されるように思うのだが。お金が無いと逃げないで市庁舎作る前に、こう言うことに知恵とお金を使ったらどうだろうかと思ってしまうのは浅はかか??

August 17, 2010

四ッ谷出身が甲子園で頑張る

プラハとウィーンとブタペストに行って来た友人に会った。どこも記録的な冷夏で寒かったそうだ。それに比べると、先日行った蘇州は40度。東京も36度。世界中記録的な夏になっている。僕は寒いのが嫌いだからどんどん暑くなれと内心思っている。しかしこんな時に甲子園で野球やっているのも尋常ではない。今日は早稲田実業と関東第一高校の試合で関東第一が勝った。東京西と東の対決。この二つのチームには小学校の同級生がいたそうだ。今朝の朝日の朝刊にそのことが書かれていた。僕の事務所のある荒木町にはその双方を励ます垂れ幕がかかっている。四ッ谷駅のそばの小学校に2人は通っていたそうだ。その小学校は現在閉校。選挙の投票所になっている。昔は負けると涙を流し悔しがっている姿がテレビに映し出されていたが、今は清々しい顔でここまできたことに十分満足しているような顔である。時代は変わった。

August 16, 2010

アルゼンチンワークショップ

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今日は東京36度と言う予報。事務所に行ってから近くの歯医者へ。お盆前にとれてしまった詰め物を入れてもらった。お盆の間内装リニューアルできれいになっていたのだが照明は全部LEDになっていた。そんなもんだろうか。
事務所は未だ半分お盆休み。施工図チェックしたり、新しいカメラで模型撮影したり。
10月に行うアルゼンチンとのワークショップのポスターが研究室から送られてきた。なかなかきれいにまとまっているが、ちょっと情報が小さくくないだろうか?段々老眼になると小さい字が見えなくなる。
信州大学にはヴェネチアヴィエンナーレキュレーターのロベルトという若手の建築家がやってきて二日がかりのワークショップ、レクチャー、地元建築家と「新旧の町づくり」というテーマでシンポジウムなどをやる予定である。是非興味のある方はワークショップへの参加、聴講などなどお待ちしてます。
情報が欲しい方は遠慮なくメールください。
sakaushi@ofda.jp

August 15, 2010

防衛省の塔

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いつも6時以降は寝てられないのに今日は10時まで寝坊できた。実に快適。朝食をとって小谷野敦の『日本文化論のインチキ』を読み続ける。日本文化論にこだわらず、日本の内外を問わず、また学のジャンルを問わず、学問的根拠が希薄と思われる論が挙げられては落とされる。ヘーゲル、マックスウェーバー、ユング、河合準雄、岸田秀などなど。確かに少なからず思っていることを「どうどうと言ってくれてありがとう」と思う一方、読んだことも無いものはよく分からないし、人間ひどい部分だけではないわけで、一刀両断で切り捨てるのもどうかなと思う。この著者はその生い立ちやら自己紹介を読んでいるとかなり曲がりくねった性格のようで、だからこういう語り口になるのだろうかと穿った見方をしてしまう。飽きたので木田元・計見一男『精神の哲学・肉体の哲学―形而上学的思考から自然的思考へ』講談社2010を読み始める。夕方陽も落ちかけた頃、かみさんとジェクサーに汗を流しに出かけたらお盆休みだった。仕方がないので家に戻りズボンだけ履き替えてジョギング。20分もしたら汗が噴き出てきた。須賀神社を回って帰宅。風呂につかる。湯上りにテラスで風にあたる。防衛省のタワーが見える。あれがこちら側に倒れてくると、ちょうど僕の住んでいるマンションが潰れるだろうなあといつも思う。加えて、どうしてあんなごっつい塔を建物の上にのせるのか不思議。建物内にごっつい構造が現れてかなり使い勝手を制限されるだろうに。それでもこのほうが経済的ということか?

August 14, 2010

オリンパスペンライト

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10時にホテルを出る。今回のホテルはFour Points by Sheratonという5つ星。クライアントが取ってくれたホテル。コーナーシングルで部屋に入ってすぐ左側がガラス張りのジャクジとシャワールームとトイレと洗面。それだけで10畳くらい。部屋はキングサイズのシングルでデスク付き。これで一泊朝食付き550元。今のレートなら7700円くらい。今回の中国でこれだけは安いと思えた。このクラスは上海なら2倍か3倍らしい。特にこの万博の季節ならそうだろう。午後一の飛行機で羽田へ。機中小谷野敦『日本文化論のインチキ』幻冬社新書2010を読み始める。
羽田に着いてクライアントと中華料理を食べに行く。お腹が空いた。中国から帰ってすぐ中華料理もないよな。と思ったがラーメンが食べたかった。中国の料理と日本の中華は大分違うと思う。ところで行く前に買ったオリンパスペンライトが優れモノだと感じた。手ぶれ補正があるので夜でもかなりの写真が撮れる。カメラもさることながら、広角ズームがあるのはオリンパスと、lumixだけだった。オリンパスは35mm換算で18ミリ~36ミリ。lumixは下が14ミリだった。これはとんでもない広角だが値段がオリンパス5万lumix10万なので諦めてオリンパスを買ったが、やはり今持っているGRの広角とは画角でかなりの差がある。

驚ろきの蘇州

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午前中蘇州の拙政園に行く。600年前、明の時代の屋敷と庭園である。駐車場に車を停めるまでの一キロくらいの道が戦争状態。車線も何もない両側通行の道を車と人バイクと自転車が我先に進もうとする。50センチくらいずつ進むのだが1キロ進むのに1時間。やっと車を停めてこの庭へ。中国では旅行ブームだそうで観光地と言う観光地はとにかく人人人。裕福になったということだ。この庭(日本で言えば後楽園のようなところ)の入場料は1000円もする。中国の物価は日本の三分の一くらいと思っていたが最近は日本と同じ、下手をすると日本より高い。スタバは同じ、マックは日本より高い、蘇州にはそごうデパートが入っているが、ここに住む日本人に言わせれば日本より高いという。
午後は蘇州の新しい工業団地を見る。拙政園がある旧市街の両側に新しい町が広がる。そこに住む方にこの新しい町を案内してもらう。蘇州は中国の市の中でGDPが8番目くらいの裕福な市。15年くらいの間に旧市街の両側に超高層と湖と工場が林立した。人口は約800万人。15年で東京都区部くらいの町ができてしまったということである。その事実はここに昔から住む中国人にとっても驚きだそうだ。そりゃそうだろう。15年と言う短期間にどこから人と金が湧いて来たのか?

August 13, 2010

大倉工場最後の打合せ

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9時半羽田から上海ホンチャオ空港へ。成田~プ―ドンに比べとても楽である。機内は万博のせいか満席。上海は39度。東京の比ではなく暑い。ホンチャオから大倉(たいそう)へ迎えの車で1時間。ホテルにチェックインしてから大倉工場へ。最後の駄目工事の確認である。建物内外を一周するだけで汗が噴き出ては乾き噴き出ては乾く。現場所長、PM会社の社長、クライアントの社長を含め最後の打合せ。さらなる修正工事を依頼して8時ころ会議を終える。体中の水分が全部搾り出た感がある。夕食に中国特有の薄いビール(3%)を水のように飲みやっと元の体に戻る。夜事務所からのメールチェック。ある現場の地鎮祭に出られないのをクライアントが不満に思っているらしい。とは言え。その日は博士の入試。大安を逃せば短い工期がまた短くなる。苦渋の選択だったのだが、、、、まあクライアントの気持ちも分かるとはいえ、体は一つしかないし、、、、、

August 11, 2010

死と日常

明け方暑くて4時ころ目が覚めた。CPUを見たらアルゼンチンの翔勲からメール。返信してから寝ようとしたが寝られないので池田晶子『事象そのものへ』トランスビュー2010を読み始める。「事象そのものへ」というタイトルは昨日読んでいた『世界を変えるイノベーションのつくりかた』の観察の注意点に共通する。先入観をとりはらい事実をそのまま記述せよという指摘そのものにも聞こえる。そう思って読んだらこの言葉はフッサールの合言葉だそうで。現象学そのもの。つまりイノベーションに現象学的態度は不可欠ということになる。ということはさておき、僕は池田晶子の本を始めて手にしたのだがとても印象的な二つの主張に出会った。一つは死を伴侶としない哲学には力がないということと、もう一つは常識を深化するところに哲学は発生するということである。そんなのどこが印象的なのかと問われればきちんと答えられそうもないのだが、人間が何かをいいとか悪いとか価値があるとかないとか言うのは何だってきっと相対的なものでしかない。ダイヤモンドだってガラスよりきれいかもしれないけれどあれに絶対的な価値がある訳ではない。でも人間の生には絶対的な価値がある。死にはもちろんその逆の価値が付きまとう。また人間の思考の原理が日常の延長上にあるのか超越的な何かをもとにするのかはそう簡単に決められることではない。いや僕は超越的な何かを否定するつもりはないし、それがあるとも思っている。でもそのことは日常的な思考を無化するわけではないし、むしろ僕らが生きていく原理は日常の延長にあるべきだと感じている。そうした日常普通に思っていることが記述されていることが印象的だったと言うことである。

August 10, 2010

菅平で建築を考える

午前中、学科の先生4人で菅平へ向かう。繊維学部が使用していた研修施設をもはや使わないと言うことで建築学科で譲り受けた。まだ立派に使える建築物。300㎡くらいあり、2段ベッドルームから大部屋和室といろいろある。使う以上は維持管理しろと言うことで先ずは草刈りをしにやってきた。ガソリンエンジンのビーバーで4人で約4時間。雑草、雑木を根こそぎ切り倒し、草むらの中の研修所を土の上に蘇らせた。それにしても菅平まで上がると空気がさわやかになるし温度が5度くらい下がった感じ。この季節菅平はラグビー一色染まっている。草刈りしていたらラグビーボールを二つ発見。先生のうち一人は東大ラグビー部だったので目の色が変わる。
12時に仕事を終えて下山。車の中でこの施設の有効利用のアイデアがいろいろ上がる。「先ずラグビーチームを作ろう!!」「サッカーチームも是非」「コンペ合宿!」「模型はいくらでも作れるぞ」などなど、さてどうなることやら。大学に戻ると研究室の学生から学会コンペの2次審査に通ったとの嬉しいお知らせ。めでたしめでたし。大会に行くモーチベーションが上がるね。昼をとってから東京へ。アサマ車中『東大式世界を変えるイノベーションのつくりかた』を読む。観察のしかたについての注意点が参考になる。
1、 はじめての気持ちで臨む
2、 見たものだけを記述する、解釈を加えない
3、 人中心のことばでまとめる
4、 観察対象は両極端を選ぶ
何かの建築を作るためにそのユーザーを観察することがある、あるいはその敷地を観察することがある。また、公園設計をする時(今まさにしているが)そこを通る人を観察して、敷地を観察しなければいけない。そんな時にこれらの注意点はとても貴重である。現象をありのままにテープレコーダーやビデオのように記述するということである。

宮本忠長の名作を壊さないで欲しい

午前中市民会館の建設委員会で市役所へ。敷地が二転三転している。規模の割に敷地が狭い。ホワイエや前面広場が狭く人の流れが心配である。それに対する市の明確な答えが出てこない。基本構想程度のざっくりした絵では見極めがつかない、もう少し精度の高い絵を描いてみてから敷地の確定をした方がよい気がするのだが、市はスケジュール優先で進もうとする。まあそもそも何故市民会館を建て替える必要があるのかというところから議論してほしいのだが、その議論が既に終わったところで僕はこの委員会に入れられた。市民会館の建て替え話は市役所の建て替え話に端を発する。長野の市役所は2棟あり旧館は耐震以前の建物であり、市は合併特例債を使ってこれを建て替えたいのである。そのために市役所に隣接する宮本忠長がの名作である市民会館を敷地とし、まず市民会館をどこかに造り、次に市民会館を解体し市庁舎を作る玉つきをしようとしているのである。この建物はレンガ造り、コンクリート折板屋根。複雑なPCスクリーンファサードの哀愁漂う外観である。金がかかっても修復して使う価値のある建物だと僕は思う。また比較的多くの人がそう思っているように思うのだが。午後駅前商店会の方が町づくりの相談に来られた。東京以外の全ての町は中心市街地の空洞化に嘆いている。空いた店を作り替えて町人文化会館を作り人を集めようという企画である。その後ゼミ。お盆前最後。夕方終わって学科全教員で夕食。学科の未来の姿を語ろうという会だったが、ただの飲み会に終わってしまった。

August 8, 2010

設計の鼻を鍛えよ

暑くて参っているかみさんが気になるが、家を早々に出て八潮。午前中学生の発表を聞く。自分の学校の発表を聞いているとなんとも苦笑。可哀想だが、自分のやっていることが分かっていない。これじゃ人を説得するのは難しい。でもまあ仕方ないのだろうか?脳みそ入れ替えろと言うわけにもいかないし。多分他の先生も皆そんな心境なのだろうかと思って自分を慰める。さてこれをどうやってまとめるかというのが我々の役目なのだが、小川君と曽我部が人知れず消え、槻橋さんは身内の不幸でお帰りになり、残ったのは僕と寺内。あれあれ。弱ったな。なんとか明日までの作業のイメージを作り学生に伝える。明日何が生まれることやら。でもこれからが設計である。数多ある案をデヴェロップするのが設計では一番難しいところだと僕は思う。これは行けそうだと思い、そこにかけるところが一か八かの勝負であり、その鼻を鍛えるのが建築かもしれない。学生たちは今晩その作業をシビアにやるチャンスである。その最終的な判断は明日小川、寺内両先生にお任せである。宜しくお願いします。僕は行けずにごめんなさい。
夜は久しぶりに新建築の方々と恵比寿で食事。Hさんと若手の二人。Hさんは変わらず元気。吉阪さんの話をもう少し突っ込んでしたかったが、僕は長野に向かうので1次会で中座。最終のアサマに飛び乗る。ここ数日長野東京を行ったり来たり。車中東京大学i.scholl編『東大式世界を変えるイノベーションのつくりかた』早川書房2010を読む。本当は八潮に行く前に読もうと思っていたのだが、タイミングがずれた。まあいいやこのノウハウは今後伝授して行こう。

August 7, 2010

軽井沢のハイソな会でいろいろな人に会う

長野に来ると朝6時に目が覚めてしまう。シャワーを浴びて駅のマックに行き朝食をとり田中角栄を読み続ける。10時半のアサマで軽井沢に行きタクシーで中央工学校の南が丘倶楽部というところへ行く。軽井沢で高校の同窓会やっているということを去年の秋ごろ同級生に聞いた。もちろん軽井沢に別荘を持っていることが入会条件というハイソな会である。別荘を持っていない僕は入会資格は無いのだが、建築がらみで少々この地に関係しているのだろうからゲストでお出でよと彼に誘われた。1カ月ほど前に招待のハガキが届き、それを見ると宴に先立ち立礼席の茶会があると書かれている。おー軽井沢らしいスノッブな趣向。しかしそんな茶室があるのだろうか?と思ってこの南が丘倶楽部というところにやってきたらあった!!中央工学校の理事長も先輩でこの施設のことを誇らしげに語っていたが、なかなかのものである。それにしてもこの暑いのに和服姿でお茶を出す後輩たちの姿はなんともがいがいしい限り。上は90から下は20代まで。60名ほど集まった。10代毎に挨拶ということで僕も50代表でしゃべらされた。サッカー部だったこと。軽井沢に別荘は持ってないけれど、とある有名人の別荘を設計したことを申し上げたら終わって色々な方に話しかけられた。最初はサッカー部のS先輩。色々聞くとその昔民放の社長をされていたあのSさん。次に僕の設計した別荘のオーナーの知り合いと言う東大名誉教授のA先生。名前はもちろん存じ上げていたがこんな大きな人とは思ってもいなかった。次は「暇になったら設計お願いするわ」とお話された元外務大臣のK先輩。真っ白なスーツがひときわ鮮やか。更に軽井沢から東大に通勤していると言う物理学者のW先生。一見ペンションのオーナー風。素敵である。話は尽きなかった。多種多様な方々と楽しい時間を過ごさせて頂いた。お話ししているとつい,お互い自己紹介として出身校に触れる。するとだたいていは慶応か東大である。早稲田はいなかった。今は知らねど少なくとも僕より上の世代で言えば確かに早稲田はおよそ軽井沢という感じではない。もちろん東工大なんてお呼びじゃない。この排他的慶応東大のスノッブ文化が軽井沢の文化資本だったのだろう。なんとなくそれも今は変わりつつあるようだが。

August 6, 2010

田中角栄とコールハース

昼から大学の後援会の理事会が行われた。新しく出来た建物に大きな会議室があり工学部の父兄150名くらいが集まった。その父兄を学科ごとに分けてそれぞれの建物に連れて行き就職状況や施設を紹介する。それは毎年学科の就職委員の役目で今年は私である。親御さん18名を連れて講義室に行き就職状況などを説明し、構造実験室、製図室を案内した。皆さん遠くから(長野県内の方は一名だけである)わざわざ来られているわけでこちらの話に真剣そのもので聞きいっていた。こりゃ講義より話し甲斐がある。その後学食で懇親会。4時ころからビール飲んだら眠くなってきた。終わって研究室に戻り床にマグロのように転がって1時間熟睡。ニードルパンチを敷いたこの床は固くて適度に冷たくて気持ちいい。目覚めてから学生とワークショップの打合せ。帰ろうかと迷ったが家に戻っても寝るだけなので保坂正康『田中角栄の昭和』朝日新書2010を読む。田中角栄は僕らの世代にとっては悪の代名詞のように言われる一方で人情もろくて憎めず、数字に滅法強く、日本最初の一級建築士などなど、幅の広さを感じる人間である。実際この本を読んでみると、田中はなんと19歳で自分の設計事務所を作り、大物政治家を顧問に据えてあっという間に100人を抱える会社にしてしまったそうだ。若くして資本主義の本質を本能的に捉まえていたわけだ。田中のそんな能力に感嘆しながら最近よんでいた別の本を思い出した。Donald McNeil のThe Global Architect Firms Fame and Urban Form Taylor and Francis 2009 である。この本には世界を席巻する建築家達が登場する。SOM、 ゲーリー、コールハース、彼らは飛行機の中でスケッチを描き、E-MAILで指示を出し世界を飛び回る。ファッションブランドよろしく、特徴あるスタイルと名前を建築に貼りつけてとんでもない金を紡ぎだす。彼らもキャピタリズムの何たるかを至極承知している。資本を手玉に取るその生き方はコールハースも田中角栄も似ているのかもしれない。

August 5, 2010

様式の意義

午前中大学院の入試面接。午後博士論文の公聴会。4名の発表。構造2名、設備1名、歴史1名。その後会議が二つあって終わると夕方。アルゼンチンのロベルトを招聘する委嘱状の申請書類を作る。夕食後、椹木さんの本を読み終えてネルソン・グッドマン(Goodman ,N)『世界制作の方法』ちくま学芸文庫(1978)2008を読み始める。第二章「様式の地位」では様式とは何かを問う。様式は作品を同定するのに便利な指標である。そしてもちろん作品を同定、弁別することは作品理解を深める上で重要である。とは言え自明な様式は見る側、聞く側を育てない。極めて微かな様式の存在や差異が受容者の知覚する能力を高め、作品理解の範囲を拡大する。そして受容者がこうした洞察を重ねることで作品のエッセンス発見能力を高めると著者は言う。このことを創作論的に言えば、あからさまな様式を羅列する作者には受容者の発見能力を喚起する力が無い。僅かな様式のヒントを作品に見え隠れさせることが受容者の理解を広げ、ひいては新たな世界を提示する。と言い換えられるようにも思う。著者はそうした作者としてハイドンやホルバインを挙げていた。その逆は誰だろうか?モーツァルト?モネ?建築ならハイドンに相当するのは誰だろうか?微かな表徴を散りばめること。これは言ってみればメタレベルのコンシステンシーの実践である。そう言う建築家とは?そしてそれを実践するとは?

August 4, 2010

作家という原理

どうも風邪がすっきりしないので朝一で荒木町の「まがり医院」に行ったら内装がすっかりダーク木目調にリニューアルされているのに驚いた。まがりさんは近くて便利な行きつけのお医者さんである。そんなわけで先生とは病気以外の話題も多い。今日も診察室にはいるなり「荒木町の石畳できそうですか?」と聞かれた。僕が責任者というわけじゃないのに、、、、。朝は新建築のアンケートに答えるために、スタッフが来ないうちに雑誌を見る。とはいってもJT10年分見るなんて不可能だから、記憶に残っているものから考えるしかない。スタッフがやってきて群馬のコンペの話題。坂本先生惜しくも優秀賞。乾さん最優秀。見に行った伊藤君の写真を見せて頂く。よく考えられている。
午後カラースキーム模型のデベロップを見てから、ゼネコンのマスタースケジュールの問題点を打合せ。終わってから夜のアサマで長野へ。車中椹木野衣を読み続ける。近代とは神を失った時代、あるいは神を殺した時代でありその時代の芸術は神が保証してくれないそれは個人の力にかかっている。だから近代の芸術において作者が重要な位置を占める。我々の時代においてどうしてここまで作家ということが問われるのかその理由はここにある。そして近代の象徴のようなこの作家を抹殺しようとしたのがポスト近代である。しかしここには決定的な矛盾がある。アートを保証する神の不在が作家を生みだしたのと同時に個人は神の加護を失い、その生きがいを自らの達成感の中に求めざるを得ない時代になったのである。神が人生を肯定してくれるわけではない。自分の人生は自分で充実させざるを得ないのである。その時代において作家性を消去した作家はあり得ない。作家である限り自己の主張と達成が不可欠となったのである。だからあり得るとすれば作家性を消去するのではなく、作家という職能を消去しなければならない。作家性を消去すると言うことは近代の社会原理上不可能としか言いようがない。

August 3, 2010

反アート入門

7時半のアサマで東京へ。この電車は2駅しか停まらないので早い。車中昨日読み始めた椹木野衣『反アート入門』幻冬社2010を読む。反アート入門というタイトルだが、序に記されている通り、前半は「アート入門」である。しかもかなり上質なモダニズムアートの入門書である。内容はとても正確で深く、その上とても分かりやすい。建築学生の必読書と断言してもよい。僕の部屋の夏休み必読本に加えよう。東京駅で丸善に寄る。久しぶり。先日早稲田の学生に勧められたマーク・ロスコの自伝などカートに放り込み宅配を頼む。四ッ谷で久しぶりにとんかつ鈴新に寄る。三国さんが旗振りして始まった荒木町町づくり運動の進展を聞く。何とその会合には私もよく知るA社の女性社長も出席されているようである。これは結構面白いことになるかも。荒木町の住人としては他人ごとではない。午後事務所で打合せ、資料チェック、大分出来たカラースキーム模型を見ながら「要素主義ではなく連続主義」のリアリティを見る。「うん、結構行けそうだ」でもまだ時間がかるかな?

August 2, 2010

大学院の製図

8時半から教授会、9時から9月卒業の卒論発表会。判定会議。続いて教室会議。終ったら昼。結構時間がかかる。午後一で学科内の打合せ。2時からゼミ。4年生、m2の論文の進捗発表。加えてm1の修論へ向けての発表。夜、m1の講義の最終レポートとして出させた住宅の設計課題の採点。この講義の教科書は拙訳『言葉と建築』。授業ではここに出てくる言葉を説明してきたが、最後のレポートはこの言葉を核として自分なりにそれを発展させたコンセプトを作る。それを用いて20坪の住宅を大学のそばの交差点に設計せよというもの。コンセプト40点、デザインの創造性30点、プレゼンテーション30点で採点した。コンセプトが言葉と建築の概念のままでは評価できない。もちろんその理解さえおぼつかないものは論外、それを自分なりに咀嚼して、反転したり拡張したり、自分をそこへ投影したものは評価する。そしてもちろんそれを自分独自の世界の中に建築化するのが次の作業。そしてそれをA3に図面化しA4の模型で示す。全員の点を付けてみると自分の研究室の学生の点が高い。学部生のころは必ずしもデザインができたわけではないという学生も確実に鍛えられているなという実感が持てる課題だった。これらは模型も図面も全て研究室脇の壁に成績順に張り出す(僕の大学時代、全ての製図は成績順に壁に張り出された。一番端っこになりたかった記憶がある)。終って終電で帰ろうかと思ったが突如降り出した雨。ここで帰るとびしょぬれになり風邪が悪化すると思い、諦めて研究室で読書。一向に読み終わらなった佐々木護を読み終え、椹木野衣『反アート入門』幻冬社2010を読み始める。反〇〇というタイトルは流行り??以前読んだ木田元の『反哲学』はとても面白かった。

August 1, 2010

研究室OB会

朝から机にうずたかく積み上がった本を整理。そのためには先ず本棚の整理をしてあまり使いそうもないものを段ボールに詰め込んで機械室に移動。空いた所に机の本を移動。と言っても机の上の本の半分だけ片付いた。残り半分は未だ読んでない。50冊くらいあるだろうか。そのうち半分は購入した時の好奇心が失せている。こういうものは未読の本棚に突っ込んでおくしかない。またいつか読みたい気になるかもしれない。
夕方4時ころ飯田橋のキャナルカフェで研究室のOB会。テラスでシャンペン飲もうと幹事に行った時は未だ涼しい頃だった。今日はかなり蒸し暑い。僕が行ったら正直に外のテラスで皆待っていた。うだるような暑さの中御苦労さま。外堀の湿気が下から沸き上がり熱風に載って頬を打つ。飲んだビールが汗となって噴き出す。初代卒業生から5代くらいの学生(ではなくもう社会人)が10名くらい集まった。ゼネコン、JR、大手組織事務所、アトリエ、プ―太郎。いろいろである。もう立派な建築設計士もいるようだ。頼もしくなったものだ。2次会は神楽坂に場所を移し。やっと涼しい部屋に入って飲み直し。僕は長野に行くので中座。